公開日:2011/10/7
クラウドコンピューティングとこれからの大学
総務省が2011年1月に、5,160社の企業に対して実施した通信利用動向調査によると、クラウドサービスを利用している企業の割合は13.7%で、今後利用する予定がある企業は21.3%と、クラウドサービス利用の拡大が見込まれており、教育・校務のあらゆる面でのICT化が進み、情報システムの運用・管理における負荷軽減が求められている。
大学でも、経営基盤の安定化に向けたコスト削減への対応も相まって、クラウドコンピューティングの利用が進んでいくと予想される。
そこで、今回の特集では、先般6月に公益社団法人 私立大学情報教育協会(以下、私情協)が、同協会のホームページに掲載した「クラウドコンピューティングによる大学の情報システムについて[同協会 大学情報システム研究委員会](以下、研究委員会)編」と題された記事を中心にして、大学の情報システムの現状と課題を明らかにし、課題解決の有効な方策としてのクラウドコンピューティング導入におけるメリット・留意点などについて取り上げた。ぜひ参考にしていただきたい。
クラウドコンピューティングとは
クラウドコンピューティングとは、ネットワーク、特にインターネットを介したコンピュータの利用形態で、ユーザは、インターネット上にあるサーバやソフトウェアなどのリソースが提供するクラウドサービスの利用料金を支払い、データ処理等のさまざまな業務を行う。ネットワークを示す際に雲形の絵を使用する場合が多いことから「クラウド」と名付けられたのはよく知られているところである。
研究委員会では、クラウドコンピューティングについて、『インターネット回線を経由して、データセンターに蓄積された資源を利用するものであり、大学でサーバ等の設備を持たずに済むことから、情報環境を構築する負荷の軽減と、運用に伴う人的・物的負担を軽減することが可能となる』と定義している。
大学がクラウドサービスの提供企業と契約し、その企業が設置している仮想サーバ上のシステムやアプリケーションを利用することで、大学がハードウェアやソフトウェア等の設備を個々独自に購入/運用する必要が最小限で済むということは、コスト軽減、費用対効果の向上といった面から大学の経営環境改善にも寄与し、クラウドサービス導入の魅力の一つと言える。
その上で、クラウドコンピューティングと大学の情報システムの在り方を論じるには、まず、大学の情報システムの現状を分析し、課題を明らかにすることが必要である。
大学の情報システムはこのままでよいのか
大学をはじめ学校現場でのICT化が進み、教育、研究、校務等、あらゆる活動において情報システムは切っても切り離せないものとなっている今日、大学の情報システムの現状と課題についての考察として、研究委員会は、次の5項目を示している。
①大学教育機能の高度化、国際化及び、学生一人ひとりの学習支援環境を実現するために、持続可能な情報通信技術の環境整備が求められている。
②大学の教育、研究、経営の基盤環境として情報システムが不可欠なものとなっているが、年々運用・管理に伴う負担(機器・ソフト・コスト・人員)が重荷になってきている。
③インターネットの発達・普及により情報セキュリティの確保に、大学としての対応が困難になってきている。
④情報技術の革新に伴う利用技術の対応に迅速性が求められている。
⑤環境負荷軽減に向けた情報通信機器の電力節減への取組みが不可欠になってきている。
個別化・複雑化が進む教育内容、膨らみ続ける設備、さまざまな脅威に対する情報セキュリティ確保とともに、東日本大震災を契機とした電力節減への対応等、現状分析からの課題抽出を踏まえ、大学の情報システムにおける今後の在り方を考える上で、クラウドコンピューティングによるサービスの導入が挙げられる。
クラウド導入による大学情報システムの進化
既に一部の大学ではメールサービスなどでのクラウド導入が進んでおり、工学院大学は事務系基幹システムを2009年9月からクラウド化、静岡大学では約13,000人が利用する情報システムを2010年3月からクラウド化するなど、大学情報システムにおけるクラウド導入の動きが広がりを見せている。
研究委員会は、クラウドコンピューティングと大学情報システムの在り方について次のように述べている。
