GIGAは次のステージへ 先生も「個別最適な学び」をしよう
一層の授業改善を実現する組織マネジメント
東北大学大学院 情報科学研究科
東京学芸大学大学院 教育学研究科
堀田 龍也教授
動き出したセカンドGIGA。
一層の授業改善を目指して端末の更新が予算化され、
高等学校版GIGAの「DXハイスクール」も始まる。
「これからは多様な先生の個性を活かした『学び』や『組織マネジメント』が必要」と、
東北大学大学院 情報科学研究科/東京学芸大学大学院 教育学研究科の
堀田龍也教授は指摘する。
GIGAの課題を都道府県単位で検証して
地域の実情に合った環境を整えてほしい
県域での共同調達により好事例の横展開が期待できる
2024年度が始まります。GIGA端末が入り始めて、4年目になります。GIGAに慣れる「ファースト」の段階は終わり、子供が学校でも家庭でも、日常的にGIGAを学習で用い、個別最適な学びと協働的な学びを充実する「セカンド」に進まねばなりません。
GIGA端末の更新についても具体的な姿が見えてきました。国は、端末更新について2023年度補正予算で約2660億円を計上。端末1台あたりの補助金額もファーストの時の4・5万円から5・5万円にアップしました。
さらに前回と違うのは、どんな環境を整備するかを「都道府県単位」でしっかり話し合ってくださいと国が求めている点です。
ファーストGIGAの整備は各市町村で決めたケースが多かったのですが、使い勝手の悪い環境になってしまった事態も起きました。そこでセカンドGIGAでは、各都道府県に「基金」を作り、国はその基金に補助金を供給。その基金から、各都道府県が各市町村に配分します。
なぜこのようなかたちにしたかというと、これまでのGIGAの進ちょく状況と課題を都道府県単位でしっかり検証し、その地域の実情や教育方針に合った、より実用的な環境を整えてほしいからです。都道府県で統一仕様書を作成したり、共同調達を行ったりすることでコストダウンも期待できます。
GIGAの高等学校版と言える「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)」も、始まります。これは全国約5000校ある高等学校のうち1000校程度に、教育DXに必要な環境整備費用として、1000万円を補助する制度です。これからのデジタル社会を担う人材を、高等学校でもしっかり育ててもらうのがねらいです。
補助の対象には、プログラミングや映像編集などに適したハイスペックなPCや3Dプリンタなどのハードから、ネットワーク環境、実習用設備、生徒を指導する専門家の人件費まで含まれます。どのような環境を整備するかは、補助金を申請する高等学校次第です。例えば農業高等学校なら、農薬散布用ドローンや、農作物を観測するセンサーなどを整備することも考えられます。
高等学校における育てたい子供像は、小中学校よりさらに多様化・専門化します。目指す教育のために、どのような学習環境が必要か。各高等学校がしっかり考えて整備してください、という国からのメッセージです。
大学入試の「情報Ⅰ」、DXハイスクール、
小中学校のGIGAはすべてつながっている
「学びを止めない」努力が世界トップレベル到達に貢献
これからの時代、社会で働き、生活していくには、デジタル技術を使いこなす力が欠かせません。だから今、大学では、数理・データサイエンス・AI(人工知能)教育に力を入れていますし、大学入学共通テストには情報Ⅰが入ります。すでに高等学校では情報Ⅰが必履修になっていますし、「DXハイスクール」も始まります。そして小中学校では、GIGAを使って学ぶ経験を積ませています。すべてつながっているのです。
2024年1月の大学入学共通テストは、かなりの分量だったとニュースになりました。ベテランの先生はもちろん、若い先生もセンター試験しか経験していないので実感できないと思いますが、大学入学共通テストは一問一問が複雑で難しい上に、読解量も多いのが特徴です。自分で課題を持って情報を探し、複数の情報を整理して読みとり、まとめるような学びを普段から経験していないと、非常に厳しいテストとなっています。
また、国公立・私立大ともに総合型選抜(AO入試)の割合が急増しています。テストの点数だけではなく、「高等学校で何をどう学んできたか」が問われるようになってきているのです。子供一人ひとりが、「将来こんな仕事に就きたい。そのためには、この大学のこの学部に推薦で入りたいから、高等学校ではこういう学習や実績を積んでおこう」といったキャリアプランと呼べるような計画を自分で立て、主体的に学ぶ力が求められます。先生が分かりやすく教えてくれるのを待ち、それを覚えるだけでは通用しません。だからこそ日々の授業を改善する必要があるのです。
