公開日:2024/9/17

多様性に対応した学びを保障して誰一人取り残さない授業へ

全国学力・学習状況調査から見えてきたGIGA端末活用の今

東京学芸大学 教職大学院教授/学長特別補佐
堀田 龍也教授

2024年7月末、「令和6年度全国学力・学習状況調査」の結果が公表された。
GIGA端末活用が着実に広まり、その効果も出ていることが明らかになった。
その中から、注目すべきデータを、東京学芸大学教職大学院教授/学長特別補佐の堀田龍也教授がピックアップ。
次期学習指導要領の検討がいよいよ始まろうとする今、
先生、管理職そして教育委員会が何をすべきかを語っていただいた。

多様性に対応した学びを保障して誰一人取り残さない授業へ

子供自身が学びのペースや方法を選ぶ
「令和の日本型学校教育」

今までの授業にGIGA端末を組み込むことではない

 この1年で、GIGA端末の活用が一段と広まったと感じています。人によってやり方は違いますが、1人1台端末やクラウドを使ってさまざまな取り組みに挑戦する先生方が、今年とても増えました。非常に喜ばしいことです。

 しかし一方で、先生方からよくこんな質問を受けます。「端末やクラウドの効果的な使い方を教えてください」と。

 子供のためにいい授業をしたいという熱意の表れでしょう。その気持ちはよく分かります。しかし時に、先生が教える工夫として実物投影機や電子黒板を活用する時のように、上手なやり方があることを前提とした質問のように感じます。また、「効果的な方法を知りたい」という問いからは、「授業は今まで通りのままで、そこにGIGA端末をうまくはめ込みたい」との考えも読み取れます。そうではありません。今までの授業にGIGA端末を組み込むのではなく、授業そのものを変えていかなければなりません。

 そもそも今問われているのは、「ICTをどう使うか」よりも、「子供たちにどんな学びを保障するか」なのです。子供たちはとても多様化しています。さまざまな可能性を秘めた子供たちを、「誰一人取り残す」ことなく、多様性に対応した学びを保障しなければなりません。

 一人一人が自分のペースで学べる。やりたいことを学べる。学ぶ方法も、自分で選ぶ。いわゆる「個別最適な学び」です。そして必要な時には、友達に相談したり、先生に質問したりして、他者と関わりながら学んでいく「協働的な学び」も欠かせません。こうした学びを保障することが、「令和の日本型学校教育」では求められています。

「学び方」を体得させ
「手立て」を準備しておく

文部科学省のリーディングDXスクールの実践動画集。
文部科学省のリーディングDXスクールの実践動画集。

 今までは、こうした教育を実践したくても困難でした。だから、GIGA端末が整備されたのです。先生が最初から最後まで主導権を握り、みんなに同じ課題を与えて、勉強が得意な子を指名して答えさせ、「みんな分かりましたか?」と、本当は分かっていない子供もまだいることが分かっているのに、次に進む。そういったこれまでの授業スタイルとは決別し、令和で求められる授業のかたちに変えていかなければなりません。

 こうした学びを行うには、実は学級経営がとても大事です。自分のペースで自分なりに学ぶことを認め合い、リスペクトし合う学級でなければ、子供は安心して学習できません。例えば、「途中でいくら間違っても良い」「自分なりに頑張って、友達や先生の助けを借りながら最終的にゴールに辿り着ければ良い」。そういう学びの価値観をみんなで共有する学級経営が、GIGAスクール構想では求められます。

 「学び方」の習得も欠かせません。自分のペースで学んでいいよと言われても、「学び方」を知っていなければ迷子になってしまいます。何を、どういう手順で学んでいけばいいか友達に相談したり、ネットで調べたり、どんなリソースを使えばいいか、授業の中で繰り返し経験させ、体得させましょう。

