公開日:2016/12/2
教育改革を踏まえた「教育の情報化」
文部科学省情報教育振興室・新津室長が語る
文部科学省 生涯学習政策局 情報教育課 情報教育振興室 新津 勝二室長
次期学習指導要領改訂、高大接続改革など、今、教育業界は大改革の時代を迎えている。なぜ今、大改革が行われるのか。その背景やねらいについて、文部科学省の新津勝二・情報教育振興室長にお話を伺った。
激変する社会を生きる力を育むために教育改革を行う
今、私たちは、予測が困難な未来に直面しています。最近ニュースでもよく耳にしますが、今後10~20年程度で、約半分の仕事が人工知能やロボットに取って代わると言われています。いわゆる第四次産業革命ですが、一方で、新たな仕事も誕生するということを忘れてはなりません。ニューヨーク市立大学のキャシー・デビッドソン教授によると、「子供たちの65%は、大学卒業後に今は存在していない新たな職業に就く」と予測しています。大事なのは、この点です。人工知能がいくら進化したとしても、人間本来の強みを活かした仕事は残ると思います。たとえばコミュニケーション力を駆使して、他者と協働して、主体的に進めていくような仕事。ですから今、変化の激しい社会を生きるために必要な力である「生きる力」を子供たちに育むために次の学習指導要領が議論されているのです。
次期学習指導要領では、資質・能力が三つの柱に再整理されます。(図1参照)
①「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」
②「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)」
③「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力、人間性等」の涵養)」
そして、「何ができるようになるか」という観点から、「何を学ぶか」として指導内容の見直しを行い、その内容を「どのように学ぶか」ということで、主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)の視点からの学習過程の改善が議論されています。
小学校段階における「プログラミング教育」も必修化されます。本来であれば、実践研究などを積み重ねた上で実行するところですが…今回はその時間がありませんでした。情報化のスピードが想像以上に速いのです。たとえば囲碁の世界で、人工知能を有するAlphaGoが世界チャンピオンに勝利したのもその一例。囲碁はチェスや将棋よりも想定しうる手が多いため、コンピュータが人間に勝つにはまだ10年以上かかると言われていました。それほど社会の情報化が加速している。このことが、小学校段階からのプログラミング教育の必修化につながるのだと思います。こういう社会や世界の変化を、先生方は常にキャッチして子供たちに教えていただきたいと考えています。
ますます高まる「教育の情報化」の重要性と質の向上化
このような時代だからこそ、「教育の情報化」の重要性は、ますます高まっています。そもそも教育の情報化とは、次の三つの側面を通じて、教育の質の向上を図ることにあります。
①情報教育:情報活用能力の育成(ICT化が進む社会への対応力の育成)
②教科指導における情報通信技術の活用:ICTを効果的に活用した、分かりやすく深まる授業の実現等
③校務の情報化:ICTを活用した情報共有により、きめ細やかな指導を実現し、校務の負担を軽減
このうち情報活用能力は、三つの観点(「情報活用の実践力」、「情報の科学的な理解」、「情報社会に参画する態度」)をバランス良く育成することが重要です。話題のプログラミング教育は、「情報の科学的な理解」に該当します。今、大人も子供も、スマートフォンやインターネットを日常的に使いこなしていますが、これからは単に「使いこなす」だけではなく、コンピュータやネットワークがどのような仕組みで機能しているのかを知ることが求められます。「情報の科学的な理解」を深めた上で、課題や目的に応じて情報手段を適切に活用するなどの「情報活用の実践力」を磨くとともに、情報モラルや情報セキュリティーを学ぶなど「情報社会に参画する態度」を養う。このことは、子供だけでなく我々大人にも必要な能力だと思います。
文部科学省では、平成19年度から教員のICT活用指導力を調査していますが、5つのすべての項目が右肩上がりで向上しているものの、「児童のICT活用を指導する能力」は7割に到達していません。(図2参照)。
