インターネット・ICTの利活用に不可欠! いま求められている「情報倫理」の常識
インターネット・ICTが日常的に利活用される今日、電子メールでのコミュニケーション、Webサイトでの情報検索やネットショッピング等々、数多くの利便性の一方、プライバシーの侵害、個人情報の漏えい、著作権の侵害、ネットショッピングでのトラブル等の事故・事件に巻き込まれる可能性は、日増しに高くなってきている。
こうした事故・事件の被害者・加害者になることを未然に防ぎ、情報社会を生き抜いていくために、学生・生徒が在学中に身に付けておくべき「情報倫理」についての常識や、情報倫理教育/情報モラル教育の重要性を、チエルが今春リリースしたeラーニング教材『2012年度版 スーパー情報倫理』を監修いただいている情報教育学研究会(IEC)・情報倫理教育研究グループの代表で、帝塚山学院大学人間科学部情報メディア学科教授の高橋参吉先生にお聞きした。
1950年生まれ。大阪府立大学大学院工学研究科修士課程(電気工学専攻)修了。
大阪府立工業高等専門学校教授、千里金蘭大学教授、同大学名誉教授を経て、2012年4月から帝塚山学院大学人間科学部情報メディア学科教授として教鞭を執るとともに、情報教育学研究会(幹事、情報倫理教育研究グループ代表)、日本情報科教育学会(理事、事務局長、近畿・北陸支部長)、教育システム情報学会(関西支部役員)、電子情報通信学会(教育工学研究会顧問)などの研究会・学会の要職に就く。また、2007年より文部科学省学習指導要領の改善協力者、先導的教育情報化推進プログラム企画評価委員を務める。
専門は情報教育、教育工学。体系的な情報教育の実施並びに情報倫理教育・情報モラル教育・情報安全教育の充実をどう進めるか等、多くの研究業績を残す。
*主な著書・研究業績*『インターネットの光と影 Ver.4 被害者・加害者にならないための情報倫理入門』北大路書房:2010.1[共著:情報教育学研究会(IEC)・情報倫理教育研究グループ編、代表者]、『[映像教材]ネットワーク社会の光と影~進展するIT社会とどう向き合うか~』NHKソフトウェア、実教出版:2010.3[監修]、『高等学校学習指導要領解説 情報編』文部科学省:2010.5[作成協力]、『教職・情報機器の操作-教師のためのICTリテラシー入門』コロナ社:2011.4[共著]など多数。
「情報倫理」とは?
情報倫理は、生命倫理や環境倫理などと同じように、応用倫理学の分野の一つといわれてきました。比較的新しい分野であることや、情報社会の進展に伴い内容も変化するので、必ずしもその内容が確立しているとはいえませんが、その「対象」を考えるために、例えば、医療倫理と情報倫理とを比較してみますと、医療倫理は、医療に携わる職業に関わる人たちに求められる倫理と考えることができますが、一方、情報倫理は、情報技術やメディアなどの分野に携わる職業人、いわゆる専門家だけに求められる職業倫理ではなく、インターネット・ネットワークが普及した現代社会では、子どもからお年寄りまで、全ての生活者に求められる倫理なのです。
そこで、私が所属している情報教育学研究会の情報倫理教育研究グループでは、生活者に視点をあてて、情報倫理を「情報社会において、生活者がネットワークを利用して、互いに快適な生活をおくるための規範や規律」と定義しています。また、早くから情報倫理教育に取り組んできている私立大学情報教育協会では、1995年刊行の『情報倫理概論』のなかで、情報倫理を「情報化社会において、われわれが社会生活を営む上で、他人の権利との衝突を避けるべく、各個人が最低限守るべきルール」と定義しています。
情報社会の「光」と「影」
これらの定義を踏まえて、情報倫理を「快適な生活をおくるための規範や規律、各個人が最低限守るべきルール」としたとき、インターネットの「光」の部分を享受し、「影」の部分を克服して、快適な生活をおくれるようにすることが重要であり、そのためには、インターネットの「光」と「影」を考慮して、情報倫理の内容を整理して考える必要があります。
インターネットは、電子メールによる情報交換やWebによる情報検索などに代表されるように、多くの利便性、すなわち「光」の部分を持っていますが、一方、個人情報の漏洩やプライバシー侵害、インターネット上での著作権侵害、サーバへの不正アクセスなど、さまざまな問題点や危険性、すなわち「影」の部分も併せ持っています。
情報社会に関わるさまざまなトピックや実際に起こっているトラブルを分析すると、ここに掲げたように[編集部注→「表1」]、個人情報、知的財産権、生活、ビジネス、教育、コミュニケーション、犯罪、セキュリティの8つのカテゴリに分類されます。そこに、さまざまな規制や技術、そして倫理が、複雑に相俟って、私たちは情報社会のなかで生活をしているのです。
情報倫理教育はなぜ必要か?
