「学びのイノベーション事業」と「フューチャースクール推進事業」に見る『21世紀にふさわしい学校教育』とは?

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玉川大学教職大学院
堀田 龍也 教授

  平成22年度から始まった総務省の「フューチャースクール推進事業」は、学校関係者や教育界にとどまらず、一般社会にも大きな反響を呼んだ。子ども1人に1台のタブレットPCを持たせて授業や学習活動で使うという取り組みが、新しい教育の在り方だとして注目を浴びたのだ。翌平成23年度には、文部科学省の「学びのイノベーション事業」もスタートし、「フューチャースクール推進事業」と連携して実証研究が進んでいる。
 だが注目を集めた反動からか、「フューチャースクールは課題山積」「うまく機能していない」と批判するマスコミも目立つ。これらの批判を耳にして、「フューチャースクールは失敗だったのか?」と落胆したり、「私の学校にはいつタブレットPCが入ってくるのか。授業を変えなければいけないのか」と不安を感じている先生も多いようだ。
 こういった不安の声が聞こえてくるのは、「フューチャースクール」の目的や意義が正しく理解されていないためではなかろうか。
 そこで今回は、「フューチャースクール推進事業」の委員として事業の立ち上げと1年目に携わり、平成23年度からは「学びのイノベーション事業」の委員を務めている堀田龍也先生に取材。両事業の目的や意義を再確認するとともに、現在の状況と課題、今後の展望をうかがった。

政府の「新成長戦略」を具現化する「フューチャースクール推進事業」

 総務省が始めた「フューチャースクール推進事業」は、教育界だけでなく社会からも大きな注目を集めています。先生方も、フューチャースクールではどんな実践が行われているのか、今の授業とどこが違うのかと、気になっているのではないでしょうか。フューチャースクールは総務省の事業ではありますが、その背景には政府の意向が深く関わっており、長期的な視野に立って進められています。決して単発の実験的な事業ではありません。まずはこのことから、お話しましょう。
 平成22年6月、政府は『新成長戦略』を閣議決定しました。この『新成長戦略』は、ICTを活用した未来の教育の姿についても触れています。
 ―― 子ども同士が教え合い、学び合う『協働教育』の実現など、教育現場などにおける情報通信技術の利活用によるサービスの質の改善や利便性の向上を全国民が享受できるようにするため、光などのブロードバンドサービスの利用を更に進める ――。
 情報化がこれだけ進んでいるのだから、教育分野でもしっかり利活用してメリットを享受しよう、という考えです。
 そのための具体的な方向性も、『新成長戦略』は表明しています。科学・技術・情報通信立国戦略として、『教育の情報化ビジョン』をもとにモデル事業等による実証研究を進め、「児童生徒一人1台の情報端末による教育の本格展開の検討・推進」を行い、2020年までの目標として「21世紀にふさわしい学校教育の実現」を目指すとしています。教育の未来を見据えて、実証研究を行い、21世紀の教育を考えていこうと、『新成長戦略』は謳っているのです。
 この『新成長戦略』を実現する具体的な事業の一つが、総務省の「フューチャースクール推進事業」なのです。なぜ文部科学省(以下、文科省)ではなく、総務省の事業なのかと疑問に思った方もいるでしょう。フューチャースクールではタブレットPCなどの新しいICT機器を導入し、無線LANなどのネットワークを構築する必要がありますが、こういったインフラの整備は総務省の管轄であり、文科省だけで進めるのは困難だからです。また、当時の原口総務大臣が、ICTを活用して経済成長を促す「原口ビジョン」を発表するなど、教育のICT化に熱心だったことも、総務省が事業を進める追い風になりました。
 しかし本来は、「フューチャースクール推進事業」と同時に、文科省も事業をスタートさせる予定でした。それに待ったをかけたのが、「事業仕分け」。教育の情報化は十分効果が上がっていないと判断され、文科省の事業は仕分け対象となってしまいました。そこでやむをえず、1年目は総務省だけで事業を始めることになったのです。1年遅れて文科省の「学びのイノベーション事業」もスタートできたのですが、これについては後で詳しく述べたいと思います。
 こうして、平成22年度に「フューチャースクール推進事業」がスタートしました。初年度の予算は約10億円。学校規模や地域性を考慮して、全国各地の公立小学校10校を、実証校に選定しました。平成23年度は、中学校8校・特別支援学校2校分の拡充を含めて約10.6億円の予算で行われました。
 まず小学校からスタートしたのは、小学校は児童の数が多く、さまざまな教科で実践を行えると考えられたからです。実証校は5校ずつ東西二つのブロックに分けられ、一般入札で選ばれた企業が、各ブロックを担当することとなりました。インフラの整備や実証研究の支援は企業が行い、総務省に設置された事業委員会がこの2社を通して各小学校を見る体制がとられました。

