公開日:2024/9/20

「DXハイスクール」はICT整備を起点とした“高等学校改革”

文部科学省
初等中等教育局
参事官(高等学校担当)
田中 義恭参事官

文部科学省は2024年4月、全国の高等学校1010校を「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)」採択校に決定したと発表した。100億円の補正予算を基に、1校1000万円を補助上限として、ICTを活用した文理横断的・探究的な学びの強化を支援する。文部科学省 初等中等教育局 参事官(高等学校担当)の田中義恭氏にねらいを聞いた。

 「DXハイスクール」はICT整備を起点とした“高等学校改革”

「大学の学部転換」と「小中学校のGIGAスクール構想」
今こそ高等学校教育も抜本的強化が必要

全国の高等学校の5分の1にあたる1010校を採択

 「DXハイスクール」の募集には、普通科のほか、デジタル・理数分野のカリキュラムに力を入れる工業科、農業科、商業科など全都道府県の1097校から応募がありました。文部科学省では、①各都道府県に割り当てた枠の中で、取組内容に応じた加点が高い順に採択(基礎枠)、②それ以外の学校について、取組内容に応じた加点が高い順に予算の範囲内で採択(全国枠)の観点で審査し、最終的に1010校を採択しました。

 「DXハイスクール」では1校あたり補助上限額1000万円の定額補助を行います。具体的な取り組みとして、小中学校と同じく、高等学校でも多くの生徒が端末を使えたり通信ネットワークを整備したりすることは重要です。しかし、国の成長を担うデジタル・理数分野の担い手増にはより高度かつ実践的なアプローチも欠かせません。そこで、「DXハイスクール」の支援対象例では、ハイスペックPC、3Dプリンタ、動画・画像生成ソフトといったICT機器や遠隔授業用を含む通信機器、理数教育設備、専門高校の高度な実習設備などの拡充のほか、専門人材派遣の業務委託費を挙げました。

 採択校の顔ぶれは事前の段階では予測がつきませんでしたが、結果は、普通科以外の専門高校も多い印象です。単純な校数では母数が多い普通科が多数を占めていますが、専門高校である工業科では約3割、情報科では実に8割以上の学校が採択されています。農業科では、すでにAIの画像処理技術を使って効率的な収穫などを学んだりしているところもありますので、「DXハイスクール」でこのようなデジタル授業がさらに広がることを期待しています。

 文部科学省は2002年からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業を実施しています。こちらはデータサイエンスなどを含む理数教育の強化校225校に予算が割り当てられています。デジタル・理数分野の人材の底上げにはいくつかのアプローチがあります。1つがSSHのように先導的なトップレベルのモデル校を作り、他校がそのカリキュラムなどを参考にする方法です。

 一方「DXハイスクール」は、全国の高等学校の約5校に1校にあたる1010校を採択し、ICTを活用した文理横断的・探究的な学びを支援する仕組みです。SSHが科学技術人材のアッパー層の引き上げとすれば、「DXハイスクール」は母数を増やす戦略といえるでしょう。普通科、工業科、農業科、商業科などといった幅広い学校のICT環境の整備が大きな特徴です。

「DXハイスクール」の必須要件・加算項目と、申請校数・採択校数・学科別採択校数
「DXハイスクール」の必須要件・加算項目と、申請校数・採択校数・学科別採択校数
(出典:文部科学省「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)採択校の決定について」令和6年4月16日)

大学や企業など外部とのつながりを深め、
先生方の働き方改革も進めていただきたい

高等学校でもデジタルなど
成長分野の担い手を増やす

 2024年というタイミングで「DXハイスクール」が動き出したことには、2つの背景があります。1つ目が高等学校と大学の教育内容の接続、いわゆる「高大接続」です。

 現在、大学教育では我が国の成長を支えるデジタル・理数分野の担い手を増やすため、2022年度の補正予算において確保した3002億円で基金を創設し、理工系学部・学科の増加や自然科学(理系)分野の学生割合の5割目標達成を目指しています。その大学に進学する多くは高校生です。大学教育におけるデジタル・理数分野への学部転換という政策効果を最大限に発揮するには、今こそ高等学校段階でもデジタルなど成長分野を支える人材育成の抜本的強化が必要との認識がありました。

 2つ目の背景が、小学校・中学校段階で全国的に国策として進んでいる「GIGAスクール構想」です。高等学校のICT環境の整備は、国のGIGAスクール構想の下で一体的に拡大・浸透している小中学校に比べると自治体・学校ごとにばらつきが生じ、我が国の将来を担うデジタル人材の育成との観点では力強さに欠ける傾向がありました。このような背景から令和5年度補正予算に基づく、いわば国策の「DXハイスクール」が実施されることになりました。

デジタルの“リソース”を国の補正予算で拡充する

 「DXハイスクール」の採択校には、情報Ⅱや数学Ⅱ・B、数学Ⅲ・Cなどの履修の推進や情報・数学などを重視した学科への転換、コースの設置などを求めています。これは、文理横断的な学びに重点的に取り組む新しい普通科への学科転換、コースの設置などが該当します。例えば、地方の小規模校において従来開設されていない数学Ⅲなどの理数系科目の遠隔授業もどんどん実践していただきたい。デジタルものづくりなど、生徒の興味関心を高めるデジタル課外活動の促進にも取り組んでいただくよう呼びかけていきます。

