子ども自身がリテラシーを育むよう 学校を中心とした周囲の配慮が大切

人間工学から見たICTと子どもの健康

東海大学 情報理工学部 情報メディア学科 柴田隆史教授に聞く

子どもたちが、学校や家庭で日常的にデジタル機器を使って学習する機会が増えることで、情報教育やデジタル教科書に対する期待とともに、健康面への影響が懸念されるといった声が聞こえてくる。ICTの活用と健康面の配慮について、どのようなバランスを意識しながら推し進めるべきなのか。人間工学の視点から子どもたちのICT教育について提言を重ねる、東海大学情報理工学部の柴田隆史先生に話を伺った。

目の健康について話し合う児童生徒(左)30cmを知るために腕の長さを測る児童(右)
目の健康について話し合う児童生徒(左)
30cmを知るために腕の長さを測る児童(右)

30センチを自分の腕の長さと照らし合わせる

 学校保健の現場では、以前より子どもたちの視力の低下が指摘されている。裸眼視力1.0未満の児童生徒は過去最多を更新し続け、その傾向は小学校高学年以降で顕著だ。

 文部科学省でも、デジタル教科書を含めたICT機器の利用について、授業や家庭において児童生徒の健康面に配慮するようガイドラインで示している。例えば、学習者用デジタル教科書を使用する際は、目とディスプレイとの距離を30センチ以上離すこと、児童生徒が長時間にわたってディスプレイを注視しないよう、30分に1回は20秒以上、画面から目を離して目を休めるよう指導するといった留意点が挙げられる。ただ、現場に即した現実的な対応をいかにして浸透させていくべきか課題もある。

 「先生方は45分の授業の中でメリハリの利いた進め方に工夫を凝らしていると思います。時には黒板や先生の方に視線を向け、端末から視線を外させれば、自然と子どもが目を休める機会は生じます。むしろ、疲れたら適度に体を休め、伸びをしながら筋肉をほぐす、1日2時間は屋外活動をするといったことを習慣化させることが大切です」と東海大学、情報理工学部情報メディア学科の柴田隆史教授は話す。その上で健康面への影響があるからデジタル端末を使わないといった発想は本末転倒だと語る。

 子どもたちにとって、デジタル機器は単に学校教育でのツールに留まらず、仕事や遊び、コミュニケーション手段として将来に渡ってますます活用する機会が増えるのが必至だ。だからこそ、子どもたちが自らデジタル機器を快適に使うためのリテラシーを獲得することが重要だと柴田先生は力説する。「人間工学の基本は人体寸法。これから成長していくとしても自分の体は常に自分とともにあります。まずは自分の体の寸法を自覚することで、快適にモノを使う基礎力を早い段階で身に付けてもらえればと考えています」(柴田先生)

 例えば、目とディスプレイを離す基準となる30センチの距離。これを自分の腕の長さと照らし合わせて、子どもたちに理解してもらうような課外授業を柴田先生は行っている。実際に学校に出向くほか、複数の学校をオンラインでつないで実施することもある。授業を通じて人間工学の考え方を少しでも理解してもらえればと希望している。

タブレット端末の使用で3人に1人が身体的疲労

ICT機器を用いる教室環境の留意事項 出所:日本人間工学会  子どものICT活用委員会, 2019
ICT機器を用いる教室環境の留意事項
出所:日本人間工学会 子どものICT活用委員会, 2019

 人間工学は、人体寸法や心理的側面といったヒューマンファクターズから快適な道具の活用を追求する学問領域。人が用いるありとあらゆるモノが対象となる。「ハサミの多くは右利きを想定していて、親指は内側に力を入れ他の指は引くようにすると2つの刃が噛み合いきれいに切れる構造になっています。左手ではうまく切れないのはこうした理由があるからです」(柴田先生)

 モノにはそれぞれ快適な使い方があり、これは子どもたちの教育に関わるデジタル機器も同様だと柴田先生は言う。特性を理解することが健康面への配慮にもつながる。

 ICT機器を用いる際、教育現場ではどのような配慮が求められるのだろうか。

 「“見る”という行為においては、紙もディスプレイも同じです。ただ、ディスプレイは蛍光灯の映り込みなどによって判読しづらい状況を起こすことがあります。また、画面の光の加減や映し出される文字の大きさによっては、目を近づけすぎてしまう懸念も生じます」(柴田先生)

 目の疲れのみならず、タブレットの位置を固定するために手首が疲れたり、反射を避けるため姿勢が悪くなり首や肩が疲れたりすることもある。柴田先生らによる児童830名を対象とした調査では、タブレット端末の使用で3人に1人が身体的疲労を感じていた。

 タブレット端末は画面にタッチしながら能動的な操作で集中して作業をするため、長時間連続して画面を見てしまいがちだ。「バケツの水を数秒持ってもそれほど疲れませんが、ずっと長時間持ち続けると疲労がたまる。毛様体筋の視覚疲労も同様です」(柴田先生)

専門家による連携で各学校での啓蒙を広げる

 群馬県教育委員会、群馬県医師会、及び群馬県眼科医会による啓発チラシの内容(一部)
群馬県教育委員会、群馬県医師会、及び群馬県眼科医会による啓発チラシの内容(一部)

 学校現場でデジタル端末を活用しながら子どもたちの健康に配慮するには、どのような働きかけが大切か。柴田先生は専門家による連携を挙げる。その具体例として自身も携わっている群馬県の取り組みがある。群馬県医師会や群馬県眼科医会、群馬県学校保健会、群馬県教育委員会が連携し、それぞれの立場を尊重しながら児童生徒の健康維持と適切なICT機器利用に対する知見を深めているという。 群馬県教育委員会、群馬県医師会、及び群馬県眼科医会により、児童生徒の健康に留意したICT活用の啓発チラシを作成し、活用している。さらに、2021年8月に開催された群馬県学校保健協議会では、県内の保健主事や養護教諭、校長や指導主事、医師など310名が参加し、その様子は YouTube™ でも配信された。

 「専門家が議論し進め方を考え、各学校の養護教諭が中心となって各担任へと啓蒙を広げていく。実際の授業で子どもたちを見ている先生から家庭へと知識が伝播していけば、保護者の心配も軽減されると思います。また、子どもたちがどのような環境でどのようにデジタル機器を使っているのかを養護教諭の方にも実際に見ていただき、指導方法や保健だよりの作成に生かしてもらえればと思います。教室はその構造や時間帯で環境に違いが生じます。ある学校の教室では廊下側から強い光が差し込むため、紙で窓ガラスを覆う必要があるほどでした。授業研究などを機会に複数の先生で子どもたちが使うデジタル機器への光の映り込みや、大型提示装置の見やすさなどを教室のあらゆる場所から確認することも大切です」(柴田先生)

 加えて、「本来であれば、使用する条件を問わず体に負担を掛けず快適に使えるデジタルデバイスを開発していくことが望まれる」と柴田先生は話す。「現状は、さまざまな使い方を通じて適切な使い方や解決方法を経験的に積み重ねている段階です。健康を意識しながら、モノの使いやすさを追求できるスキルを子どもたちが身に付けられるよう、学校を中心に周囲が配慮していくことが大切です」(柴田先生)

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