リーディングDX指定校だけでなく意欲ある学校・先生もリーダーに

教育委員会訪問

―沖縄県―
沖縄市教育委員会 沖縄市立教育研究所

教育現場のICT環境整備では後発であった沖縄市で急速に教育DXの機運が高まってきている。背景に見えてくるのは、手厚いサポートを通じてICT活用を余さず支援せんとする教育研究所がつなぐ、「支持的風土」に溢れた学校や先生の存在だ。

リーディングDX指定校だけでなく意欲ある学校・先生もリーダーに
沖縄市教育委員会 沖縄市立教育研究所

沖縄市教育委員会
沖縄市立教育研究所分室

〒904-0021
沖縄県沖縄市胡屋2丁目3番1号
(諸見小学校内)
TEL: 098-989-6566

ICT支援員が1日おきに学校を訪問しサポート

 「もともと沖縄市では、教育現場のICT化の進度に課題を感じていました。しかしGIGAスクール構想の推進に併せ、2020年度にインフラを整えました。インフラの整備をきっかけに本格的に教育DXの推進に注力し始めました」。こう語るのは、沖縄市教育委員会 沖縄市立教育研究所(以下、教育研究所)の指導主事を担う仲間悦子氏だ。

 同教育研究所は、名前の通り、教育に関する専門的・技術的な調査・研究を行ったり、先生向けの研修を行ったりすることで市内の教育の充実を目的とする組織だ。取り組む分野は多岐にわたるものの、仲間氏のコメントの通り、近年教育DXの重要性が急速に高まる中、システム整備や人員体制の強化、先生への研修や支援を充実させ、教育DXの推進を本格化させた。

 同研究所のスタッフには、指導主事の仲間氏以外に、GIGA推進やICT化の取り組みを推進するICT推進コーディネーターが2名いるほか、職員も3名が勤務している。中でも、主に教育現場に赴いて、先生がICT活用などで困っていることがあればサポートするICT支援員を業務委託しており、市内の小中学校24校を1日おきに訪問し、技術的な支援はもちろん、授業づくりの方向性などの相談にも乗るという。

 教育現場のICT環境整備は後発だったと語る仲間氏だが、「こうした、手厚いサポート体制を構築することで、ICT活用に不安があった学校にも、安心を感じてもらえていると思います。各学校の先生との会話からも、教育現場のDXに前向きな意見が増えたことを実感しています」と力を込める。

 なお教育研究所が拠点を構える沖縄市立諸見小学校は、沖縄市立安慶田中学校と並んで文部科学省のリーディングDXスクール事業の指定校となっている。こうした学校には、先進的な授業づくりをサポートしている一方で、当該学校以外へのサポートにも余念がない。

 「『1人の100歩より100人の1歩』が大事だと考えています。リーディングDXスクール事業の指定校以外の学校に対しては、授業の改革から行うのではなく、校務のDX、特にペーパーレス化の推進や先生同士でのチャット活用の普及を促すようなサポートに取り組んできました。働き方改革への貢献など、DXによる恩恵をまずは先生たち自身に体験してもらえる上、デジタルツールの使い方の練習にもなります。こうした部分から抵抗感を減らし慣れ親しんでもらうことが大切です」(仲間氏)

 なお教育研究所が実施する法定研修や定期研修などの案内を先生に送る際には、あえて Google Classroom やチャットを通じてコンタクトしているという。さらに、研修の際は事前に研修の流れを Google Classroom で提供し、共同編集可能な Google スプレッドシート™ に各自のめあてを入力してもらい、研修後には同様に振り返りを入力して全員で他者の学びを共有するという工夫もこらす。

 「研修においても Google のさまざまな機能を使用することで、先生たちは、ICTを活用した授業で行う作業の流れを体験できます。したがって、研究所から発信する内容を“お手本”として真似すれば、そのまま授業での活用につなげられるのです。授業のDXはこれから本格化する段階ですが、すでに『チャットを授業で使うためのアドバイスがほしい』などの相談も来ていて、機運の高まりを感じています」(仲間氏)

低学年時の基礎固めがICT活用の土台に

沖縄市立教育研究所分室のメンバーと諸見小学校の宮平先生(後段右)。
沖縄市立教育研究所分室のメンバーと諸見小学校の宮平先生(後段右)。

 一方で仲間氏は、沖縄市の教育DXにおける難関は、個別最適な学びに向けた授業づくりであると語る。

 文部科学省が推進するリーディングDXスクール事業のコンセプトでもあるように、現在多くの教育関係者がGIGAスクール化の先に見据えるのは、ICT端末とクラウド環境を十全に活用し、児童生徒の情報活用能力の育成を図りながら、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を図っていくことである。このステップへの飛躍する手段として、多くの先進的な学校で取り組まれているのが、ICT端末を活用し、子供たちが主体的に学ぶ授業を行うことだ。

