公開日:2017/8/4
理解し、感じて、考えて、話し合う。
Feeling & Thinking!
ICTで加速するアクティブ・ラーニング
―慶應義塾大学―
「『CaLabo EX』がない授業は考えられない」―2016年春・夏号でそう語った慶應義塾大学の吉原学先生。前回拝見したのは、動画を活用して4技能を高めていく授業だった。現在はそこへ新たに「Feeling & Thinking」というセッションを組み込み、より高度な学びを展開しているという。吉原先生が「これまでの集大成」と語る授業を取材するとともに、その授業スタイルのポイントやMALLの可能性などについて伺った。
吉原 学先生
1993年4月より、社団法人国際交流サービス協会に所属し、海外赴任者向けの英語研修のカリキュラム策定・教材作成に携わる一方、国際協力機構研究所(JICA研究所)にて英語常勤講師、2003年より2009年3月まで英語主任講師、兼教務副主任を務めた。また、企業の中に入り、英語研修のプログラムの企画策定から実施まで携わった。最近は、英語ポータルサイトの立上げメンバーとして参加し、英語に関わるコンテンツの制作と企画サポートも行った。現在、慶應義塾大学のほか東京経済大学でも講師として教育活動を行っている。
動画で「つかむ」
海外のニュース映像が流れる。リオ・パラリンピック男子陸上1500メートルの上位4人が、オリンピックにおける優勝者の記録を上回ったというニュースだ。つい先日まで各メディアを賑わせていた時事素材に、学生たちもぐっと引きつけられている。
取材に訪れたのは、理工学部の1〜2年生が受講する「英語リスニングの授業」だ。動画を2回繰り返して視聴した後、吉原学先生は、今日の授業の流れについて説明する。最終的な目標をしっかりと見据えて学んでもらうための手立てだ。
Wordファイルで配られる空欄補充の設問を、リスニングを行いながら答え、正誤を確認し、次にCNNニュース原稿について改行チャンキングを施す。吉原先生は、そこまでを10分で行うよう指示。スクリーンにはタイマーが表示され、同時に吉原先生は、ムービーテレコを起動する。
空欄補充の設問の正誤を確認した学生からチャンクリーディングをスタート。ベタ打ちされた英文を、発話者の息継ぎを参考にしながら次々と改行して読み進めていく。ポイントとなる語句はあらかじめ緑で表示されており、読解の手助けとなる。
続いてペアワークだ。こちらは12分間と設定される。組む相手はランダムだが、学生たちも慣れた様子で「こんにちは」とあいさつし合い、すぐにチャンクを意識しながら読解が進められていく。速いペアは、ニュースで実際に使われた関係代名詞についての議論に入っている。学生は、「grammar in context」で文法を学ぶことができるのだ。
吉原先生は個々の進捗具合をモニターで確認しながら机間巡視を行う。少し遅れ気味の学生にはそっと寄り添い、フォローする姿が印象的だ。
評価は録音データで
タイマーがチャイムを鳴らしたところで、クラス全体でチャンキングと和訳の確認に入る。ヘッドセットを外し、マイクを渡された学生が和訳を読み上げていく。マイクは学生の意志によって適宜他の学生へと回されるため、緊張感は途切れない。吉原先生はところどころで文法の解釈やネイティブ的な視点、英文作成時のコツなどを挟み込み、全体の理解レベルを確認しながら15分ほどかけて丁寧に進めていった。
次に、4分間の音読練習に入る。吉原先生は「スピード」「抑揚」「明瞭な発音」「意味の切れるところで息継ぎ」という4点を意識するよう指導。学生たちは録音しながら音読し、保存する。その録音データは、抜き打ちで評価の対象となるため気は抜けない。自分の音声を聴き直し、四つのポイントに照らして不十分な部分を修正し、録音し直す姿も見られた。
日本語で煮詰める
いよいよ「Feeling & Thinking」に突入する。再びランダムでペアを組み、ブレインストーミングを行う。議題は「障がいを持つ選手のオリンピック出場について」。正解のないテーマだ。
まず5分ほど日本語で論じ合い、その後、ペアを変えて4分、今度は英語で論じ合う。吉原先生は、相互理解と合意形成のため「基本動詞を上手に用い、平易な英語で説明する」「相手の言葉を傾聴する」点に留意するよう告げ、議論を促す。学生たちは、悩みながらも持論を展開し、「参加標準記録を吟味して出場を許可すべき」「パラリンピック自体の意味を再考すべき」などと白熱した議論が続く。タイマーのチャイムが鳴ると、時間が足りないと歯がゆさをにじませる学生も多かった。
