民間の立場から先生をサポートして子供の学ぶ力を高める支えになりたい

セカンドキャリア 起業というセカンドキャリアでICT活用の悩みに応える

合同会社LTS代表の菅野光明先生に聞く

2023年3月31日に北海道札幌市立稲穂小学校の校長を定年退職した菅野光明先生は、セカンドキャリアとして会社を起こす選択肢を選んだ。現役時代に注力したGIGAスクール環境によるICT活用やプログラミング学習を、民間の立場から支えていきたいと考えている。企業の経営者として、また、学校現場を熟知する教育者として想い描くキャリアデザインを、現在の活動と併せて伺った。

学習効果を上げながら先生の負担を減らす発想を

 菅野光明先生が立ち上げた合同会社LTS(エル・ティー・エス)は、Learning & Teaching Supportという言葉を元にしている。「ずっと小学校の教員を務めていたこともあって、子供たちに分かりやすく教える大切さは肌身に感じていて、先生方の思いも理解できます。子供のこれからの学びを考えた際、ティーチングではなくコーチングやファシリテーションにするべきかと迷ったのですが、まずは「分かりやすく教える」ことに頑張っている先生方への支援が必要だと思い、応援していきたいという願いを社名に込めました」と菅野先生は打ち明ける。

 GIGAスクールが普及して、1人1台での端末が日常的に活用できるようになった。一方で、漢字の書き取りや計算といった基礎の習得に、不安を持つ先生は少なくないと菅野先生は指摘する。「AIドリルやテストの自動採点システムはとても便利です。しかし、初めのうち、子供たちはどうしても考える過程よりも、○×にこだわってしまいます。結果として、子供の計算力が下がってしまうこともある。そうすると、先生はやっぱり手書きのプリントを作ってしっかり考えさせようと思うのです。単なる業務効率化ではICT活用に対する先生の納得感は得られません。学習効果を上げていきながら、先生の負担を減らしていく発想が大切なのです。ただ、それを妨げているのが学校現場の自前主義です。公人である以上、何でも自分たちで完結させなければいけないという思い込みをやめ、便利なものであれば民間のサービスを利用すべきだと思います。チエルの『eTeachers®GIGA SCHOOL』は代表例です」(菅野先生)

菅野 光明 先生

 合同会社LTSは、小学校の教員に向けたICT活用の研修と民間企業からの教育ソフトに関するアドバイスを主な生業としている。菅野先生は文部科学省の学校DX戦略アドバイザーやデジタル庁のデジタル推進委員を務めるほか、近隣の学校の校内研修の依頼を受けることも多い。Google for Education™ の認定トレーナーの資格は校長時代に取得している。「現役時代から校長としての立場でGIGAスクールに関する研修をお手伝いしてきました。先生方はICTの活用に一生懸命取り組んでいるのですが、日々の授業でうまく回らない。事例などを通じてこうしたらもっと楽ですよといったアドバイスが話のメインです。現在やっていることも当時とあまり変わりはありません」と菅野先生は話す。

ICT活用の知識の賞味期限は「3年」

 GIGAスクール構想前より菅野先生は、懇意にする全国の先生たちとオンラインの研修会を重ねてきた。「端末の使い方が分からないといった日常的な悩みをテーマにプレゼンテーションして、4、5名くらいのメンバーで話し合ってきた経緯があります。この時に作りためたプレゼン資料が、現在の研修会の資料のベースとなっています」(菅野先生)。菅野先生のPCには現在、手短な研修向けの資料が150ほどある。「ドリル教材とAIドリル」「ちょっと最適化された学び」「スライドを使った簡単な協働的な学び」などなど、さまざまなテーマの資料を組み合わせ、個々の研修会に応じた資料に仕立てていく。

 「新しい授業観」と題した資料では一斉授業から個別最適な学びと協働的学びに移行するための要諦を取りまとめた。加えて、現役の際に撮りためた授業の動画も具体的な事例として活用している。

 資料作りは朝の7時頃から午前中にかけて行い、午後は実際の研修会や打ち合わせに時間を充てる。午後3時頃には仕事を切り上げるといったスケジュールを理想としている。「寝る前に今の教育の課題をぼんやりと考えることが多く、それを Google Keep™ にメモして翌朝に考え直すスタイルです。メモの半分くらいはボツになりますが、新たなヒントにつながることもあります」(菅野先生)。民間企業として報酬を得るからには相応のものを提供することが大切で、その積み重ねが信用になると捉え、怠けないことを心がけている。「学校でのICT活用は変化が激しく、現役時代の知識は長くて3年しか賞味期限はないと考えています。常に現場に接し、オンラインセミナーなどからも最新知識を貪欲に吸収するアップデートを心がけています」(菅野先生)

 セカンドキャリアとして会社を起こすことを考えたのは定年間際だ。「現役の最終年度は学校行事があるごとに、『あぁ最後の入学式か』『最後の運動会か』と思うくらいで、あまり先のことは考えていませんでした。定年退職する校長のセカンドキャリアは、再任用教諭として働くか、札幌市の教育関係の外郭団体に就職するケースが一般的で、私もいずれかを選ぶものと考えていました」(菅野先生)。転機となったのは、長く指導を受けている東北大学大学院の堀田龍也先生との会話で一番やりたいことを優先すべきではと問われたことだ。「子供にちゃんと学ぶ力が付くよう、それを進める先生方をサポートする仕事に専念したいとその時に思いました。制限を受けず、自由な立場でお伝えするには、一人で活動できるのがベストだという理由で個人での起業に踏み切りました」(菅野先生)

 2023年4月以降、菅野先生は自身の会社の立ち上げに奔走した。「会社の仕組みを理解していない元公務員が始めるわけで、勉強の連続でした。会社の登記や業務委託の契約など、サポートしてくださる方々に丁寧に教えていただきました。例えば、請求書の書き方すら分からなかったのですが、新しいことをいちから学んでいくというのは新鮮で、とても楽しかったです」(菅野先生)。自宅の一部屋を仕事場所に充てるため、ネット環境の強化や書棚など什器も揃えた。会社のドメインを取得し、ホームページを作り、会社名義のFacebookのアカウントも立ち上げた。「校長時代も情報の発信には取り組んできましたが、現在は会社の認知度を高めるためにも積極的に行っています」(菅野先生)

 「会社の法人口座を作る際、審査が通らない可能性があると聞き、これまでの校長という役職上の信用がなくなり、民間事業者として新たな信頼を得るために動き出したのだと実感しました。スタートしたばかりで成果を問われるのはこれからなのですが、やりがいのある仕事を追求し、少しでも学校や社会に貢献していきたいと考えています」(菅野先生)。学校を離れ、日常的に子供と触れ合う機会がなくなったことは寂しく感じるという菅野先生。新たな立場で学校現場と向き合っていくキャリアデザインをイメージする日々だ。

*Google for Education、Google Keep、Chromebook は、Google LLC の商標です。
*Facebookは、Meta Platforms, Inc.の商標または登録商標です。

元札幌市立稲穂小学校 校長<br> 合同会社LTS 代表<br> 菅野 光明 先生

元札幌市立稲穂小学校 校長
合同会社LTS 代表
菅野 光明 先生

この記事に関連する記事