「本当の問題発見・解決能力」を育み、生涯にわたって学び続ける子供を育てる

1人1台とクラウドがもたらした変化

―愛知県―
春日井市立高森台中学校

GIGAスクールの先進地域として、全国から注目されている愛知県春日井市。前号では、市立藤山台小学校のGIGAを用いた「授業改善」をレポートしたが、今回は市立高森台中学校が行っている、「問題発見・解決能力」を育むための実践をお伝えする。

春日井市立高森台中学校

春日井市立高森台中学校
〒487-0032
愛知県春日井市高森台8丁目6番地

1978(昭和53)年、春日井市立藤山台中学校より分離独立し開校。「創造 知を練る」 「信愛 心を磨く」 「頑健 体をつくる」 を教育目標とする。

先生の指示がないと動けない
子供たちの姿に愕然

 高森台中学校の水谷年孝校長先生は、新型コロナウイルスの感染拡大で突然の臨時休校になった時のことを、今でも鮮明に覚えている。 「当時はまだ端末が整備されていなかったため、学習プリントを配布しました。登校できなくとも、子供たちは家でしっかり勉強してくれると信じていました」

 しかし、現実はシビアだった。先生が指示しないと何もできない、言われたことしかしない子供が、たくさんいたのだ。水谷校長先生は、強い危機感を抱いた。このままでは、社会に出た時に困る。「生涯にわたって、自分で学び続けられる」子供を育てねばならない。ちょうどその頃、GIGAスクール構想(以下、GIGA)の端末やクラウドの整備が完了した。これを使って、子供たちを育てよう。目指したのは、「自分で問題を発見し、解決できる力」の育成だった。この「問題発見・解決能力」は、学習指導要領でも「学習の基盤となる力」と位置づけられている。

「制服に関する校則」という
身近な問題解決に取り組む

■端末とクラウドを用いて、制服に関する校則を議論 ■端末とクラウドを用いて、制服に関する校則を議論
■端末とクラウドを用いて、制服に関する校則を議論
服の色、柄、デザイン、素材などについて意見を出し合い、Google Jamboard で整理し、クラスとしての意見をまとめていった。

 それから2年、高森台中では、授業はもちろん、委員会活動など学校生活のさまざまな場面で、「問題発見・解決能力」を育んできた。

 その一例が、2022年度からスタートした、生徒会主導で校則を見直す「ルールメイキングプロジェクト」だ。まず取り組んだのは、「新制服」に関する校則の決定だった。春日井市では、2023年度から市立中学校全校で制服が一新されることが決まっている。ブレザーとボトムスは市内共通の制服となるが、中に着るシャツや夏のトップス、カーディガンやセーターの色や柄、生地などをどうするか、生徒たちに考えさせたのだ。

 「今までなら先生が決めていましたが、これからは生徒とともに校則を考える時代。特に制服は子供の関心も高いので、問題解決のいい経験になると考えました」(水谷先生)

 自分たちで校則を決められると聞いて、生徒会長のAさんは「これはチャンスだ!」と、胸を躍らせたという。

 「もともとぼく自身、校則の服装規定に疑問を持っていました。もっと自由でいいのに、着たい服を着られるようになればいいのに、と思っていたんです」

 と同時に、Aさんは「校則を自分たちで変えるのは、とても勇気のいることだ」と気を引き締めた。

 「ぼくが良いと思った校則でも、他の生徒は違うかも知れない。生徒だけでなく、保護者や先生方、みんなが納得し、満足できる校則にしなければ。それが生徒会長としての役割だと肝に銘じました」

 とはいえ、全ての生徒や保護者の意見を集約し、議論するのは簡単ではない。そこでGIGAの端末やクラウドが活躍した。

 まずは Google フォームを使って、生徒や先生、保護者にアンケートを実施。その結果を基に、各クラスで議論して意見を集約する際には、Google Jamboard™ を使った。色や生地、形の要望やその理由がひと目で分かり、議論はスムーズに進行。わずか1時間で各クラスの意見はまとまり、次いで学年会、最後に学校全体での話し合いも円滑に進み、新制服に関する校則の原案が決まった。水谷先生が「もっと自由でもいいのに」と感じるほど抑制の利いた案が各クラスから出て、その後の議論で修正され、みんなが納得できる校則になったという。

 「新制服が導入されるのは来年度なので、ぼくたちは着ることなく卒業していきます。でも次世代のために、いいルールメイキングができたと満足しています」

 まるで大人のように語るAさんに、「もし議論が紛糾したらどうしましたか? 多数決で決めましたか?」と、少し意地悪な質問をしてみたところ、彼はよどみなくこう答えた。

 「その場合は、また各クラスで話し合ってもらうなど、みんなが納得するまで議論を尽くしたと思います。2学期以降は、本格的に校則の改定に取り組むつもりですが、今回の経験が生きるはず。みんなが意見を出し合い、みんなで問題を解決していく力が、ぼくもみんなもついてきたと感じています」

