押さえるべき変化と準備の要点
次期学習指導要領は、ここが変わる。
東京学芸大学 副学長
教職大学院 教授
堀田 龍也先生
次期学習指導要領の「輪郭」が見えつつある。
中央教育審議会の資料には、「主体的・対話的で深い学びの実装」「多様性の包摂」「実現可能性の確保」など、新たなキーワードが並んでいる。
次期学習指導要領は、2030年度に小学校から全面実施されるが、それに向けて今から何を準備しておくべきなのか。
中央教育審議会で次期学習指導要領の検討に深く関わっている東京学芸大学副学長の堀田龍也教授にお聞きした。
次期学習指導要領の社会的背景
次期学習指導要領の「大まかな形」が見えてきました。現在、中央教育審議会(以下、中教審)の特別部会や各教科のワーキンググループで細部の検討が進められており、今年の夏頃までに中教審が内容を取りまとめ、パブリックコメントを経て、令和8年度中に中教審から答申が出される予定です。
今回は、次期学習指導要領の方向性についてお話したいと思いますが、社会の大きな変化を抜きに、次期学習指導要領を語ることはできません。我々の社会は、少子高齢化がもたらす労働人口の減少という深刻な課題に、いよいよ直面します。
人口が少なくなるのですから、これからは「一人一人を大切にする」ことが、社会的な課題となります。多様性を尊重し、一人一人が個性を発揮して活躍できる社会へと、変わっていかねばなりません。さらに一人一人が生産性を上げていかなければ、社会を維持することが難しくなります。一人一人が生涯にわたって「学び続け、学び直し」て、成長し続けていくことが必要になります。
一生学び続けるためには、「学ぶ意欲」や「学ぶスキル」が欠かせません。こうした力を次期学習指導要領でしっかりと育むべきだと中教審では議論されています。
激変する社会を生きるために情報活用能力が必須
次期学習指導要領では、「情報活用能力の抜本的向上」を図ることになります。
今、私たちの社会は激変の時期に突入しています。生成AIの台頭に代表されるように、テクノロジーの発達が社会に変革をもたらしています。国際情勢も常に変動しており、先行きを見通しにくい状況が続いています。
この激変する社会では、マスメディアの報道からSNS上の投稿まで、多種多様で膨大な情報があふれています。だからこそ、一人一人が情報の真偽や背景を見極め、誤情報に惑わされずに判断していく力が必要になります。また、今後も次々と登場するであろう新たなテクノロジーを、上手に安全に使っていくことも求められます。
そこで鍵になるのが、メディアリテラシーや情報モラルを含む情報活用能力です。中教審でも、どのような情報活用能力をどう身につければよいかが議論されています。
GIGA端末を用いた学習の在り方も変わっていきます。端末を「一人一人が自分のペースで学ぶための道具」として使うだけではなく、もう一歩踏み込んで、多種多様な情報を上手に取り扱い、生成AIなど最新のテクノロジーも駆使しながら、自分なりに学びを深めていくための道具として使うことが期待されます。GIGAが始まった頃と比べ、端末に求められる役割が、大きく広がっていきます。
次期学習指導要領の柱となる3つの基本視点
次期学習指導要領のもと、学校や教育委員会が取り組むべきことは多岐にわたります。そこで中教審の初等中等教育分科会 教育課程部会 教育課程企画特別部会では、次期学習指導要領の基本的な考え方を、次の3つの柱として整理しています(次ページ図1参照)。
(出典)文部科学省 教育課程企画特別部会 論点整理(令和7年9月25日)【ポイント資料:詳細版】(p.3)
多様性の包摂
まず「多様性の包摂」です。これはとても重要なキーワードです。多様な個性や特性、背景を有する子供が多くなっている実態に向き合うとともに、誰一人取り残さず、それぞれが自分らしく学び続けられるようにすることが、重要なポイントとなります。
そのためには、これまでの画一的な一斉授業からの転換を図らねばなりません。子供が自分に合った学習課題や学習の方法などを選び、先生はそれぞれに応じた支援や指導を行っていく ――。これが、「学習の個性化」「指導の個別化」といった個別最適な学びです。
