教学DXによる授業・学習支援で「自由を生き抜く実践知」の具現化を推進
法政大学
教育開発支援機構長
社会連携教育センター長
生命科学部
山本 兼由教授
文部科学省による「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」に選ばれている法政大学は、早い段階からさまざまな情報のデジタル化に取り組んできた。同大学の教育開発支援機構長を務める山本兼由教授は、学生たちとともに作り上げる次世代の教育プログラムや学習環境について、最適な答えを模索し続けている。
学生は100分の授業動画を2倍速で視聴する可能性
「効率化」をキーワードに変化へ応じる
授業動画の視聴時間短縮で生じた時間は学修向上のために活用
2020年の新型コロナウイルス禍を契機に、インターネットは急激に社会インフラ化しました。しかしこの情報革命は、人類の長い歴史の中で繰り返されていることでもあります。
例えば印刷技術は15世紀に飛躍的に発展し、当時の社会に情報革命をもたらし社会インフラの一つとして普及しました。その後技術は進化し続け、現代において情報は手元のスマートフォンで得ることが当たり前になっています。伝達手段における変化も著しいです。音声や動画の視聴もインターネットを介していつでもどこでもできるようになり、倍速で視聴することも一般的になってきました。時間の概念すら崩れてきているのです。
つまり、我々が100分で用意した授業動画も、学生が2倍速で視聴すれば50分で終わります。こうした変化を、教員サイドは敏感に捉え、より教育研究を発展できる良い機会になっていると感じます。
変化に応じた授業を提供するには、「効率化」がキーワードになるでしょう。学生が楽をするためではなく、視聴時間の短縮で生じた時間で、強みをさらに伸ばしたり弱点を補強したりしてほしいです。自分の専攻を中心に学修をより向上させるために、我々は学習の効率化につながる環境を提供していきたいと考えています。
15学部と17研究科を擁する法政大学の全学共通の教育目標は、学生が持続可能な社会に貢献する「実践知」を身に付けることです。建学以来培ってきた「自由と進歩」の精神を2016年に「自由を生き抜く実践知」と表現して、「法政大学憲章」を制定しました。
「実践知」とは、あらゆる意味で人々が生きやすい社会を作るため、それぞれの現場で必要な知識や情報を集めて適切に判断を下し、実践に移していくことのできる知性を指します。この全学共通教育目標の具現化に向けて、教育開発支援機構は教学DXを推進させています。例えば、ICTツールを用いた授業支援や学習支援の取り組みもその一つです。
同機構長を務める私の専門分野は生命科学で、普段はゲノム編集などを用いてゲノム機能発現の研究をしています。ゲノムとは、遺伝子の集合体を表す言葉です。たくさんの遺伝子が協調して働きあうことで、生物は成り立っています。法政大学に置き換えると、遺伝子は15学部と17研究科に該当します。それぞれの教育研究リソースをデジタルでうまくつなぐことができれば、「実践知」の完成・推進・高度化が期待できるとの考えのもと、これまで教学DXに取り組んできました。
ディプロマポリシーを指標にデータベースを構築
本学の教学DXへの歩みを振り返ると、1997年の総合情報センター設立を皮切りに、履修や成績、授業データなどの整備にまい進してきました。2008年に履修システムのデジタル化を実現し、2010年にWebシラバスを公開。2011年にはCMS(コンテンツ管理システム)を構築しています。2014年からは授業改善アンケートをWeb実施に切り替えました。2020年にLMS(学習支援システム)を導入し、「法政ポータルサイト「Hoppii(Hosei portal to pick up information)」の運用をスタートしています。
このように、本学では早くからデジタル化の準備に取り組んできたおかげで、2020年のコロナ禍もオンライン授業をデフォルト化するなどして乗り越えることができました。ここで強調したいのは、全学共通の教育目標である「実践知」を実現するためのデジタル活用であって、デジタル活用そのものが目的ではない点です。
2020年から始めた「法政大学DX推進計画」は、「教育環境の高度化」、「教育(手法/内容)の高度化」、「教育支援の高度化」の3つの柱を掲げています。同年以降、インターネットが社会全体に急激に普及したことで、本学にも主に3つの大きな変化が起こりました。
1つ目の変化は、カリキュラム(教育課程表)の点検です。これにより、学生にとってより連続性の高い学修をデータに基づき点検できるようになりました。
