学校でプログラミングを学び、 情報技術を身につけ社会に羽ばたく
電気通信大学
大学院情報理工学研究科
中山 泰一教授
2025年1月の大学入学共通テストから出題科目に「情報Ⅰ」が加わる。全ての国立大学が原則「情報Ⅰ」を加えた6教科8科目を課すと発表し、大学入試センターはサンプル問題を公表した。電気通信大学 大学院情報理工学研究科の中山泰一教授に、日本における「情報」教育の変遷と、その充実のカギを握る専門スキルを備えた教員育成の現状を聞いた。
今の高校1年生は「情報」の学習意欲が高い
10分間の休み時間も教員に質問する
科学的な理解が中心の「情報Ⅰ」
AIなど発展的内容の「情報Ⅱ」
ある東京都立高等学校の情報科の先生が「今の1年生は『情報』の学習意欲が高い」と話していました。昨年までは授業が理解できなくてもそのままの生徒が多かったが、2022年度の入学生は10分間の休み時間も「先生、ここが分かりません」と質問に来るそうです。
理由は2021年7月、文部科学省が今の高校1年生が受験する2025年1月の大学入学共通テストから「情報」を出題すると発表したためです。国立大学協会は全ての国立大学が「情報」を加えた6教科8科目を課すのを原則とすると発表しました。東京大学は「情報」を全ての科類の受験生に課すと決定、配点などの詳細は2022年度中に公表するとしています。
「情報科」は2022年4月からの新学習指導要領によって新しくできた科目ではなく、2003年から全ての高校生が学んでいます。当初は「情報A」「情報B」「情報C」からの選択必履修(3つの中から必ず1つを選択して学習する)でした。その後、2013年から「情報の科学」「社会と情報」からの選択必履修となりました。
しかしながら、これまでの選択必履修の科目のうち、プログラミングを内容に含む科目は、当初の科目の中では「情報B」、2013年からの科目では、「情報の科学」だけでした(図1)。さらに、2013年からの科目選択の状況では約2割の学校でのみ「情報の科学」が選択されており、多くの生徒は、情報という科目がありながらもプログラミングを学ばずに卒業していました。
今回の新学習指導要領では、情報の科学的な理解に重点を置き、プログラミングを取り扱う「情報Ⅰ」が必履修科目となりました。さらに、AI(人工知能)やデータサイエンスなどを扱う「情報Ⅱ」が発展的選択科目として設置されました。現在の高校生は、学校で必ずプログラミングを学び、選択次第で最先端の情報技術を吸収することができるようになったのです(図2)。
大学入試の「サンプル問題」が示すプログラミングの有用性
このような学習指導要領の改訂によって、大学入学共通テスト科目として加わった「情報」について詳しく見ていきましょう。
2022年7月25日時点では、この情報の科目として例示されているのは、大学入試センターが2020年11月に高等学校や大学関係者、情報に係る学術団体に示した「『情報』試作問題(検討用イメージ)」、および2021年3月に公表した「平成30年告示高等学校学習指導要領に対応した令和7年度大学入学共通テストからの出題教科・科目 情報 サンプル問題」があります。
2020年11月の「試作問題(検討用イメージ)」では、問題が、「情報Ⅰ」で取り扱う(1)~(4)から満遍なく出題されていることが分かります(図3)。一方、2021年3月の「サンプル問題」では、比例代表制選挙で用いられる「ドント方式」を題材としてプログラミングの問題が出題されています。このように社会で触れるさまざまな事象に「情報」で取り扱う内容が使われており、プログラミングがこのような形で役立つ有用性を、試験問題からも分かっていただけるでしょう(図4)。
※インタビュー後の2022年11月9日に、大学入試センターが大学入学共通テストの「試作問題」を公表しています。
大学入試センター:令和7年度以降の試験に向けた検討について
https://www.dnc.ac.jp/kyotsu/shiken_jouhou/r7ikou/
コンピューターの可能性と限界、
勉強や仕事、人生に役立つ使い方を発見する
介護や医療、法律、経営でも
情報技術が不可欠な分野がある
そもそも、なぜ理系だけでなく全ての生徒が「情報」を学ぶことが必要なのでしょうか。
時代が異なれば、求められる能力も変わります。現代社会ではコンピューターやネットワークなどの情報技術が広く活用され、重要な役割を担っています。情報技術では何ができ、何ができないかを分かった上で、社会に羽ばたく時代になったと言えます。