 そして「手立て」を用意しましょう。例えば、分度器の使い方も一度説明を聞いただけでは理解が難しい子供もいます。使い方解説動画を用意しておけば、先生が改めて教え直さなくても子供自身が困った時に再生し分かるまで繰り返し見直すことができます。こうした手立てを講じるためには、教材研究をしっかりすること。子供たちにどんな力を付けさせたいかを考え、子供が困りそうなことに対する手立てを準備しておく。教材研究が大事なのは今までと変わりません。

 百聞は一見にしかずです。文部科学省では、リーディングDXスクール指定校の実践事例を動画で紹介しています。全国の取り組みをたくさん見て学び、授業に取り入れてみてください。

課題解決のために、話し合い、まとめ、表現する
学習活動を行っている学校は正答率が高い

従来の先生主導の授業では学力の上積みは難しい

 令和の学びを実践すれば学力も上がることが、2024年7月末に公表された「令和6年度全国学力・学習状況調査」で明らかになっています。

 図1を見てください。課題解決のために、話し合い、まとめ、表現する学習活動を行っている学校ほどICTをよく使っています。子供同士でも、チャットなどICT経由で頻繁にやりとりしています。そして、「主体的・対話的で深い学び」の視点から授業改善に取り組んだ学校ほど、正答率が高くなっています。

 次のデータが示すように、これまでのような先生主導の授業ではなく、個々の子供に合わせた学びの方が学力が高まることも分かりました。「GIGA端末を使って個別最適な学びをしたところで、学力が上がるのか?」「受験のためには、やはり先生が教え込むべきでは?」と未だに懐疑的な方は、この結果をよく見てほしいと思います。何より、子供たち自身が「ICTは役に立つ道具だ」と実感しています(図2)。

 例えば、「自分のペースで理解しながら学習を進めることができるのにICTが役立つか」との問いに、小学生の85・5%、中学生の80・3%が「役立つ」と答えています。他の項目でも、8~9割が、「ICTは効力がある」と回答しています。「端末を使う必要があるのか」などと大人が議論している間に、子供は「学びに役立つ道具」と認識し、使いこなしているのです。

 図3は、特に興味深いグラフです。家庭の社会経済的背景(SES : Socio-Economic Status)が低い状況にあっても、主体的・対話的で深い学びに取り組めば正答率が上がるという、希望に満ちた結果が出たのです。経済的に恵まれていない家庭の子供ほど学力が低いというのは日本に限らず世界的に見られる傾向です。ところが今回の調査では、「SESは低いが主体的・対話的で深い学びをしているグループ」の方が、「SESは高くても主体的・対話的で深い学びをしていないグループ」より正答率が高かったのです。

 また今回の調査では、SESが低い子供ほど、GIGA端末を使って主体的・対話的な学びができることに喜びを感じている傾向も明らかになっています。格差社会が進む日本で、子供たちがICTを活用した学びを歓迎し、希望を抱いていることを我々大人は重く受け止めねばなりません。「私たちの地域はSESが低い家庭が多いから、GIGA端末を使った授業はできない」という人がいますが、それは逆です。そういう子供にこそ、GIGA端末を使って主体的・対話的で深い学びや、個別最適な学び、協働的な学びの機会を与えるべきです。先生の授業のやり方次第で家庭の経済格差を乗り越え、学力を伸ばしてあげられる可能性があります。SESが低い子供が家庭でも学びを続けられるように、GIGA端末の持ち帰りが国によって推奨されているのです。

 SESは高い一方で、主体的・対話的な授業を受けられない子供がいるのも事実です。親は経済力があり教育にも熱心で、受験も頑張り例えば有名な私立の中高一貫校に入学したら、依然として先生主導の昔ながらの受験指導の授業が展開され、GIGA端末の活用が進んでいない学校だったということもあります。ICTを駆使し「主体的・対話的で深い学び」に取り組む公立学校の子供たちの方が、学力が高いケースもあるでしょう。保護者からすれば、たまったものではありません。

