公開日:2016/2/26
情報活用能力を「タブレットPC」で育む
意識して「情報活用能力」を育もう!
北区立豊川小学校では、2年前から「情報活用能力の育成」をテーマに、さまざまな実践を重ねてきた。そして今年度からは、タブレットPCを使って、情報活用能力を育もうとしている。その歩みと、実践の数々を紹介する。
東京都北区立豊川小学校
鵯越の逆落としは事実か?
義経の鵯越の逆落とし―。絵巻物や講談でおなじみの「源平合戦」クライマックスシーンの一つである。
「でも、鵯越の逆落としって、本当にできたの? 情報が本当か嘘かを判断するには、いろいろな資料や情報源を読み比べることが大切です。今日はいろいろな資料を読んで議論しましょう」
佐藤和紀先生がそう指示すると、子供たちはiPadを操作し始めた。
「iBooks」のメニューを開くと、歴史本や歴史漫画など5冊の資料が画面に浮かび上がる。子供たちは、図表をズームして細部を確認しながら読み解いていく。
「何が書いてあるかを読み取り、逆落としができたかどうかを判断し、自分の言葉でワークシートに書きましょう」
子供たちは、iPadで1冊ずつ丁寧に読みながら、「鹿が通れるなら馬も通れる、と義経は言った。一理ある」「当時の馬は小さかったと資料に書いてある。人を乗せたまま急斜面を下るのは無理だ」などと鉛筆を走らせる。
読解作業が終わったら、ディベートだ。大型テレビに資料を映しながら、「こう書いてあるから、ぼくはこう思った」と主張し始めると、佐藤和紀先生が発破をかけた。
「どんどん反論してください。ちゃんと理由を言って、論破してください」
佐藤先生の言葉を受けるや否や、子供たちは次々と手を挙げ、意見を戦わせ始めた。
実践1 | 社会科(6年生)複数の資料をiPadで読み比べ、「鵯越の逆落とし」の真偽を議論する
情報活用能力を育む授業を設計
冒頭で紹介したのは、6年生の社会科の授業だ(実践1)。この授業のねらいは「情報活用能力の育成」にある。複数の資料から情報の真偽を「判断」し、自分の言葉で「表現」し、自己の主張を「創造」し、相手に対して「発信・伝達」する。これだけたくさんの要素がぎっしりと詰まっているのだ。
このように、豊川小では、情報活用能力を育成する授業に、全校を挙げて取り組んでいる。しかも、その手段としてiPadを効果的に使っているが、そもそもの出発点は「ほこりを被っている実物投影機をなんとかしたい」だったという。
「3年前に赴任して来た時、せっかく実物投影機がすべての教室にあるのに、活用が十分とは言えませんでした。これはもったいない。実物投影機を使って、わかりやすい授業をしましょう、と校内研究をスタートしたのです」と、佐藤先生は振り返る。研究は軌道に乗り、実物投影機を使った授業事例もたくさん生まれたが、「このままではまずい」と、佐藤先生は危機感を覚えたという。
「実物投影機を使うことが、手段ではなく目的になり始めたのです。目的をもう一度明確にする必要があった。そこで、『情報活用能力の育成』を校内研究のテーマに据えたのです」
そこでまず、「情報はかせカード」を作った(図表A)。これは、学年ごとに身につけさせたい情報活用能力を具体的な場面とともにまとめたものだ。さらに、「情報活用能力育成のサイクル」も図式化した(図表B)。これをもとに、先生方は授業を立案。情報活用能力を育む授業事例が次々と考案された。
その一つが、NIE(Newspaper in Education)だ。これは、新聞を教材として活用する取り組みを意味する。佐藤真由美先生は、3年ほど前からこのNIEを実践している。
たとえば朝のスピーチでは、学校に届いた新聞から、日直が気になる記事を選び、自分の意見を添えて原稿をまとめ、発表する(実践2)。
「新聞には最新の情報がたくさん載っており、教科書とは違う『学ぶ楽しさ』があります。そして、同じ記事でも人によってとらえ方が違うので、自分なりの意見を持つ大切さ、他者の意見を尊重する大切さも学べます」と佐藤真由美先生は話す。
新聞を読むだけではない。調べたこと・活動したことを、新聞形式にまとめて発表する活動も頻繁に行っている。
