公開日:2022/6/23
1人1台端末は教具ではなく文具 個別最適な学びを実現する第一歩
―宮崎県―
都城市教育委員会/都城市立西中学校/都城市立南小学校
市内54の小・中学校に Chromebook™ を導入する宮崎県都城市。GIGAスクール構想の実現に向けて足並みを揃えてきた同市の教育委員会と学校現場に取材すると、1人1台端末の活用が着実に進む理由が見えてきた。
都城市教育委員会
〒885-8555
宮崎県都城市姫城町6街区21号
都城市立西中学校
〒885-0094
宮崎県都城市都原町7707
1987年創立。「社会で自己実現を図るために必要な資質や能力を身に付けさせる」をビジョンに掲げ、「西中ブランド」と呼ばれる学習・生活態度の伝統を受け継ぐ。豊かな心の育成を目指し、ボランティア体験も積極的に推進する。
都城市立南小学校
〒885-0073
宮崎県都城市姫城町25街区17号
1928年創立。「知性をそなえ、心豊かにたくましく生き、ふるさと都城を大切にする児童の育成」を目標に、進んで学ぶ子どもを育てる。地域に根ざした開かれた学校づくりを目指し、家庭や地域社会と連携した教育活動を行う。
独自に「ステップ0」を定義 教育長が訪問し思いを伝える
「すぐれた知性をもち心豊かでたくましい、ふるさと都城を愛する人間力あふれた児童生徒の育成」。これが宮崎県都城市の掲げる学校教育のビジョンだ。その具現化のために、小中一貫教育とコミュニティ・スクールの導入によって児童生徒の確かな学力を育成する。さらにICT活用の重要性にも早くから着目し、2018年度からの3年間で市内の小・中学校全校にICT機器を整備する計画を策定。一部の小・中学校にはタブレットPCを先行導入したり、本格導入に向けて必要となる教員向け研修などを実施したりしてきた。
2021年度になると、市内の全小・中学校54校への1人1台端末の本格導入がスタートした。最終的に、小学校1年生~3年生の児童には、Chromebook™ のキーボード着脱式タブレットPCを約4100台、小学校4年生~中学校3年生の児童生徒には、Chromebook のノート型PCを約9300台整備した。
通信環境は、総務省が推進する地域ケーブルネットワーク事業と足並みをそろえることで、全小・中学校に高速大容量通信の校内無線LANを敷設した。
「1人1台端末が実現した時点では、ICTに堪能な先生がいるかどうかで、学校ごとの活用状況にかなり差が出ました」。こう振り返るのは、都城市GIGAスクール構想の司令塔である都城市教育委員会の児玉晴男教育長だ。そこで全校での活用を促すために「教育長GIGAスクール・ミーティング」を始めた。これは教育長自らが小・中学校を訪問し、各校のICT活用の取り組みや都城市が目指すGIGAスクール構想などについて話し合う場。54校中30校程度に訪問し、それ以外はオンデマンドで実施した。ミーティングの狙いは、ICT活用に不安を持つ先生たちに「1人1台端末は学びの個別最適化に寄与する」と理解してもらうことにある。
児玉氏は、文部科学省が提唱する1人1台端末の学びの変容イメージに、都城市独自の工夫として「ステップ0」を付け加えて説明した(図1)。「文部科学省が提唱するステップ1の『すぐにでも、どの教科でも、誰でも活かせる1人1台端末』というのは、ICTに不慣れな先生方にはとても高いハードルです。まずは児童生徒が日常的に端末に触れて、慣れることを2021年度上期の目標にしてもらいました」(児玉氏)
「ステップ0を定義したことに加え、教育長が自ら出向いて現場の先生方に思いを伝えたことで、都城市のGIGAスクール構想が本格的に動き出しました」と話すのは都城市教育委員会学校教育課の北村義人指導主事だ。実際にミーティング後には「教育長の話を直接聞き、不安が小さくなっていった」という感想が数多く寄せられた。
教育委員会と現場をつなぐICT活用研究班を組織
年間を通じて管理職を対象とした研修や、情報教育担当者向けの研修などを次々と実施。こうした取り組みの一翼を担うのが、都城市教育委員会内に設置された都城市教育研究所ICT活用研究班だ。GIGAスクール構想における教育委員会と現場をつなぐチームで、北村氏を始めとする教育委員会の職員に加え、西中学校や南小学校といったICT活用の先進校から4名の先生が参加する。
