確かな教育ビジョンのもとに ~ICTと遠隔教育システムの活用~
教育委員会を訪ねて
―熊本県―
高森町教育委員会
2018年9月、文部科学省は「遠隔教育の推進に向けた施策方針」を策定し、離れた場所との同時双方向の教育がもたらす様々な効果について示した。遠隔教育システムを用いて様々な実践を重ねてきた熊本県高森町を訪ね、その具体的な効果や成功のポイントについて取材した。
高森町教育委員会
〒869-1602
熊本県阿蘇郡高森町大字高森2168
TEL 0967-62-0227
「高森町新教育プラン」を基盤として
熊本県高森町は、県の最東端に位置し、雄大な阿蘇五岳を望む人口6600人ほどの小さな町だ。町の中心部に小学校と中学校が1校ずつ、そして車で40分ほどの場所に高森東学園義務教育学校がある。
高森町教育委員会の「高森町新教育プラン」は、2012年4月、佐藤増夫教育長の就任と同時に策定され、2019年4月に第3次改定が行われた。「高森に誇りを持ち、夢を抱き、元気の出る教育」をスローガンに掲げ、コミュニティ・スクールを基盤とした小中一貫教育・ふるさと教育を重点施策とする。
教育環境整備の一環として、行政と連携し、ICT環境の整備にも力を入れてきた。機器の整備については、段階的かつ町内での格差が生じないように行い、現在までに全ての教室と体育館に電子黒板と実物投影機、無線LANを整備、児童生徒一人1台のタブレットPC環境を整えた。また、各学校で校長を学校CIO(最高情報責任者)、情報教育担当教員をCIO補佐官とする教育CIO制度や、ICT支援員の配置など、人的整備も進めてきた。
高森町では全ての教員が「たかもり学習」(たしかにつかむ、かんがえる、もっとふかめる、ふりかえる)を課題解決学習のモデルとして授業の質の向上に取り組んでおり、その中でもICTを有効なツールとして位置づけ、様々な場面で日常的に活用している。
2018年度の全国学力・学習状況調査では、小学校・中学校ともに全ての種目で全国平均・県平均を大きく上回った。町ではこれをICT活用による授業改善の成果と捉えている。審議員兼教育CIO補佐官の古庄泰則氏は「高森町で教育を受けてよかった、教育を受けさせたいと思ってもらえる教育を目指しています」と話す。新教育プランが策定されて以降、転入してくる児童生徒の保護者の中には、「高森町の教育に魅力を感じたから」という声もあるという。
人口減少社会実証事業での取り組み
文部科学省「人口減少社会におけるICTの活用による教育の質の維持向上に係る実証事業」(2015~2017年度)では、高森町の充実したICT設備や教員の高い指導力を活かし、遠隔教育システムの効果的な活用方法を検証した。
小規模校、山間部やへき地の学校が抱える教育課題として、「人間関係が固定化し、多様な考え方やものの見方に触れる機会が少ない」「討論やプレゼンテーションなど一定の人数が必要となる活動が困難」「専門家を招いたり専門施設を見学したりすることが困難」などが挙げられる。高森町では、遠隔合同授業によって普段とは異なる人間関係の中で多様な考えを共有したり、学校と専門家や専門施設をテレビ会議でつなぐことで距離の制約を取り払ったり、町内の離れた学校間をテレビ会議やWeb共有ボードでつなぎ、児童生徒が新聞やリーフレットを共同制作したりするなど、様々な方法で遠隔教育システムを活用し、その効果を実証してきた。
「人数が多いほど、より多様な考え方が出てきて、小規模校だけでは困難な対話的学びができていると思います。また、それぞれの地域の違いや良さに着目することも大切にしてきました。高森中央学園と高森東学園では、同じ町内でもかなりの高低差があり、気象条件も異なります。アキギクの生育の差について予想を立て、お互いの観察結果を元に交流学習をするといった長いスパンの学習も行いました」(古庄氏)