主体的・対話的で深い学びの「実装」
最終的に目指すのは、多様な子供たち一人一人が「深い学び」に至ることです。「主体的・対話的で深い学び」は現行の学習指導要領でも掲げられていますが、十分に根付いているとは言えません。そこで次期学習指導要領では、確実に実現するという意味で「実装」という表現が使われています。
では、「深い学び」とは何でしょうか。身につけた知識がバラバラな「点」のままではなく、関連する知識同士が「線」で結びついて統合され、理解している状態になることを指します。
これまでは、知識をたくさん教えようとするあまり、先生が一方的に説明して子供が聞くという「受け身の授業」になりがちでした。次期学習指導要領ではこうした授業のあり方を見直し、子供が自ら考え、動く学びへと転換していくことが、いっそう重視されます。
実現可能性の確保
こうした理念を、絵に描いた餅で終わらせないためには、実現可能性を確保する必要があります。校務のDXをもっと推し進めたり、教育課程を柔軟に編成したりするなどして、教師が教材研究や子供への指導などに注力できる「余白」を創出し、持続可能な労働環境をつくっていかなくてはなりません。
そのためには、「隣の学校がやっているのだから、うちでもやらねば」「やらなきゃいけないことは、すべて全力で取り組まねば」といった発想から転換する必要があります。こうした考えが先生方の負担を増やし、余裕を奪ってきたのです。各学校が重点目標を定め、限られた時間と人手の中で、取り組みの優先順位をつけて進める。そうしたメリハリのある取り組みが、これからは求められます。
「高次の資質・能力」を重点的に育む
子供たちに育むべき資質・能力の検討も進められています。学習指導要領に書いてある資質・能力はどれも大事ではあるけれども、その重要さに優先順位を付けようと、中教審では今議論されています。すべての子供たちが身につけなければ将来困るであろう資質・能力を「高次の資質・能力」として位置付け、重点的に育もうという考え方です(図2参照)。
今までは、教科書の内容を漏れなく教えようとする網羅主義が根強く、先生と子供双方の負担になっていました。次期学習指導要領では、「高次の資質・能力」を重点的に学ぶように変わっていきます。
中教審の各教科ワーキンググループでは、この「高次の資質・能力」に何が該当するか、真剣に議論されています。例えば小学校の算数では比例を学習し、中学校の数学では連立方程式を学習しますが、この両者に共通する重要なことは「関数」です。つまり、「比例・反比例の理解」や「一次方程式の解き方」は個別の知識・技能であり、「関数を使えば未知の状況を予測できる」という理解が、高次の資質・能力だと考えることもできます。こうした「高次の資質・能力」を明確にすることで、授業で扱うべき内容の取捨選択も進みます。
各教科で学ぶ内容の精選が進めば、各教科の時数も変わってきます。4月頃には、新たな各教科の時数が提示される見込みです。
教科書の内容も精選され、重点化されます。教科書が薄くなるかもしれませんし、あるいは「高次の資質・能力」は紙の教科書でまとめ、それ以外の資質・能力はデジタルで提供することも考えられます。
さまざまな知識を俯瞰して関係性をつかみ、統合的に理解するには、紙媒体の方が適しているのではないか。一方で、知識を学び直したり学び足したりするタイミングやニーズは一人一人違うのだから、デジタルで提供した方が便利なのではないか。紙とデジタル、それぞれの良さを発揮するために「住み分け」を行ってはどうかと議論されています。
ここでは敢えて「デジタル教科書」とは言いません。デジタル教科書とは、紙の教科書の内容をすべてデジタルでも見られるようにしたものだからです。しかし、紙の形態とデジタルの形態を含むものを教科書と再定義してはどうかという意見も出ています。
「高次の資質・能力」を重点的に学ぶようになれば、入試も変わっていくでしょう。高校入試は学校の設置者である自治体や学校法人の専権事項ではありますが、「高次の資質・能力」を中心に問う入試問題へと変わっていってほしいと思います。
