公開日:2024/10/18

各科目の教員が持ち寄る課題に学生主体で挑戦し、「課題解決」の過程を経験

教員養成の今 教育大学における「ICT活用力」の学びの在り方とは

宮城教育大学 教育学部
板垣翔大准教授に聞く

現在、我々教育大学には「ICTをうまく活用する」ためのリテラシーや知識を教えるにとどまらず、「自身で課題解決に資するICTソリューションを創り出していく」ための学びの機会を提供することが求められている──。こう語る宮城教育大学 教育学部 板垣翔大准教授に、同大学の教員養成におけるICT教育の最前線をうかがった。

「学校の良い思い出」を脱し課題を発見していく姿勢

 私もその一人ですが、教育大学に入学し教員を志す学生の多くは、学校や教育に良い思い出を持つ人です。しかし現在、教育現場はICT活用という強力な武器を手にし、大きな変革の時期を迎えています。そんな時代にあって、次世代の教育を担う教員の卵たる学生たちには、自らの持つ「学校の良い思い出」をただ再現するのではなく、それを活かしながらも教育現場の課題があればきちんと見出し、自ら解決・改善することで教育をより良いものにする。そのためにICTをきちんと活用できる人材になってほしいと願っています。

 そんな未来の教員を育てるために、教育大学において教育現場でのICTの活用方法を伝える役割は大きいでしょう。強く感じるのは、現在、我々教育大学には「ICTをうまく活用する」ためのリテラシーや知識を教えるに留まらず、「自身で課題解決に資するICTを活用したソリューション(解決策)を創り出して、必要であればプログラミングによってソリューションを形にしていく」ための学びの経験を提供することが求められているということです。

 私は現在、国立大学法人 宮城教育大学で、中学校の技術科の教員を志す学生への指導を主に担当しています。研究分野は、教育現場を支援できるツールやシステムの開発です。一例をご紹介しましょう。中学校の技術の授業では、のこぎりなどの道具をうまく使えるように練習する場面があります。しかしクラス全員が同時に作業を進める中で、各生徒がうまく道具を使っているか目を配ることは至難の業。そこで、センサーを用いて、刃を当てる際の角度や動作時の姿勢を検知し、正しく使えていないときに改善を促す音声を出したり、各生徒の動作データを集約して、先生がどの生徒を優先的に指導する必要があるか可視化したりできるツールを活用すれば、先生の負担も減りますし、何より生徒の成長を効率的に促せます。

 ツールを考案・開発し、教育現場への導入の実証研究を重ねるのが、私の研究の一つです。現在は、こうした創意工夫を学生と一緒に行うことで、必要に応じて自分でICTツールやシステムを創り出し、教育現場をより良くしていける教員を養成しようとしています。

フィードバックを受けることで教育現場にリスペクトが生まれる

センサー付きののこぎりを実証する様子。
センサー付きののこぎりを実証する様子。

 学生に課題解決型のICT活用力を付けさせるには、実際に教育現場の課題を見出し、それをICTを用いて解決するプロセスを体験させることが近道です。宮城教育大学では最近、大学全体で推し進める体制が整ってきました。

 本学では2020年度に情報インフラの管理やPC利用サポートを行っていた「情報センター」を組織改革し、「情報活用能力育成機構」を立ち上げました。このとき、同機構に大学を挙げて教育現場でのICT活用の可能性を探る場所としての役割を加えたのです。本学の強みの一つは10科目(国・社・数・理・英・技・家・音・美・体)、さらには特別支援教育等の専門教員が揃っていることですが、各科目から一名ずつが定期的に集まって連携できる組織を作りました。興味深いのは、議論の中で異なる視点や課題意識を持つ専門教員どうしがアイデアを持ち寄ると、情報分野の専門教員だけでは発見できないICT活用のニーズが見つかることです。本学では、ここで見つかったICT活用のニーズに対し、各分野の教員や学生とで共同研究しています。