「フューチャースクール推進事業」の実証研究課題について

 「フューチャースクール推進事業」では、とてもたくさんの実証研究課題が設定されました。
 話題になったタブレットPCも、実証研究課題の一つです。東日本・西日本ブロックで、それぞれ別の国内メーカー製タブレットPCが採用されました。iPadのようなタッチスクリーンのみの入力方式ではなく、キーボード・手書き入力・ソフトキーボードの3パターンの入力方式を備えています。このタブレットPCを使って、児童が学習で用いるタブレットPCはどうあるべきかを研究しています。必要なスペックは?とか、重さやバッテリーの持ち具合、使いやすさはどうかといった条件から、タブレットPCで使うツールや教育コンテンツについても研究しています。
 タブレットPCは、無線LANによってネットワークにつながっています。フューチャースクールでは全教室に無線LANを敷設しましたが、ネットワークインフラの必要条件も、重要な研究テーマの一つです。子どもが一斉に無線LANにアクセスしてもネットワークは負荷に耐えられるか、通信速度を維持できるか、校内外のネットワーク環境はどうあるべきか、などを研究しています。
 フューチャースクールでは、クラウド・コンピューティングを採用しました。アプリケーションや教育コンテンツはクラウド上に保管し、利用するときはネットワーク経由でアクセスする仕組みです。学校教育におけるクラウド・コンピューティングはどうあるべきか、研究が進められています。
 このほかにも、研究課題はたくさんあります。電子黒板や実物投影機といった他のICT機器と、タブレットPCをどう連携させるか。実証校同士の協働学習や情報交換を活性化するには、どんな仕組みや手法が効果的か。ICT支援員にどう関わってもらうか、どんな役割を担うか。保護者との連携も、研究テーマの一つです。西日本の実証校では、教職員と保護者が書き込みできる掲示板機能やニュース配信機能を活用し、東日本の実証校では、学校だよりや告知を掲載する機能を活用し、学校と家庭の情報共有について研究しています。

