今すぐ始められる「教育の情報化」と「ICT環境整備」

東北大学大学院 情報科学研究科
堀田 龍也教授

喫緊の教育課題の一つである、「教育の情報化」。
しかしながら、学校は他にも様々な教育課題を抱えており、教育の情報化を後回しにしている自治体も多い。
なぜ「教育の情報化」が強く求められるのか。今、何をすべきなのか。東北大学大学院の堀田龍也教授に語っていただいた。

東北大学大学院 情報科学研究科 堀田 龍也教授

「社会の情報化」が進むのに、「教育の情報化」は遅れている!

 「教育の情報化」と聞いて、みなさんは何を連想しますか? デジタル教科書でしょうか? 今年の4月からはデジタル教科書が紙の教科書と同じように使えるようになります。プログラミング教育も話題ですね。センター試験に代わる新しい大学入試がコンピュータを使ったテスト、いわゆるCBT(Computer Based Testing)になるかもしれないことも多くの人々の関心を集めています。「学校における働き方改革」の一環として統合型校務支援システムを導入し、先生方の仕事の負担を減らそうという取り組みも見逃せません。

 このように、「教育の情報化」ではさまざまな取り組みが今、求められています。先生や教育委員会からすれば、「教育の情報化」が意味するものが多岐に渡るため、それぞれがどのように関係しているのか見えづらく、何から始めればいいのかと、お悩みのようです。

 学校や教育委員会は、「教育の情報化」以外にもさまざまな教育課題を抱えており、「教育の情報化」には多額の予算がかかることもあって後回しにされがちです。しかも「教育の情報化」の動きは大変速く、次から次へと新たな課題が出てくるので、ますます後手に回ってしまう。こんな悪循環に陥っている学校や自治体が、少なくありません。

 他方、「社会の情報化」は日進月歩で進んでいます。みんながスマートフォンを持ち歩き、仕事や生活で便利に使っていますよね。たとえば、スマホの天気予報アプリを見て、「あと30分したらこの雨は止みそうだから、それから出かけよう」というような使い方をしています。テクノロジーを使って情報を獲得し、その情報を参考に意思決定をする。これが今や我々の生活では常識になっています。

 個人がテクノロジーを便利に使うだけでなく、企業もテクノロジーの恩恵を受けています。たとえば Suica などの交通系ICカードから鉄道会社は乗客の傾向をつかみ、「この時間帯はこの区間の乗客が多いから増便しよう」などと意思決定し、より効率的で利用者のニーズに合ったサービスの提供に活かしています。

「教育の情報化」の遅れは、子供たちの未来を損なう!

 このような「社会の情報化」に、学校は取り残されつつあります。

 それを一番歯がゆく感じているのは、実は保護者です。たとえば病気で欠席する時は、紙の連絡帳を友達に託すというアナログ的な手続きを強いられます。「もっとテクノロジーを活用して、便利になればいいのに」と、保護者はストレスを感じ、これが学校への不満にもつながっています。

 「教育の情報化」の遅れは、子供にとっても大きなマイナスです。子供が社会に出る頃には、今よりもさらにテクノロジーが進化し、テクノロジーを用いた職業に就く確率が極めて高くなります。今や農業でもドローンで農薬を散布したり、自動運転のトラクターが畑を耕す時代です。すべての産業に、テクノロジーは必須になります。そうした時代に子供たちは生きていくのですから、学校教育の段階で、ICTを使って学び、思考・判断・表現するような学習体験を積ませてあげるべきです。

 そのことに気づいた自治体は、一人1台の端末など、ICT環境の整備に努めていますが、自覚できていない自治体は「お金がない」を理由に止まったまま。そんな停滞が10年も続けば、学校は情報化の波から取り残されてしまいます。そんな遅れた環境で毎日を過ごしている先生たちの意識も世間の常識からずれ始め、学校が社会から遅れていることを自覚できなくなっていきます。

 これは極めて危機的な状況であり、何とかしなければ子供の未来、ひいては国の未来に影を落とします。だから国は、懸命に「教育の情報化」を進めているのです。

「デジタル」と「紙」の教科書の併用で、学びを深めよう!