 教育研究所でも、そうした県外の先進事例を参考に、授業スタイルの改革に乗り出している。特に、「子供たちが授業を進める」「子供たち自身で授業の問いを設定する」といった学習を子供の主体性にゆだねることがベースとなっており、そこにICT端末を活用して子供たちが情報発信力を磨いたり、他者参照を通じて学びを深めたりできる仕組みを組み込んだ愛知県春日井市の高森台中学校の授業スタイルをモデルケースとして注目している。

 ちなみに、沖縄県にはかつてから「支持的風土」と呼ばれる「他者の良さを認めることで、自分の良さも認められる」との考えを重視する教育方針があり、県内の学校はその考えに則った取り組みを行っている。「他者参照」をカギとする高森台中学校のモデルは、まさにICTでこの支持的風土を醸成する内容になっている。

 「授業を子供たちにゆだねることは、従来の授業スタイルから大きな方向転換になります。重要性の認識は広がっていますが、すべての先生が適応するには、まだ時間がかかるでしょう」。仲間氏はチャレンジの難しさをこう語りつつも、今後の授業改革へ意欲をのぞかせる。

 「他県の先進事例を基に実施した市内の好事例は、先生向けに公開している当研究所のポータルサイト上で学年に応じた動画等にまとめ共有することで、ほかの学校・先生への水平展開を促しています。同じような設備・環境にある同市の教育現場で実践された事例は、県外のどんな先進事例より市内の先生方にとって刺激になるはずです。当研究所は引き続きサポートや研修を通じて、そうした好事例を増やしていきたいと考えています」(仲間氏)

 リーディングDXスクール事業指定校として好事例の筆頭に挙げられる諸見小学校の宮平安智先生は、沖縄市の小中学校には教育研究所から仲間氏やICT支援員がサポートにやってくるだけでなく、沖縄市教育委員会からの指導助言も大変役に立っていると明かす。

 「当校では、授業のはじめに学習の流れをある程度示せば、低学年であっても子供たちが Google Jamboard™ などを共同編集し、他者参照をしながら自主的に学びを深められるようになりました。こうした目覚ましい改革が実現できた背景には、気になったことや困った点を気軽に相談できる専門家が身近にいるという、沖縄市ならではのサポート体制が欠かせなかったと考えています」(宮平先生)

 半面、諸見小学校の急成長の裏には、学校自身の努力があったことも忘れてはいけないだろう。例えば、同校では、ICTを活用した授業を受けるための「基礎固め」として、友達や先生の話を聞くときはほかの作業をせずしっかり耳を傾ける、机の上に必要なモノを準備する……といった学習の基本を低学年で徹底して教えている。加えて休み時間などに、ゲーム感覚で楽しみながらタイピングを練習させる工夫も行っている。

 「こうした学級経営があってはじめて、授業でのICT活用ができるのだと考えています」(宮平先生)

沖縄市立諸見小学校におけるICTを活用した授業風景。
沖縄市立諸見小学校におけるICTを活用した授業風景。

 さらに仲間氏は、校長・教頭先生を始めとしたマネジメント層と若手の先生、その両方からICT活用法や授業のあり方についてさまざまな提案があり、かつ先生同士で気軽に情報交換ができる諸見小学校の雰囲気こそ、同校の急伸を支えたのではないかと振り返る。

 「2022年、諸見小学校は授業改革の開始時のメンバーが半数入れ替わる事態に直面しましたが、全員で教えあう雰囲気のおかげか、メンバー交代後、すぐにICT活用の機運やレベルが回復したことに驚きました。校内外の研修計画だけでなく、先生同士で教えあえる雰囲気づくりも重要なポイントなのです」(仲間氏)

ICT授業の時間割を公開
苦手意識があるほど見てほしい

授業の前半は各自で「武士のくらし」について考察・リサーチをする時間が設けられた。考えたり調べたりした内容は、それぞれ「見つけたこと」「比べてみたこと」「考えてみたこと」で色の異なる付箋を使い、Google Jamboard 上に共有する。「授業中は、チエルの『InterCLASS®︎Cloud』を利用して、手元でクラス全員分のパソコン画面をモニタリングしています。どの色の付箋が多いか、色が偏っていないかで、作業の進捗・状況がぱっと判断できます」(比嘉先生)。
授業の前半は各自で「武士のくらし」について考察・リサーチをする時間が設けられた。考えたり調べたりした内容は、それぞれ「見つけたこと」「比べてみたこと」「考えてみたこと」で色の異なる付箋を使い、Google Jamboard 上に共有する。「授業中は、チエルの『InterCLASS®︎Cloud』を利用して、手元でクラス全員分のパソコン画面をモニタリングしています。どの色の付箋が多いか、色が偏っていないかで、作業の進捗・状況がぱっと判断できます」(比嘉先生)。
授業の後半、近くの友達とそれまで調査・考察した内容についてディスカッションする時間が始まる。テーマに関する議論が白熱する中、子供同士でソフトウェアの操作を教えあう場面も。
授業の後半、近くの友達とそれまで調査・考察した内容についてディスカッションする時間が始まる。テーマに関する議論が白熱する中、子供同士でソフトウェアの操作を教えあう場面も。

