公開日:2024/9/17

GIGA端末で「一人一人を主語」に
ただの「自習」で終わらせない授業へ

学校訪問「やると決まったら、みんなでやる」先生の団結力こそ最大の武器

―神奈川県―
川崎市立南河原小学校

2023年度・2024年度と2年続けてリーディングDXスクールに指定された、川崎市立南河原小学校。川崎市教育委員会と二人三脚で、「子供主導」の授業へ改善を進めている。その結果、今あらためて、教師の役割の重要性を強く感じているという。

GIGA端末で「一人一人を主語」にただの「自習」で終わらせない授業へ
川崎市立南河原小学校

川崎市立南河原小学校
〒212-0021
神奈川県川崎市幸区都町 18

昭和13年創立。令和5年度より、文部科学省「リーディングDXスクール事業」指定校。川崎市「かわさきGIGAスクール構想推進」協力校でもある。GIGA先進校として全国的にも注目されており、市外からも見学者が訪れている。

「子供主導」だからこそ教師の指導技術が問われる

 「本校では、一人一人の子供が主語になる学習を目指しています。GIGA端末の活用は、そのための手段と、位置付けています」

 こう語るのは、川崎市立南河原小学校で研究主任を務める工藤大輝先生だ。例えば6年生算数「円の面積」では、このような授業を展開している。

●複数の図形を与え、「どの図形が一番面積が大きいか」と課題を提示。
●どの図形から考え始めるかは、子供に委ねる。
●一人で解いても良いし、誰と相談しても良い。「立ち歩き」も自由。
●一人一人が自分のペース、自分なりの方法で学習を進め、課題を解決する。

 算数に限らず、社会科や国語、総合的な学習の時間など多くの教科等で、このような「一人一人を主語」にした授業が展開されている。

 「『複線型』の授業に近づきつつありますが、複線型の授業にすることを目指したわけではありません。『一人一人を主語』の授業を目指したところ、自然とこういう授業になっていったのです」と、川崎市教育委員会の新田瑞江指導主事は言う。

 このような授業において、最も大切なものは? と尋ねると、工藤先生は「教師の指導力です」と答えてくれた。「教師主導の授業から子供主導に転換といっても、ただ子供に委ねれば良いわけではない。子供は間違ったり、本来の目的から逸れたりします。そこをどう修正するか、どう導くか。GIGA端末活用ではここが大切になってきます」(工藤先生)

 そこで授業で心がけているのが、課題や目的、見方・考え方などの徹底だ。

 例えばこの日の6年生社会科(歴史)の授業では、教材となる絵をどんな「見方」で観察すべきかを、繰り返し徹底していた。そして脇道にそれそうな子がいれば、「今日のねらいは何だっけ?」と声をかけて軌道修正を促し、いい見方を働かせている子がいれば「今日のねらいに合ってるね!」と、意図的に大きな声で褒め、クラス全体に聞かせた。それを耳にした他の子供は、自分の学習に反映していた。

 「協働的な学び」でも、教師が道を示す。協働的な学びは、つい仲良しの友達で集まりがちだ。そこで、「今日の自分のねらいを達成するために、今話すべき相手はその人なの?」と、よく声をかけるという。「子供主導の授業とは、決して『子供任せ』にすることではありません。教師には、子供を正しく導き、学習を活性化させていくことが求められます」(工藤先生)

 そのためには、発問や声かけ、子供の見取りといった指導技術が重要なのだと工藤先生の授業を見て感じた。

この1年半で大きく進んだGIGA端末活用

 見事なGIGA端末活用を進めている南河原小学校だが、ここに至るまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。「南河原小学校は、この1年で大きく変わった」と、新田氏は振り返る。学校と教育委員会が、二人三脚で歩んできたのだ。

 時計の針を、2022年春まで戻そう。同年に南河原小学校に着任した宝谷拓之校長は、「閉まりっぱなしの充電保管庫」を憂いていた。

 「前任校ではGIGA端末をそこそこ使っていたのですが、当時の本校は、どの学級を見に行っても端末は充電保管庫に入りっぱなし。『いつ開くんだろう』とやきもきしていました」(宝谷校長)

