小学校・中学校の“壁”を超えた「サロン」で授業改善や端末の利活用を学び合う

学校訪問9年間を見通した「GIGA×義務教育学校」の実現へ

―長野県―
信濃町立信濃小中学校

一人の校長、一つの教職員組織の下、9年間の義務教育を一貫カリキュラムで進める「義務教育学校」の信濃町立信濃小中学校では、「つながる」を合言葉にGIGA端末の積極的な利活用に取り組んでいる。キーマンの佐藤利恵校長先生と研究主任の伊藤真紀先生に、小中学校の児童生徒と先生が同じ校舎で学び合う義務教育学校ならではの課題と、それを克服するための工夫をうかがった。

小学校・中学校の“壁”を超えた「サロン」で授業改善や端末の利活用を学び合う
信濃町立信濃小中学校

信濃町立信濃小中学校 〒389-1313
長野県上水内郡信濃町古間491

2012年に施設一体型小学校・中学校として開校、2016年に義務教育学校に移行。1年生を迎える会は初等部の最高学年の4年生が担当。5年生と7年生の合同キャンプも。文化祭などのイベントでは1~9年生が縦割りで準備・運営する。

クラウドやICT機器で先生同士がつながる

 信濃町立信濃小中学校の校舎に入ると、正面の大型モニターが出迎えてくれる。「教室を見回って、子供たちが端末片手に楽しそうに授業を受けていたらタブレットなどでパチリ。校内ネットワークに投稿し、モニターに映し出します。子供たち同士が互いの学ぶ姿を共有して、やる気が刺激されたり、学びの質が向上したりすればいいなと願って続けています。また、保護者や地域の方がいらっしゃった時に、子供たちが生き生き学ぶ姿を見ていただきたくて」と佐藤利恵校長先生は微笑む。

 職員室にも大型モニターが2台設置されている。1台は全クラスの時間割のほか、各学年の行事や先生の出張先などの動向といった校務情報の共有用だ。もう1台は「信濃小中 研修掲示板」。先生が自らの授業の実践を投稿したり、他の先生が実践する授業を参観して学んだことやその良さを投稿したりするなど、日常の実践を互いに共有することで授業改善につなげている。また、県外を含むほかの学校の公開授業を参観した先生が、信濃小中学校にいる先生たちにも知ってほしい授業の様子を撮影し、研修掲示板に投稿すると、モニターに画像やコメントが次々流れてくる。職員室にいながら、リアルタイムでほかの教師の実践や遠方の公開授業の雰囲気がつかめる。

 校舎の3階に上がると、6年生の教室の先に、7–1、8–1、9–1と、一般の学校ではあまり目にしない学年のプレートの教室が続く。「通常の小中学校の計9学年の児童生徒が一緒に学ぶ、義務教育学校らしい光景といえるでしょう。本校では7年生から制服を着用します。同じ廊下でつながっているので、6年生は制服姿の先輩の振る舞いを見て『来年は自分たちが』と自然に心の準備ができます。中学進学時の環境変化に悩み、不登校などが増える『中1ギャップ』も心配ありません」(佐藤校長先生)。

 学年の異なる児童生徒が交わる姿は特別教室でも見られる。そのシンボルが、旧パソコン室をリニューアルした「メイカースペース」だ。休み時間や放課後には、1年生から9年生の子供たちが3Dプリンターなどを操作してものづくりを楽しむ。自分で手を動かし、分からないことは近くの上級生に声をかけてコツを教えてもらい、解決する。先生は子供たちから質問があればアドバイスするが、基本的には見守りに徹する。

 クラウド環境のICT機器やネットワークで先生同士がつながる。義務教育学校というユニークな学校形態や工夫した教室配置で異なる学年の子供同士がつながる。「GIGA×義務教育学校」を推進する信濃小中学校の軌跡は、実践と改善、再び実践の繰り返しといえるだろう。まずはその歴史から紹介する。

職員室には、校務情報共有用(左)と研修情報共有用(右)の2台の大型モニターが設置されている。職員室には、校務情報共有用(左)と研修情報共有用(右)の2台の大型モニターが設置されている。
職員室には、校務情報共有用(左)と研修情報共有用(右)の2台の大型モニターが設置されている。
信濃小中学校では実際に手を動かして学ぶ「体験」を重視している。パソコン室をリニューアルした「メイカースペース」では、休み時間や放課後に学年の異なる児童生徒同士が3Dプリンター(写真の右端のオレンジ色の機器)を操作して制作する姿も。
信濃小中学校では実際に手を動かして学ぶ「体験」を重視している。パソコン室をリニューアルした「メイカースペース」では、休み時間や放課後に学年の異なる児童生徒同士が3Dプリンター(写真の右端のオレンジ色の機器)を操作して制作する姿も。