それにはプログラミングを学ぶのが最適です。プログラミングを学習することで、コンピューターは人間が逐一命令して動かしていることが実感できるでしょう。もちろん、分からなくても文書作成ソフトは使えますし、動画は見られます。ただ、マニュアル車のように、自ら操作する機会を増やせば仕組みも何となく分かる。情報の授業でプログラミングを学ぶことで、コンピューターの可能性と限界、そして勉強や仕事、人生に役立つ使い方の発見につながると思います。
情報と情報技術を活用した問題発見・解決を探究する「情報Ⅱ」を学ぶのも、IT技術者になるだけが目的ではありません。サービスを使うだけでなく、例えばデータベースを基にリクエストを入力したら結果を返すシステムなど自分でサービスを作り出す勉強ができます。介護や医療、法律、経営など、どのような専門領域にも情報技術が不可欠な分野があるはずです。情報系を主専門領域とする大学・学部以外の大学・学部に進む生徒のほうが、高等学校で「情報Ⅱ」を学習しておく意義が大きいとも言えます。
一方、学校現場では、教科「情報」が2003年度にできて20年近くになりますが、必履修科目にもかかわらず、教員を継続して新規採用してきた自治体はわずかでした。ただしここ数年、高等学校の情報科教員が都市部を中心に少しずつ増えています。朝日新聞の調査によると、新規採用人数は、都道府県では2018年度採用試験の44人から、年度を追うごとに51人、70人、76人と増え、2022年度は113人でした。
ここに来て100人を超えたのは、大学入学共通テストに導入されることへの危機感も大きいでしょう。情報科の必履修授業は単位数が少ないことから、以前は「他教科の普通免許状も所有」という、いわゆる「副免許条件」をつけている自治体も少なくありませんでした。
しかし2020年度以降、愛知、東京、神奈川といった大きな自治体が廃止し、情報科免許だけでの採用が全国に広まりました。情報は片手間に教える教科ではなく、専門知識のある教員の配置が必要と理解されてきた証拠です。
これからの成長産業を育成していくためにも
地方こそ情報教育のメリットは大きい
研修を受講した情報科教員には
「デジタルバッジ」を交付
他教科との兼任では研修に参加することも難しいでしょう。研修の重要性を認識していない自治体も多く、情報教育の地域格差がどんどん広がる恐れがあります。「情報Ⅰ」については2018年度に研修資料が作成されており、東京都高等学校情報教育研究会(都高情研)などは前倒しで2019年度から教員研修を実施しています。都高情研は、主に東京都内の高等学校などの教職員の方が参加していますが、有志者として、大学教員や行政関係、法人の方なども参加しています。私も入会しており、いろいろな先生方と情報交換しています。
国語や英語などと異なり、校内に同じ科目の先生がいないケースが圧倒的に多い情報科の教員にとって、研修は授業の悩みなどを共有する横のつながりを確保しながらスキルアップを図ることができる貴重な場と言えるでしょう。全国約5000の高等学校に一人ずつ情報の専門性の高い教員を配置するための「情報教育振興法」のような施策も求められます。
私が所属している一般社団法人情報処理学会では2022年7月から8月にかけて4日間の日程で「情報処理学会高等学校情報科教員研修」を実施しました。対面のほかオンデマンドで学ぶことができ、受講したコマごとにデジタルバッジが交付されるなど、学校現場における研修計画や教員配置にも生かせる内容となっています。
同学会では文部科学省後援の「中高生情報学研究コンテスト」も毎年開催しており、2023年3月には第5回大会を開催します。これは生徒の日頃の学習成果を1枚のポスターにまとめて発表するもので、第4回大会には全国から90チーム参加し、群馬県の高校1年生の「スマート盲導杖『道しる兵衛』~AI搭載白杖による視覚障害者歩行支援~」が最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞しました。
情報教育は、単に大学受験科目という枠にとどまらず、地域再生を促す観点からも重要です。
東京一極集中の世の中を変えるには、少なくとも47都道府県の県庁所在地クラスではさまざまな産業が成長し、人口が増える仕組みが不可欠です。成長産業を育成していくためにも、地方こそ情報教育のメリットは大きい。専門性を持った教員のもとで学ぶ環境を整えることは急務と言えるでしょう。