2つ目の変化は、オンライン授業のデフォルト化により、好循環な授業の高度化が図れるようになったことです。本学では2014年以降、毎年「学生が選ぶベストティーチャー賞」の受賞者を表彰しています。本賞はコロナ禍でも実施し、当時はオンライン授業で評価の高い教員が選ばれました。その教員の取り組みをグッド・プラクティスとして他の教員にも共有すべく、ファカルティ・ディベロップメント(FD)研修としてセミナーなどを行い、現在も継続しています。
3つ目の変化は、卒業認定・学位授与の方針(ディプロマポリシー)の見直しです。大学の教育方針には、入学者の受け入れ方針(アドミッションポリシー)、教育課程編成・実施の方針(カリキュラムポリシー)、そしてディプロマポリシーの3つがあります。
本学がデータベースを構築する際の一つの課題として、まずは15学部の全体を俯瞰できるような共通事項を設定できないかと再点検し、どの学部に所属していても卒業時には法政大学卒業生として身に付けている実践知を7つの項目にまとめました。この大学ディプロマポリシーは2023年4月に改定し、公開しています。
改定大学ディプロマポリシーと外部公開している学部ごとのディプロマポリシーとの相関は学内で共有していますが、2つの相関関係はあえて非公開としています。
その理由は、ディプロマポリシーはそもそも教育課程を修了した学位取得者が身に付けた成果を明文化したもので、大学ディプロマポリシーはそれらを取りまとめたものに過ぎないからです。つまり、大学ディプロマポリシーありきでそれぞれの教育課程を縛るような誤解を生まないようにするためといえます。今後、この大学ディプロマポリシーによって、学生個々の学修をどのように刺激していくかが我々の課題です。
教育目標実現のためのデジタル化であり
デジタル化そのものが目的ではない
実践的ティーチング・ポートフォリオをシステムに搭載
「法政大学DX推進計画」において、個別最適化された学びのコアとなるのは教学データベース化です。そこで本学では、リアルとデジタルを融合させた教育環境と、学修履歴や成果を一元化するシステムを組み合わせた、「HOSEI Hi-DXプラットフォーム」を構築しました。
履修状況や授業改善アンケート、課外活動などをこのプラットフォームにインプットすると、学生は、学修成果の可視化による到達度の実感や振り返りというアウトプットを得られ、個別最適化された学びにつながります。
対して大学・学部側では、授業科目特性、シラバスなどをインプット。それにより、学生の学習状況・成果やフィードバック、カリキュラムの改革などのアウトプット情報をデータに基づき検証できる構図です(左ページ上図)。
教学データベースを活用する一環として、2023年より「法政大学学修成果可視化システム(Halo:Hosei Assessment of Learning Outcomes。以下、Halo)」を稼働しました。Haloは教育成果について、学生に提供する「学習・学修成果」、教員に提供する「教育成果」、各学部学科(教授会)に提供する「カリキュラム運営上の教育活動」――この3つの個別最適化の可視化が特徴です。
具体例として、授業改善アンケートにおけるHaloの活用事例をご紹介します。2014年以前に10ほどあった授業改善アンケートの設問は、2015年4月にコアな5つに絞りました。
従前より教員はシラバス作成時に、前年の授業改善アンケートの意見に対する振り返りを記述しています。Haloでは各授業で評価した成績分布に加え、成績上位および下位25%がどのようなアンケート回答の傾向があったかを分析して開示し、シラバス作成時に記した振り返りも並記しています。その上で、シラバスに書いた目標の隣には授業実施を振り返る書き込みスペースを作り、より実践的に教育活動のリフレクションを図れる新しいティーチング・ポートフォリオのシステムを搭載しています。
70年間変わらない教育制度の枠組みの中で
増え続ける膨大な知識量にどう学び問いただすか
豊富な知識を体得させるには経験を積める足場づくりが重要
一般に、小学校6年間、中学校3年間、高等学校3年間、大学4年間の日本の教育制度は、実は70年以上変わっていません。ところが、ここ20~30年でスマートフォンやパソコンが普及して人々の生活が大きく変わり、把握しておかなければならない知識量は増加の一途をたどっています。社会から求められる知識量を、70年間変わっていない教育制度の枠組みの中でどう効率的に教えていくかが、我々の大きな課題と考えています。
新しい現代の教育プログラムを整理して育てていくため、今は土台を整えている途中です。より効果的な学習環境を、教員だけでなく学生もともに作り上げていこうという雰囲気が、少しずつ醸成され始めています。