今後は、教員に求められる資質能力も変わっていきます。中教審が昨年出した「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」の答申を見ると、新たな教育課題(アクティブ・ラーニングの視点からの授業改善、ICTを用いた指導法、道徳、英語、特別支援教育)に対応した養成・研修が必要だとしています。教員免許法一部改正も、次の国会で議論される見通しとなっています。
文部科学省としましても、教育ICT活用実践事例集、映像集を発行していますし、校内研修リーダー養成のための研修手引きや、情報モラル教育の事例集などを発行し、「教育の情報化ホームページ」に電子媒体等をアップしていますので、ぜひ研修等で活用してください。
次に、子供たちの情報活用能力の現状はどうでしょうか。小学校5年生と中学校2年生の約6、000人を対象に、コンピュータを使った情報活用能力調査を実施しましたが、「整理された情報を読み取る」ことはできるものの、複数のウェブページから目的に応じて「特定の情報を見つけ出し、関連づける」ことや、「情報を整理し、解釈する」こと、そして「受け手の状況に応じて情報発信する」ことに課題があることが判明しました。特に衝撃的だったのが、タイピング能力の低さです。1分間で入力できる文字数は、小学校が5・9文字、中学校でも17・4文字と、とても苦手としていることが判明しました。小学生にあっては10秒間に1文字しか入力することができないという結果です。これは平均ですので、入力することができない児童もいるということです。この背景には、スマートフォンやタブレットのはやりで、学校や家庭においてもタイピングをする機会が減少していることがあります。コンピュータ室パソコンの更新の際に、デスクトップパソコンからキーボードのないタブレットにリプレイスする学校も多く、タイピングを教える環境がなくなっています。しかし、現行の小学校学習指導要領総則でも、「コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作を身に付け」と明記されています。このことは、高大接続改革の新テストがコンピュータを使ったテストを検討しているからということではなく、児童生徒が社会に出て仕事をする上で、タイピングはまだまだ必要ですし、なによりも楽器の演奏と同じように、10本の指にかなう方法はないからです。
この点については、次期学習指導要領において更に充実する予定です。
ICT環境整備の遅れと自治体間格差の大きな課題
先ほどの「教員のICT活用指導力の推移」をもう一度見てください。「児童のICT活用を指導する能力」が、他の能力に比べて低く、伸び悩んでいます。その原因は、児童がICTを活用する環境が整備されていないことも一因です。電子黒板については、平成21年度のスクール・ニューディール政策(大型補正)時に大幅に整備が進んだものの、1教室1台の目標に対して、まだわずか9%に過ぎません。
特に深刻なのが、自治体間の格差の拡大です。図3は、教育用コンピュータ1台あたりの児童数を都道府県別に示したものですが、これだけの差があります。実は市区町村別で見ると格差はもっと深刻で、一人1台のところもあれば、23人に1台の学校もあります。これほど教育環境の格差がある状態で、次期学習指導要領の理念を実現できるのかどうかをとても危惧しています。
そもそも学習指導要領とは、「全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、各学校で教育課程を編成する際の基準を定めたもの」です。しかし、教育環境の格差が拡がっている状況で「一定の水準の教育」を保つことができるのでしょうか。
文部科学省としては、第2期教育振興計画の目標値を達成すべく「教育のIT化に向けた環境整備4か年計画」(平成26年度から29年度まで4年間総額6、712億円の地方財政措置)を実施中ですが、その目標値にはまだまだ達していません(図4)。
地方財政措置ですので、あくまでも予算が積算されているというものですが、1校あたりの財政措置額を単純計算すると、標準規模の小学校(18学級)で年間564万円が使えることになっています。電子黒板などのハードだけでなく、デジタル教科書などのソフトウェアやICT支援員の配置費用まで積算してあるのですが、これを予算要求して予算化するかどうかの最終判断は各自治体に委ねられています。佐賀県のように、地財措置に加えて独自の予算を組んでICT環境の整備を積極的に推進している自治体もあれば、『教育予算の枠が決まっている』とか、『活用の効果が見えなければ予算化はしない』として、教育の情報化に消極的な自治体もあるのが現状です。