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「フューチャースクール推進事業」で見えてきた課題

 このように、「フューチャースクール推進事業」は、膨大な実証研究テーマを抱えています。その途中報告が、『教育分野におけるICT利活用推進のための情報通信技術面に関するガイドライン(手引書)2011』(下記参照)にまとめられていますが、1年目の研究で多くの課題が見えてきました。
 まず、現状のタブレットPCでは教育現場で利活用するには不十分であることが明らかになりました。クラウド・コンピューティングで頻繁にデータをやりとりするには、現状のタブレットPCではスペック不足だったのです。また、子どもが使うには重く、充電に時間がかかるなどの課題も見えてきました。
 タブレットPCで使うツールや教育コンテンツの不足は、少々深刻です。パソコン教室での学習で使うようなコンテンツはたくさんあるのですが、普通教室での教科授業で使うことを前提にしたツールやコンテンツが決定的に不足しているのです。今後真剣に考え、取り組んでいかなければならない課題です。
 ネットワーク環境の課題も浮き彫りになりました。子どもたちが教師の指示でタブレットPCを操作して一斉にネットワークにアクセスすると、ネットワークに負荷がかかり過ぎて、うまくつながらないトラブルが続発。無線LANのアクセスポイントを増やすなどして対応しましたが、子どもの隣に教師が立つと無線の電波を遮ってしまって接続が遮断されたり、A君はつながるのにBさんはつながらないなどの事態も報告されました。先生方ならわかるでしょうが、授業でタブレットPCを使う時間帯はどの学年でもだいたい同じです。だから、何十人どころか何百人という子どもが、ほぼ同時にネットワークにアクセスするわけです。しかもいちいちクラウド上にアクセスするので、余計に負荷がかかってしまったのです。
 ネットワークだけでなく、「電気」のインフラも弱いことが明らかになりました。タブレットPCを40台同時に充電しようとすると、教室の電気容量をオーバーしてしまうのです。そこで40台を同時に充電するのではなく、台数を分けてタイマーで順番に充電していく苦肉の策が編み出されましたが、これはあくまで応急策。水道に例えるなら、「みんなが一度に水道を使うのは無理だから、交代で使いましょう」という急場しのぎでしかありませんから、根本的に解決する必要があります。教室のコンセントの数も足りません。しかもコンセントは教室の前の方にしかないので、使い勝手がよくありません。インフラは、不自由さやストレスを感じずに使えるように整備してこそ、価値があります。学校のインフラ整備は、まだまだ道半ばであることが、よくわかりました。

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「課題が山積」と判明したこと自体が大きな成果!

 フューチャースクールの実証研究が順調に進み始めたのには、文科省の「学びのイノベーション事業」がスタートしたことも追い風になっています。文科省は学習指導の面で、総務省はインフラ面で連携しながら事業を推進。両省が両輪となって、フューチャースクールを後押ししています。
 たとえば学習者用のデジタル教科書は、文科省の予算で開発。実証校が使っている教科書は学校によって教科書会社が異なるのですが、文科省の要請で複数の教科書会社が協力してデジタル教科書を開発しました。これはとても意義深いことです。算数、国語、英語(外国語)のデジタル教科書がすでに実証校で使われており、現在は中学校用の国語、数学、英語のデジタル教科書の開発が進められています。
 「学びのイノベーション事業」は、文科省が平成22年度に策定した『教育の情報化ビジョン~21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して~』とリンクしています。この『教育の情報化ビジョン』は、2020年度に向けて、日本の教育の情報化が進むべき方向性を指し示しています。
 たとえば「ICT活用」については、電子黒板や実物投影機を使って一斉指導を行うという今までの活用のいいところは残しながらも、子ども一人1台のタブレットPCなどの新しいICTを使って個別学習や協働学習を推進し、「21世紀にふさわしい学び・学校と教育の情報化」を進めると謳っています。また「教科指導における情報通信技術の活用」として、学習者用・指導者用のデジタル教科書を開発し、将来的にはクラウド・コンピューティング技術を活用してデジタル教科書・教材を供給・配信するとも書かれています。この『教育の情報化ビジョン』を具体的に事業化したのが、「学びのイノベーション事業」なのです。
 お気づきの通り、『教育の情報化ビジョン』と「学びのイノベーション事業」が描く未来は、総務省の「フューチャースクール推進事業」が目指す未来と一致しています。ですから省庁の垣根を越えて、二つの事業が連携して進められているのです。