必要な力の“穴”が空いたまま次の学年には進ませない

義務教育学校と小中一貫型小学校・中学校の違い
義務教育学校と小中一貫型小学校・中学校の違い

 文部科学省が2016年度に制度化した義務教育学校は、一人の校長の下、一つの教職員組織が置かれ、義務教育9年間の系統性を確保した教育課程を編成・実施する学校を指す。同省「文部科学統計要覧(令和5年版)」によると、2016年度は全国で国・公・私立合わせて22校だったが、年々増加し、7年目の2022年度は178校を数える。

 長野県の北端に位置する信濃小中学校は、少子化と施設の老朽化に直面していた町内の5小学校と1中学校が統合して、2012年4月に県下初の施設一体型小学校・中学校として開校した。2016年4月には義務教育学校に移行。翌2017年度からは、初等部の4年間と高等部の5年間をつなげた一貫カリキュラムで授業実践を積み重ねている。現在、町内の学校は同校一つで、9学年の児童生徒約420名が同じ校舎で学んでいる。

 「約40名の先生はそれぞれ、『自分は9年間の教育の中の大事な一瞬を担っている』という共通意識の下で日々の授業やクラス運営に取り組んでいます。信濃町に誇りをもち、時代を担う人材を育成するためにも、探究する力、発信する力、創造する力に〝穴〟が空いたまま次の学年には進ませないとの想いは、同じ校舎内で9学年の児童生徒が学んでいる義務教育学校ならではの使命感といえるのかもしれません」(佐藤校長先生)

子供たちの情報活用力は「活用表」を基準に磨いていく

5年生の家庭科の授業は地元名産の信州みそを使ったみそ汁の作り方。端末とテキストを使い、だしの取り方などを調べる。
5年生の家庭科の授業は地元名産の信州みそを使ったみそ汁の作り方。端末とテキストを使い、だしの取り方などを調べる。

 この教育スタンスは、2020年12月に1人1台端末の導入が完了したGIGA環境でも同じだ。2~9年生は配備された Chromebook™、1年生は元々学校に整備されていたタブレット端末に ChromeOS™ を入れ、Google Workspace for Education を利用している。

 「全学年で Google Classroom、Google スプレッドシート™、Google スライド™、Google Jamboard™、Google Chat™ を使った授業を展開しています。クラウドを活用しながら他学年や他学級の児童生徒と交流することもあります。一番のメリットは児童生徒一人ひとりの考えを即時に他者が共有できるところ。子供たちには多様な考え方を養ってほしい」(佐藤校長先生)。現在は信州大学 教育学部 学術研究院 教育学系 准教授の佐藤和紀先生のアドバイスの下、「9年間を見通したICT教育」の実現を目指している。

 そのキーマンが研究主任である伊藤真紀先生だ。現在は、信州大学大学院 教育学研究科 高度教職開発コースで学びながら勤務している。研究主任として、すべての Google Classroom にメンバーとして参加。授業づくり支援や研修カリキュラムの作成、教材研究などを通じて、9学年の先生のICTスキルの向上および授業への応用などを支援している。

 「先生のICTスキル向上研修は、端末導入当初は1年かけてアプリの使い方などを学んでいました。しかし終了時点で年度末となり、せっかく覚えたスキルを発揮する機会がほぼない。そこで現在は、6~7回のプログラムを1学期で完了する日程に変えました」(伊藤先生)

 授業づくりの指標でも工夫をこらしている。これまでは端末導入時に作成したオリジナルのスキル表を使っていた。例えば「情報の収集」では、1~2年生は「用意したWebページから情報を探す」、5~6年生は「いくつかのキーワードを組みあわせて、検索」などと目安が示されている。

 しかし、GIGAの利活用が進むにつれて先生や児童生徒の操作技術が上がり、スキル表の目標と授業の実態が合わなくなってきた。伊藤先生のもとにはほかの先生から「情報活用力が求められる今、操作スキルは各学年でどこまでできるようになっていたらよいか」と相談が相次ぐようになる。

 「そこで、学校のICT支援に実績のあるストリートスマート社の『Google for Education™ 活用表』を各先生に配布しました。『2~3点の情報から、傾向や違いを捉えることができる』『相手や目的に合わせた発表ができる』など、身に付けさせたい力ごとに、適したアプリや授業の活用例が紹介されています。この活用表を授業改善の指標として実践される先生もいます。これからも先生方と話し合い、子供の成長や授業に合った使い方を見つけていきたいと思います」(伊藤先生)