図版1 デジタル教科書について
図版1 デジタル教科書について
参考:文部科学省「デジタル教科書の位置付けに関する検討会議」最終まとめ【概要】

 文部科学省に限らず、経済産業省や総務省なども、「教育の情報化」を推し進める方向で一致しています。それでもまだ「教育の情報化」に消極的な自治体は、国が定める最新の施策を実施できず、国からどんどん置いていかれます。たとえば今、国はデジタル教科書の活用へと大きな一歩を踏み出しましたが、前提としてICT環境が整っていなければ、デジタル教科書を使って学ぶことはできません。

 日本の学校教育は、教科書を使って授業を行うことを、とても大切にしてきました。義務教育の段階では、すべての子供たちに教科書を「無償給与」しており、印刷代や流通コストなどを合わせると日本全国で年間400億円を超える予算が使われています。さらに学校教育法(第34条)では、国の検定を経た教科書(文部科学省検定済教科書)で指導しなければならないと定めています。

 この教科書をデジタル化して一人1台の端末に入れれば、子供たちはもっと学びやすくなると考えるのは、至極当然でしょう。ところが、学校教育法(第34条)では、「教科用図書」(教科書の正式名称)を使用しなければならない、と教科書の使用義務を定めていますが、デジタル教科書は「図書」ではありません。だから紙の教科書とまったく同じ内容であっても、デジタル教科書で教えたのでは教科書の使用義務を満たしたことにならないという問題が生じたのです。

 社会の情報化が進んでいるのに、時代にそぐわない話ですよね。そこで国は、学校教育法や著作権法などの法律を改正し、「紙の教科書と同じ内容のデジタル教科書なら、教科書の使用義務を満たしたとする」としたのです。

 この改正法は、2019年4月1日から施行されます。「紙の教科書がなくなるの?」と心配する人もいますが、そうではありません。当面は紙の教科書を第一にしつつ、デジタル教科書を併用していくことになります。

 デジタル教科書にはデジタルならではの良さがあります。教科書に線を引いたり書き込みながら考えを深めたり、教科書の図表をコピーしてプレゼンテーションやディスカッションに使ったりといった学習がしやすくなります。いわゆるアクティブ・ラーニングのような授業形態には、デジタル教科書がとても便利です。現にまだデジタル教科書がない学校では、子供たちは紙の教科書をタブレットPCのカメラで撮影し、その画像に書き込んだりプレゼンテーションに使ったりして、学びを深めています。

 デジタル教科書は、今後ますます便利になっていくでしょう。たとえば教科書の問題に類似・関連する問題を、市販のデジタル教材の中からAI(人工知能)が探し出して、おすすめの教材を提示してくれるようになると思います。

 そう考えると、教材も当然デジタル化しておく必要があります。今までのように紙の教材だけでは、活用される機会は減少するでしょう。教材がデジタル化されれば、リンクを自動で貼ることができたり、学習ログを取得し、その子に最適な問題をリコメンドできたりと、とても便利になります。

「学校における働き方改革」にはICTの整備は必要不可欠!

 デジタル化された教科書や教材で学ぶ経験を学校段階で積んでおくことが、子供たちにとってとても大切です。大人になったらeラーニングで学んだり、デジタル化された資料を用いてプレゼンテーションの原稿を作ったりしますし、大学入試や全国学力・学習状況調査などのテストも、紙ではなくコンピュータで行う時代が近い将来やってきます。いわゆるCBTです。

 これまで教育界は、人海戦術でテストを実施してきました。たとえば大学入試センター試験では、受験者分の問題用紙を大量に印刷し、全国各地の試験会場に配送し、多くの試験官を動員して問題の配布と回収を行ってきました。しかし人口が減少していく以上、このような多くの人手を必要とするやり方は難しくなっていきます。

 だからTOEFLや英検、漢字検定といった民間企業の資格試験は、次々とCBTに移行しています。CBTは、多くの人手を必要としないので頻繁に実施できます。現在はとても変化の激しい時代です。時代の変化を読みながら、「こんなスキルを身につけ、こんな資格を取って、キャリアチェンジしていこう」というキャリア設計が求められています。そんな時代に年1回しか受験できないようでは、人々のニーズに応えられません。だから民間企業は資格試験にCBTを導入し、受験の機会を広げているのです。

 大学入試も全国学力・学習状況調査も、受験の機会は多い方がいいのです。そもそも全国学力・学習状況調査のねらいは、子供たちの力を測って、「この学校のこのクラスは、この単元が弱い」などの情報をフィードバックすることで、学習指導の改善に活かし、カリキュラムの不断の見直しに活かすことです。受験機会が拡大して、子供たちの学力を把握する機会が増えれば、学習指導の改善やカリキュラムの見直しも、もっとはかどるはずです。大学入試にしても、年に複数回、受験できるようになれば、「今回は生物と物理を集中的に頑張ろう」というふうに、自分で目標を設定して計画的に学習していくことができます。