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「学びのイノベーション事業」の研究課題と未来像

 「学びのイノベーション事業」では、授業や学習の”未来”について研究しようとしています。ICTの特性を活かして、21世紀にふさわしい「学び」を創造するのが目的です。
 ご存知の通り、今までは一斉授業が中心でした。個別学習のシーンは少なく、ドリルに取り組む程度でした。しかし、子ども一人ひとりがタブレットPCを持ったことで、新しい授業、新しい学習が可能となります。
 たとえば子ども一人ひとりがタブレットPCでデジタルコンテンツなどを使って、自学したり深く調べる(個別学習)。そして学んだこと、調べてわかったことを、子ども同士で互いに教え合い、学び合う(協働学習)。個別学習や協働学習の履歴はログとして残るので、教師はそれを見て一人ひとりの学習状況を把握し、適切で、きめ細かな指導ができるようになります。
 とはいえ、今までの一斉授業が廃止され、個別学習や協働学習に完全に切り替わるわけではありません。一斉授業には、一斉授業の良さがたくさんあります。「一斉授業」「個別学習」「協働学習」をどう組み合わせて授業を作っていくか。それぞれの良さを引き出し、効果的な学びにするには、どんな場面や学習内容が適しているか。それを研究し、新しい授業をイノベートしていくのが、この事業の目的なのです。
 新しい授業を創造する、と聞くと、ゴールの遠さに気が遠くなるかも知れません。実証校の一つである広島市立藤の木小学校でも、授業でタブレットPCをどう使えばいいか、いったいどんな授業をすればいいのかと、先生方は悩んでいました。そんなとき、私は同校を訪問し、先生方にこんな話をしました。
 ―― 授業をゼロから作り直したり、一新する必要はありません。今までの授業にも、いいところはたくさんあります。今までの授業のやり方の中に、新しい取り組みを乗せればいいのです。何でもかんでも、タブレットPCを使わなければと考えなくていいのです。紙でやった方がいい活動は今まで通り紙でやればいいですし、「フラッシュ型教材」のように一斉授業で効果のあるICT活用も、今まで通り続ければいいのです。
 タブレットPCが特に効果を発揮するのは、子どもの個別学習や、子ども同士の話し合いや教え合いといった場面です。子どものタブレットPCの画面を電子黒板で映せば、すばやく簡単に子どもの意見や考えをクラス全員が共有できます。しかしよく考えてみれば、こういう活動は今までも行われていましたよね。ノートを持ち寄って子ども同士で話し合いや教え合いをしたり、実物投影機で子どものノートを実物投影機で映してクラスみんなで共有していたでしょう。今までの活動がICTの活用で便利で簡単になっただけで、活動の原理は変わっていないのです。今までの授業をガラリと変えようとするのではなく、活動内容は変えずに、活動の手段を新しいICT機器に置き換えるといった考えでいいのです。
 そして今までの授業の課題を解決するために、ICT機器を使えばいいのです。たとえばノートでの学び合いや実物投影機でのノートの共有は、記録が残らないという弱点がありましたが、タブレットPCとネットワークを使えば、全て記録が残るので、後で振り返ったり、評価の材料にもなります。
 今までの授業を変えるのではなく、ICT機器でより便利で効果的な授業にしようと考えればいいのです。――
 この後、藤の木小学校の先生方は迷いが吹っ切れたように、精力的に取り組み始めました。

