教師なら「当たり前」の校内基準を示し、教師の「目指すべき姿」を明確に!
山形県米沢市立東部小学校
米沢市立東部小学校では、増え続ける若手教員の能力向上に、全校を挙げて取り組んでいる。学習規律などの「校内基準」をリスト化し、各種の公開授業で実践を積み重ね、校内OJTで鍛え合っている。
毎年2名の新採が配属される異常事態に
”教師力”の高いベテラン教員が続々と定年退職する一方で、経験の浅い若手教員が増え続け、学校の力が低下していく―。これは今の教育界が直面している、深刻な課題である。米沢市立東部小学校の金俊次校長も、同じ悩みを抱えていた。
「この3年間だけで、6名の新採が配属されました。毎年2名のペースで新人が増え、今や教員の3分の1が20代という年齢構成です」
若手教員の急速な増加は、学級間格差を生み始めていた。
「まず授業力に差がありました。小学校の学習は、積み上げです。どこかの学年で積み残しが出てしまうと、後々まで響いてしまいます」
授業力だけでなく、生活指導や学級経営などの点でも格差が生じていた。校内研修も行っていたが、若手教員の増加ペースが早すぎて、従来のやり方では、もはや限界だったという。
そこで金校長は、新たな方法で教師の力を高めようと決意した。授業力だけでなく、生徒指導力、学校運営力、組織貢献力など、およそ考えうる教師の能力すべての向上を図ろうとしたのだ。
校長のマネジメント力が光る
『東部スタンダード』や『TOUBOOK』の精緻さゆえに、細かすぎて嫌がる先生が出ないよう、金校長は、じっくりと時間をかけ、まずは改革が必要なのだという空気を校内に作っていった。「何とかしないと、このままではまずいね」と、教頭とよく話し、危機感を共有。教頭から学年主任などに伝わり、学校に改革の気運が高まるのを辛抱強く待った。着任後最初の1年は、この雰囲気づくりに努め、実際に動き始めたのは2年目からだったという。
そして、改革の気運が高まっても、『東部スタンダード』や『TOUBOOK』をトップダウンで押しつけはしなかった。学年主任会や学習指導部などで、先生たちに議論してもらい、先生たちに決めてもらったのである。
学習規律や指導基準などを統一
まず着手したのが、全校統一の学習規律や指導基準の作成だった。「教師なら、最低限これだけはおさえてほしいこと」を項目化した『東部スタンダード』を作ったのだ。その”一部”を抜粋する(図表1)。
その細かさには驚かされるが、これだけではない。東部小では、教職員の心得をまとめた『TOUBOOK』も作成した。学習指導や生徒指導から、学級経営、保護者対応など、あらゆる面で守るべきことやコツなどをリスト化したのだ。その”一部”が、図表2だ。
この『TOUBOOK』も、多岐にわたり詳細に記されているが、『TOUBOOK』作成にあたった学習指導部部長の小松祐子先生によると、「先生たちで何度も話し合い、項目を厳選した」という。
「学年主任会で討議を繰り返し、『教師ならやって当たり前』という項目を選び抜きました。学年ごとにまとめてはどうか、との意見もあったのですが、全校で基準を統一した方がいいと判断しました」
『東部スタンダード』や『TOUBOOK』で、教師なら”当たり前”の校内基準を示し、教師の目指すべき姿を明確にしたのだ。
授業を見せ合い、授業力を高める
しかし、基準を示すだけでは、効果は期待できない。そこで「授業を互いに見せ合い、学び合う機会をたくさん作りました」と、研究主任の板垣英恵先生は話し、その例を挙げた。
●授業研究会
年3回開催。すべての教員が、年1回は公開授業を担当する。公開授業の後は、事後研究会でグループディスカッションを行う。
「事後研では、若手とベテランをバランスよくグループ分けし、ベテランから学べるようにしました」
●ミニ授業研究会
年3回、ミニ授業研究会”月間”を設定。1日1クラスペースで、連日授業を公開する。年間一人2回がノルマ。「事前に授業計画表を配布し、授業の見どころはここなので、この場面だけでも見に来てくださいと呼びかけました」
丸1時間、自分の担任学級を離れるのは難しいが、10〜20分程度なら見に来やすい。少しでも多くの先生が実践を見られるように工夫した。
昨年度は、授業研究会、ミニ授業研究会を併せて、実に合計43回の授業公開を実施した。『東部スタンダード』や『TOUBOOK』を元に、授業を計画し、実践し、先生同士で評価し合い、授業を改善する。このPDCAサイクルを、一年を通して頻繁に行った。
OJTでいつでもどこでも学ぶ
