公開日:2021/11/12
この学びが強みになる! 変わる教職課程
―静岡県―
常葉大学 教育学部
GIGAスクール構想によって教育現場の「1人1台」環境が整いつつある。教員のICT活用指導力育成のため、文部科学省は教職課程の内容についても見直しを進めている。大学における教員養成課程の“今”を取材した。
常葉大学
静岡草薙キャンパス
〒422-8581 静岡県静岡市駿河区弥生町6-1
1980(昭和55)年に常葉学園大学として開学。現在、教育学部は1課程2学科に1,000名を超える学生が在籍しており、2018年4月より静岡草薙キャンパスを拠点としている。
GIGA時代の授業づくりを学ぶ「教育の方法と技術」
「教育の方法と技術」は、初等教育課程3年次の必修科目だ。授業デザイン、学級経営、学習目標と評価、板書の技術、発問の方法、プログラミング教育、メディアの活用、学習指導要領、教科書の読解など、「授業づくり」に関する内容を幅広く学ぶ。
三井一希先生は、「GIGAスクール構想を前提としたものの見方」を軸としてこの授業を進めている。小学校での「1人1台」環境をスタンダードなものとして捉え、それを前提とした「授業づくり」について学生たちに伝えているという。
この授業では、さまざまな場面でICTが「ツール」として中心に存在し、学生たちが自然とそれを活用する仕組みになっていることも特徴だ。
授業はGoogle Classroomを中心に運営されており、学生たちは、Google Classroom上に共有された Google スプレッドシートに自分の意見を入力する。また、授業の要点をまとめたGoogle スライド等の資料が授業ごとにGoogle Classroom 上で共有されるのはもちろんのこと、毎回の授業を動画で記録しており、授業後にすぐアップされるため、欠席者も授業をそのまま動画で見ることができる。ほかにも、Google Workspaceのさまざまなツールを活用している。
つまり、この授業そのものがICTを活用して運営・進行されることで、学生たちは「学習者側」の立場で「1人1台」を体験することになるのだ。
三井先生は、授業中のちょっとした活動にもICTを活用することで、学生たちが自然と操作に慣れるように仕向けている。また、欠席者への対応については「学生たちが教育現場に出たときに、学校に来られない児童生徒に対してどんな対応ができるのか、イメージをもたせることができる」と狙いを話す。「ちょうど今の時期は教育実習のため大学の授業に出席できないケースが多いので、動画等での授業の共有の必要性を実感している学生も多いのではないでしょうか。授業を動画で記録してアップするだけですから、教師の負担はそれほど大きくありません。あとはやるかどうかだけなんです。こういう対応も、これからの教育現場で当たり前になっていけばいいなと考えています」
授業中、学生たちが手元で操作する端末の種類は多岐にわたる。中には、スマートフォンで資料を見ながらPCで意見を入力するなど、2つの端末を並べて使う学生の姿も見られる。
学生が使う端末の種類については、特に指示はしていないという三井先生。「タッチタイピングは基本的なスキルとして必要」とした上で、「それぞれのツールの特性を理解して、場面や用途に合わせて選ぶ力も大切」と話す。「PCであっても、より身近なスマートフォンであっても、何を使っても同じクラウド上にアクセスできる。自由に端末を選択することで、まさにクラウドの良さを実感しているのではないでしょうか」
「驚き」から始まった授業
学生たちにとって、Google Workspaceのツールを使うのはこの授業が初めてのケースがほとんど。それまでは自分のPCのローカル環境で作業をすることがメインで、クラウド上へのアクセス、ましてや「共有」や「共同編集」の経験は全くないような状況であった。
当初はツールの目新しさに「自分が文字を消すと相手の画面からも消えるんだ」「人が書いたものがすぐに手元で見えるんだ」と驚くばかりだった学生たち。操作についても細かい指示を必要としたが、一つずつ体験させ、慣れてきたら次に新しい使い方をレクチャーする形で、徐々にステップアップしてきた。
「Google Classroomのここにアクセスしてくださいとか、こうすれば共同編集ができるよとか、初めは一つ一つ細かく指示をしていました。でも、何度もやれば覚えて、手順が自動化されてきます。絵の具の使い方と同じです。色の混ぜ方や筆の洗い方を指示するところから、次第に『色を塗ってください』『片付けてください』で済むようになるわけです」
授業者としてICTを活用する段階に到達するまでには、この過程が重要だ。特に、小学校や中学校の授業でICTを活用することは、学生たち自身が子供のころに経験がないため、イメージが湧きづらいという。漢字の書き取りや縄跳びの練習など、「自分が小学生のときに経験したのと同じ」感覚をもてる分野もある中で、「1人1台」は全く新しい学習環境といえる。三井先生は「これからの時代の新たな学び方が始まった」と繰り返し学生たちに伝えてきた。
ツールとして使い込み、模擬授業ができるまでに
授業は毎回、テキストの「輪読」から始まる。感染症対策という側面もあり、直接の会話ではなく Google スプレッドシート上で意見を交わすことを第1回の授業から行ってきた。「ツールの使い方も身に付くため、一石二鳥」と三井先生。
Google スプレッドシートに自分のコメントを入力することに慣れてくると、ほかの学生のコメントに対してコメントをつける「相互コメント」の活動も加わった。短時間で多くの意見に目を通し、互いに意見を交わすことができるのは共同編集ならではといえる。
さらに相互コメントの活動にも慣れてくると、次に取り入れたのが「共同編集で議事録をまとめる」活動だ。三井先生が話す内容について、3人1組となって要点を1枚のスライドにまとめていく。話を聞きながらその場でまとめていくため、集中力とチームワークが必要となる。