佐藤真由美先生は「新聞を読んでいるうちに、子供たちは新聞の書き方を自然と習得しました。紙面にはさまざまな記事が割付けされていること。記事には見出しと中身があり、5W1Hを守っていること。写真を載せる際には、読者の興味をひく絵柄を選ぶことなど、学んだことを新聞づくりに活かしています」と説明した。
こうして新聞を読み、自分の意見を発表したり、新聞形式にまとめたりすることで、子供たちの「情報判断力」や「情報創造力」「情報発信伝達力」などが鍛えられていった。
iPadの活用が全校に普及
情報活用能力の育成を主眼に据えることで、「ICTを使うことが目的化する危険がなくなり、むしろNIEのようにICTを使わない授業が増えていった」と、佐藤和紀先生は言う。
ここからさらに一歩進むために、今年度からは研究テーマにサブタイトルをつけた。「情報を主体的に集めて判断し、よく考えて表現する児童の育成」という研究主題はそのままに、「~タブレットの活用を通して~」の一文をつけ加えたのだ。
「いきなりiPadを導入したのでは、またiPadを使うことが目的化してしまいます。そこで、2年前から準備を開始し、まずは先生方一人ひとりにiPadを渡し、『自由に使ってください。プライベートでも使ってください』とお願いしました。子供に使わせるには、その前にまずは大人が使いこなすことが大事です」と佐藤和紀先生は述べる。
先生たちは、iPadを気軽に、個人的に使い始めた。ICTが苦手な先生でも、あれこれ使っているうちに、iPadの機能やできることがわかってきた。授業でこんなふうに使えるのではと、アイデアもわいてきた。「iPadをこんなふうに授業で使いたいのだけど」と、佐藤和紀先生に相談しに来る先生も増えていった。
そして、さまざまな実践があちこちの学級で誕生し始めた。その波は、特別支援学級にも及んだ。
「特別支援学級の子供たちは、情報表現力や情報発信伝達力が特に苦手。伝えたい思いはあるのに、うまく言葉にして伝えられないのです」。特別支援学級担任の小倉三千子先生は、子供から言葉を引き出し、言葉を育てるツールとして、iPadを使い始めた。iPadで写真や動画を見ながら子供と対話する。たとえば、移動教室で行った時に撮影した海の動画を一緒に見ながら、「ここ行ったよね。どこだっけ」「海だね。耳を澄ませてごらん」「どんな気持ちだった?」と、丁寧に聞いていくのだ(実践3)。
そして、「写真や動画を見ながらだと、言葉を発しやすいのです。会話が続くようになり、言葉も増え、人とのコミュニケーションが楽しくなり、人間関係もよくなりました」と小倉先生は子供たちの成長を喜ぶ。
「情報活用能力の育成」を目的とした使い方だけでなく、授業のねらいを達成するためにiPadを使う先生も出てきた。音楽担任の森谷直美先生は、リコーダーの個人練習で、iPadを活用している(実践4)。
「私がお手本の動画をiPadで撮影し、子供たちのiPadに配布。子供たちは家にiPadを持ち帰り、動画を見ながら練習しました」と話す森谷先生。練習回数を増やし、苦手なところを重点的に練習できるため、子供たちはみるみる上達したそうだ。
実践2 | NIE新聞を教材に、情報活用能力を鍛えるNIE
情報活用能力が身についてきた
これほどさまざまな実践が生まれ、iPadの活用が浸透したのはなぜだろうか。「実物投影機でトレーニングしていたのが効いている」と、佐藤和紀先生は考える。
「実物投影機で、先生方はICT活用のコツをつかんでいました。なんでもかんでもICTを使うのではなく、ICTの良さを発揮できる場面で、限定的に使えばいいのだとわかっていた。だからiPadも、すんなり授業に溶け込ませることができたのでしょう」
「情報活用能力の育成」という大目標を掲げ、ねらいがブレなかったのも大きい。情報活用能力がどのくらい身についたかの統一評価基準も明示した。(図表C)。つけたい力を常に意識しつつ、授業を作って指導を積み重ねるように心がけてきた。
「情報活用能力の育成は着々と進んでいます。先生方へのアンケート調査によると、すべての先生が『児童は情報活用能力が身についたと思う』と回答しています」と、佐藤和紀先生。今後も豊川小は、さまざまな実践で、情報活用能力を着実に育んでいくことだろう。