校内に広め、先生方を育てるために校長が行ってきた学校経営とは

学校訪問GIGA環境を、すべての先生に授業で活用してもらうために

―東京都―
渋谷区立西原小学校

GIGAスクール構想に先駆けて、2017年から区立小中学校に1人1台端末を導入した東京都渋谷区。このGIGA環境を、すべての先生に授業で活用してもらうために、学校長として、どうマネジメントしてきたのか。区立西原小学校の曾我泉先生に、お聞きした。

 校内に広め、先生方を育てるために校長が行ってきた学校経営とは
渋谷区立西原小学校

渋谷区立西原小学校 〒151-0066
東京都渋谷区西原2-22-1

1928年(昭和3年)開校。「児童が輝き」「保護者・地域に信頼される学校」を目指している。ICT活用教育に力を入れており、2020年1月には「学校ICT活用フォーラム先進校」(文部科学省)として公開授業を行った。

まずは校務で、授業でも自由に使ってもらった

 「私が校長として本校に赴任したのは、2020年4月。新型コロナウイルス禍の全国一斉臨時休校まっただ中のことでした。1人1台端末がすでに整備されていたので、端末で家庭学習させようとしたのですが……難しかったです」と、曾我泉校長先生は当時を振り返る。市販の動画教材を見て、ワークシートに書き込んでいく宿題を出したものの、多くの子供が1人では勉強できなかったのだ。「自分で学ぶ子供を育てねばと、あらためて痛感した」と、曾我先生は言う。

 その年、Microsoft 365のMicrosoft Teamsが導入されるなど、環境が一新された。しかし先生方の受け止め方は千差万別だった。「今までやりたかった授業ができるようになる!」と歓喜する先生もいれば、GIGAに消極的な先生もいた。先生によっては、「何をどう使えば良いのか」と戸惑っていたという。「すべての先生に、GIGAを活用してもらう」ために、曾我先生の奮闘が始まった。

 「登校状況や先生間の連絡をTeamsで行うなど、校務で使ってもらうことからスタートしました。校務でGIGAに慣れてから、授業で使ってもらおうと考えたのです。活用の敷居を低くするために、どのアプリをどう使うかは、先生方の自由に任せました」

GIGA活用を普及するために講じた学校経営の手腕

 GIGA活用を普及するために講じた学校経営の手腕
渋谷区の区立小中学校では、SurfaceとMicrosoft 365を使用。端末を使って調べ、その情報を分析し、まとめる活動が行われていた。自分で撮影した植物の画像を開き、じっくり観察(3年理科)。自作した俳句に添えるイラストを書くために、画像検索をかけて参考に(4年国語)。気象庁や区の防災情報を調べ、まとめる(4年社会)。渋谷区の区立小中学校では、SurfaceとMicrosoft 365を使用。端末を使って調べ、その情報を分析し、まとめる活動が行われていた。自分で撮影した植物の画像を開き、じっくり観察(3年理科)。自作した俳句に添えるイラストを書くために、画像検索をかけて参考に(4年国語)。気象庁や区の防災情報を調べ、まとめる(4年社会)。
渋谷区の区立小中学校では、SurfaceとMicrosoft 365を使用。端末を使って調べ、その情報を分析し、まとめる活動が行われていた。自分で撮影した植物の画像を開き、じっくり観察(3年理科)。自作した俳句に添えるイラストを書くために、画像検索をかけて参考に(4年国語)。気象庁や区の防災情報を調べ、まとめる(4年社会)。

 GIGA活用を校内に広めるために、曾我先生は多様な手段を講じてきた。

①校内巡回して状況把握

 「校内をブラブラ見回るのも、校長の大事な仕事と考えています」と言うように、曾我先生は毎日のように校内を巡回し、すべての先生方の「普段の授業」を見て回っている。そして、GIGAを活用している授業を見つけては、職員室で話題にしている。

 「すごいね! GIGAでこんなことができるんだね! などと、他の教職員の前で、ほめます。先生方の指導を『価値付け』して、方向性を示すのも、校長の大事な役割です」

②校長通信で情報発信

 「情報発信」にも力を入れている。校内の教職員向けに、クラウド上で発信する「校長通信」で、「A先生が、GIGAを使ってこんな授業をしていました。次はこんな授業をするそうです」などと、紹介しているのだ。また、文部科学省の資料などを引用して、「GIGAがなぜ整備されたのか」「これからどんな教育が求められるのか」などの解説も掲載。理論の面からも、GIGA活用の必要性を訴えている。