 校則を変えられるなんて、今までは思ってもみなかった。でも、みんなで力を合わせて良い校則を決めることができ、学校生活に活気も出てきたと、笑顔を浮かべるAさんに、ある質問を投げかけてみた。「自分たちの力で、社会を変えられると思いますか?」。OECD 生徒の学習到達度調査(PISAの調査)では、日本の子供は「変えられる」と答えた割合が外国に比べてとても少ないのだが、Aさんは間髪入れず即答した。「変えられると思います」。その顔は、自信に満ちあふれていた。

学校生活をより良くするために
問題発見・解決に取り組む

 これ以外にも、「学校生活をより良くする」ための生徒の自主的な活動が盛んに行われている。

 1年生の学級委員長会では、入学直後の4月から、「生活改善キャンペーン」を毎月実施中。クラスごとに現在の課題をあぶり出し、「授業と休憩のメリハリをつける」等の月間目標を決め、生活改善を進めている。「最初は何をどうすればいいか分からなかった」という1年生も、今では Google フォームでアンケートをとったり、対面だけでなくチャットでも議論したりするなど、GIGAを上手に活用し、活動の質もスピードも向上しているという。

 なぜこうした自主的な活動を行っているのだろうか。「自分たちで企画を立て、実行し、結果が出るのがおもしろい。学校生活を良くするために今何ができるか、考えて行動するのが楽しい。これからも、学校生活が楽しくなる企画をどんどん実行していきたい」と、1年生の学級委員たちは目を輝かせて答えてくれた。「社会に関わり、変えていく」おもしろさを実感しているのだろう。各自の時間を割いてわざわざ集まらなくても話し合いはチャットでできることも、自主的な活動の盛り上がりを後押しする。この喜びは、生涯にわたって学び続ける原動力になっていくはずだ。

■学校生活をより良くするために、自主的に企画を立案・実施 ■学校生活をより良くするために、自主的に企画を立案・実施
■学校生活をより良くするために、自主的に企画を立案・実施
1年生学級委員長会では、さまざまな企画を立案・実行。月に1回定例会を行うとともに、チャットを使って常に議論している。その様子は、学年主任の先生が見守る。

1年社会科:一人ひとりが
自分の「問い」を立てる

■社会科:一人ひとりが、自分の「問い」を立てる
■社会科:一人ひとりが、自分の「問い」を立てる
教科書を読んで、Google Jamboard で情報を手早く整理。それを基に、自分で「問い」を考え、チャットで発信。そして自分の「問い」を一つ選び、Google スプレッドシート™ に書く。個別の活動だが、いつもクラウドでつながっていて、友達の意見も参考にする。これを高森台中では「明るいカンニング」と呼んで、推奨している。

 もちろん授業でも、「問題発見・解決能力」を育んでいる。例えば1年生社会科では、「一人ひとりが問いを立てる」学習活動を行っていた。

 まず四大文明について教科書を読み、それぞれの特徴を Google Jamboard で整理。それを踏まえて、自分なりの「問い」を立て、チャットに投稿するのだ。「なぜ文明は川の近くで誕生したのか」などの「問い」が次々と書かれ、友達の「問い」に触発されて、新たな「問い」が生まれる循環が起きていた。そして授業の最後には各自一つの問いを選び、次時以降、追究していくことになった。

 中には「なぜエジプトは太陽を、メソポタミアは月を用いた暦になったのか?」という難しい問いも。社会科担任の小川晋先生に「かなり難しい問いも出ていましたが、生徒たちは答えにたどり着けるのでしょうか?」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「答えにたどり着けなくてもいい。むしろすぐ答えが出るような問いでは、やりがいがない。簡単には答えられない、熱中できる問いを立てようと、子供たちには伝えています」

 それを聞いていた水谷先生が、こう補足してくれた。

 「問題発見・解決で一番難しいのは、実は『問題を発見すること』なんです。なのに今までは、教師が『問い』を与えていました。これではいつまで経っても、問題を発見する力がつきません。自分なりの問いを見つけてこそ、調べたくなる。自分で学びを進めていくための出発点になるのです」

 自分なりに「問い」を立てるのは簡単ではなく、時間がかかる。だから前半の「教科書を読んで情報を集めて整理する活動」はスピーディに進め、問いを考える時間を十分に確保していた。例えばインダス文明の特徴を読んでまとめる時間は、わずか数分。短すぎるのではと心配したが、子供たちは Google Jamboard を使ってテキパキと情報の収集と整理を進めていた。

 「情報の収集に時間をかけすぎると、それだけで『学んだ気』になってしまいがち。そもそも今までの授業は、子供が自分で情報を収集する機会すら少なく、先生が情報を与えてくれるのを待っていました。情報の収集はさっと進めて、集めた情報の整理・分析や、考えることに時間をかけるねらいです」(水谷先生)

 ちなみに高森台中では、チャットをはじめクラウドの利用に制限をかけていない。子供を信じて、任せている。授業でも、「このぐらいはできるだろう」と子供を信じて、学習の主導権を委ねている。そのさじ加減が絶妙で、その期待に子供たちも応えている。

