公開日:2021/11/14

ICT環境の充実に伴って教委も教師も成長を!

広島県教育委員会 教育長
平川 理恵

広島県教育委員会では、2014年12月「広島版『学びの変革』アクション・プラン」を策定。知識ベースの学びに加え、子供たちが自ら課題を見つけ、その解決のために、学び、考え、行動できる力を身につけることができるよう、10年先を見据えて改革に取り組んできた。そんな改革の真っ只中、2018年に教育長に就任した平川理恵氏に、これまでの取り組みや公教育の未来について語っていただいた。

広島県教育委員会 教育長 平川 理恵 氏
(撮影:かわもと じゅんいち)

今、必要な教育とは

 平川氏は、教育長としては異色の経歴の持ち主だ。1991年に株式会社リクルートに入社。抜群の営業力で年間4億円を売るトップセールスウーマンとなり、何度も営業MVP賞を受賞した。1997年には企業派遣生として南カリフォルニア大学へ大学院留学し、翌年MBAを取得し帰国。1999年にリクルートを退職すると、留学仲介会社を起業して10年間経営。

 そして2010年、ついに教育界へと飛び込むことになる。女性初の民間出身校長として、8年間、2つの横浜市立中学校で校長を務めた。

 2018年4月、広島県教育委員会教育長に就任した平川氏は、前例にとらわれないさまざまな教育改革を進めてきた。

 今回の取材でお話を伺うなかで、「子供たちのためになればそれでいい」というフレーズが印象に残った。辣腕のセールスウーマンであった平川氏が「子供たちのため」にどんな行動を起こし、何を変えてきたのか。そして、今後に見据えるものは何なのだろうか。

ICT抜きに教育は語れない

 社会のフレームワークが変わり続ける今、教育にICTは必要不可欠です。

 ICTは、コミュニケーションやビジネスの在り方など、社会のフレームワークを大きく変えてきました。実際多くの企業でICTは積極的に活用され、特にコロナ禍においてはこれまで以上に活用が進みました。このような変化は、コロナ禍の収束後も続いていくでしょう。

 広島県教育委員会に着任した当時、県立学校のICT環境整備は非常に遅れており、教育用PCの1台当たりの児童生徒数は47都道府県中の42位(2019年3月時点)、また、普通教室の無線LANの整備率は同44位という状況でした。ICTは私たちが「どう生きるか」に直接つながる必要不可欠なツールです。つまりICTなしでは、これからの社会を生き抜く力を育てることはできないのです。そこで、このような状況を打破すべく、県立学校のICT化に着手しました。

「BYOD」で実現する1人1台

 広島県では、2014年12月に「広島版『学びの変革』アクション・プラン」を策定し、主体的な学びの推進に取り組んできました。また、新学習指導要領においても「主体的・対話的で深い学び」が謳われています。こうした学びを進めていくためには、ICTは不可欠です。ICT活用を進めるためには端末整備と通信環境整備を同時に行う必要がありますが、学校内だけではなく、家庭でも自由に使ってもらうため、BYOD※で導入していくことにしました。2020年4月から県立高校81校のうち35校でBYODにより新1年生から導入をはじめ、学年進行で段階的に整備を行うことになりました。残る46校についても2021年4月から同様に生徒1人1台端末が進んでいくことになっています。

 このBYODでの端末整備において特に気をつけたことは、保護者負担へのサポートです。広島県では給付型の「学びの変革環境充実奨学金」を創設し、3年間あたり10万5千円を端末の購入と通信費に充てられるようにしました。

 このように2020年4月の本格スタートを目指して高校のBYODを進めていた矢先、図らずも新型コロナウイルスの影響で学校が臨時休業となったのです。

※BYOD:Bring Your Own Deviceの略。個人所有のPC端末を学校等に持ち込んで活用すること

準備さえあれば怖いものなし!
非常時も学びを止めないために

 コロナ禍による長期の臨時休業によって、「学びの機会の確保」と「子供たちの心身の健康の確保」が喫緊の課題となりました。学校と生徒の繋がりの確保やオンライン授業など、学校におけるICTの役割は社会的にも大きく注目されました。

 オンライン教育の三種の神器といえるのが、「デバイス」、「通信環境」、「クラウドのアカウント」です。県立高校では、BYODで段階的に進めていく予定でしたが、コロナ禍により、一刻も早く、三種の神器を確保する必要が生じました。

 「デバイス」と「通信環境」が各家庭にどの程度整備されているか、学校の臨時休業が決まってすぐに調査をしました。その結果、「自由に使えるデジタル機器を持っていない生徒」が11・7%、「自宅に無制限のWi−Fi環境がない生徒」が12・5%いることがわかりました。

 「デバイス」と「通信環境」の整備には費用が必要です。そこで、広島県では、補正予算約8・8億円を計上し、貸出用のデバイスやモバイルルータの調達を進めました。しかし、企業のリモートワークへの移行などに伴い、デジタル機器は品薄で調達には時間を要しました。そこで、緊急避難的にスマートフォンや保護者のデバイスの利用も想定して、休業期間中の健康観察や授業配信を行いました。

