公開日:2014/4/1

ICT を有効活用し、授業改善を目指す

愛知県春日井市の実践研究から

春日井市教育委員会
学校教育課

水谷 年孝指導主事

春日井市教育委員会
学校教育課

田中 雅也指導主事

愛知県春日井市は、人口約31万人を有する中部圏の中堅都市だ。市内の全小学校の各教室にICT機器が整備され、授業での活用も進んでいる。同市では2011年度より、ICTの有効活用を柱とした授業改善と、学習規律の徹底に取り組んできた。
そして、3年目となる2013年度は、研究指定校の成功例を他校に広げるべく、新たなステージへと踏み出した。

授業モデルを定着させ、広げていくことが課題

 春日井市では、日々の授業を通してすべての児童の学力保障を目指すため、2011年度より小中学校の授業改善と学習規律の徹底に取り組んできた。当時、春日井市では、授業改善の取り組みが浸透しないという課題を抱えていた。年度ごとに指定校を設けて授業研究を行ってきたが、特色ある取り組みや指導法であっても指定校に定着せず、他校にも広がらなかった。その原因について、春日井市教育委員会学校教育課の水谷年孝指導主事は、「指定校での公開授業が、外部の方に見せるための授業、その場限りの授業になっていたことにあります」と話す。そこで、春日井市らしい特色を持たせつつ、どの学校でも実践できる汎用性のある授業モデルを確立することが、課題となっていた。

 折しも10年度には、文部科学省の『スクール・ニューディール』構想により、市内の38の全小学校(当時39校)、15の全中学校にICT機器が導入された。特に小学校では、各教室にプロジェクタ、実物投影機、スクリーンを設置し、学習環境が整っていた。これを好機ととらえ、教育委員会では、ICTの活用を授業改善の柱とし、研究指定校を定めて実践研究を行うことになった。

 研究指定校には、07年に開校し、春日井市のICT基幹校とされている市立出川小学校を選んだ。そして、ICTを活用した教育研究の第一人者である玉川大学教職大学院の堀田龍也教授の指導のもと、実践研究がスタートした。

 堀田先生の助言により、すべての学びの基盤となる「学習規律の徹底」にも重点を置いた。「落ち着いて学習するためには、持ち物から姿勢、授業中の態度まで、あたり前のことをあたり前にできることが、とても大切なのです」と水谷指導主事は述べる。

授業改善の肝は、教員の指導力向上


 主題を「みんなで思考・判断・表現し合える子の育成|確実な習得と伝え合う活動・学び合う活動を通して|」とした研究構想では、学びの段階を「習得」と「活用」に分類し、その基盤に「学習規律」を位置づけた。そして、基本的な知識や技能の「習得」と「活用」のそれぞれの場面において、ICTを効果的に活用することを目指す。さらに、思考力、判断力、表現力を育成して、児童同士が伝え合い、学び合う活動を授業に盛り込むことを目標に掲げている。

 授業改善には、教員の指導力の向上が欠かせない。出川小学校では、年に4回の校内授業研究会を開き、堀田先生や教育委員会の担当者が授業を視察する。基本的な学習規律から始まり、フラッシュ型教材の効果と活用法、実物投影機を使うタイミング、電子黒板と通常の黒板の使い分けなど、「いかに効果的に授業でICTを取り入れるか」について、堀田先生から細かい指導が入る。さらに、「単元全体を見通して、場面や活動を整理し、学習指導案を作成する」、「授業の前半はしっかり教え、後半は児童の活動の時間に充てる」といった授業の組み立て方や、子どもたちへの指示の出し方、声のかけ方など、授業についてあらゆる観点から助言があった。

 堀田先生からは毎回、次回の授業研究会までの課題が出され、出川小学校の教員は詳細な学習指導案を練り、その解決に向けて努めた。さらに、学年ごとの部会で模擬授業を披露し合ったり、指導技術について研修会を開いたりと、一丸となって授業改善と学習規律の徹底に取り組んだ。

 11年度からの2年間を経て、出川小学校の取り組みは、一定の成果を上げた。子どもたちにはしっかりと学習規律が定着し、より意欲的に学習に取り組むようになった。また、ICTを組み込んだ授業も、教員の間に浸透してきた。「教員は、ただICT機器を使いこなすのではなく、どのシーンで何をどう使えば効果的なのかを理解して、授業を組み立てるようになったのです」と、水谷指導主事は笑顔を見せた。

