公開日:2019/5/16
「ローカル」から「グローバル」へ ~国際高等専門学校が育むグローバルイノベーター~
―石川県―
国際高等専門学校
国際高等専門学校は2018年4月、金沢工業高等専門学校から名称を変え、新しいカリキュラムでスタートを切った。真新しい白山麓キャンパスで、学生たちは入学からの2年間を全寮制で過ごすことになる。グローバルイノベーターの育成を掲げ、「英語によるSTEM教育」「エンジニアリングデザイン教育」に力を入れる同校を取材した。
国際高等専門学校
白山麓キャンパス
〒920-2331
石川県白山市瀬戸辰3-1
1957(昭和32)年、北陸電波学校として開校。2018(平成30)年4月、金沢工業高等専門学校から改称し白山麓キャンパスを開設。併設校の金沢工業大学と連携したカリキュラムで新たなグローバル人材の育成に取り組む。
「9年間一貫教育」土台づくりの5年間
木の香りが心地良い「リビング・コモンズ」に配置されている家具は、全て地元産の木材が使われている。「キャンパスの中でこの場所がいちばんのお気に入り」という校長のルイス・バークスデール先生にお話を伺った。
「かつては、高専といえば『5年間で即戦力となるエンジニアを育てる』というものでした。しかし近年、卒業生の大学編入率が上昇するにつれ、もっと長いスパンで高専としての教育の在り方を位置づける必要が出てきました。現在は、大学編入を前提として本校での5年間を大学教育の土台づくりと捉え、大学院までの9年間一貫教育をコンセプトにしています」
金沢工業高専時代の、電気電子工学科・機械工学科・グローバル情報学科の3学科を統合し、総合的な学科として「国際理工学科」を新設したのも、理工学を幅広く学び、知見を広めた上でそれぞれの専門分野を深め、高い専門性を身につける教育プログラムを想定したからだ。
同校では、1年次から理工系の授業のすべてを英語で行っている。その目的やサポート体制はどのようなものなのだろうか。
「多様な文化や価値観をもつ他者とコラボレーションできるリーダーを育成するためには、『語学』はやはり大事です。語学は本来教わるものではなく、使っているうちに習得するもの。学生どうしの対話は日本語で行うこともありますが、学生と教員は日常的に英語でコミュニケーションをとっています」と校長。
3年次には全員がニュージーランドに留学し、ホームステイをしながら現地の学生たちと共に専門科目を履修する。白山麓キャンパスで過ごす2年間は、数学、科学、工学を英語で学ぶ際に必要となる英単語や英語表現を学習する「ブリッジ・イングリッシュ」の授業や、平日の夕食後に行われる「ラーニングセッション」など、語学力の強化や学習内容の定着のための取り組みも充実している。「ラーニングセッションでは、同じ工学系の学部を卒業したネイティブの若者がメンターとして学生をサポートします。学生がメンターに対して授業の内容を英語で説明する、英語コミュニケーションの真の学びの場であり、学生どうしが教え合う場でもあります。教室ではなく、リビング・コモンズのスペースで、くつろぎながら活動しています」(バークスデール校長)
併設校である金沢工業大学でも、国際高専の卒業生――STEM教育を英語で受け、理工学的思考の基礎を身につけてきた学生――の受け入れ体制を整え始めている。
高専だからこそできること
「大人になると、固定概念にとらわれて、それは無理だ、というネガティブな判断になりがちです。柔軟にものを考えられる若い時期に、アイデアから物を作る経験を積んでもらいたい。今の1年生を見ていても、なかなか独創的なアイデアが出ているなと感じます」と自信をのぞかせる校長に、山岸事務局長もうなずきながら次のように続けた。「夜11時までは音の出る金属の工作機械以外は何を使ってもいいルールにしています。一人で黙々と作ったり、自然とグループで話し合ったり、皆夜遅くまで熱心に取り組んでいますね。高専の場合、大学編入後を含めて7年、大学院を含めると9年という長いスパンで学生の学びをデザインすることになるので、教員にとっても、授業をより価値あるもの、クリエイティブなものにしようというモチベーションにつながります」
「ローカル」から「グローバル」へ
大自然に囲まれた白山麓キャンパスについてバークスデール校長は「学生たちには第二の故郷と思ってほしい」と語る。「自らをステークホルダーと考え、地域の課題に向き合ってほしいのです。グローバルというと急に大きな規模のことのように感じどこか他人事になりがちですが、実際は世界中どこへ行こうと、行った先は『ローカル』ですから」
学生たちは、高専のある白山麓の近隣に暮らす方々の畑仕事を手伝ったり、小中学校の文化祭に参加したりと、地域に密着した活動にも積極的で歓迎されている。