 そんな時、新田氏は「リーディングDXスクールの指定を受けてほしい」と南河原小学校に依頼した。宝谷校長は「これはいいチャンスだ」と喜んだが、先生方からは「なんでうちが?」と、戸惑いの声が上がったという。

 しかし新田氏は諦めなかった。「先生方のやってみようという思いと団結力があればきっとうまくいきますから」と粘り強く説得を重ねて了承を取り付けると、「端末活用が進む愛知県春日井市を視察してみませんか」と提案した。はるばる現地に赴いた宝谷校長や工藤先生らは、大きな衝撃を受けた。子供たち一人一人が個別と協働を自分で選択し、学びを進めていた。「百聞は一見にしかず。『川崎市もこういう授業を目指したい』と、先生方に伝えたかったのです」と、新田氏は振り返る。

 視察後、南河原小学校でもGIGA端末を使い始めたが、振り返りを Google スプレッドシート™︎ に書かせる程度で、エンジンはまだかからなかった。変化の兆しが見え始めたのは、2023年の夏。リーディングDXスクールの学習会に参加した工藤先生は、Google Jamboard™︎ を使った「他者参照・途中参照」を体験する。「これはおもしろい」と感銘を受けた工藤先生は、早速校内研修で他の先生方にも体験してもらい、「使ってみましょう」と呼びかけた。ここから、GIGA端末の活用が広がっていった。 「ありがたいことに、うちの先生方は『やろう』とお願いすれば、みんな実行してくれるんです」と、工藤先生は笑みを浮かべる。この団結力こそ南河原小学校の強みだと、新田氏も言葉を添える。 「すべての先生が、授業をもっと良くしたいという熱意を持っていますし、その熱意と行動を校長が温かく見守り、『なんでもやっていいよ』と後押ししてくれる。すばらしい『チーム学校』です」(新田氏)

 同時に、先生がGIGA端末を使いやすくする環境づくりも進められた。教務主任の新井隆司先生は、校務で用いるさまざまなデータを一元管理するサイトを立ち上げた。このサイトには、会議、校務分掌、研修、行事、児童の写真など、先生が校務で使うさまざまなデータが項目ごとに整理されており、目当てのデータをすぐに探せる。これにより、校務でのGIGA端末活用が一気に加速していった。

学びを深めるために「かたち」から「本質」へ

 さらに川崎市教育委員会は、外部から指導者を招いて、南河原小学校をサポートした。東京学芸大学の高橋純教授に、南河原小学校の定期的な指導を依頼したのだ。

 その高橋先生の最後の訪問を前に、校内は色めき立った。「せっかくだから全学級で授業をやろう、学校外にも公開しよう!」と、工藤先生は発案。先生方も賛成した。新井先生は、当時の雰囲気をこう述懐する。 「公開用の授業ではなく、普段の授業を見てもらおう。この1年、みんなで同じ方向を向いて頑張ってきた。それが正しかったんだと、多くの人に披露しよう。そんな熱気で先生方は一丸となりました」(新井先生)

 満を持して挑んだ2023年12月の公開授業には、約160名もの参観者が来校した。市外からもたくさんの参観があった。そこで南河原小学校の先生方は、目を見張るような授業を披露し、高橋先生を驚かせた。「『授業が劇的に変わった』と、褒めていただけました」と、宝谷校長は会心の笑みを浮かべる。

 南河原小学校の物語は、ここで終わらない。2024年春、同校は2回目のリーディングDXスクール指定を受けた。が、工藤先生は「2年目があるとは思わなかったので、12月の公開研究授業でやりきった感があった」と苦笑いしつつ、「新たな課題が見えてきた」と続ける。「去年1年間頑張って、春日井市のような『かたち』はできるようになった。子供一人一人が自分で学習を進め、友達と対話しながら学べるようになった。でもこれで、教科の学びになっているの? という疑問が芽生えてきたのです」(工藤先生)