 これまでの教育方針から転換せず先生が教え込む授業を続ける学校は、これからどんどん厳しくなります。

図1 「授業でのICTの活用頻度」と「主体的・対話的で深い学び」との関係
図1 「授業でのICTの活用頻度」と「主体的・対話的で深い学び」との関係
(出典:文部科学省・国立教育政策研究所「令和6年度全国学力・学習状況調査の結果(概要)」)
図2 ICT機器活用の効力感
図2 ICT機器活用の効力感
(出典:文部科学省・国立教育政策研究所「令和6年度全国学力・学習状況調査の結果(概要)」)
図3 「社会経済的背景(SES)」×「主体的・対話的で深い学び」×「正答率」の関係
図3 「社会経済的背景(SES)」×「主体的・対話的で深い学び」×「正答率」の関係
(出典:文部科学省・国立教育政策研究所「令和6年度全国学力・学習状況調査の結果(概要)」)

教育委員会と学校現場がチャットでつながり
情報交換がリアルタイムで行われている

教育委員会は目指すべき授業像を示し、研修で支援を

 ここまでは先生に求められることについてお話ししてきました。しかし、一人の先生だけが授業を変えようとしても実現は困難でしょう。管理職がリーダーシップを発揮して、学校全体で取り組む必要があります。

 教育委員会の役割も重要です。教育委員会側が端末を使いやすい環境やルールに整備し、目指すべき授業像を示し、実践的な研修で現場を支援し、公開授業などで普及にも努める役割が求められます。

 川崎市教育委員会と川崎市立南河原小学校の記事は、校長先生と教育委員会のあるべき姿を見せてくれた好例です。教育委員会が目指すべき授業像を明確に持って学校に働きかけ、校長先生のリーダーシップの下、校内が団結して実践を積み重ねています。川崎市は政令指定都市であり大きな自治体ですが、教育委員会と学校現場との距離が比較的近いように感じます。先生方の悩みや困り感などに教育委員会が寄り添い、その解決のためにしっかりサポートしています。

 石川県能美市教育委員会も、学校現場と密につながっています。その最たる例がチャット。教育委員会と学校現場がチャット経由で常につながり、情報交換がリアルタイムで盛んに行われています。子供たちを含め、日頃からチャットを活用してきた威力を発揮したのが、2024年元日に起きた令和6年能登半島地震でした。子供たちが自発的に、「うちも揺れましたが、みんな大丈夫です!」など安否情報を発信しお互いを心配し始めたのです。毎日端末を持ち帰り、家でもチャットで友達とつながりながら学ぶ習慣がついていたからこそ緊急時でも実践できたと言えます。

 「学習」とは、授業や学校の中だけで行うのではありません。いつでもどこでも、学びたい時に学ぶのが、あるべき姿。その際にクラウドで友達や先生とつながっていれば、子供はどこにいてもどんな時でも教室にいるかのように学べます。

 鹿児島市教育委員会は、保護者の啓発にも力を入れているのが特長です。子供の学習履歴を用いて、新しい学びへの理解を促しています。GIGA端末活用では、保護者の理解と協力が不可欠です。保護者の教育観が古いままでは、「私たちが子供の頃には端末なんてなかったけど、何の問題もなかった。だから今の子供にもいらない」となりかねません。保護者の啓発も教育委員会の大事な役割です。

 チエルマガジンでは、日本教育工学協会(JAET)の「学校情報化認定」について毎号お伝えしていますが、今回、熊本県が偉業を達成しました。何と、熊本県下すべての公立学校が認定を受けたのです。これは県教育委員会が「全校認定」の目標を掲げ、強いリーダーシップを発揮し、1年かけて粘り強く取り組んできた成果です。この成果に拍手を送るとともに、後に続く自治体が出てくることを願っています。

ネットワークを整備した後も日頃から稼働状況をチェック

 教育委員会の役割で言えば、今特に大事なのはネットワークアセスメントです。

 GIGA端末活用には、安定した高速ネットワークが不可欠です。たくさんの子供が同時に動画教材を見ても止まらないようなネットワークを、教室だけでなく体育館や校庭など、学校の隅々まで整備しなくてはなりません。

