学校力向上に関する総合実践事業

自治体ルポ 北海道教育委員会

左:北海道教育庁 学校教育局 義務教育課 義務教育指導グループ 中澤 美明 主幹
右:北海道教育庁 学校教育局 義務教育課 義務教育指導グループ 伊藤 伸一 主査

北海道教育委員会の「教育の情報化」への取り組み


全道協議会 札幌にて 2014年7月

グループ協議の様子 札幌にて 2014年7月

平成19年度の全国学力・学習状況調査の開始以来、北海道の平均正答率は、全国を大きく下回っていた。平成24年度の調査結果の公表における、北海道教育委員会のコメントには、こう書いてある。「教育の機会均等と、その水準維持向上という義務教育の趣旨を踏まえれば、生まれ育ったところによって、身についた学力に大きな差があることは、本来あってはならないことです」 北海道教育委員会は、北海道の子どもたちが、「国が習得することが望ましいと判断した学習内容」が他県の子どもたちに比べ、身についていないという事実を正面から受け止め、この事実に危機感を持ち、全道で学力向上に向けて取り組み始めた。

包括的な「学校力」改善へ

 学校改善の取り組みは、これまでも道内外でテーマ別に、様々な研究が行われて来た。このたび北海道教育委員会は、テーマ別ではなく、包括的に「学校力」を改善することを目標とし、2012年度より『学校力向上に関する総合実践事業』に取り組み始めた。

 「学校力」とは、強い団結力が基盤にある「授業力が強い学校」を指す。「学級担任が代わっても、変わらず子どもに質の高い教育を保障する」という理念のもと、次の三つを趣旨としている。
(1)先行事例を活用し、管理職のリーダーシップの下、包括的に学校を改善する
(2)「実践指定校」をモデルとして成果を普及し、他校を啓発する
(3)将来のスクールリーダーを継続的に生み出す仕組みを構築する

 2014年8月現在、実践指定校19校・近隣実践校61校・連携協力校11校が、この事業に参加している。

 実践指定校の一つ、石狩市立花川小学校のホームページでは、「本校は、『学校力向上実践指定校』という旗を掲げたフラッグシップであり、様々な方策を通して、石狩市内各校、また全道にその成果を波及させる所存だ」と宣言しており、その趣旨が明確に伝わっていることが伺える。

指導方法にICTを活用

 実践指定校への課題は、
(1)教育課程・指導方法
(2)地域・家庭との連携
(3)人材育成
(4)学校マネジメント
と大きく四つに分類される。

 この(1)の指導方法の「各学年の基礎学力を保障する指導方法」として、
(A)実物投影機などのICT機器の全教室常設および日常的活用
(B)フラッシュ型教材の活用
が位置づけられた。

 先に紹介した花川小学校と、大樹町立大樹小学校では、全校一斉に実物投影機を整備し、その活用も始まった。

道外の先進校への視察研修とベンチマーキング

 東京都練馬区立中村西小学校には、全教室に電子黒板やプロジェクターなどの大型提示装置が常設され、実物投影機や教員用PCが完備されている。ベテラン教員は授業の技術を若手教員に教え、若手教員はベテラン教員にICT機器の使い方を教える。教員間の学び合いを基盤にし、ICT活用で授業力の高まっている先進校だ。

 また、愛知県春日井市立出川小学校も、2011年度より、ICTを活用した授業改善に取り組み、成果を上げている先進校である。出川小学校の教員は、ただICT機器を使いこなすのではなく、どのシーンで何をどう使えば効果的なのかを理解して、授業を組み立てることができるようになっていた。

 これらICTを活用した授業改善で成果を上げている先進校を視察し、ベンチマーキングを行い、北海道教育委員会は、道内の研究指定校が目指すべき、ICTを活用した指導方法の目標を明確に固めていった。

外部アドバイザーによる継続的な指導

 実践指定校の花川小学校では、「すべての子どもがわかる授業づくり~ICTを活用した日常授業の改善~」として、この事業の外部アドバイザーである東北大学大学院情報科学研究科の堀田龍也教授による研修会が行われた。花川小学校の授業を堀田教授に参観していただき、それを基に指導を仰ぐことが目的だ。公開授業が行われ、実物投影機の設置場所が的確であること、ズームを効果的に活用し、児童に分かりやすい指導がされているなどの評価とともに、教師の立ち位置により、児童から画面が見えていないという細かい改善点までの講評をいただいた。