GIGAスクール構想に基づき端末やネットワーク環境が整備されたのも、授業を改善する、教育を変えるためです。その成果はすでに表れ始めています。経済協力開発機構(OECD)が2022年に実施した学習到達度調査、いわゆる「PISA2022」もその一つと言えるでしょう。
一つ前の「PISA2018」では、日本の子供たちの課題が露わになりました。複数の情報から必要な箇所を読みとるのが苦手。CBT(コンピュータを使ったテスト)にも不慣れ。そもそも学習でICTを使った経験がほとんどなく、OECD最下位でした。
この経験が、GIGAを進めるトリガーの一つになり、その結果今回の「PISA2022」では、めざましい改善が見られました。
数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの3分野すべてで世界トップレベルを記録。前回調査からOECD各国の平均得点は低下しましたが、日本は全3分野で平均得点が上がりました。これは、新型コロナウイルス禍でも「学びを止めない」ために努力した教育関係者の方々のおかげです。
GIGA端末を使った学びに慣れたおかげで、画面上の複数の情報を読みとるのが苦手などの課題も克服されつつあります。「学校のICT環境は使いやすい」と答えた子供の割合は、OECD平均を上回りました。
一方、授業でICTを利用する頻度はまだ低いのが課題です。OECD平均に届いていません。つまり、一人ひとりが端末を用いて個別最適な学びと協働的な学びを充実する「授業改善」が、まだ十分ではないと言えます。これが、今後の重要課題です。
GIGA端末の使い方などは「ふわっと揃える」
くらいのほうが、長い目で見たらうまくいく
「自分なりの教育」を熱心に追究しやすくなる
授業改善は進めなければなりませんが、先生は一人ひとり違います。教えたいこと、育てたい力、得意なこと苦手なこと、教育理念、みんな異なります。
先生の個性を無視して、強引に統一しようとしてもうまくいきません。実際、「GIGA端末はこう使わなければなりません」と、教育委員会や管理職が強く締め付けるあまり、先生が疲弊したり、やる気を失ってしまったりするケースが出てきています。先生が、このように使わないといけないと強く思いながらGIGA端末を使っていると子供に伝わります。「端末を使う授業はつまらない」と子供が感じてしまっては、意味がありません。
すべての先生が「同じ方向」は向いているけれども、そこへどう向かうかは各先生に委ねる。このような「ふわっと揃える」くらいのほうが、長い目で見た場合はうまくいくと思います。
例えば、「学び続ける子供を育てる」という「方向目標」は、すべての先生が共有する。でも具体的にどんな方法で、どんなペースで育てるかは、先生一人ひとりに委ねる。そうしたほうが先生のモチベーションが上がり、「自分なりの教育」を熱心に追究しやすくなります。
そもそも、今求められている「個別最適な学び」と同じで「今日はこの課題について学びましょう」という「方向目標」はクラスみんなで共有するけれど、具体的にどんなことを、どのように学んでいくかは子供一人ひとりに委ねる。これが個別最適な学びです。子供と同様に、先生も一人ひとりが「個別最適」に学び、その先生らしい授業改善に取り組んでいくべきなのです。
学校がチームとして一枚岩である必要はありますが、一様でなくていい。先生は多様であっていい。先生の個性を活かした組織マネジメントが、これからは求められます。これは学校経営だけでなく、教育委員会経営にも言えること。先生の個性や学校の個性を活かしながら、同じ方向に向かって着実に進んでいく。これこそ、多様性社会で求められる組織の在り方だと思います。
共通の「方向目標」は打ち出しつつも
具体的な方法やペースは各学校に委ねる
同じ自治体の中でも学校の規模や教育理念は異なる
こうした組織づくりの参考になる成功事例が、今回のチエルマガジンにいくつも掲載されています。
長野県信濃町立信濃小中学校の事例もその一つ。ここは、最近増えている義務教育学校です。小学校と中学校の先生が同居しており、先生方はとても「多様」です。得意な教科も違いますし、育てたい子供像や能力観も異なります。
多様な先生方をマネジメントするために、校長先生や研究主任はさまざまな手立てを講じています。学年や教科の「壁」を超えて、先生同士が交流する「サロン」を設立。授業事例を共有したり、アドバイスし合ったりしています。先生方一人ひとりが個性を発揮しつつも、「自分で学べる子供を育てる」という共通の「方向目標」に向かって、授業改善を進めているのです。
こうした組織マネジメントが求められるのは、教育委員会も同じです。自治体の中にある学校も「多様」です。規模の大小、子供たちや保護者の実情、教育理念や育てたい子供の姿も違います。「市内全校で同じことをしよう!」では、うまくいきません。自治体としての「方向目標」は打ち出しつつ、具体的な方法やペースは各校に委ねるかたちが理想です。
