「 ICTさがみはらスタイル」で創造する新たな学び

自治体ルポ 相模原市教育委員会(神奈川)

左:相模原市立総合学習センター 学習情報班 竹鼻 直樹 指導主事
右:相模原市立総合学習センター 学習情報班 篠原 真 担当課長

全国に先駆けて、1986年から学習者用のコンピューターを各校40台設置し、校内LANや学校間ネットワークの整備を進めてきた神奈川県相模原市。今年度より、タブレットPCの利活用を研究する、新たな学びを創造する情報教育推進事業『ICTさがみはらスタイル』がスタートした。

モデル校4校で実証研究に取り組む

 相模原市は「教育の情報化」に20年以上前から取り組んでおり、6年おきのコンピューター教室の機器の更新に伴い、現在は学習者用コンピューターをデスクトップ型40台から、普通教室への持ち出しも可能なノートPC40台へと切り替えている。だが、1台あたりの児童生徒数としては10・9人での使用となり、全国平均の6・6人を下回る。子どもたちがPCに触れる機会は必然的に少ない。また、市内小中学校の全教室に50インチの大型テレビを整備したものの、教員の教室持ち込み用PCがないこともあり、教員のICT活用指導力は全国を下回るという課題があるのが現状だ。

 篠原真担当課長によれば、政府が掲げた「2020年までに児童生徒一人1台の情報端末を整備する」という目標に向けて、市の総合計画に合わせて策定した『学校の情報化推進計画』のもと、既存のICT環境を有効活用しながら、9年間にわたり段階的に環境を整備している。

 昨年度には、タブレットPCを総合学習センターに試験的に導入し、先生がタブレットPCを活用した授業や児童生徒が2~4人で1台のタブレットPCを利用して学ぶ協働学習の授業の実践を行うなど、教師や児童生徒がタブレットPCに慣れることを目的に市内の小中学校に貸し出しを行った。中期実施計画段階に入った今年度は、3か年にわたる『ICTさがみはらスタイル』が9月からスタートした。これは、モデル校4校(小学校2校、中学校2校)に教員用タブレットPC6台、学習者用タブレットPC10台を導入して、タブレットPC導入に関わる課題の整理を行うほか、児童生徒の意欲関心の高まりや学力の向上について実証研究に取り組むというものだ。

 『ICTさがみはらスタイル』では、数学科教員であった竹鼻直樹指導主事が主担当となり、研究校と連携を図りながら、算数と数学について二つの実証研究に取り組む。ひとつは、小学5〜6年生と中学1年生を対象に、「タブレットPCを利活用した”楽しくわかる”授業」を目指す研究だ。モデル校には、一人あたりの利用頻度が高くなるよう、小学校は各学年2クラス程度、中学校は各学年4〜5クラス程度の中規模校を選んだ。そして学力の経年的な推移を図るため、小学校2校、中学校1校は「中学校区」となっている。

 もうひとつは、「学びを深めるタブレットPCの利活用」を目指し、フューチャースクールで情報教育特別研修を受けた数学科教員が在籍する学校へ委託している。こちらの研究では、その教員が中心となって活用することで、タブレットPCのより効果的な利活用方法について検証する。

必要最低限の機器とソフトを用意

 左表のような機器およびソフトが導入されるモデル校に対して、篠原担当課長は、授業ではまずは、写真や動画が活用されることを予想する。また、機能としては「大型テレビへの画面転送や拡大提示が、児童生徒の理解を高め、思考を深めるために活用されるのではないか」と述べる。現状で導入しているソフトは必要最低限にとどめているが、「モデル校の教員が使い慣れてきた頃に、おそらくニーズが上がってくると思います。『こんなソフトがほしい』『こうしたことができないか?』といった要望が聞かれるようになれば、この事業が軌道に乗った証拠と言えるでしょう」と話した。

対象 導入機器および主なソフト 台数 主な使用方法
教員用 タブレットPC(キーボード付き)
・ Word / Excel / PowerPoint / 一太郎Pro
・ デジタル教科書(算数/数学)
・ PC教室のソフトすべて
・ 授業支援ソフト
・ 評価ソフト
6台 ・ 教材の拡大提示
・ 授業支援ソフトを活用して、児童生徒用タブレットの教材の配信、回収
・ 児童生徒用タブレットPCの利用制限
全体 タブレットPC(キーボード付き)
・Word / Excel / PowerPoint / 一太郎ビューア 
・ デジタル教科書(算数/数学)
・PC教室のソフトすべて
・授業支援ソフト
10台 ・ 教師用タブレットPCから配信された教材を活用してグループ学習
・グループでまとめた意見等を大型テレビに掲示して発表
・紙媒体では伝わりにくい学習内容をグループでデジタル教科書を使って学習
・ドリル教材ソフトを活用してのグループ学習
無線LANアクセスポイント
HDMIケーブル
(教員用1台につき1台)
6台 ・大型テレビに接続し、タブレットPCの画面を無線で転送
・校内LANに接続して、教室内を無線LAN環境にし、タブレットPCでインターネット検索やPC教室に整備されているソフトを活用
デジタルペンセット
(10本セット)
6台 ・専用の紙に印刷したワークシートにデジタルペンを使って意見等を記入。大型テレビで拡大提示して発表
充電保管庫 6台 ・タブレットPCを一括して充電、保管

二つのポイントで学習効果を検証

 タブレットPCはタッチペンでの入力や消去がキーボードに比べると容易であり、児童生徒も抵抗なく意見や考えを書き、多様な考えを引き出すこともできる。また、発表する際にもすぐに大型テレビに映すことができ、考える時間を多く設けることも可能になる。