 宝谷校長も、こう指摘する。

 「初任者でも、GIGA端末を活用した授業を展開できるようになった。しかしその一方で、端末を使うことがただの作業になってしまっていないか? ただの『自習』にとどまっていないか? 『かたち』ではなく『本質』を追究しなくては、とも感じ始めたのです」(宝谷校長)

 教科・単元のねらいを達成するために、教科の見方・考え方を磨くために、教科の学びを深めるために、GIGA端末を使おう。これが、2024年度の研究テーマとなった。特に重視しているのが、冒頭でも工藤先生が述べた「教師の関わり方」だ。子供一人一人を見取り、適切な指導・支援を行い、子供同士を結び付けて「学ぶ集団」をつくり上げる。「昔と同様、ここが教師の腕のみせどころ」と、宝谷校長は強調する。

 すると、あらためてGIGA端末の利点が見えてきた。GIGA端末のおかげで、一人一人を細かく見取れるようになった。子供たちに、協働的な学びが定着した。以前は、隣の人のノートをのぞこうとすると、「見るなよ!」「自分で考えなよ!」と拒絶する子が多かったという。しかし今では、他者の考えを「見る・見せる」のが当たり前になり、分かる子が分からない子に教える場面が増えたという。「子供たちに自信がついてきた」と、宝谷校長は目を細める。

先生方にとってGIGA端末とは?

川崎市立南河原小学校
新井先生が立ち上げた、校内ポータルサイト。成績・所見を除く、ありとあらゆる資料を随時アップ。先生方からの評判もすこぶる良い。

 最後に、先生方に「あなたにとってGIGA端末とは?」と尋ねてみた。工藤先生は、これまでの認識が変わったという。「以前は、GIGA端末は『調べ学習』の道具だと思っていました。でも今は、『自分の考えを表現する』道具だと認識しています」(工藤先生)

 自分の考えを表現し、それをもとに対話することで、自分の考えをもっと広げたり、深めたりできる。工藤学級の子供たちは、そういうふうにGIGA端末を使っていた。

 教務主任の新井先生は「GIGA端末は、教師本来の使命を果たすのを手助けしてくれる」と話す。「GIGA端末の活用で校務を効率化できれば、子供たちと過ごす時間を増やせる。教師がやりたかったことをやれる時間をつくってくれる。そんな道具だと感じています」(新井先生)

 川崎市教育委員会の新田氏は、「GIGAスクール構想は、教師を授業の原点に立ち返らせ、教育を変革する原動力になりうる」と、期待を込める。「GIGA端末を使うことで、先生方は、授業の原点について深く考えるようになっていきました。例えばGIGAスクール構想における板書はどうあるべきかを考えていくうちに、そもそも板書とは何のためにあるのか? という原理を再考するようになった。今までなんとなくやっていたことを意識し、新しい学びの在り方について考えるようになったと感じます」(新田氏)

 最後に、宝谷校長はこう締めくくってくれた。 「GIGA端末とクラウド活用は、『スチューデント』を『プレイヤー』に、『ティーチャー』を『コーチ』に変えてくれた。今後もそれを意識しながら、子供たちを教科の本質へ導く授業を展開していきたいと思います」(宝谷校長)

※Google スプレッドシート、Google Jamboard は、Google LLCの商標です。

川崎市教育委員会<br>指導主事<br>新田 瑞江 氏

川崎市教育委員会
指導主事
新田 瑞江 氏

川崎市立南河原小学校<br>校長<br>宝谷 拓之 先生

川崎市立南河原小学校
校長
宝谷 拓之 先生

川崎市立南河原小学校<br>研究主任 6年担任<br>工藤 大輝 先生

川崎市立南河原小学校
研究主任 6年担任
工藤 大輝 先生

川崎市立南河原小学校<br>教務主任<br>新井 隆司 先生

川崎市立南河原小学校
教務主任
新井 隆司 先生

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