また、小規模校の高森東中学校(現・高森東学園義務教育学校)には美術の教員がおらず、免許外の教員が指導している実態があったが、高森中学校での美術の授業をテレビ会議でつなぐことで、双方の生徒混合のグループ学習を行った。このとき、免許外教科担当教員からは「自身の指導力の向上にも役立った」、免許教科担当教員からも「綿密に打ち合わせを行うことで授業のアイデアが見つかった」との感想があり、生徒からも「新しい技法を知ることができた」「具体的なアドバイスを受けることができた」との声が聞かれたという。一方で「実際に作品に触れることができない」「画面を通しているので色についての指導が難しい」等の課題があることがわかった。同じ教室で授業をするときと全く同じというわけにはいかないが、やむをえず免許外教科担任制度を利用しているケースにおいても、遠隔教育システムが教育の質を向上させるツールとなりそうだ。
これからの遠隔教育は小規模校だけのものではない
高森町は、2018年度から「遠隔教育システム導入実証研究事業」の実証地域の1つとして、遠隔教育システムの効果についてさらに研究を深めている。文部科学省は「遠隔教育の推進に向けた施策方針(2018年9月)」の中で、遠隔システムを活用した同時双方向型で行う教育がもたらす様々な効果を示している。小規模校における教育活動の充実はもちろんのこと、学校の規模に関わらず多様な組合せで遠隔合同授業を行うことや、外部人材の活用・幅広い科目の開設を推進するとしているほか、長期間学校を欠席しなければならない病気療養児が病院や自宅から遠隔システムを通して学校の授業に参加し、一定の要件を満たす場合には出席扱いにできるものとした。
佐藤増夫教育長は次のように話す。「本町では2017年までの実証によって、遠隔教育システムを日常的に使える土台ができました。今はそのシステムを活用して、接続可能な学校や施設を増やすべき段階に入っています。今後はより多くの専門機関とつなぐことで教育の質を向上させたり、海外と交流したりすることも考えています。つなぐことが目的ではなく、『遠隔でつなぐ必然性』をもって授業をデザインすることがより重要になると考えています」
また、古庄氏が次のようにつけ加える。「高森町ではすでに県内の南小国町との遠隔合同授業を行っています。同じ町内の学校間でつなぐケースに比べて、双方の教員が事前に共有・確認しておかなければならない情報も多く、そのための体制づくりも重要です」
遠隔システムを活用した教育を広く普及させるためには、機器の整備やネットワークの安定性確保に加え、接続先の施設等をマッチングするための仕組みを充実させることも必要だ。これらの推進にあたっては、高森町のような小規模校でのこれまでの取り組みから得られた知見が大いに活かされることだろう。
原動力は現場の教職員の主体性
遠隔教育システムがこれからの教育現場にとって重要なツールの1つとなることは確かだ。佐藤教育長はこれまで数々の効果を実証してきた実践を振り返って、「現場の先生方が日々主体的に授業改善に取り組んでいる土台があるからこそ」と語る。高森町では町内の全教員が「教育研究会」のいずれかの部会に所属し、日常的なOJTの取り組みはもとより、研修会や授業研究会などを教員が主体的に行っている。「私たちは、先生方が納得できるような教育ビジョンを示し、意識を共有してもらわなければいけません。そして、先生方に自分たちがやっているんだという矜持をもってもらいたいのです。教育は人なり。やはり教育の中心は現場の先生方です」
教育の質を向上させるための新しい手法を取り入れようとするとき、環境整備はもちろんのこと、基盤となる教育ビジョンと教員の意識が鍵になるということだろう。確かな教育ビジョンに基づき、教育委員会と現場が一丸となって研究と実践を重ね、町を挙げて改革を進める高森町の教育。今後も遠隔教育システムの活用を始めとした先進事例が期待される。
教育長
佐藤 増夫 氏
審議員 兼 教育CIO補佐官
古庄 泰則 氏