このように、毎回の授業で少しずつレベルアップしながら繰り返しツールを使うことで、その良さを実感することができる。そして、さらに使い込んでいくことで、自然と高度な使い方ができるようになり、新しい使い方やアイデアが学生自身から生まれてくる。その結果、最終的に今回のような模擬授業をするまでに到達した。
まさに、ICT「を」学ぶのではなく、ICT「で」学んだ成果といえるだろう。
●Google スプレッドシートを活用した輪読
この日の授業は、事前に読んでおいた『情報社会を支える教師になるための教育の方法と技術』(ページ下部参照)の第11章について、各自がGoogle スプレッドシートに意見を入力することから始まった。それが終わると、相互コメントを入力する。活動ごとに時間を区切ることで、テンポよく輪読が進んでいく。
●共同編集で議事録をまとめる
資料のスクリーンショットを撮って貼り付けたり、色分けをしてまとめたりと、方法はさまざまだ。従来のグループ活動といえば「向かい合って」「会話をしながら」のイメージが強いが、Google スライドの共同編集を活用すれば、「同じ方向を向いて」「声を出さずに」このようなグループ活動をすることが可能となる。また、ほかのグループの作業内容を手元で参照する、共同編集ならではの光景も見られた。
●模擬授業
6名の学生が教師役となり、それぞれGoogle Workspaceの共同編集作業を取り入れた模擬授業を実施した。手書きの活動にはGoogle Jamboardを、気づいたことをまとめる活動にはGoogle スライドをといったように、活動内容に合わせてさまざまなツールを選択していた。
また、最初はグループごとや個人での活動、そのあと他のグループや他の人の作業結果を参照する時間をとるなど、共同編集の利点を生かした授業展開が見られた。
模擬授業の終了後に意見を交わす場面では、「指示のしかたの工夫」「時間配分の工夫」を評価する意見のほか、「導入部分をもう少し膨らませた方が子供たちの興味を引き出せるのではないか」「この学年ならばもっとこういう指示が良かったのではないか」「答えをなかなか思いつかない児童への対処を事前に考えておくべき」「先生のリアクションが多すぎて子供が考える時間が少なかったので、もう少しメリハリをつけてはどうか」など、教科の見方・考え方や子供の視点に立った意見も多く見られた。
学生たちの80%以上がすでに教育実習を経験していることや、普段自らが学習者の立場としてツールを使い込んでいることが学生たちの持つ視点に大きく影響しているといえるだろう。
短期間での成長と変化
三井先生に、この3カ月間で見てきた学生たちの成長と変化について伺った。「活動内容などの表面的なことだけではなくて、学習者に何を学び取らせたいかに目が行くようになってきています。最初は珍しかったことが当たり前になると、その先が見えるようになる。特に他の学生の模擬授業に対する振り返りのコメントでは、授業の本質に目が行っているものが多かったので、正直驚きました。ここまで来るには、やはり失敗も含めたICTの活用経験が必要だったと思っています。たった3カ月ですが、逆に、3カ月やればこのレベルに到達できるのだなと手応えを感じました」
今回の模擬授業の教師役はほぼ全員が立候補だったという。学生たちの中で、挑戦する気持ちが高まっているのだ。ICTに関して個人の得意不得意に関係なく、「これからの時代に絶対に必要なツール」との意識が学生たちに浸透してきていると三井先生は感じている。
その一例として、「教育の方法と技術」以外の各教科の教育法の授業でも、模擬授業にICTを使いたいと申し出る学生が増えている。それも、三井先生から提案したことはなく、学生たちが自発的に行っているという。学生たちにとって「使いこなせるツール」として認識されてきている証拠といえるだろう。
これからの教職課程で学ぶ学生たちのアドバンテージ
学生たちの模擬授業を受けて、三井先生からは次のようなフィードバックコメントがあった。「ツールを横断的に活用できている/共有の良さを最大限に活かしている/これまでできなかった学びができている/『もっとこうしたら?』というコメントが良かった/何より、楽しい授業ができている」
また、授業のまとめとして、「教師の役割の変化」「話し合いの変化」についても改めて触れた(図1)。共同編集で他者の意見を簡単に参照できることは、「自力で考える努力をしなくなる」ことだと捉えられかねない。しかし、これからの学びでは「他者の考えを知った上で考える」「話し合うことによって理解を深める」ことが重要だ。学生たちは日頃、学習者の立場で活動することによって、これらを実感しているに違いない。
三井先生は、教職課程で学ぶ学生たちの「アドバンテージ」について次のように話す。「現場の先生方は、他の業務もあり忙しい中でICT活用という新しい手法に取り組んでいます。学生たちは集中して学ぶ場や時間が確保されている分、今のうちに存分に取り組んでおけば、教育現場に出たときに必ず強みになります。授業そのものや指導力は経験を積んだ現場の先生方にかないませんが、ICT活用に関しては、これから現場に出ていく学生たちにどんどん活躍してもらい、現場を引っ張っていってほしいですね。今がそのチャンスだと、学生たちにもよく伝えています」
教師の役割や授業の在り方が大きく変わる今、従来の授業の形にとらわれることなく、ICTの良さを広い視野で捉え、さまざまな場面で活用する力の育成が求められている。
*Google Classroom、Google スプレッドシート、Google スライド、 Google Workspace、Google Jamboard は、Google LLC の商標です。
教育学部 初等教育課程
専任講師 三井 一希 先生