 例えば、体育科では「バスケットボールの試合中、どの生徒が何回ボールを持ったか、何回シュートを放ったかデータで把握して可視化したい」とのニーズに対して開発したツールを学生とともに実践評価をしました。学生にとってはICT活用の可能性に加えて、教育データの利活用についても学ぶ機会になります。

 また、ポイントは研究成果として生み出したソリューションを大学内の「研究」で終わらせないことです。学生のアイデアや開発したツール・システムに対して、実際の教育現場で試用してもらい、率直なフィードバックを求めたり、実際に授業で使ってもらったりします。取り組みを通じて本学の学生は、「問題の発見→解決策の検討・試作→解決策に対するフィードバック→改善」という、問題解決の一連のプロセスを経験できるのです。

 なお、フィードバックを受けることで、教育現場の実態や教員の努力を知ることができ、学生に教育現場へのリスペクトの精神が醸成されますし、逆に、良いソリューションを提供すると、現場の教員からリスペクトされることもあります。このことも、この取り組みのメリットだと感じます。大学と実際の教育現場の結びつきが強くなった結果、この取り組みを経験した後に教員になった本学の卒業生が、今度は現役の学生のためにアドバイスをしてくれるポジティブな連鎖が生まれている点はとても嬉しく感じています。

「生徒側」でICTを経験させ
未経験である不安を軽減する

 「課題解決に資するICTソリューションを自身もしくは周りの人と創り出していく」取り組みと並行して重要なのは、学校全体でICT教育を推進していくための土台づくりだと考えます。これには、やはり普段の講義におけるICTの活用が欠かせません。私は現在、本学の全学年の1年次の必修講義として、数理・データサイエンス・AIといったICTの基礎を教える「情報活用の基礎」を担当しています。技術や情報分野の学生ばかりでない環境でも、将来の活用につながるICTの基礎となる知識を授けるために、意識しているポイントをいくつかご紹介します。

 まず、いきなり実践的な内容に踏み込まず、データ分析やプログラミングを行う基盤となる思考法を丁寧に説明することです。技術科の学生ならいざ知らず、難しい印象を持たれがちなデータサイエンスの学習などは、まず取り掛かりづらいイメージを払しょくすることが最優先と考えています。

 こうした“種まき”の成果か、2年次以降で用意しているより実践的なICT活用を教える講義は、かなりの割合の学生が受講しています。内容のレベルも上がりますが、心がけているのは、実際に教育現場を経験した教員を招いて、いま学んでいる知識がどのように教育に活用できるのかを語りながら講義を進めるなど、あくまで「教育現場への実践」を見据えた内容にすることです。

 工学や経済系の大学では、同様の講義で理論的な背景まで踏み込んで教えることも多いと思います。しかし本学では、最低限の知識を習得した後は、実際に教育現場でどのようにデータ分析が活かされているかといった事例紹介を重視するなど、専門知識と実践のバランスを意識しています。

 ちなみに、高等学校でもICTを駆使した授業が増えてきていますが、まだ自身がそうした授業を受けた経験が少ない学生が大半です。そんな中で、我々は「あなたが教員になったときには、ICTを活用した教育をしてもらいたい」と教えるわけです。自分の経験のないことを実践するのは不安ですし、そもそも活用している姿を想像できないかもしれません。

 そこで、なるべく授業中や実習の場で、学生に“自分が学ぶ側”でICTを活用した個別最適な学び・協働的な学びを体験してもらうことも心がけています。

 例えば、大学では100名を超える規模の講義がありますが、人数が多い分、多様性の幅も広く、一斉指導では限界があります。そこで、学生各自が全体の見通しを持ち、各自が定める目標や進度で学習を進められるようにしています。学生によってそれぞれの活動になりますが、ICTがあればそれも難しくありません。今後も、学生に「こういう使い方ができるのか」と学びを与えられるようなICT活用の方法を、積極的に教育の場に提供していきたいと考えています。

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