教育業界未経験からICT活用を支えるエキスパートへ

PART 4 次期学習指導要領を見据えて

フューチャースクールとしてその名を全国に轟かせた、東みよし町立足代小学校。その先進的な活動を支えたのが、ICT支援員として同校に3年間常駐した高橋あゆみさんだ。だが、この仕事を始めるまで、高橋さんは「教育業界未経験」だったという。

徳島県東みよし町立足代小学校


東よしみ町立学校
ICT教育支援員
高橋 あゆみさん

わずかしかなかったICTの知識

 「フューチャースクールの取材なら、彼女に話を聞いてよ。本校の誰よりも、一番詳しいし、足代小が成功したのは彼女のおかげなんだから!」

 あれは3年前の夏。足代小学校を訪れると中川斉史先生(現・三好市立下名小学校)がそう太鼓判を押して紹介してくれたのが、ICT支援員の高橋あゆみさんだった。

 だがその高橋さん、ICT支援員になるまで、教育業界とはまったく無縁だったという。

 「前職では広告デザインの仕事をしていましたので、電子黒板や実物投影機なんて、名前を聞いたこともありませんでした」

 ではICTには詳しかったのかというと、「Officeやイラストレーターを使える程度。ネットワークの知識も全然なかった」とか。教育の素人で、ICTもわずかな知識しかなかった彼女が、どのようにして「足代小の財産」と中川先生が絶賛するまでになったのか。その成長の軌跡を、インタビューで再現する。

高橋さんの指導ポイント
T2として子供たちに目を配る

 3年生総合「ローマ字入力の学習」に、T2として参加した高橋さん。担任の先生が授業を進めている間は、教室のうしろか横に立ち、子供たちの様子に目を配っていた。ソフトが開けず困っていた子供を見つけ、素早くサポート。

1年目
トラブルの対応に追われる

―ICT支援員として足代小に赴任したわけですが、1年目はいかがでしたか?

 一言で言うなら、「トラブルに追われる日々」でした。「タブレットがネットワークにつながらない」「電子黒板が反応しない」。助けを求める内線電話がひっきりなしにかかり、校内を走り回りました。

 でも私のICT知識なんて素人同然でしたから、中川先生にトラブルを報告し、解決策を教わって試し、うまくいかなかったらまた中川先生に聞きに走る…その繰り返しでしたね。

―電子黒板やタブレットも、初めて触れたんですよね。

 そうです。放課後の教室に居残って、マニュアル片手に一人でよく操作練習をしていました。専門書を読んだり、SE(システムエンジニア)向けの専門サイトを見たりと、必死でした。

―先生方から、「タブレットをこの単元で使ってみたいんだけど」と、相談されることも多かったそうですが。

 6年前の当時、タブレットを授業で使った事例は、まったくありませんでした。参考にできるものが、何もない時代でしたから。

 そこで役に立ったのが、毎日つけていた日報です。ICTを使う授業を見学し、学年・教科・単元・使ったICT・授業展開・起きたトラブルなどを、写真付きで細かく記録していたんです。

 A先生から「こんな使い方をしたいんだけど」と相談を受けたら、「B先生がこんな使い方をしていましたよ」と、日報を見せながら提案しました。先行事例がないなら、校内の事例をフルに活用すればいいと開き直った感じですね。

―教材はどうされたんですか?

 自分で作りました。タブレット用の教材なんて、どこにもありませんでしたから。パワーポイントで教材をたくさん作りましたね。図形を分類する教材とか。もちろん全学年分(6学級)です。でも、作っては先生にダメ出しばかりされて。

―何がいけなかったのでしょう?

 最初の頃は、「見映え」のことしか考えずに作っていたんです。広告デザイン業界出身ですから(笑)。たとえば、1年生用の教材なのに、習っていない漢字を平気で使ったり。そんな常識すら知らなかったんですよ。

 試作しては先生に見てもらい、ダメ出しされては作り直す。授業で使う様子も見学し、改善点をあぶり出して、修正する。これを何度も何度も、一年を通して繰り返しました。

―授業も見学したのですか?

 私には教育の「常識」がありませんでしたから。実際に教材を授業で使ってもらい、その様子を自分の目で見て、どこがダメだったのかを自分でちゃんと理解し、その上で改善しないと使える教材にはならないと痛感したんです。

 だから、低学年の先生にお願いして、一日中クラスに張り付かせてもらったこともありました。

―ICTを使う授業だけを見学するのではなく?

