Part 1:変わりゆく、ICT活用研修。「教育の情報化ビジョン」が示す、今後10年の方向性とは?

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玉川大学教職大学院 教授
堀田 龍也 先生

 今年4月末、文部科学省は『教育の情報化ビジョン~21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~』(以下、ビジョン)を発表した。この「ビジョン」は、過去の反省や教訓を踏まえながら、2020年度に向けたICT活用や情報活用能力、教員への支援など、「教育の情報化」の未来像を、鮮明に描き出している。
 今後、「教育の情報化」はどこへ向かうのか。そのとき、ICT活用研修はどうあるべきなのか。
 「学校教育の情報化に関する懇談会」の委員として、「ビジョン」の作成に携わった玉川大学教職大学院教授の堀田龍也先生にお聞きした。

教育の情報化はどこへ向かう? ビジョンが示す、3つの柱

 『教育の情報化ビジョン~21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~』は、2020年度に向けて、日本の教育の情報化が進むべき方向性を指し示したものです。この「ビジョン」を作るにあたっては、昨年4月に設置された「学校教育の情報化に関する懇談会」において、1年をかけて議論。懇談会の委員には、大学の先生方をはじめ、小学校校長や教育委員会教育長などの学校関係者をはじめ、新聞やテレビなどのマスコミ関係者、PTA、教科書会社、ICT企業、教育研究者、自治体の長など、さまざまな分野から教育の専門家が選ばれ、多様な議論を重ねてきました。私も、委員の一人として計12回の会議に参加し、「ビジョン」の作成に携わりました。
 この「ビジョン」では、学校の情報化に関するさまざまな事柄の方向性を指し示していますが、大きな柱が3つあります。
 第一の柱は、「ICT活用」についてです。
 教師が電子黒板や実物投影機を使って一斉指導を行うという今までの活用に加え、「ビジョン」ではさらに先のICT活用についても言及しています。その一例が、子ども用の情報端末。子どもたちに一人1台ずつ情報端末を持たせ、個別に繰り返し学習をしたり、まわりとコミュニケーションやコラボレーションしながら意見交換やプレゼン活動などの協働的な学びを推進していくべきと示されています。そのために必要となる情報端末やコンテンツの研究をはじめ、どのような目的や場面で情報端末を活用することが有効なのかについても、研究を進めていくとされています。
 二つ目の柱は、「情報活用能力」。子どもたちが情報端末を使って学習する時代になれば、「情報活用能力」についても再検討する必要があります。現行の学習指導要領では、情報活用能力は各教科で学ぶとされていますが、これで足りるのか? PISAのような調査を行って、子どもたちの情報活用能力の実態をまずは把握すべきではないかということも議論されました。今後は、研究開発学校制度を活用するなどして、情報活用能力の育成のための教育課程について実証的に研究していくことも求められると、明記されています。これまでも外国語活動や生活科や総合的な学習の時間などの研究が研究開発学校で行われ、その成果を元に検討を重ねて、学習指導要領に反映されてきました。すでに新しい情報活用能力の研究が滋賀大附属中学校などの研究開発学校でスタートしており、今後も注目されるところです。
 三つ目の柱が、「教員への支援」です。「ビジョン」では一つの章を「教員への支援の在り方」について割き、さまざまな議論が行われました。
 教員に求められるICT活用指導力は、今の定義で十分なのか? ICT活用指導力向上のための研修をもっと増やすべきではないか? ICT支援員などによるサポート体制を強化すべきではないか? など、さまざまな視点から教員を支援する施策について検討がなされました。
 新しいICT活用や情報活用指導力の育成が進めば、教員への負担は間違いなく増大します。教員への支援をしっかりと行わなければ、せっかくの「ビジョン」もうまく進められず、効果も得られず、教員が批判されるという悪循環に陥ってしまいます。「ビジョン」を絵に描いた餅に終わらせないためにも、「教員への支援」が今まで以上に重要になってきます。