さらに、日常的にOJTで学ぶ体制と機会も、たくさん作った。
●若手塾
毎月2回、テーマを決めて、教員歴15年以下の若手教師がベテラン教師から学ぶ。そのテーマはとても多彩で、「私の忘れ物対策と指導」「宿題 その目的と内容」「朝の会・帰りの会はなぜあるのか」「私の学級通信 セールスポイントは」「給食 残食ゼロをめざして」などだ。
当初は、ベテランが「いま若手に伝えたいこと」をテーマに選んでいたが、すぐに若手から「これを知りたい」とリクエストが来るようになったという。
また、最初は受け身の座学的な学びだったが、すぐにディスカッション形式の主体的な学びに変化した。
●校内地留学
若手が、ベテランの教師に朝から晩まで一日張りつく。「留学先」は、若手が希望できる。
金校長は「校内研では授業しか見ることができませんが、学級経営や生徒指導などのヒントは、休み時間や朝の会、帰りの会、給食など、授業時間以外にもたくさん転がっています。ベテランのワザを肌で感じ、学ぶための制度です」と説明する。
校内地留学を受け入れるベテランにとっても良い刺激になっているという。小松先生は「私も昨年、校内地留学を受け入れましたが、自分の授業や指導を振り返り、そのねらいや意味を再確認する良いきっかけになりました」と述べた。
このような、教員同士が学ぶ機会の多さ、学べる仕組みの多彩さについて、金校長は「本校のOJTとは、学ぶ機会を雨あられのように降らせることなんですよ」と自信をのぞかせた。
学び合う雰囲気が作られた
『東部スタンダード』『TOUBOOK』で校内基準を明確に。授業研やミニ授業研(図版内の「ミ」)で実践を重ね、学び合って授業力を向上。「若手塾」や「校内地留学」で生徒指導や学級経営なども学び合い、教師力を高める。
(図提供:米沢市立東部小学校)
東部小がこの取り組みに着手して、今年で2年目。すでに成果は出始めている。まず、先生同士の学び合いが活発になった。
「『東部スタンダード』や『TOUBOOK』を作ったことで、すべての先生が同じ土俵に立てた。これを元に、議論したり、学び合ったり、教え合ったりできるようになりました」と喜ぶ金校長。東部小には、学び合いを活性化する、魔法のキーワードがあるという。それは、「OJTですから」だ。
「これは説教じゃなくて、OJTだけど…」と、ベテランが気軽にアドバイスできるようになり、若手も「OJTなので教えてください」と、積極的に質問するようになった。
「泳げない子供への指導に困っているのですが、OJTしてくださいと更衣室でお願いしたこともある」と板垣先生が笑うように、いつでもどこでも教え合う雰囲気が作られた。
「若手だけでなく、ベテランにもいい影響が出ています。若手の授業を見てベテランも、『若手には負けられない!』と頑張る姿が見られます。相乗効果ですね」と、手応えを感じている金校長。「すべての教師が、教材研究をしっかり行い、授業計画・ノート計画・板書計画をしっかり立て、45分間を計画的に使えるようになりました。先生方の授業力が高まってきています」と語った。
どのクラスも同じ雰囲気に
子供たちの姿にも、変化が現れている。東部小では、1年生から6年生まで、どの教室も同じ空気が漂う。机の上のノートや教科書の位置も同じ、挙手や発言のルールも同じ。先生の板書やノートの取り方も共通。『東部スタンダード』『TOUBOOK』が、徹底されているのだ。
板垣先生は、「最初はこまごまと口うるさくなってしまいましたが、時間をかけて指導していくことで全員に浸透し、いちいち指導しなくても、きちんとできるようになりました」と話す。
学習規律や指導基準が全校で統一されたことで、子供たちも楽になったという。小松先生によると、「担任が変わっても学習規律は同じなので、子供たちも戸惑わない」で済むそうだ。
先生にとっても、メリットは大きい。板垣先生は、今年度クラス替えを経験したが、「前任の先生が、学習規律を徹底してくれていたので、とてもやりやすかった」そうだ。
今後は、『TOUBOOK』も加筆・削除など、随時更新していき(現在は第2版)、東部小で培ったOJTモデルをリーフレット化し、市内の他校にも広めていきたいという。
金校長は「若手教員の急増は、本校だけでなく教育界全体の課題。東部小での実践と研究が、お役に立てればと思います」と締めくくった。
『東部スタンダード』と『TOUBOOK』が徹底されると学校はこうなる
東部小の教室風景に、『東部スタンダード』『TOUBOOK』の項目を併記してみた。