公開日:2022/6/23
授業形態と課題設定の工夫で生徒の積極的なアウトプットを引き出す
オンラインで「反転授業」
―長野県―
屋代高等学校附属中学校
先生が一方的に“教える”のではなく、生徒の主体的な学習を主眼に置く「反転授業」。もともと優秀な大学生に向けて考案された授業スタイルが、近年小中教育の現場でも注目されるようになってきた。長野県屋代高等学校附属中学校では、そこへICTの活用を高度に組み合わせ、毎月のオンライン授業に取り組んでいる。
長野県
屋代高等学校附属中学校
〒387-8501 長野県千曲市屋代1000
平成24年に県下初の県立中高一貫校として開校。人の心の痛みのわかる豊かな人間性の涵養、伸びる力を伸ばす学力の向上などにより、さまざまな分野でリーダーシップを発揮することができ、社会のために貢献できる人材の育成を目指している。開校10年目。
先生自身が楽しみ
生徒の学習意欲を掻き立てる
「多くの人が綺麗だと感じる扇形はどんな形だろうか」(数学)、「あなたが経営者になったとしたら、街のどこにコンビニエンスストアを建てるか」(社会)……
2021年12月9日、長野県屋代高等学校附属中学校( 以下、同校)の生徒は月1回の「オンライン授業・探究学習日」の授業で、先生とともに設定した探究的な学習問題について、4~5人の班に分かれ活発な議論を交わしていた。だが、舞台は教室ではなくオンラインだ。がらんとした教室では、各授業の担当の先生がパソコンの画面越しに1学年、約80人の生徒によるグループワークを見守る。現在、県内の教育関係者が熱い視線を送る同校のオンライン授業である。
驚くべきは、議論の白熱ぶりとICT活用の高度さだ。扇形の形について課題を設定した数学の授業では、ある生徒が自ら作成したグラフなどを盛り込んだスライドでプレゼンテーションすると、別の生徒がチャットで即座にフィードバック。このような意見のキャッチボールがオンライン上で繰り返された末に、課題に対するグループの回答がクラウド上で協働的に作り上げられる。
テーマはさまざまだが、同校のオンライン授業に共通するのは生徒の積極的なアウトプットを引き出す「反転学習」を主軸とする点だ。通常はインプットの場である授業をアウトプットの場とする反転授業は、生徒が“主体的かつ対話的に”学習する姿勢を重視する平成29年告示学習指導要領の登場以降、小中学校の教育現場でも注目を集める。
前述の数学の授業を担当した児玉太平先生は、「オンラインでは生徒は自宅から1人で課題に対面します。それゆえ、周りに頼れない分普段よりしっかり取り組んでくれていると感じます。さらに発表でも、対面であれば発信力の差で成果が評価されがちですが、それぞれにスポットライトが当たるため、発表物の制作にも力が入っています」と個別最適な学びに関しても手ごたえを語る。
もちろん生徒の活発な議論とアウトプットを喚起するには、きめ細かい資料の用意や入念な課題設定など、探究学習の前段階で準備に時間を割くことが不可欠。小岩井浩明先生は、「かつて準備は大変でした。でも、今では先生方もさまざまなアイデアで楽しみながら授業を作っています」と語る。先生自身が楽しみ、生徒にとっても学習意欲を掻き立てる課題設定をして授業を作り上げている点も、同校のオンライン授業の大きな特徴だ。
「普段からICTを使う」が双方向授業成立の秘訣
「オンライン授業・探究学習日」と題したこの月1回のこの授業は、2019年の台風19号をきっかけとして、前校長の宮島卓朗氏がもともと遠隔からの通学者が多い同校が有事の際にリモートでも授業ができるようICT導入を推進したことに端を発するという。
ただ、当時はちょうどGIGAスクール構想が拡大していた時期でもあったため、同校ではリモート環境の整備と並行して通常の授業でもICTの活用を進めた。そこで指導を仰いだのが、信州大学教育学部の佐藤和紀先生だ。佐藤先生は2021年2月に同校のICT授業を見学し、先生が一方的に話し、生徒の発話を促せていないと指摘。そこで目指すべき方向性として提示したのが、ICTツールを駆使して生徒の主体的な議論を促す反転学習だった。
一色保典先生は、その佐藤先生の指導を皮切りに、『避難訓練』として続けてきた月1回のオンライン授業が、次第に反転学習の実践機会へ変化していったと振り返る。
もちろん、同校もすんなりオンライン授業で反転学習を実現できたわけではない。端末を活用して先生と生徒をつなぐだけでなく、生徒間や先生間もつなぎ、双方向のコミュニケーションを図る必要があったため、一つの授業を行うのに教科や学年を超えて大勢の教員で一緒に授業を作ったり、バックアップしたりする必要があったという。
「それでも根気強く続けてきた結果、生徒も先生もお互いにICT環境に慣れ、今では80人の生徒と一緒になってオンライン授業を楽しむことができるようになりました」(一色先生)
佐藤先生は「先生が課題を投げかけ、たまにアドバイスをするだけで双方向のオンライン授業が成立するのは、先生と生徒が普段の授業からICTを活用した授業に取り組んだ結果です」と、同校のオンライン授業の成功の秘訣を語る。「他校が同様にクラウドを活用して反転学習を実施するためには、最初から上手にやろうとせず、とにかく毎日ICT端末を使ってみることが最初にして最大の課題になるでしょう」
同校と意見交換などを重ね、取り組みをバックアップしてきた長野県教育委員会の松坂真吾氏は、「ICTの活用の広がりで、授業の再定義が進んでいると感じます。これからの時代、講義を中心とした知識習得型の授業だけを続ける先生と、生徒たちに今何が必要か吟味し、新たな授業スタイルに挑戦する先生とでは大きな差が生まれるでしょう。同校をモデルケースとして、県内の他の学校にもノウハウを発信していきたいと考えています」と意気込みを見せる。
「とにかくやってみよう」の連続で新たな授業スタイルを形作ってきた同校は、これからも追随する他の学校の道しるべとして歩みを続ける。
副校長
一色 保典 先生
教諭 教務主任
保健体育担当
小岩井 浩明 先生
教諭
技術・数学担当
児玉 太平 先生
長野県教育委員会 事務局
学びの改革支援課
義務教育指導係 指導主事
松坂 真吾 氏
信州大学
教育学部
助教
佐藤 和紀 先生