ICTが学びにもたらすゆく末とは?アンケートで見えてきた「相模原市の未来」
2010年から2019年までの10年間という長期的なスパンで、市立小・中学校での「学校の情報化推進計画」を進めている相模原市。その中期計画(2014年度~2016年度)では、「ICTさがみはらスタイル」として、タブレットPCの導入と実証研究を行ってきた。単に実践事例の研究を行うだけでなく、詳細なアンケート調査を実施。教員と児童生徒の両方に、タブレットPCなどICTが学びにもたらす変化や効果をヒアリングした。そこから何がわかったのか。相模原市教育委員会の指導主事の方々にお聞きした。
1.アンケート調査で判明した効果と課題
タブレットPCの実証研究と並行して、アンケート調査も継続的に実施
相模原市では、2014年度から、モデル校(小・中学校4校)に、タブレットPCを導入し、実証研究を開始しました。研究テーマは、次の2つです。
①タブレットPCを利活用した楽しくわかる授業
タブレットPCを用いた算数・数学科の実証研究を、同じ中学校区の小学校2校と中学校1校で実施。算数・数学科について3年間系統的に研究を行い、タブレットPCの利活用と学力の関係について検証することをねらいとしました。
②学びを深めるタブレットPCの利活用
こちらは、数学科におけるタブレットPCの効果的な利活用方法や場面を検証するのがねらいです。
モデル校となった小・中学校4校には、タブレットPCのほか、ワープロソフトや表計算ソフト、プレゼンソフト、デジタル教科書などを導入しました。
なぜ、算数・数学科を対象にしたかというと、タブレットPCやデジタル教科書の特性から、算数・数学科の領域及び単元において、その効果を検証しやすいと考えたからです。
ほとんどの教員がタブレットPCに触れたこともない状態から研究をスタートしました。同時に、アンケート調査も継続的に行いました。単発の調査ではなく、タブレットPCの使用前・使用後3か月・6か月と、2年間に渡って検証を行い、学びの変化や効果を明らかにしようと考えたのです。
A | 授業に取り組む姿勢の変容。「表現」や「思考」に変化
まず、児童生徒の「授業に取り組む姿勢の変容」ですが、ICTによって、学習目標を意識して取り組む姿勢が強まることがわかりました。毎回の授業の冒頭に、デジタル教科書やタブレットPCを使って、今日のめあてや課題を提示するようになった効果だと考えています。
また、「表現」や「思考」する活動が「できている」と答えた児童生徒が増加しました。この研究を始める前は「できている」と答えた児童生徒は約6割にとどまっていましたが、タブレットPC導入後には7割に増えました。課題について試行錯誤しながら思考し、タブレットPCを使って自分の考えを表現する活動を行っている成果だと思います。
B | 授業でのICT利活用による効果。「わかりやすくなった」と好評
「ICT(タブレットPC)」「デジタル教科書」などを授業で使うと「わかりやすいか」と、児童生徒に尋ねたところ、8割強が「わかりやすい」と回答しました(図1)。
特に、児童生徒に好評だったのが、図形の面積を求める単元です。グループごとに図形の面積の求め方を考え、タブレットPCでまとめて大型テレビに映して発表するのですが、タブレットPCを使えば、図形を切り分けたり回転させたりして面積を求めていく過程を、1過程ずつ図を見せたり、実際に図形を動かしたりしながら、スモールステップで説明することができます。「発表しやすい」し、「とてもわかりやすい」と喜んでいます。
このような「グループ・ペア学習」や「発表」も、約7割の児童生徒がICTで「しやすくなる」と回答しています。
C | ICT利活用による、学習内容の定着
ICTが、学習内容の定着に効果があるかどうかも詳しく調査しました。
中学校1年生では、同じ単元の中で、ICTを使って学ぶ小単元と、ICTを使わず従来通り黒板や紙で学ぶ小単元とを2つ設定し、学習後の評価テストの正答率を比較。その結果、どちらの小単元もタブレットPCを使った方が、わずかですが正答率が上がりました(図2)。
単元間の比較も行いました。ICTを集中的に使った単元と、使わなかった単元とで、評価テストを比較したところ、興味深い結果が出ました。小学校5年生「図形(図形の性質・面積)」の単元でICTを利活用したところ、他の単元に比べて目標点数の6割に達しなかった児童の割合が減少したのです(図3)。
ICTは、学習をあまり得意としない児童生徒を支援するのに効果があるのではないか。このことをもっと詳しく調べようと、「基礎・基本の定着」と「発展的な課題の解決」を学習のねらいとした授業を中学校で展開しました。そして、それぞれの授業後に、学習を得意とする生徒とあまり得意としない生徒に、ICTの効果を感じるか尋ねてみました。すると、はっきりと違いが出たのです。「基礎・基本の定着」をねらいとした授業では、学習をあまり得意としない生徒ほど効果を実感していました。逆に「発展的な課題の解決」をねらいとした授業では、学習を得意とする児童生徒の方が「効果がある」と回答しました。学習のねらいと生徒の学力に合わせて、ICTを利活用する目的を設定することの大切さを、あらためて実感しました(図4)。