子供たちの未来を考えた時、果たしてこのままでよいのか。首長をはじめとする自治体の皆様には、ぜひ賢明な判断をお願いしたいと思います。
学習規律という土台の上にICT環境を常設していく
今、タブレットを導入する学校や自治体が増えていますが、ICT環境の整備は〝段階的に〟行う必要があります。まずは電子黒板やプロジェクタ、実物投影機、無線アクセスポイントなどを、各教室に常設化するのが第1ステップ。ICTを使うたびに、機器を教室に運んでセッティングするのでは、先生方は使ってくれません。「準備に3分かかったら使わない」とも言われています。それぐらい今の先生方は多忙なのです。
ICTを常設化すると、先生方は日常的に使い始めます。「ICTなんて不要。黒板とチョークだけで十分」と頑なだったベテランの先生でも、教室にICTが常設されていれば、毎日使われるそうです。指導力の高いベテランの先生がICTも使うようになったら、まさに「鬼に金棒」だという声もよく聞きます。
そして、その前に大事な点がもう一つあります。ICT環境の教室における常設化の前にやっておきたい前段があります。それは、「学習規律の徹底」です。規律というと堅いイメージがありますが、言葉を変えれば、子供たちの「基本的な生活態度と授業に向かう姿勢」の確立です。目新しいICTが教室に入ってくると、子供たちは落ち着きませんが、これでは、学習の道具として使うどころではありません。一人1台のタブレット端末を実証研究したフューチャースクールでも、学習規律が徹底されていました。まず土台として学習規律があり、その土台の上に、ICT環境の常設化を図ること。タブレットを導入するのは、その後です。
アクティブ・ラーニングや協働学習などで、ともするとタブレットパソコンに注目が集まりがちですが、クラス運営や学校経営方針に基づき、子供たちの基礎・基本ができているという前提で、ICT環境を整備することが求められています。
この点に、次期学習指導要領のキーワードの一つである「カリキュラム・マネジメント」の重要性がかかってくるのだと思います。
社会の変化に合わせて教室の環境も変わるべき
教育委員会や財政担当の方から、「ICT活用の効果はあるのか」とよく聞かれます。しかし、「カスタマイズが容易である」「時間的・空間的制約を超える」「双方向性を有する」といったICT活用の特性・強みを考えれば、アクティブ・ラーニングの視点立った深い学び、対話的な学び、主体的な学びの実現や個々の能力や特性に応じた学びの実現にも、ICTは大きく貢献します。もちろん弱点はありますが、だからこそ、45分間の授業中ずっとICTを使うのではなく、日本の伝統的な素晴らしい板書やノート指導はそのまま継続しつつ、5分でも10分でもいいので、ICTを活用して効果的に教材を準備したり、効果のある場面でICTを活用することが大切なことだと思います。また、図書館における「調べ学習」今後もますます重要となります。アナログとデジタルの共存はしばらく続くということを理解しなければなりません。
教育の情報化に消極的な方は、「黒板やチョークだけでも授業はできる」とよく言われます。でもそれは、500キロ先の目的地へ移動するのに、飛行機や車や新幹線という便利な道具があるにもかかわらず、「昔のように歩いて行く」ということと同じだと考えられないでしょうか。もちろん、歩くことは人間の行動の基本ですし、歩くことで体力も向上します。しかし、時間はかかりますし、飛行機や新幹線といった文明の利器に子供が触れる機会を奪うことにもなります。
教科指導におけるICT活用も同じです。限られた時間を有効に使えるし、分かりやすくなるし、学びも深まる。ICTを使うことで、情報活用能力も育成することができます。
私たち大人は、ICTを使った授業を受けた経験がないため、ICT活用の効果を実感しづらいのも事実です。しかし、大人も子供も、スマートフォンやインターネットを日常的に使い、これだけ生活の中にICTがあふれ、人工知能などの進化による第四次産業革命への対応が必要な時代に、教室の中だけアナログのままでよいのでしょうか。
最初にも述べたように、今、社会の情報化は予想を遥かに超えて加速しています。この急速に進む情報化に対応すべく、この秋の大型補正予算要求でも、人工知能研究などにかなりの予算を計上しています。こういった社会の急激な変化に対応すべく、教育改革も進められています
教育関係者、自治体はもちろん、保護者、地域住民、企業等の方々など全ての大人が、10年後20年後に社会に飛び立つ子供たちのことを真剣に考えなければならない。そういう時代に私たちは今、生きているのです。