2020年度の導入に向けた、今後の展望と解決すべき課題

 「フューチャースクール推進事業」「学びのイノベーション事業」は、あくまで実証研究です。教育に”実験”という言葉はあまりよくありませんが、将来の教育のために、私たちの代わりに実証校が挑戦してくれているのです。マスコミは、実証校での実践が明日にでも全ての学校でスタートするかのように報じて先生方の不安を煽っていますが、現在は実証研究段階なのであり、すぐに全ての学校に導入されることはありません。
 では、いつ導入されるのか。『教育の情報化ビジョン』では、2020年度の導入を目標に掲げています。なぜ2020年度かというと、この頃に次の学習指導要領が施行される見込みだからです。
 それまでに、現在明らかになっている課題を解決しておかなければなりません。まず、タブレットPCのハードウェアの課題。先にも述べたように、現在のタブレットPCは、学校での利活用にはまだまだ不十分です。しかし、ハードウェアは日進月歩ならぬ”分進秒歩”と言われるほど、進化のスピードが早い。2020年頃には、子どもが学習で使うのに適した、堅牢で、薄くて、軽くて、電池の持ちもよく、消費電力も少ない、理想的な端末が登場しているだろうと、私は楽観しています。
 全ての学校、全ての児童生徒にタブレットPCが導入されるとなれば、端末の費用を誰が負担するかも議論しておく必要があります。国が負担するのか、教育委員会か、学校か。タブレットPCの低価格化が進み、1台数千円レベルにまでコストダウンできれば、保護者が費用を負担することも可能でしょう。「習字道具セット」や「裁縫セット」と同じように、入学時に購入してもらうことも検討すべきかと思います。
 私が最も心配しているのは、タブレットPCで使う子ども用のツールや教育コンテンツの不足です。個別学習ドリルや手書きツールといった、子どもにやらせたい活動にぴったり合うツールや教育コンテンツが、決定的に足りません。たくさんの機能はいらないのです。子どもにとって簡単で、直感的に使えて、思考を妨げず、授業や学習に専念できることが大事。そして安価で、教育委員会や学校が採択できるぐらい、たくさんの製品が市場に出回るのが理想です。紙の学習ドリルは1冊数百円ですから、このぐらいの値段でタブレットPC用の教育コンテンツが買えるようになればいいですね。「フラッシュ型教材」をベースに、子どもが自学できるような教材を開発するのも手だと思います。教材会社やデジタル教材開発会社などの努力に期待しています。
 普通教室で使うための授業支援システムも、今後開発する必要があります。教師用のタブレットPCに表示された座席表をクリックして、任意の子どもの画面を電子黒板に映し出すという活用がフューチャースクールではよく行われていますが、現状では安定性や重さに難があります。このような授業支援システムは、今まではパソコン教室で使用する製品しかありませんでした。チエルでも『InterCLASS』という製品を販売しており、パソコン教室で使われていますよね。この授業支援システムが、今後は普通教室で使われるようになります。タブレットPCを普通教室で使うことを前提とした、もっと軽くて簡単な授業支援システムが必要とされています。
 教育用クラウドの使い方も、再検討する必要があるでしょう。全てのデータやアプリケーションをクラウド上に保存する現在の方法では、ネットワークに負荷がかかりすぎます。このデータはクラウド上に置くが、このデータはローカルに置く、というように、使用頻度や機密性などによって、データやアプリケーションの置き場所や使い方を決め、使いやすいクラウド化を考える必要があります。
 ICT支援員の採用や確保も、重要な課題です。フューチャースクールの実証校では、ICT支援員が各校に1名常駐したことで、とても助かりました。ICT支援員のおかげで、教師の負担が減り、本来の業務である授業に集中できたのです。タブレットPCなど新しいICT機器がたくさん学校に入ってくると、教員だけでは最早対応できません。大学のCALL教室でも、サポートスタッフが常駐しているかいないかで、利用頻度や授業の精度が格段に違ってくることが常識になっています。今後は小・中学校でも、ICT支援員が常駐するのが当たり前になるでしょう。しかし公立学校にとっては、ICT支援員の人件費や人材をどうやって確保するかは、頭の痛い問題です。ICT支援員の常駐体制をどう整備していくかも、今後議論していかなければなりません。
 新たなICT機器を使った活動の成果を、指導や評価に結びつける仕組みも考えていかなければなりません。タブレットPCを使って学習すると、eポートフォリオに履歴が残ります。この履歴を分析して、個別指導につなげたり、通知表の評価に活かす仕組みを作る必要があります。そうでないと、タブレットPCはただの「楽しい道具」で終わってしまいます。タブレットPCは「学習の道具」なのですから、指導や評価に活かす方法をしっかり作る必要があるのです。
 子どもにどんな力をつけさせるか、いつ学ばせるかも、検討しなければなりません。たとえば、タブレットPCなどの操作スキルは、どの教科でいつ学ぶのか。ICT機器の操作スキルだけでなく、「情報を集める・見抜く・整理する・わかりやすく伝える」といった情報活用能力を、どの教科で、いつ育むのか。
 一人1台の端末がそろっても、子どもが一斉授業で教わる”受け身”のままでは、授業や学びは変わりません。一斉授業がなくなるわけではありませんが、これからの子どもには、身の回りにあるたくさんの情報や学習手段の中から、自分の学習を自分でデザインし、コントロールしていく力、いわゆる「自己調整学習する力」が必要になってきます。こういった「21世紀型スキル」を体系的に学んで身に付けさせるには、カリキュラムや学習指導要領はどうあるべきか。授業の中に、「自己調整学習」の場面をどう組み込めばいいか。こういった議論を深めて、次の学習指導要領に反映させる必要があります。