『大学は、教育研究の社会的責任を果たすために自前で情報システムを整備してきたが、提供するシステム、迅速な対応、セキュリティ、コスト、人員等の面から最適な情報システムを検討する必要が生じている。検討すべき選択肢の一つとして、クラウドサービスの導入が有益であることが種々話題とされている。この新しいクラウドサービスは、既にメールサービスなどを中心に一部の大学で導入されており、サーバ等の設備を保有せずに短時間でシステムの構築ができることや、運用に伴う負担軽減に加えて、新たに大学連携、産学連携などにより教育機能の高度化を可能にするなど、新たな付加価値の創造が期待されている。一方、大学情報システムの大きな課題として、情報の保管場所や管理内容などのセキュリティ面や、災害時、障害時などに最適な対応がとれるような備えを準備しておくことが課題となっている』と。
これまで各大学が独自に構築・運用してきたそれぞれの情報システムだが、「クラウド」という概念に基づくサービスを導入することにより、従来の利用形態に加えて、大学間連携や産学連携といった新たな枠組みでの活用の広がりが期待できると言えよう。
利便性やコスト面などクラウド導入によるメリット
大学の情報システムのクラウド化に際しては、クラウドコンピューティングの本質を理解し、そのメリットと課題を十分に吟味・検討する必要があるが、研究委員会では、大学情報システムのクラウド化によるメリットとして、以下の項目を挙げている。
①学習支援、大学での生活支援などの充 実向上や、教育、研究、経営機能の情報環境整備が計画段階から導入まで短 期間で行える。
②計算・蓄積・ソフト等資源の所有を最小限に留められることから、情報化投資や運用経費の削減が可能になる。
③インターネットを経由して何処からでもアクセスできるので、学生や教職員の利便性が向上する。
④大学連携、産学連携、高大連携などに利用することで、新たな教育機能の付加価値の創出をもたらすことが可能となる。
⑤学内の環境負荷の軽減が図れる。
「所有から利用へ」というクラウド導入による大きな変化がもたらすさまざまなメリットは、まさに学生や教職員の利便性を向上させ、コストや負荷の削減を可能にするとともに、教育機関同士あるいは大学と企業の教育・研究面での連携拡大を生みだす起爆剤となると言える。
クラウド導入に伴う課題やリスクも
前述のように、メリットの大きいクラウドであるが、その導入に伴う課題やリスクが存在するのも、また事実である。研究委員会は、以下のように指摘している。
①データの保管場所によってはその国の法律が適用されるので、日本基準の情報保護と異なるリスクがある。今後、リスク評価基準の整備が急がれる。
②障害が生じた際の原因追究が困難であり、自ら復旧することができないため、業務に支障がでる虞がある。
③過度にクラウドに依存することで、学内の運用能力や実装能力、事故対応能力が低下する。
④標準化された機能の利用に限定されるので、教育課程の編成などの変化に対応するカスタマイズができない場合が多い。
⑤利用者数、利用時間、利用機能の拡大によっては、自前の整備よりコスト高になる可能性がある。
⑥インターネットに障害が発生するとシステムが利用できなくなるリスクを考慮しておく必要がある。
クラウドサービスの利用における課題やリスクは、クラウドの特性から利用側がそのサービスの実態を把握することがむずかしいことから生じるものが多いと言われている。法制面、技術面、運用面といった各側面からの課題やリスクを認識した上で、メリットを併せ考えての導入検討が重要になる。
クラウドの利用形態がもつ特質を踏まえた検討・導入を
クラウドが持つメリット・課題を踏まえた上で、各大学は、個々の情報や業務の性格・重要度等に応じて、クラウドを利用すべきか否かの峻別を含め、クラウドを利用する場合には、その利用形態として、データセンターに蓄積された資源を大学等の利用者が共有して利用するパブリッククラウドと、大学等が専有して利用するプライベートクラウドの、いずれの導入形態が適しているのかなどの判断を適切に行うことが肝要である。
研究委員会は、セキュリティ面や障害発生時等のダメージを考慮して、重要度が大きい情報資産やシステムはクラウド化ではなく学内環境での対応が望ましいとも提唱している上で、クラウドによる環境整備に関して、パブリッククラウドとプライベートクラウドに大別し、それぞれの特質等について次のように述べている。