 また、高大接続の強化や多面的な高等学校入試の実施も主要テーマの一つです。工業科、農業科、商業科などの専門高校において、大学などと連携したより高度な専門教科指導の実施や実践的な学びを評価する総合選抜の実施も、高大接続の文脈で重要といえます。

 強調しておきたいのは、「DXハイスクール」が求めている取り組み例を、すべて学校の先生だけで行う必要はないことです。専門的な知見を備えた人材がいる大学や企業などと連携し、それらが持つプログラムやアプリケーションをうまく活用しながら、出張講座で生徒に授業してもらったり、先生方を対象とした研修会を開いたりすることも積極的に進めてほしい。「DXハイスクール」をきっかけに、大学や企業など外部とのつながりを深め、それによって先生方の働き方改革も進めていただきたいと思います。

 「DXハイスクール」では、高等学校のデジタル・理数分野の“リソース”を拡充するのも大きな目的です。例えば、高等学校の先生はお忙しいので最先端のデジタル技術の知見を身に付ける余力がないケースが考えられます。校内のPC教室のパソコンが古かったり、プリンタや映像共有設備などが整っていなかったりする学校も少なくないとみています。このように先生を始めとした教える側の人材や機材といった広い意味でのリソースを、国の補正予算で供給するのも「DXハイスクール」の意義の一つととらえています。

採択校の履修率・デジタル環境の整備・大学理系学部進学率
採択校の履修率・デジタル環境の整備・大学理系学部進学率
(出典:文部科学省「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)採択校の決定について」令和6年4月16日)

文理横断的・探究的な学びは
興味関心から出発し、前向きな学びにつながる

画一的で受動的な学びから学校ごとに特色ある授業へ

田中義恭 参事官

 今の普通科の高等学校には、コンピュータの仕組みやプログラミングを学ぶ「情報Ⅰ」のほか、情報Ⅰのプログラミング工程に加え、プロジェクトマネジメントやテスト手法などの情報システムの構築や改善に必要な知識と技能を身に付ける「情報Ⅱ」があります。情報Ⅰは2022年4月から必履修科目、情報Ⅱは2023年4月から選択科目です。

 情報Ⅱは普通科の科目のため、「DXハイスクール」の採択校応募に関する必須要件では「情報Ⅱ等」とあえて「等」を入れ、工業科、農業科、商業科なども対象としました。実際、これらの専門高校の中には、すでにプログラミングやデータサイエンスなどの先端科目を設けているところが少なくありません。

 さらに、採択校応募に関する加算項目の「文理横断的な新しい普通科の設置」には、「DXハイスクール」がデジタル・理数分野の人材育成を起点に、全国約5000の“高等学校改革”につながってほしいとの想いも込めました。普通科を中心に、高等学校では大学受験を強く意識した授業運営がなされているケースが多くあります。その結果、個々の学校の独自性が薄れ、学ぶ生徒も均質化が進んでいるのではないかと懸念しています。このような環境では、日本をけん引するデジタル・理数分野の人材が育ちにくいのではないでしょうか。

 今回の採択校は「DXハイスクール」の補助金を活用してICT環境を整え、「我が校のデジタルラボではこのようなものづくりができます」「企業と提携したプログラミング講座を用意しています」など、特色ある授業を積極的に打ち出してほしいです。そうすることで生徒の側も、「私はこの学校で学びたい」と主体的に進学先を選ぶようになるでしょう。

 OECD(経済協力開発機構)のPISA2022の結果によると、日本は数学的リテラシーや読解力、科学的リテラシーは世界トップレベルです。しかし、社会全体ではデジタル・理数分野の人材が不足している。あくまで私見ですが、この一因は、大学の入学定員数が高等学校教育に影響を与えている面があると考えます。現役合格志向が強い中、設置が少ない理系学部の受験は躊躇するかもしれません。文理横断の学びを進めていく中では、入試のあり方や仕組みについても再検討する必要があるのではないでしょうか。

 これまで日本の多くの高等学校で展開されていた、どちらかといえば画一的で受動的な学びは、基礎的な学力は身に付くものの、自己実現への前向きなモチベーションや社会に関わろうという意識にはつながりにくかった可能性があります。一方、文理横断的・探究的な学びは、自分の興味関心が出発点であり、授業や学校生活などを通じてそれを掘り下げ、社会と関わりながら課題解決していくアプローチを重視します。

 ハイスペックPCなどが整ったデジタルラボなどICTを活用して、生徒に能動的な学びの機会を提供する「DXハイスクール」を、日本の高等学校の姿を変える第一歩に育てていきたいと考えます。2024年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」には、「DXハイスクール事業の継続的な実施」が明記されました。これからも特色ある高等学校づくり、ひいては子供たちの自らの意思に基づいた進路決定を支援していく所存です。

この記事に関連する記事