出川小学校の取り組みを広げるために

 3年目となる13年度、出川小学校の取り組みを市全体に広げるべく、教育委員会は新たな試みに踏み出した。まずは、「全ての児童・生徒の学力の保障を目指して、学習規律の徹底とICTの有効活用を中心とした、わかりやすい授業を日常的に展開するための市内全体で取り組むべき学習指導や学習環境」を目指す『かすがいスタンダード』を掲げた。さらに、『かすがいスタンダード』を浸透させるため、年4回開催する出川小学校の校内授業研究会に、市内の全小中学校の教務主任の参加を義務づけた。

 授業研究会と同時に、教務主任研修会も行う。校長や教頭ではなく、実務者である教務主任を集めての授業研究会・研修会は、全国的にも珍しい。水谷指導主事と共に授業改善を先導する田中雅也指導主事は、「ここで吸収したものを、現場に持ち帰り、すぐに実践してほしいのです。また、今後管理職に就くであろう先生方に学んでもらうことは、5年後、10年後の春日井市の教育を見据えたときに、大きな意味があるのです」と語る。

 教務主任には、授業研究会・研修会の前後に課題が出される。事前には、「今回の研究会・研修会で吸収したいこと」を教育委員会までメールで提出するとともに、全教務主任が登録しているメーリングリストで発信・共有する。さらに、研修後には、「今回の研究会・研修会で学んだこと、自校で活かしていきたいこと」を、あらためて教育委員会と全教務主任に報告・発信・共有する。これには、「授業改善への高い意識を持って研究会や研修会に参加してほしい。一丸となって、春日井市の教育の質の向上に取り組んでいきたい」という教育委員会としての願いが込められている。

広く公開された校内授業研究会


 11月には校内授業研究会の第3回が開催され、全国各地からの来訪者を含め、延べ130人が参加した。研究授業の後に研究協議会、教務主任研修会が開かれ、まとめとなる全体会では、堀田先生による指導、助言に、参加者らは深く聞き入った。

 研究授業は、4つのクラスで行われた。授業の冒頭ではフラッシュ型教材に取り組み、45分間の授業の随所でデジタル教科書や電子黒板、実物投影機を活用する。どの学年でも、教室は落ち着いた雰囲気で、児童は先生の話にしっかりと耳を傾け、指示に従い、熱心に課題に取り組む。授業を見学した参加者は、メモを取ったり写真を撮ったりしながら、授業の進め方や子どもたちの様子に見入っていた。

 研究協議会は、4つの授業ごとに分かれ、出川小学校の教員と教務主任以外の他校の教員が参加する。教員たちには、研究授業の参観中に、気がついた点を付箋に書いておくよう指示が出ている。研究協議会では、グループになって話し合いながら、付箋を「よい点」「改善すべき点」に分類し、さらに「授業の導入部、展開部、終末部」に分けて並べていく。そして、フラッシュ型教材の位置づけ、子どもへの声かけや答えの提示のタイミングの良し悪し、電子黒板や実物投影機の使い方、授業の組み立て方や最後のまとめ方など、さまざまな点について、活発に意見を交わし合った。

 一方、教務主任らは、教務主任研修会に参加する。冒頭では、フラッシュ型教材の模擬授業と活用のポイントの説明を受け、さらに、各校の教員教育や校内研修の進め方について、田中指導主事から指導を受ける。出川小学校の実践例を聞き、深くうなずく姿が見られた。授業改善のためには、教員自身の意識改革や教員間の情報共有、そして、校内での授業研究会や研修会が非常に重要だ。田中指導主事は、「教務主任や他校の教員には、研究授業の内容はもちろん、今回のような研究会の進め方や、教員間での協議や検討の方法も学んでほしいです」と望んでいる。

継続的に取り組み、スタンダードを保障する

 最後の全体会では、堀田先生が一つひとつの授業に講評した。さらに堀田先生は、出川小学校の取り組みの成果を讃えつつ、「まだ、授業が教員からの一方通行で、盛りだくさんな状態です。今後の課題は、子ども同士の”学び合い”を生み出す授業づくりですね」と指摘した。