D | 授業でのICT利活用の回数とその効果
モデル校の全教員を対象に、タブレットPCの利活用回数を調査したところ、小学校と中学校では大きな差が出ました。小学校では約8割の教員がタブレットPCを利活用したことがあるのに対し、中学校では4割程度にとどまったのです。この原因は、ICT環境の差にあると考えられます。
小学校
タブレットPCが教員一人1台ずつあり、全学年分のデジタル教科書(算数)もあるため、教員は日常的にICTを利活用していました。
中学校
タブレットPCが一人1台はなく、デジタル教科書も数学科だけなので、他の教科担任が利活用しにくい。
日常的に使えるICT環境が整っているか、気軽に使える教材があるか。その差が利活用回数の差となって表れたのです。教員がICTを使うようになるには、何よりもまずハードとソフトの環境整備が重要であると、あらためてわかりました(図5)。
ICT利活用の効果についても「意欲の喚起」「思考力の育成」「技能の育成」「理解力の育成」などの項目で、すべての教員に調査しましたが、これも興味深い結果が出ました。
小学校では「効果がある」と答えた教員が、2年目にすべての項目で減ったのです。これは教員がまだ模索している原因です。2年目は算数科以外の教科でもICTを利活用しており、試行錯誤しながら進めた結果、効果をあまり実感できなかった事例が出ています。
一方、中学校では、すべての項目で2年目の方が増えました。利活用が数学科担任に限られている反面、教員はICTに慣れ、効果のある使い方や場面がわかり、効果的な活用をできるようになったからだと考えられます。
調査の結果、見えてきた課題
このように、一人ひとりの教員が試行錯誤しながら実践を編み出すのでは、効率も悪いし、失敗も増えます。どの教科やどの単元で、ICTをどんな目的で使えば効果的なのか。それを見極めた上で、事例として共有し、これからタブレットPCを利活用する教員を導いていくことが今後の課題です。
また、今回の調査では、児童生徒たちからとても興味深い「不満」の声が寄せられました。「書く」活動が足りなくて不安定であると、児童生徒に指摘されたのです。
タブレットPCを使うととてもきれいにまとめられ、電子黒板に映して発表や共有がしやすくなります。
しかし、タブレットPCにまとめたことは、自分の手元に残らない弱点もあります。ノートに書けばいつでも復習できますが、ICTではそれができないのです。
また、タブレットPCが協働学習に向いているため、グループ学習やペア学習の時間を取り過ぎ、個別にノートに書く時間が少なすぎたことも反省しています。
何でもICTですればいいのではなく、従来通りのアナログな学習方法とのバランスを見極めることが大切だと痛感しました。授業でICTを使っても、個々のノートにまとめることなどについては、普遍的なものであることを改めて実感しました。
2.次の学習指導要領に向けて、相模原市が目指す未来
他教科での実践も開発し、多くの教員に利活用を促したい
平成28年度は、他教科での実践研究にも力を入れていきます。児童生徒がタブレットPCやデジタル情報を扱ったとき、どんな変化や成長が生じるかに注目しながら、様々な教科での実践を見ているところです。もちろん、詳細なアンケート調査も行っていきます。
けれども、なかなかICTを使わない教員がいるのも事実です。「使い方を知らない」「どんなことができるのかわからない」など、使わない原因は様々です。この状況を打開するには、ICTを活用した授業にタブレットPCは確実に効果があり、ICTでしかできない学びがあると知ってもらうことです。たとえば、言葉ではイメージしにくい事柄も、視覚でとらえることで理解しやすくなります。そのため、発表の場面では、紙よりも効果的な伝達が可能になると考えます。そのようなことを、より多くの教員に伝えたいと思います。
次の学習指導要領に向けて、今から準備をしておく
竹鼻直樹指導主事の調査研究は、大学にも負けない緻密な研究だと感じています。詳細なデータをもとにしているので、説得力があります。しかも良い点ばかりではなく、データを多面的にとらえ、課題もきちんと併記しているところに信憑性があると考えています。
相模原市教育振興計画の基本理念は「人が財産(たから)」です。一人も見放さない、見捨てないという「人」を「たから」とする視点から、ICTはこの理念に答えることができる大きな要素だと感じています。今までわからなかったことが、確実にわかるようになる。そんな可能性を秘めている魔法の道具とも言えると思います。
次の学習指導要領では、児童生徒一人ひとりがタブレットPC等ICT機器を使用して学習に取り組むような内容が盛り込まれてくることが考えられます。学習指導要領が施行されるのをまつのではなく、教員も児童生徒も自治体も、今から準備をしておくことが必要です。それが今やるべきことです。