「2週間に一度集まり、現場で困っていることや、優れた取り組み事例、市教委としての方針などを共有します。現場の反応や雰囲気を感じながら方針を出したり、施策に生かしたりできる点がメリットです」(北村氏)。
教育委員会が一方的に方針を出し、現場は従うだけといった風通しの悪さと都城市が無縁なのは、このICT活用研究班の存在が大きい。都城市の小・中学校の教職員だけが閲覧できる情報共有サイト『ギガっど!みやこんじょ』もICT活用研究班が立ち上げた施策の一つ。Google アプリの使い方や研修動画、教育長GIGAスクール・ミーティングの動画、Q&A集など多彩なコンテンツで現場でのICT活用をバックアップする。
教育委員会と学校が一丸となって取り組んだ結果、足元で多くの学校がステップ1の「調べる・まとめる・伝える」の学習活動で1人1台端末を活用している。中にはステップ2を視野に入れる先進的な学校もある。文部科学省が提唱する各ステップを「主体的」「対話的」「深い学び」と言い換え、それぞれに具体的な学びのイメージを提示したのも都城市ならではの工夫だ。
「学びの個別最適化は、全員の足並みを揃えるよりも、一人ひとりの児童生徒に合った学びのあり方を見極めることが大切」と児玉氏は考える。その意味では、ICTが楽しい児童生徒はどんどん先に進んでいいし、学び直したい生徒は自分のペースで学ぶことができる。「だからこそ、1人1台端末を『教具』ではなく子どもたちの『文具』と捉えてほしい。それが私たち教師の悲願である個別最適な学びを実現する第一歩になるのです」。この児玉氏の情熱が全校に届いたからこそ、都城市GIGAスクール構想は、順調に進んでいるのだ。
都城市立西中学校
手段を選べることが学ぶ喜びにつながる
都城市立西中学校は、同市GIGAスクール構想の先進校として積極的な活用を進める。中でもICT活用研究班メンバーの齊藤隆志先生が担任する2年1組は他のクラスに先駆け、すでにステップ2に到達するほど使いこなしている。
心のコントロールもICT教育の一環に
2年1組のある朝。登校するとさっそく Chromebook を立ち上げ自習する生徒がいる。SDGsについて調べたことを Google スプレッドシート™ に記入している様子。別の生徒は YouTube™で動画を視聴している。ソフトテニス部に所属するその生徒は、夕方からの部活に向けて、上級者向けのハウツー動画を熱心に観ている。朝の会の前には Google Classroom でクラス全員が連絡事項を確認する――。「2年1組は先進的に取り組むクラスとして Chromebook を自由に使っていいルールです。とはいえ、休み時間にゲームで遊んでいいわけではありません。Chromebook は『学び』として与えられたものであり、『遊び』ではないからです。その区別を自分で行い、心をコントロールすることもICT教育の一環だと思います」。そう語る担任の齊藤隆志先生は、都城市教育研究所ICT活用研究班のメンバーであり、都城市のGIGAスクール構想を推進する立場にある。
他校に先駆けてタブレットPCを導入し、校内でも先進的に活用する2年1組の学習効果は実際のところ向上しているのか。「学力が向上したかを判断するのは時期尚早かもしれません。しかし学習への意欲は確実に上がっています」と齊藤先生は力強く語る。「教科書を開いて」というと紙の教科書を開く生徒もいれば、デジタル教科書を立ち上げる生徒もいる。計算やメモをするときも Google Jamboard™ を使ったり、紙のノートに書いたりと、生徒自身が好きな手段を選べる。それが学ぶ喜びにつながっていると齊藤先生は感じる。
さらにGoogle ドキュメント™ の共同編集機能に、従来の授業では実現しなかった可能性を見出す。皆の前で発言するのは苦手だけれど、意見を文章にすることはできる。そんな生徒が自分の考えを発表する貴重な機会になるのだ。「書き込んだ内容がすばらしく、その生徒がクラス中から賞賛される場面が何度もありました。これを他の先生方に広めると、同様のことが別のクラスでも起きています」(齊藤先生)