 堀田先生の言葉にもあるように、出川小学校の取り組みは、一定の成果はあったものの、まだ改善の余地があると、水谷指導主事は考えている。また、教科担任制の中学校では、小学校のように校内での研修会や情報共有が進みにくいという課題もある。そこで、これらの課題を踏まえて、水谷指導主事は「取り組みを継続すること」を今後の目標に挙げる。

 「教育において大切なのは、少しずつでも長く続けること、前進し続けることだと思います。そして、大それたことをするのではなく、スタンダードをしっかりと保障することです。これは、簡単なことではないと思っています」と水谷指導主事は語った。

 春日井市では今後、出川小学校の取り組みをベースにしつつ、それぞれの学校の特性や地域性を考慮して、『かすがいスタンダード』を広げ、浸透させていく予定だ。

出川小学校の取り組み

教員の意識が変われば、授業も児童も変わる

研究指定校である春日井市立出川小学校では、ICTを活用した授業改善と学習規律の徹底に取り組んできた。3年生の国語の公開授業をレポートする。

落ち着いた雰囲気の中、集中して学ぶ子どもたち

 「よろしくお願いします」。大きな声であいさつをして、3年2組の国語の授業が始まった。着席するとすぐに、漢字のフラッシュ型教材に取り組む。今日のテーマは「同音異義語」。前回の授業の復習だ。教室には子どもたちの元気な声が響き渡り、授業を担当する望月覚子先生の「その調子!」「いい感じ!」「そうそう!」と応じる。フラッシュ型教材に取り組むのは、時間にして数分間。集中して取り組んだ後はさっと切り上げ、授業の本題へと入る。その流れは非常にスムーズだ。

 「漢字の意味を考え、その意味に合う文を作ろう」。まずは、今日の授業のめあてを全員で読み上げる。「階」と「回」、「記者」と「汽車」など、同音異義語について、例文を用いながら学んでいく。「どうして”汽車”が正しいのかな?」。望月先生が優しくゆっくりと問いかけると、たくさんの手が挙がった。当てられた子どもは「なぜ、”汽車”だと思うのか」の理由をきちんと盛り込み、自分の言葉で答えようとする。望月先生はその姿を温かく見守り、周りの子どもたちも静かに聞き入る。

 授業は終始落ち着いた雰囲気で、子どもたちは45分間しっかりと集中できていた。

ICTを活用して、わかりやすい授業を

新任指導員 望月 覚子先生

 望月先生は、出川小学校を含め2校で4人の新任教員を指導する新任指導員を務める。また、毎週「でがわニュース」という「通信」を発行し、出川小学校の取り組みを発信している。その中でICT活用にも触れ、「ICTは、”あるから使う”ものではなく、”使ったほうが子どもの理解度が上がる”と判断したときに使うべきもの」と主張する。実際、今回の授業では、電子黒板やデジタル教科書は使用せず、例文を大きく書いた紙を準備していた。

 また、出川小学校では多くの教科でフラッシュ型教材を活用しているが、使うのは授業の冒頭のほんの数分間だ。教務主任研修会でフラッシュ型教材の模擬授業を披露した望月先生は、「フラッシュ型教材を使う目的は大きく二つ。子どもの集中力を高めるため、そして、反復により知識を定着させるためです。子どもたちはみんな、フラッシュが大好き。授業の最初にやると、ざわついていた教室がパッと集中モードに切り替わります」と語った。

ベテラン教員から変化し、児童の授業態度も安定

春日井市立出川小学校 水田 博和校長

 きちんとした姿勢で席に着く、大きな声ではきはきと話す、先生や友だちが話しているときはしっかりと聞く、活動をするときは真剣に取り組む。出川小学校では、学びの基礎となる学習規律がしっかりと定着している。これは、授業改善への取り組みの成果だと、同校の水田博和校長は言う。

 実は、研究指定校になった当初は、堀田先生から「学習規律が身についていない」という指摘を受けた。変化は、ベテランの教員から見られた。堀田先生の言葉を真摯に受け止め、基本に立ち返り、全校・全教員で学習規律の徹底に努めたのだ。すると、1年目の後半からは、子どもたちが授業に臨む態度は安定し、学習意欲も向上したという。

 今後の出川小学校の目標について、水田校長は、「教育にゴールはありません。春日井市全体の教育を活性化するため、より良い授業、指導法を追求し続け、発信していきたい」と力強く語った。

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