『教育分野におけるICT利活用推進のための情報技術面に関するガイドライン(手引書)2011―フューチャースクール推進事業を踏まえて―』

http://www.soumu.go.jp/main_content/000110108.pdf

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 本書は、総務省が「フューチャースクール推進事業」の一環として実施している「東日本地域におけるICTを利活用した協働教育の推進に関する調査研究」(実証校5校)と「西日本地域におけるICTを利活用した協働教育の推進に関する調査研究」(実証校5校)における平成22年度の実証研究を踏まえて、教育分野におけるICT環境の構築やICTを利活用する際の情報通信技術面に関わるポイントや留意点について、学校、教育委員会等教育関係者の具体的な取組みの参考となるようガイドライン(手引書)としてまとめられたもの。

 平成23年度の実証研究は、文部科学省の「学びのイノベーション事業」と緊密な連携のもとに、実証校も、前年の小学校10校から、中学校8校、特別支援学校2校が加わって、20校で実施されており、『ガイドライン2012』は、現在取りまとめ中であり、さらなる充実が期待されるところです。※実証校については、文末参照のこと。

2020年はすぐやってくる! 残された時間は決して多くない

 2020年頃の学習指導要領に盛り込むと聞くと、まだまだ先のことに感じるかも知れません。でも、あまり余裕はないのです。
 学習指導要領が変わるときは移行措置がとられますから、次の学習指導要領でも2018年には移行措置がとられ、順次スタートします。2018年に移行措置でスタートするには、2017年には次の学習指導要領を公開する必要があり、そのために2016年には中教審が答申する必要があります。さらに、答申するためには2014年に中教審に部会が設けられて議論がスタートする必要があります。つまり、2014年までに一定の成果を出して、部会での検討の対象にしておく必要があるのです。今はすでに2012年ですから、残された時間は決して多くありません。
 私も、次の学習指導要領で教育カリキュラムはどうあるべきかの研究をすでにスタートしており、今春の学会で発表する予定です。次の学習指導要領で必要になるハードやネットワーク、コンテンツ、ツールなどの研究も、企業と連携して進める必要があると感じています。次の学習指導要領に向けて、教師や教育関係者、教育研究者、関連する企業などが、どれだけ議論や実践を重ねられるか。これから数年が勝負です。
 幸い、世の中は「未来の教育」に目を向けて動きつつあります。総務省の「地域雇用創造ICT絆プロジェクト」事業による整備もその一つです。全国46の小学校で、3年生以上の全児童と担任に一人1台のタブレットPCを支給。校内無線LANや電子黒板の整備、ICT支援員の配置などを、交付金で進めています。また、自治体の教育委員会も動いています。つい先日には、佐賀県教育委員会が全県立高校の全生徒に、タブレットPCを配布することを決定したというニュースが飛び込んできました。学校単位でタブレットPCを導入するケースも増えています。
 タブレットPCを使う学校が増えれば、新たな課題も次々と判明し、この課題をどう解決すべきかという議論も一層活発になるでしょう。授業実践事例がどんとん蓄積されれば、新しい授業はどうあるべきか、子どもにどんな力を身に付けさせるべきかという議論も深まっていくでしょう。一つひとつの実践が集まって、議論を形成し、次の学習指導要領に影響を与えていくのです。
 フューチャースクールはテストベッドですが、決して”人ごと”ではありません。21世紀の教育はどうあるべきか、みなさんもいっしょに考えてみてください。

