Society5.0時代に求められる 「データの活用」の指導

情報リテラシー連続セミナー@東北大学 第64回

愛知教育大学 数学教育講座
青山和裕准教授

愛知教育大学 数学教育講座 准教授 青山 和裕先生
愛知教育大学
数学教育講座 准教授
青山 和裕先生

東北大学の「情報リテラシー連続セミナー@東北大学~情報リテラシー教育のこれからを考える~」の第64回が2022年11月12日(土)にオンラインで開催され、学校現場の教育関係者など105人が参加した。セミナーでは、愛知教育大学の青山和裕先生に「Society5.0時代に求められる『データの活用』の指導」をテーマに講演いただいた。データサイエンスの活用事例や統計データの授業への応用など講演内容のサマリーを紹介する。

身の回りにあふれるデータサイエンスの活用事例

 これまでの日本は、標準化されたモノをたくさん作りたくさん売る工業化社会でした。同質性・均質性を備えた人材育成が求められ、学校教育でも一斉授業・平等主義がベースにありました。

 しかし人口減少・少子化の深刻化などを受け、政府はこれからの日本の姿として、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会「Society5.0」を提示しました。加えてAI(人工知能)の飛躍的進化や新型コロナウイルス禍におけるオンライン環境の普及で、日常生活でもDX(デジタルトランスフォーメーション)による変化が始まっています。誰でも使えるインターネットなどを基盤に、新しい価値を創造する時代になりつつあるのです。

 「Society5.0」を目指す日本では、学校教育でもデジタル社会の「読み・書き・そろばん」である「数理・データサイエンス・AI」の基礎の習得が求められています。文部科学省が2019年に発表した「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」では、初等中等教育段階の人材育成においてはデータなどの情報活用能力を「すべての学習の基盤となる資質・能力」と位置付け、発達段階に応じたプログラミング教育の充実を図ることを掲げています。

 実は、私たちの身の回りにはデータサイエンスを応用した取り組みがすでに数多く存在します。大阪府警が発表した2008年から2019年の延べ約1万2000件のひったくりのデータを朝日新聞が分析したところ、「20代女性」と「午後5時以降」で被害が多い傾向が浮かんできました。

 データ結果の受け止め方に気を付けなければならないケースもあります。広告やポスターで「お客様の商品満足度99・5%」といったキャッチコピーをご覧になったことがあるでしょう。もし私が宣伝担当者でしたら、その商品のリピーターだけを対象にアンケート調査を行います。そうすれば、自社にとって都合の良い高い満足度を示す回答結果を容易に得ることができます。データ活用の一面として、子供たちにも知っておいてほしいと思います。

 データ活用で新しい価値を生み出す事例としては、以前、複数のコンビニエンスストアがほぼ同時に展開した「くじキャンペーン」があります。興味深いのは、ほとんどのコンビニが「700円買ったらくじが1回ひける」とうたっていたことです。

 一般にコンビニでは、商品が売れた時点で「日時・商品名・単価・販売個数」などを記録し、本部が一括して集計するPOS(販売時点情報管理)システムを導入しています。この膨大なデータを分析すると、最も多い精算額はどのコンビニでもだいたい600円から650円前後になるそうです。ちょうどお弁当とペットボトル1本を合わせた金額ですね。

 そこでコンビニ側は「プラス100円未満なら、くじを引くためにもう一品買ってくれるだろう」と考えます。600円では追加の買い物が不要なため売上増につながらない。800円では150円余計に買わなければならないのでくじキャンペーンに興味を示さない。700円は、コンビニの来店客に「もう一品」買わせる心理的なハードルが低い金額設定と言えます。だからこそ、他のコンビニも同じようにくじの設定金額を700円に設定したわけです。

 ここでのポイントは、データ活用には人間の発想力が欠かせないという点です。コンビニ店舗での精算額が多い価格帯は、中学校で習うヒストグラムの高い山を見れば分かります。600円から650円の山を見て、「700円くじのキャンペーンをやれば売上増につながるのではないか」と考え、実行するプロセスが大事です。

 AIは、与えられたデータの分析はできても、それを基に社会や組織に有用なアイデアを生み出すことはできません。統計データを使って新しい価値を創造したり、イノベーションを創出したりするのは人間であり、デジタル社会の「Society5.0」のさまざまな職種で求められる人材像と言えるでしょう。

教師の工夫次第で算数以外でも応用が可能

 全国の多くの学校ではそれぞれ工夫をこらしてデータ活用の授業を行っています。愛知県の豊田市立寿恵野小学校では、SDGs(持続可能な開発目標)や輸入品を自国生産したらどの程度の水が必要かを示したVW(バーチャルウォーター。仮想水)などのテーマを入口に、子供たちの食品ロス問題への関心を喚起。自分たちでできることを考える手立てとして、近隣のコンビニ7店舗とスーパー5店舗から1カ月分の廃棄量のデータを集めました。

 そのうち、おにぎりの廃棄を日次ベースでまとめると日曜日と月曜日が多いことが分かりました。子供たちは話し合いを通じて、新型コロナウイルスの感染拡大で週末のスポーツ大会などが中止になった影響で廃棄が増えたと結論付けました。そして自分たちがコンビニに行った時は「手前取り」をして、消費期限が迫っている商品から購入するように心がけているそうです。

 データの活用は現在のところ算数が主軸ですが、教師の工夫次第でほかの教科領域でも応用が可能です。国語なら図書館の利用実態や読書冊数のデータを分析する、図画工作のポスター作りの配色を題材にするのも面白いですね。タブレットのアプリケーションを使えば、アンケートの実施・集計・分析・発表が簡単にできます。

 データを活用した授業のヒントとして、電気通信大学、統計数理研究所、統計センター、東京学芸大学の4者は「社会に活かす統計の考え方」というすごろく形式のポスターを提供しています。データの活用といっても、難しい数字と向き合わなければいけないわけではありません。現実社会で役立っている事例や注意が必要なトピックを教材にしても良いでしょう。子供たちにデジタル社会で求められるデータへのリテラシー(素養)や、データに基づきSDGsなどの社会問題の解決プロセスを考える機会を提供することが大切です。

(出典:問題解決すごろく「社会に活かす統計の考え方」 ポスター発行とシンポジウム開催) (出典:問題解決すごろく「社会に活かす統計の考え方」 ポスター発行とシンポジウム開催)
(出典:問題解決すごろく「社会に活かす統計の考え方」 ポスター発行とシンポジウム開催)
問題発見、原因追及、問題解決(対策)というプロセスをさいころ遊びの「すごろく」になぞらえて数理的・統計的問題解決のプロセスを表している。さらに確率・統計に基づく考え方や小学生・中学生でも理解できるグラフ、あるいは関数のような数学の考え方などを散りばめ、AIによる問題解決の背後にある原理とプロセスをイメージとして体得できることを目的にしている。

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