(出典)文部科学省 教育課程企画特別部会 論点整理(令和7年9月25日)【ポイント資料:詳細版】(p.6)
学習指導要領のデジタル化がもたらす恩恵
学習指導要領の「デジタル化」も検討されています。現行の紙やPDF形式の学習指導要領では、必要な情報が探しにくく、内容同士のつながりや、他学年・他教科との関係性を捉えにくいという課題があります。その結果、学習指導要領全体を俯瞰して授業を組み立てるのが難しく、本時の目標を達成することばかりに気を取られる「本時主義」に陥ったり、教科書を教えるだけになる等の問題が生じています。
そこで、学習指導要領をデジタル化し、ウェブサイトのように検索・参照できる形で提供する案が検討されています。こうすれば、学習の見通しや各内容のつながりを捉えやすくなり、長期的・教科横断的な視点で授業を設計しやすくなります。ゆくゆくは、先生がスマホで学習指導要領を確認しながら教材研究する時代が来るかもしれません。
学習指導要領がデジタル化されれば、教科書のデジタル部分やデジタルの形態の教材を該当箇所に紐付けることもできます。授業で扱う単元や内容に対応して、教科書の該当ページや外部教材を提示するといった活用も考えられるでしょう。学習指導要領コードでの検索は今でも行われていますが、それをもっと便利にするのがねらいです。
深い学びを実装するために教育DXを進める事例
次期学習指導要領を実施するには、教育DXが欠かせません。教育DXの事例を研究開発し、全国に広げていくために、文部科学省はリーディングDXスクール事業を進めており、2025年度で3年目を迎えました。
リーディングDXスクール事業に指定される地域は、教育委員会がよく学び、学校を力強く支援しています。そして学校が特色を生かしながら課題を克服し、デジタル学習基盤を使って深い学びを実現しています。
その好例が、今回のチエルマガジンに掲載されている東大阪市教育委員会と布施小学校です。布施小学校が目指しているのは、子供が自ら学び続ける授業です。
そのために布施小では、授業のスタイルを変えるだけでなく、子供が学び続けるためにはどのようなスキルを身に付けさせる必要があるのか、先生はどう支援すればよいのか、教育委員会はどんな後押しをすればよいのか ―― そうした一つ一つを「仕組み」として整えてきました。
この取り組みを牽引してきたのが、池田ゆり校長です。挑戦には失敗も伴います。失敗すると傷つくから、本当は失敗したくない。だから挑戦しない ―― 人はそう考えがちです。けれど池田校長は「みんなで頑張ろう」と先生方を励まし、学校全体を挑戦へと導いています。管理職のあるべき姿だと思います。
その挑戦を、教育委員会もしっかり支えています。京都教育大学の大久保紀一朗先生も指導助言に入り、チャットを使って日常的にアドバイスしてくれています。学んだことをすぐに授業に反映するレスポンスの速さも、布施小学校の特徴です。
今回掲載されている旭川市でも、リーディングDXスクール事業に指定された学校を中心に、教育DXを推進中です。今号では、旭川市リーディングDXスクール事業発表会の様子が掲載されています。
旭川市は、教育委員会がとても熱心で、市を挙げて教育DXに取り組んでいます。春日井市の水谷年孝先生をはじめ、実績のある先生方を招いて指導してもらっています。
旭川市の各学校も、最初は手探りでした。でも次第に、自分たちの学校の課題や、育てたい子供の姿に合わせ、特色ある教育DXへと進んでいきました。子供に学びを委ねていますが、子供に丸投げするのではなく先生が丁寧に支援していますし、教科書を重視して教科書を読み解く力も育てています。これまでのやり方を尊重しながらも、そこに新しい考え方を少しずつ取り入れていく。地道にコツコツと教育DXを進めているのが、旭川市の特徴です。
特色ある教育DXを進める自治体の事例
京丹後市は日本海側の小さな市で、人口減少に直面しています。子供の数は少ないですが、少ないからこそ、一人一人を大切にして、よりよい教育を提供したいと考え、教育委員会が教育DXを力強く進めています。