 教室での立ち位置や、一度に出す指示の量、学年に応じた支援の言葉やタイミングなど、全部見学させてもらいました。

―初任研みたいですね。

 楽しかったです! 全てが新鮮で、目新しいことばかり。授業がこんなにも入念に計画され、先生の指導や発問一つひとつにねらいやワザが込められているのがわかり…なんていうか、鳥肌が立ちました。

 「なぜいま、この発問をしたのかな?」「なぜここで、この教材を使ったのかな?」と疑問が湧いたら、なんでも聞きましたし、先生も全部教えてくれました。「授業ってすごい! 先生ってすごい!」と感動しましたね。

高橋さんの指導ポイント
指示は端的に。声に強弱つけて。絶妙の「間」で

 キーボードでタイピングの練習をする際の、指示の出し方でも、指導技術が光っていた。

  1. 今日は、練習をします」
    端的に告げ、学習体勢を整わせる。
  2. 「まず、『あーり』(小声)と、打ちます」
    わざと小さい声で、聞き漏らすまいと子供の集中を高める。
  3. 「スタートの位置に指を置いて。まず、『あり』の『A』を押してごらん。次! 『あり』の『り!』(大声)。打てますか?」
    このあたりから、声が大きくなり、テンションを上げ、盛り上げていく。全員ができたかどうか、「できましたか?」と、必ず確認を入れていた。

  4. 「プリントを見ます。『最後にエンターキーを押して』と、書いています。(キーボードを実物投影機で映しながら)エンターキーは、ここです」
    文章を細かく区切り、「、」で0.5秒ほどの間を取る。子供の心に染みる間の取り方が絶妙。
  5. 「押してみて。…押したらどうなる!?(身を乗り出しながら、大きな声で早口で、目を見開いて)」
     発問を入れることで、指示通りにする作業感を防ぐ。「黒くなった!!」と、子供たちから歓声が上がる。
  6. 「黒くなったのは、打ち終わった、という合図です。青い時は、まだ漢字やカタカナに変えられるよ、という合図です」
    短い言葉で、わかりやすく説明。
  7. 「どんどん進めます! 次は、『ヤーギ』。『ギ!』 が難しいよ!」
    難しいよと付け加えて、子供の挑戦心を煽る。
  8. 「失敗した人がいたので…『も・じ・の・け・し・か・た』も、練習します」
    この言い方がすごい。耳で聞いて、頭で理解できるように工夫されている。「BSキー」の使い方を解説。
  9. 「今良いこと言ったね!なんて言った!?」
    子供のつぶやきを聞き逃さず、全員で共有して、褒める。

2年目
対症療法から予防へ

―2年目になると、トラブルや不具合も減ってきましたか?

 減ったというか、減らす努力をしました。

「ネットワークにつながらない」「ソフトが動かない」といった不具合は、1箇所で起きると他の教室でも起きる可能性が高い。そこで、トラブルが起きたらすぐ直すだけでなく、放課後に他の教室もすべて回って設定等をチェックし、トラブルの原因になる種を未然につむようにしました。先生や子供が使いやすく、困らない環境設定も心掛けました。

―たとえば、どのような?

 たとえば電子黒板なら、初期設定では画面上にありとあらゆる機能アイコンがずらりと並んでいたんです。でも授業をよく観察していると、先生が使う機能は限られていることがわかりました。そこで全教室の電子黒板を、使うアイコンだけを表示するように設定し直しました。タブレットPCも同じようにしました。使いづらい操作やよく使う機能が何かを観察し、先生や子供のストレスとステップを最小限にできるよう、環境設定を練っていきました。

―教材作りの方はいかがでしょう。コツもわかってきました?

 1年目よりは上達しました。1年目は、ゴール(その教材の目的)しか考慮せずに教材を作っていました。2年目になると、そのゴールにたどりつくまでの過程も大事で、わかりやすさ・使いやすさを心がけ、授業のねらいに迷わず導こうと工夫できるようになりました。先生にたくさん質問し、たくさん授業を見たおかげですね。そして2年目は、T2として授業に参加する機会も増えました。教材研究や授業計画にも、少しずつ携わるようにもなってきました。

―1年目の時も、授業には参加していたんですよね?

 参加というか、1年目は「見学」ですね。「トラブルが起きると困るから、横で見ていて」という感じです。2年目はT2として、ICTを使う場面で私が操作方法を子供に説明したり、指示を出すようになってきたんです。でも、良い指示の出し方がなかなかわからなくて…。

―どうすれば良い指示や良い発問になるか。ベテランの先生でも悩む、レベルの高い課題です。高橋さんはどうされたのですか?

 説明や指示、発問のセリフを授業前にすべて書き出し、先生に見せて添削してもらいました。それを繰り返しているうちに、発問のタイミングや指示の長さなど、コツが少しずつわかってきましたね。

高橋さんの指導ポイント
机間指導ではキャラをチェンジ!
表情も声も、やさしく

 つまずいている子供を机間指導する際には、まるで別人に。さっきまで大声でテンションが高かったのに、優しい表情になり、声のトーンも小さく優しくなった。

 そして、子供が成功したら「やったー!」と、笑顔で手を叩いて褒めていた。

3年目
授業改善の研究に参加

―3年目では、どのような変化がありましたか?