 次に、通信環境については、BYODはLTEでの端末整備を行っていましたが、さらに、GIGAスクール構想の一環で高等学校にもWi−Fiを整備するための補助が国から出ることになりました。早速これを使って、各学校の普通教室と特別教室にWi−Fiを整備することを決めました。これによって、学校ではWi−Fiを、家庭等ではLTEを使った学習が可能となり、LTE回線をより効果的に使える環境を構築することができました。

 3つ目となる「クラウドのアカウント」については、2020年4月の段階で、全ての県立学校生と全市町立の学校の児童生徒約30万人分の「Google for Education」のアカウントを用意しました。

 学校休業期間中においても「子供たちとの繋がりを保つ」ため、可能な限り「学びを止めない」ためにさまざまな対応を行いました。このような備えは、今回の新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに加速しましたが、そのためだけに行うわけではありません。広島県では豪雨災害もありましたし、寒波のために水道管が破裂して休校になった例もあります。いつ、何が原因で学校に来られなくなるかはわかりません。また、病気などの理由で特定の児童生徒が学校に来られなくなった場合も同様です。そういう場合には、オンラインでの授業配信や、デバイスやモバイルルータの貸し出しを学校に求めています。避難訓練のようなもので、各学校では児童生徒に対してそういった非常時の対応として、デジタル機器を使った学習の手順等についても指導しています。いつ学校が休業になったとしても、準備ができていれば怖いものなしです。

学びを止めないために

大胆な改革も「現場に寄り添う」ことが大切

 教育現場で改革を進めるポイントは、組織的に、かつ現場に寄り添って進めることです。

 ICTについて言えば、広島県教育委員会では2020年4月に新しい部署として学校教育情報化推進課を設置しました。学校でICTを活用した授業に実績のある先生や専門知識を有する職員など18名の精鋭ぞろいです。

 この課の役割は大きく2つあります。

 1つ目はハードの部分です。例えば、1人1台環境の整備が進む今「PC教室はもう不要なのではないか」という議論があります。仮に設置するのであれば端末はデスクトップPCなのかノートPCなのか、ネットワークはどうするのか。そういったことを県の立場で検討し、ハード整備のグランドデザインをするという役割です。

協働学習でのICT活用
協働学習でのICT活用

 2つ目はソフトの部分です。これまで学校で授業をしていた方たちなので、現場の先生方の気持ちもわかりますし、ICTを授業でどう使っていけばよいのか具体的にイメージできます。そのようなメンバーで、教育センターや各学校で研修を行っています。

 また、BYODを導入している学校にはICTの「推進教員」を配置して取り組みを進めています。こうした学校に、近隣の中学校の先生が来られてICTについて情報共有をする、といったことも自然に起こっているようです。もちろん、学校教育情報化推進課では、指導主事が各学校に直接出向いて取り組み事例の紹介やアドバイスをしています。各学校でも先生方はお互いの授業を見学したり、アドバイスをし合ったりすることで、ノウハウが広まっていると聞きます。

 スピード感は大切ですが、強引に進めるのではなく、現場の先生方の気持ちに沿った形で丁寧に進めることが大切です。それぞれの現場の実態に合わせて、それぞれのニーズに合った形で進めることで、ICTの良さを必ず実感できるでしょう。そうすれば、自然と活用は進んでいくのです。

多様性をもって教育を変えていく

校長・教育委員会に求められるもの

広島県教育委員会 教育長 平川 理恵 氏

 これからの社会を生き抜くための資質・能力を培う教育を実現するため、これからも教育改革を進めていきます。

 その中で、校長にはカリキュラム・コーディネーターとしての役割を求めます。校長が日頃から積極的に先生方の授業を見るなどして、子供たちが「おもしろい」「参加したい」と思える授業づくりに学校全体で取り組む必要があります。そのためには教職員のモチベーションを上げることも重要です。

 そして教育委員会の役割は、そんな学校を支援すること、ヒト・モノ・カネを揃えていくといったことはもちろんですが、学校と一緒になって、失敗を恐れずチャレンジし続けることが必要だと考えています。

 全ては未来を生きていく子供たちのため。結果として子供たちのためになるのであれば、その可能性を追い続けることが大切だと思っています。

 学びに関するICT活用のさまざまなモデルは、あくまで現時点での姿に過ぎないと考えています。例えば、今後5Gのような通信環境が普及すれば、電車やバスの移動中でもリッチコンテンツで学習できるようになることが予想されます。技術革新に応じて、学ぶ環境も変化していくべきなのです。教育の現場には、世の中の変化にいち早く適応し、最良の環境での学びを提供することが一層求められるようになるでしょう。

 現代は変化が速く激しい時代です。その状況のなかで教育改革を進めるための大切なポイントは「多様性」です。例えば広島県では女性の校長が30%を超えており、これは全国一です。性別や年齢、他にもさまざまな要素がありますが、学校でも教育委員会でも、偏りのないさまざまな視点や考え方に寛容な組織をつくっていかなければなりません。「変化」や「多様性」の中にこそ、社会があり、学びの場がひらけるのだと思います。

 子供たちの未来のため、前例にとらわれることのない教育改革にこれからも挑戦し続けます。

*Google for Education は、Google LLC の商標です

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