共有で利用するクラウド(パブリッククラウド)
インターネットを通じてメール管理や計算機能、汎用ソフト(表計算・文書作成・プレゼンテーション等)の利用が可能である。また、新しい利用方法として、大学連携、産学連携により多様な情報を集積・共有化することで、新たな教育機能の創出をもたらすことが可能となる。
①標準化された汎用・業務ソフトの利用、メール管理、計算機能等のスムーズな導入やコスト削減に一定の効果があると思われる。しかし、セキュリティの不安やカスタマイズ対応など解決されてない課題もあることから、利用に当たっては情報資産の重要度に照らして慎重に検討する必要がある。
②学士力の実質化に向けた教育機能を 整備していくには、大学の枠を超えた大学連携・産学連携による知識・情報の集積・共有化が必要となるが、そのための大学及び関係者の意識合わせが必要である。
③グローバルな学習環境として無償のクラウド(ユーチューブ、iTunes U, Facebookなど)による教育コンテンツが提供されているが、著作権などに十分配慮して、学生に最良の教育を実現する手段としての共通理解が必要となる。
クラウドを利用するに際しては、クラウドサービスの提供形態や機能の検討はもちろんであるが、クラウド導入を機に情報システムに関わる業務プロセスを見直し、構成や運用を改善することも、システム全体の業務効率化という観点から重要である。
専有で利用するクラウド(プライベートクラウド)
負担軽減を主たる目的として、サーバ等の資源を外部のデータセンターに設置又はデータセンターから借用する。
①情報環境の管理・運用の手間を削減し、セキュリティの水準を保つ方法としては、外部データセンターの機能を借用することが効果的である。
②情報投資を軽減するために外部データセンターの機能を借用することは、一定の効果があると思われる。但し、利用者数、利用時間、利用機能の拡大によっては、自前での整備よりコスト高に なる可能性があるので、導入に当っては、学内に専門の委員会組織を設けて情報戦略の方針、情報システムの選別、中期的な費用対効果のシミュレーションなどに留意して検討することが望ましい。
プライベートクラウドは、より高いセキュリティレベルでのクラウド化が可能なため、その市場は急速に拡大している。IDC Japan株式会社が2011年9月に発表した「国内プライベート市場予測」によると、2010年の国内プライベートクラウド市場規模は1,646億円で、2015年の市場規模は2010年比5.7倍の9,406億円と予測している。その上で、プライベートクラウドの導入には仮想化環境に対する追加投資や新技術の習得が必要であり、ユーザは目的指向を持って導入することが重要と同社は指摘する。
大学の情報システムにおけるクラウドサービスの導入は、利便性の向上、維持コストの削減や消費電力量、CO2排出量などの環境負荷低減といった一般的に言われているクラウドコンピューティングの効用実現という面からも、今後さらに加速していく要素がある一方で、セキュリティの担保や障害発生時の業務への支障をどう回避するか支障回避といった課題を併せ持っていることも事実である。
また、クラウドサービスの利用形態として、本稿で述べたパブリッククラウド、プライベートクラウドに加えて、両者を組み合わせたハイブリッドクラウドという利用形態がある。このハイブリッドクラウドは、大学内(組織内)で管理する必要があると判断した重要度の高い情報システム/データは、より高いセキュリティレベルが確保できるプライベートクラウドを構築して運用し、それ以外の相対的に重要度が高くないと判断されるシステム/データはパブリッククラウドを利用するというものであり、パブリッククラウドの持つ導入利便性とプライベートクラウドの持つより高い安全性といった両者の特徴・メリットを融合させた利用形態で、プライベートクラウドの導入拡大とともに、今後の普及が見込まれる。
いずれにせよ、各大学が、それぞれの情報システムの特性等に即して、学生の教育機会向上、教員およびシステム運用担当者の負荷の軽減・運用コストの低減といったクラウドコンピューティングのメリットと、データ保管等におけるセキュリティや障害/災害発生時のデータ復旧などの担保に関わるリスクを詳細に考慮し、最適な環境整備を検討、推進していくことが求められていると言えるだろう。