 トラブルや不具合はほとんどなくなり、先生方の意識も変わってきました。フューチャースクールということもあり、1年目、2年目は「ICTをいろいろ使ってみよう」と、さまざまな活用を行ってきました。それが3年目になると先生方の意識も変わり、「授業の中でICTをどう生かすか」「もっと授業を面白く!」と、授業改善や教材研究へと目が向いてきたんです。次々と湧いてくる先生方のアイデアを形にし、T2としてサポートするためにも、授業づくりや指導技術、教材研究をもっと学びたい! そう思っていた矢先、文部科学省の『学びのイノベーション事業』も始まりました。これはとてもラッキーでしたね。

―ラッキーというと?

 授業改善や指導技術に関する校内研究や公開授業が盛んに行われるようになったのです。おかげで私も公開研に参加したり、全学年全教科の授業をまんべんなく参観することができました。とてもいいタイミングで学ぶことができたと感謝しています。

―なるほど。その学びの成果は?

 今まで以上に、授業計画や教材作りに深く関われるようになりました。たとえば、「この授業なら、ICTを使わない方が学習効果が得られるのでは?」と提案し、ICTを使わない授業計画へ変更してもらうこともありました。

―ICT支援員とは思えない提案ですね(笑)

 生意気ですよね(笑)。授業の目的が最初にありきで、ICTはそれを実現する手段の一つにすぎない。その思いは先生方と同じでしたから、納得してくれたのだと思います。

高橋さんの指導ポイント
授業計画通り、45分できっちり終える

 授業は45分の時間内に、計画通り最後まで終わる。最初の頃は時間配分がうまくいかず時間オーバーしてしまうこともあったそうだが、「たくさんの授業を見学し、T2として入ることで、時間配分のコツが少しずつわかるようになった」と言う。

先生方と信頼関係を築く

―先生方と良い信頼関係を築けているからこそ、高橋さんの提案に耳を傾けてもらえたのではないでしょうか。

 私は教育の素人ですし、部外者ですから、先生方に信頼されるようになろうという気持ちは強かったです。

 そのためには、まずは安定した動作環境を提供し、丁寧に対応することが第一と考えました。ICTへの不信感は、私への不信感につながりますから。

 不具合やトラブルが起きたら、その場で解消するとともに、休み時間や放課後を使ってマンツーマンの研修を行い、実演しながら対処方法を伝えました。その際、先生のICTスキルに合わせて、必要な時に必要なことだけ話すようにしましたね。校内の巡回支援も行い、「困ったときはすぐ駆けつけます」とアピールもしました。

―コツコツと丁寧に対応をしてきたから、先生方との距離が縮まったのでしょうね。

 先生だけでなく、子供とも信頼関係を築けるようにがんばりました。

―子供ともですか?

 最初の頃は、私が授業に入ると、子供たちがざわついていたんです。「この人、誰?」って視線が痛かったし、私の存在が気になって子供たちの集中が切れてしまうのが申し訳なかった。そこでICTを使う場面がなくても、授業にちょくちょく顔を出すようにしました。あとは、一緒に給食を食べたり、一緒に掃除もしたり…。子供の名前は全員覚えましたし、子供たちも「高橋先生〜!」と、親しく接してくれるようになりました。

―「高橋先生」、ですか。確かに授業を拝見すると、もはや「ICT支援員」というより「先生」ですよね。それだけの役割を任され、技術も持っていると感じました。

 いえいえ…それは褒めすぎです。でも、子供たちは教員ではない私のことを「高橋先生」と呼んでくれる。だから先生らしくあらねば! と、授業中は気合いを入れています。

高橋さんの理想のICT支援員像とは?

 これまでやってきて、私が実感したことはICT支援員は「学校で育つ」ということです。先生方や子供たち、みんなに支えられ成長することができたと思います。何より支えてくれたのは、子供たちの笑顔です。「できた!」と喜ぶ声を聞くと、がんばって良かった! と疲れも吹き飛びます。ICT環境整備だけの裏方しかしていなかったら続かなかったかもしれませんね。授業に参加させてくださった先生方に感謝です。それに私は、足代小学校のみに3年間常駐したことも大きかったと思います。今は足代小を含む小学校4校、中学校2校を巡回支援していますが、たまに顔を出すだけでは、T2として授業に入っても「お客様」のような感じで入りづらいですし、先生や子供と信頼関係を築くのも難しいと感じます。

 また、授業づくりや指導技術の本もたくさん読みましたが、やはり現場で、身体で覚えるのが一番。企業内の研修だけで育てようとしても、限界があるのではないでしょうか。

 私の理想とするICT支援員は、ICTというよりも授業の中身を支える人でありたい。学習内容や指導の充実を手助けできる人でありたいと思います。例えるなら司書教諭のような存在になることですね。司書教諭は、本や資料を使った活動のエキスパートですよね。司書教諭に聞けば何でもわかる。司書教諭に授業に入ってもらえば有益な授業になる。本とICTという違いはあれど、そんなふうに頼りにされ、信頼される人になりたいですね。

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