 「ネットワークを整備したら、教育委員会の仕事は終わり」ではなく、構築したネットワークがちゃんと稼働しているか、常日頃からチェックする。想定した速度が出ていないなら、原因を究明して解決する。今は大丈夫でも、今後GIGA端末活用が加速し負荷が増えても耐えうるかを検討し、早めに手を打ちましょう。

 災害が発生した時、学校は避難場所になります。大勢の避難者が安否確認や災害情報を得られるようなネットワークを整備しておくことは、自治体の責務と言えます。こうしたネットワークアセスメントには専門的な技術が必要ですから、専用の機器を導入したり、専門家の協力を仰いだりすることも求められます。今回のチエルマガジンでも、大分県玖珠町や茨城県つくばみらい市など、ネットワークアセスメントに尽力する教育委員会の取り組みが紹介されています。ネットワークの状況を常時モニタリングし、学校現場がストレスを感じず使えるネットワークの保障に努めています。

 また福島県会津若松市では、Webフィルタリングツールを導入して、子供が家でも安心して学べるネットワーク環境を保障しています。ネットワークは、今や水道や電気と同レベルの「重要インフラ」です。各事例の取り組みを参考にして、ネットワークの保障に力を入れてほしいと思います。

「学生主導」で学んだ学生たちは
「子供主導」で学ばせる先生になるだろう

学び続ける子供を育てるには先生自身も学び続けよう

東京学芸大学 教職大学院教授/学長特別補佐 堀田 龍也教授

 宮城教育大学の板垣翔大准教授の記事は、GIGAスクール構想時代にあるべき教員養成の姿を紹介しています。

 教員養成課程で「先生に教わる」経験しかしてこなかった学生は、先生になったら「先生が教える」授業ばかりしてしまいます。そうならないために、板垣先生は学生たちが主体的に課題解決に取り組む学びを提供しています。加えて課題解決のために、さまざまなICTを使って試行錯誤する経験を積ませています。「学生主導」で学んだ学生たちは、「子供主導」で学ばせる先生になるでしょう。そしていろいろなICTを、課題解決の手段として使わせるようになるでしょう。

 今の大学生を見ると、「受け身」な学生が多いなと感じます。その一方で、自分たちでNPO(特定非営利活動法人)を立ち上げたり、イベントを主催しようとしたりする学生もいます。

 学習環境は、人間の成長に大きな影響を及ぼします。例えば、「君たちは先生の言うことを聞いて、勉強だけしていればいいんだ」と押さえつけるような学校で育った学生は、積極性や主体性が失われ、受け身になっていきます。でも、勉強だけが、勉強ではありませんよね。学園祭を企画運営したり、イベントやプロジェクトを立ち上げたりすることこそ勉強になり、人間を成長させます。社会に出て活躍できる人材を養成するためにも、大学側が授業以外の幅広い経験ができる環境を提供・支援してほしいと願っています。

 これは大学に限らず、小・中・高等学校すべてに当てはまります。子供の興味関心や挑戦する意欲を尊重し、後押しできるような授業、学級、校風を作ってあげてください。

 GIGA端末活用が広まるにつれ、GIGAに絡む各種セミナーやイベントも増えてきています。今号でもイベントレポートを掲載していますし、先生方もぜひ積極的に参加してほしいと思います。生涯にわたって学び続ける子供を育てるには、先生自身も学び続けなくてはいけませんね。

 2024年の秋から冬くらいには、文部科学省から中央教育審議会に諮問がなされ、次期学習指導要領の検討がスタートします。GIGA端末がある前提で作られる、初めての学習指導要領となります。次の学習指導要領が始まるまでに、今すべきことを、先生も管理職も、そして教育委員会も、頑張ってほしいと思います。

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