「問い」から始まる授業とICTの活用
「問い」から始まる授業とICTの活用

「子供が自分で学べるようになってほしい」と授業を工夫

 GIGA端末の利活用に関する校内研究も試行錯誤の連続だ。当初は同じ教科の先生同士の教科会で行っていた。しかし、小学校1~4年相当の初等部と小学校5~6年および中学校の高等部の間の見えない“壁”が活発な意見交換を阻み、先生たちからは「同じ方向に進んでいるの?」との声が出た。

 そこで伊藤先生は教科・学年の壁を超えた「サロン」方式を提案。初等部と高等部の全先生を専門教科や学年を横断した6つのグループに分け、それぞれのサロンのリーダーに研究部のメンバーを一人ずつ配置した。各サロン内では、それぞれの先生の授業実践や抱える悩みなどの共有、価値付けおよび目指す方向性の確認など、リーダーを中心としたディスカッションを通して授業改善につなげられるような仕組みとした。

 「高等部の英語の先生が、生徒が自分の発音を自分でチェックできるようにAI(人工知能)搭載型アプリを活用した実践を共有すると、その実践を知った初等部の先生が、国語の授業において児童自身で朗読力が高められるように音声入力や録画機能を活用するといった実践につなげていました。どちらの実践も児童生徒自身が自分で学べるようになってほしいといった共通の目的意識をもって授業改善に取り組まれていることが伝わってきます。一方で部活や出張などでサロンのメンバーが揃わない、これは本当に授業改善につながっているのかといった教師の不安や迷いの反応もあります。GIGA端末でよりよい授業を実践したいという多くの先生の気持ちに応えられるように、さらに工夫を重ねていきたいですね」(伊藤先生)

 その言葉通り、佐藤校長先生や伊藤先生を中心とした校内のICT化をきっかけに、自らの授業観や教え方をアップデートする先生の輪は、少しずつ、しかし着実に広がっている。ある先生は「『端末を使うと子供たちの思考が深まらない』と思ったこともありましたが、最近は『端末を使った学習場面を作っていけば思考の深まりが期待できる』と自らの考えを転換していかなければならないと考えるようになりました。GIGA環境でもこちらの授業力が求められることに変わりはありません。目的や目標が明確な授業であるほど、子供たちの学習意欲や端末の活用力が高まると感じています」と、揺れ動く気持ちを率直に打ち明ける。

 別の先生は「3年ほど端末を活用してきて、子供たちの間には自分で思考ツールを使って情報を整理したり、『この思考ツールを試してみたい』という声が聞こえたりするようになりました。端末が子供たちにとって『便利な文具』として定着しつつあるように感じます。この気持ちがどんどん磨かれていって、『分からないことは自分で調べる』となれば、自ら主体的に学んでいく力を支える土台になるでしょう」と手応えを語る。

 佐藤校長先生は「先生にとっての義務教育学校の良さは、校内で小学校の授業も中学校の授業も参観でき、小学校の先生は中学校から、中学校の先生は小学校から自然に学び合える点です。GIGA環境が整って3年が経過しました。『クラウドに授業のめあてや振り返りを記入して終わり』ではなく、子供たちの変化や成長を子どもたち自身や教師がどう捉え、どう評価し、どうフィードバックするか、すべての先生方と改めて考え直したいと思います」と力を込める。義務教育学校のアドバンテージを活かしたGIGA端末の有効活用と授業改善へのチャレンジは続く。

GIGA端末の利活用を話し合う校内研究は、小学校や中学校、教科、学年の違いを超えた「サロン」方式で実施。通常は写真上のグループ単位で、節目のタイミングでは写真下のような全グループが集う集合研修を行う。GIGA端末の利活用を話し合う校内研究は、小学校や中学校、教科、学年の違いを超えた「サロン」方式で実施。通常は写真上のグループ単位で、節目のタイミングでは写真下のような全グループが集う集合研修を行う。
GIGA端末の利活用を話し合う校内研究は、小学校や中学校、教科、学年の違いを超えた「サロン」方式で実施。通常は写真上のグループ単位で、節目のタイミングでは写真下のような全グループが集う集合研修を行う。

*Chromebook、ChromeOS、Google スプレッドシート、Google スライド、Google Jamboard、Google Chat、Google for Education は、Google LLCの商標です。

校長<br>佐藤 利恵 先生

校長
佐藤 利恵 先生

研究主任<br>伊藤 真紀 先生

研究主任
伊藤 真紀 先生


※ご紹介させていただいた所属・役職は2024年3月1日現在のものです

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