■「フューチャースクール」および「絆プロジェクト」実証校一覧

☆「フューチャースクール」
・小学校…10校
<東日本地域>
 (北海道)石狩市立紅南小学校
 (山形県)寒河江市立高松小学校
 (東京都)葛飾区立本田小学校
 (長野県)長野市立塩崎小学校
 (石川県)内灘町立大根布小学校
<西日本地域>
 (愛知県)大府市立東山小学校
 (大阪府)箕面市立萱野小学校
 (広島県)広島市立藤の木小学校
 (徳島県)東みよし町立足代小学校
 (佐賀県)佐賀市立西与賀小学校
・中学校…8校
 (福島県)新地町立尚英中学校
 (神奈川県)国立大学法人横浜国立大学附属横浜中学校

 (新潟県)国立大学法人上越教育大学附属中学校
 (三重県)松阪市立三雲中学校
 (和歌山県)和歌山市立城東中学校
 (岡山県)新見市立哲西中学校
 (佐賀県)佐賀県立武雄青陵中学校
 (沖縄県)宮古島市立下地中学校
・特別支援学校…2校
 (富山県)富山県立ふるさと支援学校

 (京都府)京都市立桃陽総合支援学校

☆「地域雇用創造ICT絆プロジェクト」24件・小学校46校
 (福島県新地町)福田小学校・新地小学校、駒ヶ嶺小学校
 (茨城県美浦村)木原小学校・安中小学校・大谷小学校
 (埼玉県毛呂山町)毛呂山小学校・川角小学校
 (千葉県長南町)西小学校
 (東京都日野市)平山小学校・日野第四小学校
 (長野県青木村)青木小学校
 (新潟県燕市)吉田南小学校
 (石川県内灘町)清湖小学校
 (大阪府箕面市)止々呂美小学校
 (大阪府守口市)三郷小学校・橋波小学校
 (兵庫県丹波市)三輪小学校・小川小学校
 (和歌山県和歌山市)雄湊小学校・貴志小学校
 (岡山県新見市)高尾小学校
 (徳島県三好市)池田小学校・辻小学校
 (愛媛県松山市)八坂小学校
 (高知県南国市)久礼田小学校・奈路小学校
 (高知県市四万十町)十川小学校
 (佐賀県佐賀市)赤松小学校・若楠小学校
 (佐賀県武雄市)山内東小学校・武内小学校
 (長崎県五島市)三井楽小学校
 (熊本県人吉市)人吉東小学校・人吉西小学校・東間小学校・大畑小学校・西瀬小学校・
 中原小学校・田野小学校
 (沖縄県石垣市)宮良小学校
 (沖縄県伊江村)伊江小学校・西小学校
 (沖縄県本部町)崎本部小学校・瀬底小中学校・伊豆味小中学校
・「フューチャースクール」小学校10校…『総務省「フューチャースクール推進事業」の実証研究
 に係る請負先と実証校の決定』のお知らせ(平成22年8月6日)より抜粋
・「フューチャースクール」中学校8校・特別支援学校2校…『総務省「フューチャースクール推進
 事業」及び文部科学省「学びのイノベーション事業」に係る委託先候補の決定』のお知らせ
 (平成23年8月30日)より抜粋
・「地域雇用創造ICT絆プロジェクト」…『総務省「地域雇用創造ICT絆プロジェクト」に係る
 交付決定』のお知らせ(平成22年12月27日)より抜粋

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