子供の数が少ないと、協働する相手や機会が限られるという課題があります。そこで京丹後市では、グローバル人材育成事業などを通して、海外や他校の子供たちと交流したり、協働的に学ぶ機会を設けたりしています。大人になった時に社会で活躍できる人材を育てたい ―― そういう大きな視点を持っているのも特徴です。京丹後市のように人口減少に直面する自治体は、日本中にたくさんあります。ぜひ参考にしてほしいと思います。
相模原市も、深い学びを目指しているのは他の自治体と同じですが、特徴的なのは生成AIを積極的に活用している点です。特に中野中学校は生成AI活用において国内トップクラスの先進校であり、全国から視察が訪れています。
「生成AIを使うと子供が考えなくなる」と危惧する声もありますが、中野中学校では、生成AIが子供に答えを教えるような使い方はしていません。生成AIとの対話を通して、学びが深まる使い方を心がけています。
その象徴が「デザインプロンプト」です。指導案をプロンプトの形に落とし込んだようなもので、子供たちはそれを自分の端末で実行し、まるで先生と対話するかのように生成AIと対話しながら、学びを深めています。
この挑戦を教育委員会も全面的に支援しています。同時に教育委員会としても「相模原スタイル」を掲げ、教育DXを後押しするためのさまざまな支援を行っている点にも、注目してほしいと思います。
次期学習指導要領の要となる安定したネットワーク環境
今、全国の自治体ではセカンドGIGAとして、端末やツール、ネットワーク環境の見直しと整備を進めています。なかでも多くの自治体が重視しているのが、ネットワーク環境の安定化です。
子供や先生が、いつでも安心してストレスなく端末を使えるためには、安定したネットワーク環境が必要不可欠です。今後全国学力・学習状況調査もすべてCBTになるのですから、なおさらです。
そのために、福島市教育委員会はチエルの『Tbridge®』を、那須塩原市教育委員会は『InterCLASS® Filtering Service』を導入しています。これによってネットワークを最適化して安定化を図るとともに、ネットワーク状況を常時モニタリングして可視化し、問題が起きた時に素早く解決して学びを止めないようにしています。またフィルタリングによって問題の発生を防ぐとともに、子供たちがどのようにネットワークを使っているかを可視化し、学校での指導に生かしています。
「可視化」はとても重要です。環境整備の効果はすぐには表れにくく、目に見えにくい面があります。しかし税金を使って整備するのですから、効果はきちんと示さなければなりません。ネットワークでどんなことが起きているのか、どんな使われ方がされているのかを、こうした製品で可視化することが、これからはとても大切になります。
チエルマガジンでは、毎号JAET便りが掲載されていますが、JAETの学校情報化認定は、学校や教育委員会の頑張りや現在地を可視化してくれます。情報化を推進している熊本県では、学校情報化認定の取得をKPIに据え、各学校の挑戦を後押ししています。そして取り組みの成果をエビデンスとして蓄積し、そのデータをもとに改善を重ねるサイクルを回しています。次期学習指導要領に向けて、自分の地域や学校の情報化がどこまで進んでいるか、改めてチェックしておきましょう。
次期学習指導要領は、2030年度に小学校で全面実施され、翌年度に中学校、翌々年に高等学校で全面実施されます。小学校での全面実施に先立ち、2028~29年度には移行期間が設けられます。
次期学習指導要領に向けて今すべきなのは、デジタル学習基盤を用いて、先生は授業経験を、子供は学習経験を積んでおくことです。移行期間に入ってから始めたのでは、間に合わない恐れがあります。次期学習指導要領に向けて整えるべきことが、他にもたくさんあるからです。
端末やクラウドを用いた個別最適な学び、そして深い学びに積極的に挑戦し、経験値を高めておいてほしいと思います。この1、2年が、次期学習指導要領に向けた土台をつくる勝負どころです。