 国は、この4月に行われる全国学力・学習状況調査で、中学校英語の「話すこと」の調査をCBTで行う方向で検討していました。しかし、ここで問題が発生しました。学校のネットワーク環境が脆弱で、問題の配信や解答した音声の回収をネットワーク経由で行うのが難しいと判明したのです。やむなく、問題の配布や解答の回収は、USBメモリで行うことになりました。テスト問題が入ったUSBメモリが学校に郵送されてきて、先生が手作業でパソコン1台1台に問題をインストールし、試験終了後に解答した音声をUSBメモリに回収し、返送するのです。

 人口減少社会なのに、こんなに人の手間がかかることをやらなければならないのは、学校のICT環境整備が遅れている証です。このことひとつをとっても、ICT環境の整備の遅れが、先生方をさらに多忙にさせていると言えます。

 教育委員会や自治体の方にはよく考えてほしいのですが、ICT環境がなく旧態依然とした教え方や働き方を強いられるような自治体に、異動を希望する先生がどれだけいるでしょうか? ICT環境が整っていない自治体は、今後先生を確保するのが難しくなる恐れさえあります。一番かわいそうなのは、そんな自治体で暮らし、学ぶ子供たちですよね。

 今、民間企業は働き方改革に懸命に取り組んでいます。働きやすい職場環境にすることで、優秀な人材を確保しようと頑張っているのです。それなのに学校だけが昭和の時代と変わらぬ教え方・働き方を続けていたら、教員を目指す人はいなくなってしまいます。だから今、「学校における働き方改革」も急務なのです。

 そして働き方改革に、ICTは必要不可欠です。ICTで効率化できるところは効率化して時間を節約し、授業準備や教材研究など、先生本来の仕事に多くの時間を割けるようにしなければなりません。

ICTを授業で活用する「沖縄アミークス」

 公立学校でICT環境の整備がなかなか進まない一方で、最近は私立学校が急ピッチで整備を進めているのが目立ちます。本誌で紹介している「沖縄アミークスインターナショナル小学校」も、私学です。英語や算数、国語などの授業でICTを使って教え、子供たちはタブレットを使って漢字の勉強をしたり、写真を撮ってプレゼンをしたりと幅広く活用しています。

 ICTでこのような学習を行うと、教科の学びが定着するのはもちろんのこと、「テクノロジーを有効に使って自分で意思決定をする」という、社会での必要なスキルも身についていきます。これはとても重要なことです。テクノロジーを使わずに先生に教えてもらう学習ばかりしていると、子供は他人に頼った学習しかできなくなってしまいます。

ICTを授業で活用する「沖縄アミークス」

ICTを放課後学習で活用する「緑小」

ICTを放課後学習で活用する「緑小」

 「墨田区立緑小」は、デジタル教材を使って個別の放課後学習をしています。昔から先生方は、子供たちの学力差解消のために、放課後や夏休みに補習を行ってきました。しかし、人口が減少し、先生にも「働き方改革」が求められる今、昔のやり方を続けるのは無理があります。個別学習用のデジタル教材を用いて補習を行う緑小の取り組みは、これからの時代に合った現実的な方法だと思います。

 緑小では、学習範囲を先生が指示することもあれば、子供が自分で学習範囲を考えて取り組むこともあります。これはとても大事なことで、デジタル教材を使って主体的に学ぶことを身につけた子供は、家庭でも同じ方法で主体的に学ぶことができるようになり、学力がどんどん伸びていきます。さらに、大人になってからもデジタル教材やeラーニングで、主体的に学んでいけます。

ICT活用を長年継続して先生も子供も成長した「出川小」

 ICTを整備してから先生や子供が慣れ、教え方や学び方に変化が生じ、指導力や学力が向上するまでには、何年もかかります。そうやって長い年月をかけて先生も子供も成長していった好例が、「春日井市立出川小学校」です。

 春日井市では、かなり早い時期から市を挙げて学力の向上に取り組んできました。出川小は8〜9年も前から、ICT活用のモデル校として市を牽引してきました。最初は「どんなICTを整備し、どう使えばいいのか」といった、初歩的な悩みからのスタートでした。まずは実物投影機とプロジェクタを全教室に常設し、「大きく映してわかりやすく教える」ことに徹底的に取り組みました。すべての先生が日常的に活用するようになるまでに、2年ぐらいかかったと聞いています。