ICTにあまり積極的でない先生を上手に巻き込む活用方法も見つけた。例えば、学年単位の課題に取り組む場合、Google ドキュメントで教材を作り、それを学年の Google Classroom を使って全クラスで共有する。この方法なら一人の先生が教材を作ればいいので効率的だ。その際にベテランの先生が長年培ったノウハウなどを盛り込みながら教材を作り、それを共有すれば、デジタルが苦手な年配の先生と、デジタルは得意だけど経験の浅い若い先生とが協働することになる。これまで特定の先生だけが持っていたノウハウを他の先生が知るきっかけにもなる。「ゆくゆくは学年を超えて学びの履歴のようなものを残せるようになればいい」と齊藤先生は、1人1台端末の未来に期待を寄せる。
都城市立南小学校
自分の興味・関心に沿って学びを深める
都城市南小学校もGIGAスクール構想の先進校であり、原圭史先生が担任を務める6年2組は、YouTube を授業の教材に使うこともある。市内の教員への情報共有においても中心的な役割を担う原先生に現状の活用状況について聞いた。
最初から必要以上に使い方を制限しない
6年2組の児童は、朝教室に入るとまずキャビネットから Chromebook を取り出すのが日課だ。授業が始まる前の時間を利用して、タイピングの練習をする児童もいる。授業が始まると使用頻度は教科によって異なるものの、多くの場面で Chromebook を活用する。
例えば、国語では文章入力、算数では Google フォームでテストを作成し、理解度のチェックにも役立てる。社会では紙の教科書を中心に授業を進めた後、各自 YouTube などを使って調べ、さらに学びを深める。
「オリンピックについて授業で取り上げた際には、1964年の東京大会の様子を動画で確認しました。バレーボールをやっている児童は『東洋の魔女』の試合を観るなど、児童が自らの興味・関心に沿って学びを深めていける」と原圭史先生はICT活用のメリットについて話す。図工では作品を Google フォームに上げてクラス全員でそれぞれの作品を評価しながら、鑑賞会になることも。体育の授業でもプロの映像を観る場合などには、Chromebook が活躍する。
6年2組では Chromebook をあまり制限せず自由に使わせる。InterCLASS®Cloudにウェブサイト閲覧状況の確認機能があるのでそれも可能なのだ。「画面確認機能を使いながら自由に使わせて、もし授業と関係ないページを見ている児童がいれば、その時に指導すればいいのです。初めから必要以上に使い方を制限することはないと思います」(原先生)
併せて、原先生は児童への情報モラル指導を日常的に行う。例えば、インターネットで調べものをする場合、必要な情報にたどり着いたとしても、それをそのまま転載するとどのような問題が発生するかなど、著作権に関しては特に慎重に説明する。「以前、チャットの使い方で問題になった学校がありました。それを踏まえてチャットをする場合には必ず私を入れるというのが6年2組のルールです。大まかの流れを把握して、指導すべき点があればその時に指摘します」(原先生)
ICT活用研究班のメンバーでもある原先生は、各学校から優れた取り組みや注意事項などを集約し、勉強会や研修などを通じてそれを紹介する役割も担う。都城市の小・中学校の教職員向けサイト『ギガっど!みやこんじょ』を使った情報共有も必要だ。実は同サイトは元々、原先生がコツコツ作っていたものをICT活用研究班のコンテンツとして再構成したもの。情報共有の重要さを誰よりも理解する。「1人1台端末に先進的に取り組む先生はどの学校にもいます。その事例を『ギガっど!』に集約し、先生同士の交流を促すことで、ステップ2やステップ3に向け弾みをつけたい」と原先生は最後に力強く語る。
*Chromebook、Google スプレッドシート、Google Jamboard、Google ドキュメント、Google フォームは、Google LLC の商標です。
都城市教育委員会
教育長
児玉 晴男 氏
都城市教育委員会
学校教育課
指導主事
北村 義人 氏
都城市立西中学校
教諭
齊藤 隆志 先生
都城市立南小学校
教諭
原 圭史 先生