3年数学科:一人ひとりに
「学び方」を学ばせる

■数学科:基本問題を全員で学習した後、個別の学びを行う ■数学科:基本問題を全員で学習した後、個別の学びを行う
■数学科:基本問題を全員で学習した後、個別の学びを行う
まずは教科書の問題を、先生が解説しながらみんなで解く。その後、用意された3種類の問題の中から自分に合った問題を選び、個別に解くという「個別最適な学び」が行われている。その間、先生は机間指導し、個別指導する。

 3年生数学科の授業では、自分に合った問題を選んで解く姿が見られた。まず授業の前半は、教科書の問題を先生が解説しながら、みんなで解く。その後、先生が用意した難易度別のA・B・C3種類の問題(各2問)の中から選択し、個別に学習するのだ。

 「自分の現在地を客観的に把握して、自分に合った問題を自分で選択して学ぶという、『学び方』を習得させたい」と、数学科担任の長縄正芳先生が、そのねらいを教えてくれた。

 この「学び方」を学ばせる、という理念は、社会科の小川先生も口にしていた。

 「何のために社会科を勉強するの?と生徒に問われたら、こう答えます。未来が予測不能な今、情報を収集し、整理・分析し、まとめて表現できる人が社会で活躍できる。だから学校で、こうした『学び方』を練習するんだよ」

 教科の「知識」を教えることに加え、「学び方」を教えようと意識が変わってきたと、長縄先生も振り返る。「私も以前は、教科書の内容をしっかり教え込まねばと、思っていました。私が解き方を解説して、それに従って子供は問題を解く、という授業に終始していました」

 意識が変わるきっかけは、GIGAだった。ある時、長縄先生は作図の解説動画をクラウドに上げてみた。想像以上に子供たちは熱心に視聴し、分かるまで何度も見直した。そしてある子がぽつりとつぶやいた。「この動画があったら、もう先生はいらないね」

 「衝撃が走りました。教師としてわたしができること、すべきことは何か。思い悩んだ末、『学び方』を教えていこうと意識が変わっていったのです」

子供たちは授業の変化を喜び
問題発見・解決能力が伸び始めた

 このような授業や学習活動を日々経験して、子供たちは着実に変わり始めている。

 「先生に言われたからやるのではなく、自ら進んで学ぶようになってきました。一人ひとりが、自分で問題発見・解決できるようになってきました」と、水谷先生は手応えを感じている。

 右の図は、春日井市の小中学校5校の児童・生徒にとったアンケートだ。「授業が楽しくなった」「よくわかるようになった」といった喜びの声とともに、「自分のペースで進められるようになった」「協働できるようになった」など、「学び方」を身につけて自ら学ぶようになった姿がうかがえる。以前は授業中に寝ている子や遊んでいる子も散見されたというが、今はもういない。全員の頭がフル回転し、一人ひとりが自分で学び始めているからだ。それが可能となったのは、GIGAのおかげだと、小川先生は指摘する。

■子供たちは、GIGAによる「授業の変化」を喜んでいる
■子供たちは、GIGAによる「授業の変化」を喜んでいる
春日井市が児童生徒に行ったアンケート調査の結果。「楽しくなった」等、好意的な感想が多く、子供たちは変化を前向きに受け止めている。

 「一人ひとりが情報を集め、問いを立てるような授業を昔からやってみたいなとは願っていました。でも、紙では無理。スーパーティーチャーならできたでしょうが、ほとんどの先生には至難の業でした。でも1人1台端末やクラウドを使えば、誰でもできる。誰でもできるから、子供たちは経験を積め、力がついてきたのです」

 とはいえ、GIGAさえあれば、高森台中のような実践がすぐできるわけではない。春日井市では全小中学校で、10年以上も前から実物投影機などのICT活用を進めてきた。タイピングの練習をさせるなど、ICTスキルも育んできた。学級経営に力を入れ、学習規律も徹底してきた。そして、「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」という学習過程を教え、子供が「学び方」を身につけていた。こうした土台を築いてきたからこそ、今がある。その証拠に、入学したばかりの1年生も、たった数カ月で高森台中の学びに順応し、メキメキと成長している。小学校でしっかり「土台」を築いていたおかげだ。

 「端末やクラウドを使ってみたら、子供が変わり始めた。その姿を見て先生の意識が変わり、『自分で学び続けられる子供を育てよう』『そのためには問題発見・解決能力を育もう』と、授業が変わっていった。今の授業がゴールではありません。これからも、GIGAを使って授業改善を続けていきます」(水谷先生)

*Google フォーム、Google Jamboard、Google スプレッドシートは、Google LLC の商標です。

校長<br>水谷 年孝 先生

校長
水谷 年孝 先生

教諭<br>小川 晋 先生

教諭
小川 晋 先生

教諭<br>長縄 正芳 先生

教諭
長縄 正芳 先生

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