ICT活用を長年継続して先生も子供も成長した「出川小」

 ICTを使って分かりやすく教えられるようになったら、次はICTを使って子供たちの理解が深まったかを確かめ始めました。フラッシュ型教材を使って、習得したことを確認し、習熟させていったのです。ここまでが、出川小の前半期。その間、先生たちは次々と他校へ異動していきましたが、異動した先に実物投影機やフラッシュ型教材がない場合には、先生たちは自費で教材を購入して使い始めました。その様子を教育委員会が見て、どんなICTが必要なのかを理解し、市内の他校でも整備を進めていきました。

 子供たちの姿も、目に見えて変わりました。先生が実物投影機で大きく見せるのを真似して、自分のノートを映しながら発表するようになりました。フラッシュ型教材も、子供が作るようにもなりました。学習のイニシアチブが、先生から子供へと移譲されていったのです。

 この変化を経ていることは、その先のICT活用においてとても重要です。子供たちがこういう姿になった段階でタブレットPCが整備されたからこそ、子供たちはすぐになじむことができました。学習の道具としてタブレットPCを使い、情報を集めて議論し、学びを深めていくといった、ICTを使った自立的な学びができるようになったのです。

 出川小は公立小ですから、当然、先生は異動で入れ替わります。立ち上げ当初の先生は、校長先生含めてほとんどが異動しました。それでも10年近く継続してこられたのは、市教育委員会が一貫して応援してきたからです。

 春日井市では出川小の授業を市内各校の先生方が見学し、自分の授業改善に活かす研修を頻繁に行っています。出川小というモデル校に少し先を走ってもらい、その成果を市内全校に広げ、整備にも活かしています。まさに教育委員会のお手本のような取り組みだと思います。

図版2 普通教室のICT環境整備のステップ
図版2 普通教室のICT環境整備のステップ
出典:文部科学省「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会」最終まとめ
他に先駆けてプログラミング教育に取り組む「相模原市教委」

他に先駆けてプログラミング教育に取り組む「相模原市教委」

 「相模原市教育委員会」も、とてもユニークな努力をしています。春日井市の努力の仕方とは少し異なり、相模原市の場合はプログラミング教育のような新しい教育に全国に先駆けて取り組んでいます。

 他の地域より先に行うと、”注目”されます。注目されるから、「ぜひ、うちの教材を使ってください」と民間企業が協力してくれます。そういった民間の力も借りて、市の教育を良くしようとしているのです。新学習指導要領における「社会に開かれた教育課程」を具現化した好例です。

 市教委のマネジメントも見事です。ともすれば企業は、ICTが得意な先生がいる学校に協力したいと偏りがちです。そこで相模原市教委では「A社はB校を手伝ってください」「C社はD校を手伝ってください」などと、学校と企業の間に入って上手に差配しています。こうすることで、市内でまんべんなく実践を行うとともに、各校で次のリーダーとなる先生を育てています。とても組織的かつ計画的な事例で、見習う点が多々あると思います。

常に”発展途上”だと自覚し、着実に前に進むことが大事

他に先駆けてプログラミング教育に取り組む「相模原市教委」

 これからは教科書がデジタル化し、教材がデジタル化し、テストがデジタル化されていきます。私たちの社会と同じようにテクノロジーを使い、テクノロジーに支援された指導や学習、評価を行ってフィードバックし、改善していく。これが情報社会における学校教育のあり方であり、「教育の情報化」です。

 そのために必要なのがICT環境の整備ですが、お金がかかるので、一度にすべて整備するのは困難です。少しずつ時間をかけて整備するしかありません。つまり常に、”発展途上”の状態が続くわけです。しかし発展途上の段階でも、少しずつできることはいくつもあります。先生も子供も教育委員会も、時間をかけて経験を積み、成長していくのですから、一過性で終わるのではなく、次の一手をどうするか考えながら、連続的な施策として実践していくことを、管理職や教育委員会は常に考えなければなりません。

 常に先を見据えていれば、たとえ整備が少し遅れていたとしても、第一線のような実践を行うことも可能です。「JAETの学校情報化認定」などを利用して、「自分たちの遅れているところ、弱いところはどこか」をチェックし、改善していけばいいのです。それぞれの立場で自覚的に、少しずつ着実に前に進んでいくことが大事だと思います。

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