授業の最後に学生たちは、吉原先生が「忘却直線チェックテスト」と呼ぶ振り返りシートに挑む。ところどころ空欄になっているニュース原稿を復元させるもので、キーを打つだけでなく、紙に文字を書くことで記憶の定着をねらっている。音読をしっかりこなした学生は、するすると英文が出てくるようで、ためらうことなく鉛筆を走らせていた。
まさに、7年間の集大成
「これまで7年間の集大成と言っても過言ではありません」―この日の授業スタイルについて、吉原先生はそう断言する。4技能をフル活用して学生たちが能動的に学ぶという、まさにアクティブ・ラーニング型授業だ。それを実現するためには、何より題材選びが肝心だと吉原先生は語る。
「リアルな事象で、将来、学生たちが関わりそうな題材を選ぶことが重要です。題材選びを失敗すると、授業そのものがしらけてしまう。理工学部の学生であるということも意識して題材を選んでいます」
また、英文の長さにもこだわる。
「200ワードを超えると『長い』と感じて、考えることを放棄してしまう学生が多いんですよ。しかし、100ワード程度なら学生たちも無理なく読めて、集中力を切らさずに授業に参加できる。その点、ニュースの英文は100ワード程度なので、うまく活用できます」
90分で扱う題材は一つ。動画で学生たちの関心を集め、リスニングとディクテーションで集中させる。ペアによる協働作業でチャンキングを行い、さらにディスカッションを繰り広げる。短時間学習を四~五つ程度組み合わせ、絶えず学生の脳が動いているように仕向けている。
「できるだけ、私の出番がないようにと心掛けています。90分のうち、70分以上は学生が主体となっている授業が理想ですね」
感じて、考えて、話し合う
吉原先生が「集大成」と語る、その大きな要因が「Feeling & Thinking」だ。これは2015年までは組み込んでいなかったセッションで、2016年になってから取り入れ始めたものだという。
「私は以前、JICA(独立行政法人 国際協力機構)で英語の研修を担当していたことがあります。JICAでも英語で話せない人は多かった。しかし、本当に英語ができないのか、それとも話す内容がないのかが疑問だったんですね。そこで、母語で議論してから英語で議論するという手法を編み出しました。授業でも、まず日本語で議論させ、それから英語で論じ合うという2段階のステップを踏んでいます。そうすることで、自分の意見が明確になり、伝えたいことが整理されていくのです」
学生たちは、英語で話してみたいけれどチャンスがない。さらに、1対1で面と向かって話すことに照れや恥ずかしさがあるのだと吉原先生は言う。だが、ランダムに決められた相手と、音声だけでヘッドセット越しに話すのであれば気楽に、失敗も怖れずに話せる。自然と寛容的な空気が生まれていく。発話を促すには、学習環境を整えることが第一である。「集大成」の手応えは十分のようだ。また、吉原先生は「このスタイルの授業に、ネイティブ講師、留学生や海外からの人々と、実際に英語でコミュニケーションを取る練習の場が加われば最高ですね」と言う。
CALLとMALLの二重らせん
「『CaLabo EX』がない授業は考えられない」と言う吉原先生だが、では、MALLについてはどうお考えなのだろうか。最後に、MALLの可能性について伺った。
「今の学生たちはスマートフォンに慣れていますから、授業の予習・復習に役立てるのが最も効果的だと考えています。スマホになら、場所や時間に縛られず、好きなときに好きなだけ自主学習ができる。これが一般化していけば、CALL教室での学びと乗算されて、ぐっと学びが深まっていくことが期待できます」
CALL教室で4技能をフル活用して学び、手元のスマホでそれを振り返る。スマホから自分の学習データにアクセスし、録音した自分の音声を聞き直す。授業で出された課題もオンラインで提出できる。教師の側も、学生がどの程度課題をこなしているかリアルタイムでチェックできるようになり、学生の状態に応じて適切にフォローすることが可能となる。
「CALLとMALLは、いわば二重らせんだと思います。二つがうまく連携し、作用し合えば、学生たちが英語に触れる機会は増え、英語力は今より確実に伸びていくでしょう。今後の課題があるとすれば、それは教材ですね。優れた教材を皆で共有できれば、さらに可能性は広がると思います」と、吉原先生は期待を込めてそう語った。