曾我先生が教職員向けに発行している「校長通信」。GIGA活用が上手な先生の授業実践紹介、GIGA活用の呼びかけなどのほか、学級経営や指導技術の紹介など、先生の学びに役立つさまざまな情報が発信されている。
曾我先生が教職員向けに発行している「校長通信」。GIGA活用が上手な先生の授業実践紹介、GIGA活用の呼びかけなどのほか、学級経営や指導技術の紹介など、先生の学びに役立つさまざまな情報が発信されている。

③授業見学を促す

5年社会「北海道と沖縄の文化」では、自分が調べたことをまとめ、友達とも共有。 5年社会「北海道と沖縄の文化」では、自分が調べたことをまとめ、友達とも共有。
5年社会「北海道と沖縄の文化」では、自分が調べたことをまとめ、友達とも共有。

 「GIGA活用は、いくら言葉で説明しても、なかなか伝わりません。どんな活用ができるのか、それで授業がどう変わるのか、子供にどんな力が必要で、どんな力がついてくるのか。それが未来にどうつながるか。言葉で訴えるだけでは、理解されにくい。そこで、GIGA活用した授業を、実際に見てもらうように、働きかけています。『百聞は一見にしかず』ですね」

 西原小学校では、すべての先生が年に2回、「授業観察」を行っている。指導案も公開し、授業の日時も告知し、先生同士で授業を見合うのだ。この「授業観察」の機会を使って、GIGAの授業を行うことや活用する先生の授業を見ようと、呼びかけている。校長通信で告知したり、職員室で話題にしたりして、先生方の興味関心を高めている。

 また渋谷区では、水曜日の午後は先生方の研修や公開授業に充てる「ティーチャーズラーニングデー」という制度がある。この制度を利用して、他校の実践を見学しに行こうとも働きかけている。

④週案でGIGA活用を意識

 西原小学校では、すべての先生が、毎週の授業計画「週案」を作っている。この際に、「GIGAを使う予定の時間には丸をつける」「授業後に、よく使った時間には花丸をつける」等のルールを決め、GIGA活用の状況を「可視化」した。

 ある先生の週案を見せていただいたが、最初はところどころにしか付いていなかった「丸」が、日を追うに従って、どんどん増えていくのに驚いた。

 「単純な方法ですが、GIGA活用を可視化して意識するようにしたことで、活用率が目に見えて向上していきました」

⑤職員夕会で情報交換

 週1回の職員夕会で、GIGAの実践について先生同士が情報交換することを促した。

 「先生は、隣のクラスがどんな授業をしているのか、意外と知りません。週案を見せ合ったりしながら、お互いの実践を紹介したり、質問したりする場にしました」

 面と向かって話すので、質問して細かく教えてもらいやすい良さもある。

⑥朝のタブレットタイム

 月に1回程度、朝学習の時間に「タブレットタイム」を設定。「スキルアップのため、タブレットを使って新しいことをしてください」と、先生方に呼びかけている。

 「最初のうちは、とにかく先生方に使ってもらうことが大切。この時間は端末を使ってください、週に何回使ってください等、『時間目標』を設定して、GIGAを活用する機会を増やし、慣れてもらうことを心がけました」

明らかになってきた課題
情報モラルと基本的スキル

 こうした取り組みが功を奏し、GIGA活用が少しずつ、確実に校内に定着し、広まっていった。Teamsを使って協働的な学びを行うクラスもあれば、動画編集アプリで映像制作に力を入れるクラスも出てきた。校務でも、学年や分掌の部会や、研修情報などをTeamsでやり取りするのが当たり前になってきている。

 その一方で、課題も見えてきた。「学級間格差」が生じてきたのだ。

 西原小学校では、使用するアプリや使い方を校長が指定することは避け、先生方に自由に使ってもらってきた。だからこそすべての先生がGIGAを活用するようになったのだが、一方で、学級によって使うアプリやその使用頻度が異なるという弊害が出てきたのだ。渋谷区では2022年度から3年生以上の国語と算数で、学習者用デジタル教科書を導入したが、この使用頻度も、学級によってばらつきが出ているという。

 学年が上がった際、良い面もあるが、差として困ることが多い。

 例えば、基本的なICT操作スキル。特にキーボード入力スキルは、子供によって大きな差が出ている。フリック入力やソフトウェアキーボードに頼る子や、4年生で手書き入力している子も見受けられた。その一方で、複数のファイルを開いて見比べながら情報を整理し、コピー&ペーストも駆使しながらキーボードを叩いてまとめを書く子もいるなど、個人差が出ている。西原小学校全体では、入力文字数の全国平均を上回ってはいるものの、キーボード入力を含めた基本的なICT操作スキルの育成が、急務となっている。