静岡県吉田町教育委員会はその好例で、その特長は「可視化」です。例えばチャット。各校内のチャットグループに加え、町内の全教職員が参加するチャットグループも作り、ここで盛んに情報交換が行われています。公開研究会の開催情報や研究協議会のレポートがチャットで共有されていますし、普段の授業の報告も行われています。また校内研究会は、他校の先生も見学しやすいように日程調整しています。「他校が何をしているか」が見えやすいように工夫しているのです。
他校の活動が可視化されると、とてもいい影響を及ぼします。「他校はこんなことをやっているのか。うちでも取り入れてみようか」と参考にしたり、自分たちの立ち位置を客観視できたり、他校の頑張りを見て勇気付けられたりもします。
これは、子供がクラウドを使って学ぶ時の「他者参照」のメリットと同じです。他者の様子が見えれば参考にでき、前に進みやすくなります。個別に学んでいると「これで合っているのかな?」と不安になりますが、他者参照することで「間違っていない」と安心できます。そして自分の取り組みを他者にも見られるからこそ、「自分なりの個性を出そう」と頑張れるのです。先生も学校も同じです。
吉田町も、GIGAスタート当初は、教育委員会が強めのリーダーシップを発揮して「こんな使い方ができますよ」と各校を牽引していました。でも軌道に乗ってきたら、少しずつ手離れしていって、各校に委ねていきました。これも、子供にGIGAを使わせる時と同じですね。
現場のニーズに合った使いやすいICT環境を整備
東京都の足立区教育委員会は、大規模自治体ならではの取り組みが特長です。
3タイプのモデル校を設置して牽引役になってもらうとともに、他校にもモデル校と同様の使いやすいICT環境を整備。モデル校を見学して学んだことを、自分の学校でも実践できるように配慮しています。
他にも、区内全校が参加するキーボード入力コンテストを開催したり、教育委員会便りとしてICT通信を頻繁に発行したり、各種研修会を開催するなどさまざまな方策をたくさん講じています。「どれかの方策が、どこかの学校に刺さればいい」という考え方で、大規模自治体にはこのようなやり方が向いていると思います。
愛媛県の四国中央市教育委員会には、足立区教育委員会とはまた異なる特長があります。モデル校は設置せず、それぞれの学校のやり方に委ねていますが、現場のニーズに合った使いやすいICT環境を全校に整備することに力を注いでいます。
子供の端末画面をモニタリングするツールや、子供のログインを簡便化するツールなどをよく活用しているようです。使いやすい環境を整えれば、先生方は指導に多くの時間を割けるようになり、GIGAによる授業改善が進む、という考え方です。
「インフォーマルな場での学び」のほうが、
先生を成長させるとのデータは興味深い
管理職や教育委員会は子供と先生の成長を支援する
授業改善を進めるには、先生一人ひとりが成長しなくてはなりません。分かりやすく教えるだけでなく、子供の個別最適な学びや協働的な学びを支援する方法を学ばねばなりません。
その方法として、鳴門教育大学の泰山裕准教授は思考ツールの活用を提唱しています。子供が自律的に学ぶようになるには、「考え方」を習得する必要があり、この「考え方」の習得に、思考ツールが役立つとおっしゃっています。
まずは思考ツールについて先生自身が学び、実際に子供に使わせてみながらどう指導すれば効果的かを考えていく。子供と同様に、先生も学びと実践を繰り返しながら、成長していきましょう。
もっとロングスパンで先生の成長を論じてくれているのが、北海道教育大学の姫野完治教授です。
何度も言うように、先生は一人ひとり違いますから、育ち方も違います。だから子供と同じように、個別最適な学びを進めていかねばなりません。そのための方法を、姫野教授は教えてくれています。「フォーマルな場での学び」よりも、「インフォーマルな場での学び」のほうが、先生を成長させるとのデータはとても興味深いですね。自分の学校の中だけで学ぶのではなく、他校や他の自治体と交流・連携するなど、積極的に外に出て学んでいきましょう。
そういった意味では、JAETの「学校情報化認定」を利用して、他の自治体と比べて自分たちの情報化が進んでいるかどうかを客観視してみるのもいいと思います。
子供一人ひとりを、その子なりに成長させるには、先生自身が成長せねばなりません。子供と先生の成長を、管理職や教育委員会が上手に支援していく。これがセカンドGIGAでは、ますます大事になってくるでしょう。
※ご紹介させていただいた所属・役職は2024年3月1日現在のものです