全道協議会や、各管内の研修活動による情報の共有

 北海道教育委員会は、先に述べたような視察や、実践指定校での外部アドバイザーによる指導のほか、年に2回開催される全道協議会において実践指定校の取組を発表するなど、全管内への情報共有活動も行っている。参加者は実践指定校の教員等140名に上り、広域の北海道では、一日の協議会のために、2泊しなければならない指定校もある。

 ここで実践指定校が学んだ情報は、市町村単位の合同研修会等を通して、実践近隣校や連携協力校に普及していくという仕組みである。

 また、こうした大掛かりな「視察や指導の共有」だけでなく、北広島市大曲小学校では、1年で合計18回、時間や手間をかけずに近隣の学校に集まり、初任者の教員等を対象に、日常の授業実践のための合同研修会なども開催され、ICT活用の普及は確実に広まっている。

実物投影機を活用した授業改善

 北海道教育委員会が、毎年、道内の全教職員に配布している『教育課程改善の手引 平成25年度版』では「学校がチームとなって取り組む学校力・授業力の強化」をテーマに、基本的な教育課程の課題から、教室環境の整備や学習規律の確立、校内研修の工夫、各教科での取り組みまで、授業改善につながる「基本編」がまとめられている。

 この項目には、実物投影機は授業改善のための手段として、「なにを」「どのように」「どう映すか」「どう発問するか」について、教材研究や板書計画とあわせて考えなければいけないことが示されている。また、「大きく」「実物を」映すことで、子どもに指示や説明が伝わりやすい活用法や、子どもが書いたノートを映し、発表させることで、協働学習が促されるといった内容まで、写真付きで細かな指導を行っている。  

協働できる学校が成果を出した

 こうした全道での情報共有の積み重ねで、本事業が「軌道に乗った」と中澤美明主幹が感じたのは、学校訪問をして、子どもの変化、先生の変化を自らの目で確認できたときだと言う。

 「ICT機器が整備はされたものの、効率的な使い方がわからず、放置されている状態の実践指定校もありました。その学校で、翌年には、実物投影機を活用して、わかりやすく指導している先生を見たり、実物投影機を使って、子ども同士での発表や意見の交換が行われたりしているのを見て、『あ、軌道に乗って来た』と思いました」。さらに「それらの学校に共通していることは、学習規律が徹底され、ICTを活用した授業改善を進める土台がしっかりしていたことです」と話す。

 実践指定校には、学年ごとの最低限の到達目標を、学力・体力・生活リズムについて、数値で設定するよう指導しているが、成果を出しているのは、「授業力のある先生が一人いる学校」ではなく、「校長先生のリーダーシップのもと、一丸となれる学校」だった。

 授業力のある先生が独り舞台だった時代から、「学校力向上の推進」により、情報の共有が促され、学校内での課題も共有化され、結果、先生一人ひとりの指導力が改善され、学力向上につながったのだ。

研修事業へさらなる活用

 個々の学校の校長先生や、行政の力も大事だが、外部アドバイザーの力が大きいことを感じた北海道教育委員会は、今年度から、研修事業にも力を入れ始めた。夏休みが短く、冬休みが長いという北海道の地域性を生かし、学力向上に成果を上げている道外の先進校から、授業力に優れた教員を招き、模範授業を中心とした研修を行った。

 実践指定校の一つである函館市立八幡小学校では、北海道教育委員会が視察した中村西小学校の曽我泉先生を招き、ICTやフラッシュ型教材を活用した算数の模擬授業を行った。

 また、堀田教授を招いて、中核教員をはじめ、市町村教育委員会の教育長や教員を集め、実物投影機を活用して、教科書やドリルを効率的・効果的に映し出して指導する方法を学ぶ模擬授業なども実践した。

今後の取り組み

 実践指定校での成果を生かして学校力の向上に取り組む学校を増やしていくことが、今後の課題だと、伊藤伸一主査は言う。学校力を強め、学習規律が整えば、ICTを活用することによって、基礎・基本の習得が効果的・効率的に進むということを、実践指定校を通じて学んだ。

 また、広域の北海道での教育委員会のもう一つの課題は、自らの発信力にもあるという。教育関係者が全員集まって、成果を発表しあうのが最も効果的だが、集まるには時間も経費もかかる。

 最後に、これまで発行してきた『教育課程改善の手引』や、実践事例集、ホームページを活用して、北海道教育委員会からの発信力をさらに強くし、全道に成果を普及することが、これからの役割でもあると語った。

左:北海道教育委員会の発信力の一つでもある、「実践事例集」には、全道から集められた実践成果が収められている
右:「小学校教育課程改善の手引」は、全道の先生一人ひとりの手に行き届く

この記事に関連する記事