 なお、通常はリーディングDXスクール事業指定校が、各地域の教育DXに向けた取り組みのワントップとして周辺の学校を引っ張るイメージがあるが、沖縄市では必ずしもそうした構図になっていないのが面白い点だ。

 沖縄市では、教育現場のICT活用に賛同し、意欲的に取り組む学校は「協力校」、個人であれば「エバンジェリスト」として、積極的に推進する体制になっている。さらに、その中で生まれる先進的な授業の様子を、先述の教育研究所のポータルサイトを通じて動画等にまとめ公開。ほかの先生のモデルケースとして発信することで、リーディングDXスクール事業指定校だけでなく多様なリーダーが教育DXを引っ張る構図になっているのだ。

 「2023年1月、教育研究所の呼びかけに志願して視察しに行った愛知県春日井市立高森台中学校の授業に衝撃を受けました。先生は進行役と簡単なサポートに徹するのみで、子供たちが自主的に活動することで授業が成立していました。その後4月に新年度を迎えるやいなや、担当クラスの児童に『県外でICTを活用した新しい授業スタイルを見てきた。さまざまな学びを提供できると思うから、やってみてもいいか』と直談判し、許可を得て取り組みを始めました」

 こう語るのは、2022年に「エバンジェリスト」となり、これまで先進地GIGAスクールの推進に取り組んできた、沖縄市立北美小学校の比嘉善也先生だ。教育研究所では、GIGA推進を担う人材の育成を目的として、1年間のエバンジェリスト研修を実施している。知識習得や、実際の授業の模様を公開し、教育研究所の研究教員や大学教授、別の先生などからフィードバックをもらう勉強会など、計14回の研修で構成される。

 比嘉先生の歴史の授業をのぞかせてもらった。「武士はどのような暮らしをしていたのか」というテーマが提示されると、子供たちは1人1台割り当てられたパソコンを叩き、考えた内容やインターネットで調べた内容をデジタル付箋に書き込んでいく。そして、ほかの子供が他者参照できるよう、Google Jamboard に張り付けていた。

 「最初は子供たちも、ほかの人のアイデアを見るのはカンニングではないかと、他者参照に抵抗を示しているようでした。そこで、互いに意見を言い合い、認めることが互いのプラスになるとの支持的風土の考え方を徐々に伝えたところ、みんな盛んに他者参照してくれるようになりました」

 「自由にグループを組んで議論させた際には、ただのおしゃべりの時間になってしまうこともありました。そこで、いまは何を目的とした時間なのかをきちんと伝えた上で、最初は1人での情報のインプットに徹する時間を設けるなど、レパートリーを変えて情報活用能力に応じた授業を実施しています」

 比嘉先生のコメントには、試行錯誤の苦労が窺える。それでも、「私の授業は教育研究所のポータルサイトを通じて公開されるほか、ICTを活用した授業をどのタイミングで実施するかも周知していて、校内のほかの先生は、いつでも授業を見学できるようになっています」とオープンにすることへの抵抗はない。

 「ICT活用が苦手な先生にこそ、授業を見に来て、どのような授業ができるのかイメージを持ってほしいと考えます。もし最初の授業イメージと違った方向に行っても、修正すればいいだけの話です。逆に、子供たちから想像していなかったうまい活用法を提案されることもあるくらいです。苦手意識を解消し、まずはチャレンジしてみてほしいと思います」(比嘉先生)

*Google スプレッドシート および Google Jamboard は、Google LLC の商標です。

沖縄市教育委員会<br> 沖縄市立教育研究所<br> 研修係長<br> 仲間 悦子 氏

沖縄市教育委員会
沖縄市立教育研究所
研修係長
仲間 悦子 氏

沖縄市立諸見小学校<br> 教頭<br> 宮平 安智 先生

沖縄市立諸見小学校
教頭
宮平 安智 先生

沖縄市立北美小学校<br> 教諭<br> 比嘉 善也 先生

沖縄市立北美小学校
教諭
比嘉 善也 先生

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