ビジョンが示すICT活用研修の反省とこれまでの問題点

 「教員への支援」で重要な役割を担うのが、研修です。「ビジョン」では、今までのICT活用研修の問題点を反省するとともに、あるべき研修の姿についても指し示しています。第六章「教員への支援の在り方」に、次のような一文があります。
 ――教員の研修及び養成においては、単に情報機器の操作の講習にとどめることなく(中略)、従来の指導方法の在り方全体の改善につなげ、質の高い教育を提供するという視点を有することが重要である。――
 また「教員の養成・採用」の項目では、大学の教職課程で教えられているのは、「主に情報機器やソフトウェアの使い方にとどまっているのではないかとの指摘もある」と明記するなど、今までのICT活用研修は、ICTの”操作方法”の研修に終始していたと総括しています。
 なぜ今までのICT研修は、操作方法のレクチャーが中心だったのでしょうか。それは「ICTの操作が十分にできてはじめて、授業でもうまく使うことができる」と考えられていたからです。そのため、さまざまなソフトウェアや機器の操作を覚えることを重要視したのです。操作方法を習わないと使えないような難解で高度な機器やソフトが主流を占めていたことも、操作方法の研修に拍車をかけました。
 しかしその結果、研修で操作を学んでも、授業で活かせない事態が起きてしまいました。たとえば教育センターの研修でソフトウェアの使い方を学んでも、自分の学校にはまだそのソフトウェアが入っていない。機器やソフトの操作方法は教えてくれても、授業のどの場面でどう使えばいいかは研修で教えてくれない。研修の内容が、学校現場の実態やニーズからかけ離れ、「授業から切り離された研修」になってしまっていたのです。

新しいICT活用研修の条件と特長

 こういった反省を踏まえて、「ビジョン」では、研修を変革する必要性を訴えています。授業の改善と向上につながる研修や、授業づくりや授業での活用ノウハウを教える研修。つまり、操作方法の研修から脱却し、ICT活用を含みこんだ授業研修」への転換が求められているのです。
 操作方法を教える従来型の研修を捨て、「ICT活用を含みこんだ授業研修」へと切り替えた学校や教育委員会は、全国各地で着実に増えつつあります。たとえばフラッシュ型教材の校内研修なら、授業で使うときどう発問すればいいか、子どもへの声かけや指名方法はどうあるべきかといった、授業計画に直結した研修が行われています。
 この新しい「ICT活用を含みこんだ授業研修」には、いくつかの特長があります。第一に、教員間の情報共有や議論が盛んになったこと。たとえば教科書を実物投影機で拡大表示する活用場面を研修で取り上げ、「この箇所を拡大した方が、子どもにはわかりやすいのではないか」「どんな発問が効果的なのか」と教員同士でディスカッションする機会が飛躍的に増えています。ワークショップ形式を採用し、ICT活用のノウハウやコツを話し合って、課題を解決していくケースも増えています。
 そして先生方は、研修で共有した成功事例や、話し合いでたどりついた課題解決策を持ち帰り、自分の授業や指導にフィードバックしています。「ビジョン」でも、教員研修では「具体的な授業に即した演習等を中心に実施することが考えられ(中略)、研修の成果は、校内研修において学校全体に行き渡るようにすることが重要」と指摘しています。
 ICTの操作方法を教える従来型の研修では、こういった教員間での意見交換や情報交換があまり行われませんでした。操作方法を受け身で教わるだけで、教員間の横のつながりが生まれる余地がなかったのです。ICTの操作が得意な先生が先進的な実践事例を研修で報告することもありましたが、あまりに高度で難解すぎ、他の先生が「私ならこうする」「ここはこうしてはどうか」と意見を述べるのも難しい状態でした。
 しかし、一握りの先生が高度で難解なICT活用を行う時代は去り、フラッシュ型教材や実物投影機など誰でも簡単に使えるICTの活用が主流になったことが、この状況に変化をもたらしました。まず、ICTに詳しくない先生でも簡単に使えるので、操作方法の研修に時間を割かなくてもよくなりました。そして簡単だから多くの先生が実際にICTを活用し始めるようになり、全すべての教員が課題や問題意識を共有し、同じ土俵で議論できるようになったのです。
 その結果、研修に参加する教員の姿勢も変わりました。従来の研修は、基本的に”受け身”でしたが、「自分の授業へ活かせることを学ぼう」という”前向き”な姿勢へと変わったのです。これが、第二の特長です。
 三つ目は、研修の”主役”が交代したことでしょう。従来型の操作方法の研修では、ICTが主役でしたが、「授業を含みこんだ研修」では、研修の主役は授業になり、ICTは”脇役”に後退しました。あるべき位置におさまったと言っていいでしょう。実際、「授業を含みこんだ研修」では、研修内でICTを使う時間はどんどん短くなり、その代わりに授業計画や指導方法などについてのディスカッションや検討を行う時間が増える傾向にあります。「ビジョン」でも、ICTは「あくまでもツールであり、その活用に当たっては、学校種、発達の段階、教科、具体的な活用目的や場面等に十分留意しつつ、学びの充実に資するものでなければならない」と明記されています。

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