 また、情報モラルの育成も、今後の課題だ。

 「GIGA導入当初は、友達の書き込みを消してしまう、ふざけた書き込みをする等の問題がやはり起きました。クラウド上で起きた問題は把握しやすいので、問題発生を指導の好機と考え、その都度指導しています。今後は、何年生でどんなアプリを使い、どんな力を育むか整理し、体系的に活用と育成を進めていく考えです。校内のICT活用部会に、カリキュラムの作成をお願いしているところです」

 授業改善も、これから取り組んでいく。今回さまざまな学年の授業を拝見させていただいたが、まだ従来の一斉授業スタイルが色濃く残っていた。

 「高学年では、Teamsを使って協働的な学びが進みつつありますが、まだまだこれから。GIGAを使って、個別最適な学びと協働的な学びを充実させ、授業を変えていこうと考えています」

 目指すのは、「自ら学び続ける子供」の育成だ。同校では、算数教育にも力を入れており、2023年11月には「新算数教育研究会」の全国大会が、同校で開催される。算数科では、「算数の『見方・考え方』を自ら働かせて、自己調整しながら学んでいく」ことを目標としているが、これは算数科に限ったことではない。すべての教科において、「見方・考え方」を働かせて、生涯にわたって学び続ける力を育みたいのだと、曾我先生は言う。

「教師力」向上を進め若手を育てる

先生も子供も、Teamsを大いに活用中。各学級の担任は、教科ごとや単元ごとに、チームを作成。ファイルを共同編集しながら学びをまとめたり、そのファイルを学級内で共有したり。子供の委員会活動のチームも作成され、話し合いをオンライン上で行うことも。また先生も、さまざまなチームを作って校務や学びに活用中。校内委員会、区の研究会や校長会などのチームがあるほか、区のICT研修では研修動画や資料などがチーム上で共有されている。Teamsが、子供や先生の協働学習を促しているのだ。
先生も子供も、Teamsを大いに活用中。各学級の担任は、教科ごとや単元ごとに、チームを作成。ファイルを共同編集しながら学びをまとめたり、そのファイルを学級内で共有したり。子供の委員会活動のチームも作成され、話し合いをオンライン上で行うことも。また先生も、さまざまなチームを作って校務や学びに活用中。校内委員会、区の研究会や校長会などのチームがあるほか、区のICT研修では研修動画や資料などがチーム上で共有されている。Teamsが、子供や先生の協働学習を促しているのだ。

 先生方の育成も、重要課題だ。西原小学校では、5年目以内の若手と30代後半の中堅が多いという二極化が進んでいる。GIGAの活用を広めるだけでなく、授業力や指導力の育成にも、校長として力を入れている。

 「結局のところ、学級経営や学習規律などの指導がしっかりできていないと、GIGAで個別最適な学びや協働的な学びを実施しようとしても、うまくいきません。逆に言えば、授業がうまい先生は、GIGA活用も上手なんですよ。『教師力』の向上は、今も昔も、管理職の大事なミッションです」

 若手育成に関して、西原小学校は特徴的な制度を採用している。若手のOJT研修では、学年主任クラスの教師が指導役を務めるが、それに加えてちょっと先輩の教師がメンターとして就くのだ。年齢の異なる2人の先輩教師が、1人の若手を指導するこの制度は先生方からも好評で、特にメンター役の先生が責任感をもって、積極的に教えたり、悩み相談に乗ったりしているという。

 多様な先生に指導してもらうことで、若手も多様な価値観に触れられ、視野が広がっていく。特に今は何が正解か分からない時代だ。多様な指導観、授業観、能力観そして教育観を吸収することは、若手にとって大きなプラスとなっているようだ。

 「私も教員生活は長いですが、今あらためて、『学び続ける大切さ』を痛感しています。GIGAで日本の学校教育が大きく変わろうとしている今、学び続ける先生は時代に合わせて教育をアップデートできますが、消極的な先生は取り残されてしまいます。生涯にわたって学び続ける子供たちを育むには、まず先生自身が学び続けなければ。校長として、先生方の学びを後押ししていきたいと思います」

*Microsoft Teams は、米国 Microsoft Corporation の米国およびその他の国における登録商標または商標です。

校長<br>曾我 泉 先生

校長
曾我 泉 先生

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