「ローカルからグローバルへ」。発展途上の国や地域を訪問し、フィールドワークを通して課題を発見・解決するプログラム「ラーニングエクスプレス」の内容についても伺った。
「現地に行って3日間ほどは、ホームステイをしながらその地域の環境・人々・暮らしを観察します。この観察がとても重要なのです。現地の宗教、文化、価値観を知らずには何もできません。観察し、共感し、課題を見つけ、どうしたら解決できるかを現地の人と一緒に考える。自分たちの生活とは全く異なる環境でデザインシンキングのプロセスを体験するのです」と山岸事務局長。「出来上がったものは、すぐに製品化できるようなクオリティとは言えません。でも、新しい物を考え生み出すニーズがあるのは、必ずしも先進的な社会の中だけではないこと、アプロプリエイトテクノロジーという言葉があるように、最先端でなくても、経済レベルや環境にふさわしい技術が存在し、それもまた技術開発のひとつであるということを、身をもって感じてほしいです」(バークスデール校長)
「課題を発見し定義する」デザインシンキングの実践
重要なのは、与えられた課題を解決するのではなく、課題を「発見する」ところから。「デザインシンキング」はどのような実践の中で育まれるのだろうか。国際高専1期生として入学した1年次の学生たちの「エンジニアリングデザイン教育」を担当する松下臣仁先生に伺った。
「授業中の先生とのやりとりや、道を歩いているときに気になったことなど、まずは生活の中に目を向けることを宿題にします。例えば、POEMSというUXデザイナーがよく使う観察のフレームワークがあるのですが、人々(People)、物(Objects)、環境(Environments)、メッセージ(Messages)、サービス(Services)の観点でメモをとってきてごらん、とか。授業では、そのトレーニングの準備段階として思考ツールを使った演習などを行います」
寮で一日を共に過ごす学生たち。学生寮のランドリールームが実践の場になったこともあった。「最初は、洗濯物が入れっぱなしになっていることがあって迷惑だという学生同士のトラブルがきっかけでした。そこで、ランドリールームの『環境』に目をつけたんですね。結果的に、洗濯が終わったものをかけておけるラックを設置する改善アイデアにつながりました。のこぎりの使い方、筋交いの入れ方など、それぞれの専門の先生に聞いて自分たちで実践していました。ここでは、ラックの家具としてのクオリティは問題ではなく、課題解決策をみんなで見出し、実現したことに価値があります」(松下先生)
全寮制ならではの「トラブル」も、コミュニケーション、スキルアップのきっかけとなっているようだ。
白山麓キャンパスで過ごす2年間
スタートを切ったばかりの国際高専。これから作り上げていくことになる白山麓キャンパスでの2年間について本田事務室長に伺った。
「1・2年次の間は、物作りの基礎技術や考え方の基礎トレーニングをしながら多くのツールを知ることを大切にしてほしいです。4・5年次になると金沢工業大学の設備も利用できるので、さらに高度な機械や道具を扱うことになります。その準備として、『あれを作るためにはこれが使える』という経験を蓄積しておくことが重要になりますね」
「それと、プロジェクトマネジメントの経験も大切です」と松下先生。「課題発見・解決のプロジェクトは基本的にグループでの活動になります。例えば、リーダーとなる存在がいないとなかなか進まないということを体験しながら学びます。プロジェクトを完遂するための役割分担の必要性を実感するんですね。また、エクセルを使って作業の分担と進捗を管理します。CDIO(Conceive=考え出す、Design=設計する、Implement=実行する、Operate=運用する)の考え方を用いると、1・2年次のうちは『考え出す』の部分と『設計する』の半分くらいまでのスキルを身につけるイメージでしょうか、プロトタイプを作り、改善するところまでを繰り返して試行錯誤する力を高めていきたいなと。そこから先(『実行する』『運用する』)は5年かけてじっくり身につけられればいいと思っています」
白山麓キャンパスの中には産学官連携の研究開発活動拠点となる「KITイノベーションハブ」があり、実証実験や研究開発が行われている。本格的な実験・開発が身近に行われていることも、高い研究・実践レベルを目指す学生たちにとってよい刺激となるだろう。
地域に根ざしながら「グローバルイノベーター」を育成する国際高専の挑戦は、始まったばかりだ。
白山麓高専事務室長
本田 尋識 氏
国際理工学科 科長
松下 臣仁 教授
事務局長
山岸 徹 氏
校長
ルイス・バークスデール 教授