 拡大表示などの機能も用いることで、発表者の意見が伝わりやすくなり、他者の考え方を深く追求できるようになり、思考が深まるという利点もある。

 今回の研究のポイントは大きく二つとした。

 まず、「思考力・判断力・表現力の育成を目指した授業」による学習効果の検証である。今回の研究では、図形の面積といった多様な考え方のできる単元の学習において、3〜4人で1台のタブレットPCを活用した協働学習に取り組む。竹鼻指導主事は「3〜4人ごとの班でひとりずつ意見を伝え合ったり、大型テレビに班ごとの意見を映し出してクラス全体で意見を共有して、考えを深めたりすることで、思考力や判断力、表現力を高めていきます」と話す。

 また、「基礎・基本の確実な定着を目指した授業」による学習効果の検証も行う。従来の紙媒体の教科書では読み取りづらかった内容について、デジタル教科書を活用し、基礎・基本を定着させる。たとえば、小学校では小数や分数のかけ算・わり算、中学校では比例と反比例などである。竹鼻指導主事は「分数のわり算のように、イメージのつかみづらい計算方法について、デジタル教科書を使うことで教科書の説明をアニメーションで確認し、思考の順番が理解でき、知識の定着を図ることができるようになります。また、回転体のような実物を見せられないものでも、タブレットPCを活用すれば、図形を回転させて立体の形を多角的にとらえることができ、正確に理解することができるでしょう」と説明した。

21世紀型スキルを身につけるために

 『ICTさがみはらスタイル』の実施にあたっては、今年度の4月からモデル校4校に総合学習センター所有のタブレットPCを貸し出し、操作方法の研修や教員への周知を始めた。さらに、6月から7月にかけて、デジタル教科書による授業実践を行い、タブレットPCを活用する単元や授業づくりのポイントなどについて検討を重ねた。そして、夏季休業中にタブレットPCやタッチペンなどの操作研修、ICTを活用した授業づくりのポイント、事前アンケートの実施に関する周知など、教員向けの研修会を開催した。

 そして9月より実践を開始し、毎月1回指導主事がモデル校を訪問し、授業づくりや授業研究について指導・助言を行っていく。また、タブレットPCを活用した授業実践を行い、事前・事後の児童生徒の変容や研究の成果、課題などについて、アンケート調査なども取り入れ、研究協議をする。今年度の研究成果は、年度末に事前・事後のアンケートの分析も含めて行い、次年度以降の課題を検証する。

 篠原担当課長は「ICTの活用に不安を抱く先生もいるようですが、ICTによって授業の本質が変わるわけではありません。タブレットPCやデジタル教科書を活用することによって、授業が効率的に行われるようになり、授業改善や学力向上が期待されるのです。私たちは、より良い授業づくりに取り組みたいという先生たちの支援をしていきたいと考えています。今回の『ICTさがみはらスタイル』により、日頃の授業の中でいかにICTを活用していくことができるかを検証し、来るべき2020年に向けて、段階的に準備をしていきます」と話した。

 竹鼻指導主事も言葉を添える。「これまで、算数や数学では、教員が問題文を板書し、それを児童生徒がノートに書き写し、大事なポイントに下線を引くというような流れで授業が進んでいました。これがICTを活用することにより、あらかじめ用意してある問題文を大型テレビに映し、重要なポイントは拡大表示することもできます。板書にかけていた時間を机間指導に充て、児童生徒の様子を把握することができるようになります。その中で、いい意見があれば、教員用タブレットPCで写真を撮り、大型テレビに転送すれば、クラス全体で意見を共有し、考えを深めることができるようになるのです。授業の効率化が進むとともに、児童生徒の理解度が高まり、思考が深まるという利点があるのです」

 『ICTさがみはらスタイル』を推進することで、小中学校での新しい授業スタイルが確立されていくことは間違いない。タブレットPCやデジタル教科書などのICTを活用することにより、授業改善が進み、児童生徒の学力向上が望まれる。

 「21世紀を生きる子どもたちには、情報活用能力が求められます。手に入れた情報を鵜呑みにせず、他の情報と比較したり分析したりするなどして、自分が得た情報が本当に正しいものかを考え、自らの意思で決定していく力をつけていかなければなりません。ICTを活用した授業を通じて、児童生徒が自ら課題を見つけ、身につけた知識を活用し、新しい価値を創造、実行する力も身につけていけるよう、研究を進めていきます」と、篠原担当課長は力強く語った。

記録と蓄積で振り返りを支援する
「らくらく座席表評価」を市内2小学校で導入

 『ICTさがみはらスタイル』実施にあたり、チエルのタブレット対応教務支援システム『らくらく先生スイート』の「らくらく座席表評価」が、市内の2つの小学校に導入されることになった。

 「らくらく座席表評価」は座席表をタップするだけで、児童生徒の評価や出欠席の情報を記録・蓄積でき、記録にもとづいた客観的な評価を支援するシステムだ。

 評価規準をタブレットPCに設定しておけば、実際に行われている子どもたちの学びをその場で評価規準に沿って見とることが可能になり、教員間の評価規準の共有化が一層図られることになる。教員にとって評価規準やそれまでの教科の記録が授業中に確認できるということは、子どもたちの学びの見とりをより確かなものにするとともに、保護者への説明責任への助けにもなる。教員用タブレットPCに導入したシステムを「指導と評価の一体化」に向けて、より一層活用していただきたい。

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