インターネットの「光」の部分を享受しながら、同時に「影」の部分を可能な限り少なくしていくためには、無意識のうちにインターネットや情報に関わる犯罪に巻き込まれること、すなわち知識がないために犯罪の被害者や加害者になったりすることを未然に防ぐための教育が必要です。
例えば、他人の家の塀に落書きしたら罪に問われることは通常誰もが知っているように、知識がないために犯罪の加害者になるということは、一般的にはあまりないと思いますが、情報倫理の分野で言うと、例えば、違法サイトからの音楽や動画のダウンロードを”友だちもやっているから”ということで行ってしまうと結果的に違法行為となる、という類いのことが往往にしてあります。
このように、情報倫理教育は、無意識・無知識から起きてしまう被害・加害の防止のための教育として、とくにその必要性・重要性が叫ばれているのです。
情報倫理教育の学習目標
情報社会において、被害防止・加害防止のための観点から考えると、情報倫理教育の学習目標について、先に掲げた内容[編集部注→「表1」]を踏まえて、次のような9項目としてまとめました。
①インターネットが社会に及ぼす影響を「光」と「影」の両面から捉えて理解する。
②個人情報やプライバシーの意義を理解し、その適切な取り扱い方、態度を身に付ける。
③著作物の文化的意義を理解し、著作物をはじめ知的財産権を尊重する態度を身に付ける。
④インターネットが生活の中でどのように利用できるかを理解し、活用できる態度を身に付ける。
⑤インターネットがビジネスに及ぼす影響を理解し、正しく活用できる態度を身に付ける。
⑥情報に対する正しい知識と判断力を持ち、インターネットやメディアを活用できる力を身に付ける。
⑦Webを利用した情報の発信と受信を理解し、モラルやマナーを身に付ける。
⑧電子メールを利用した情報の発信と受信を理解し、モラルやマナーを身に付ける。
⑨情報セキュリティやコンピュータ犯罪について知り、被害者・加害者にならないための態度を身に付ける。
学校教育においても、ここに挙げたような学習目標を達成させるため、早い段階における教育が重要であり、知識が少ない、あるいはないために被害者や加害者となることを避ける教育を実施しなければなりません。
では、学校教育における情報倫理教育・情報モラル教育が、どのような動きになっているかということについて、次にお話ししたいと思います。
新学習指導要領に「情報モラル」が明記
高等学校教育においては、2003年度の現行学習指導要領実施スタート時から、普通教科「情報」が新たに必履修として導入されたのにともない、情報モラル教育として実施されてきていますが、マナー・ネチケットといった概念での、ある意味大雑把な扱われ方をされてきたのが実情ではないかと思っています。
2013年度から実施される高校の新学習指導要領では、普通教科「情報」の3科目、現行の「情報A」「情報B」「情報C」から、共通教科の2科目、「社会と情報」「情報の科学」になり、学習内容も改訂されます。
学習指導要領の主な改善事項の重要事項として、「情報の活用、情報モラルなどの情報教育を充実」が挙げられており、「社会と情報」のなかに「情報社会の課題と情報モラル」が、「情報の科学」のなかに「情報技術の進展と情報モラル」が、それぞれ科目の項目内容として明記されています。
学習指導要領のなかに項目立てされるということは、情報モラル教育が極めて重要且つ必修的内容であるということになります。
「情報社会の課題と情報モラル」では、「情報化が社会に及ぼす影響と課題」、「情報セキュリティの確保」、「情報社会における法と個人の責任」の各項目が内容として明記され、とくに「情報社会における法と個人の責任」では、「多くの情報が公開され流通している現状を認識させるとともに、情報を保護することの必要性とそのための法規及び個人の責任を理解させる」と記されています。
「情報技術の進展と情報モラル」では、「社会の情報化と人間」、「情報社会の安全と情報技術」、「情報社会の発展と情報技術」の各項目が内容として明記されています。
また、小学校・中学校の新学習指導要領のなかにも、「児童/生徒の発達の段階や特性等を考慮し、道徳の内容との関連を踏まえ、情報モラルに関する指導に留意すること」という文言が明記されています。
これらの新学習指導要領に明記されている学習内容は、個人情報や著作権等に関する法令整備・改正への対応、情報セキュリティなどを含めて、基本的には先に示した8つのカテゴリの内容に全て包含されています。
これまで高校での情報モラル教育では、法や犯罪・セキュリティに関してはどちらかというとやや控えめに扱われていた傾向がありますが、新学習指導要領では、より詳しく学習するように改訂されており、情報モラルを身に付けるには、情報の特性・特質、メディアの特徴などの基本要素や、情報社会におけるさまざまな事象を最初にきちんと把握していないといけないという考え方が、新学習指導要領の実施とともに高校での教育にも浸透してくると思います。
情報倫理を取り巻くさまざまな変化
これまで述べてきたようなことを踏まえて、今後の高等教育、とりわけ大学教育においては、情報社会を生き抜いていくために必要な情報倫理教育を、全ての学生に対して早期に行うことが必要になってくると考えています。
2000年以降、個人情報保護法(2005年4月全面施行)、不正アクセス禁止法(2000年2月施行)、迷惑メール規制2法:特定電子メール法・改正特定商取引法(2002年7月施行)など、さまざまな法令の整備・改正により、法的な規制が強化されてきています。
直近では、先ほども述べた、著作権を侵害して違法にサイトにアップロードされた音楽や動画だと認識した上でダウンロードすると違法行為となるという著作権法の改正(2010年1月施行)も、その一例といえます。
このように法制面からみても、最低限の基本的な知識を持っていないと、知らないうちに犯罪に巻き込まれ、加害者となって処罰の対象になる危険性がますます高まり、”知らなかった”では済まされない状況になってきます。
また、ブロードバンドやスマートフォンなどの普及に伴って、ウイルス対策やユーザ認証などの技術的な側面も重要です。自分で自分をきちんと守ることができる知識やスキルを身に付けておくことが大切になってきます。
ネットワークに接続するということを考えてみても、従来は”意識的に”繋いでいたものが、今はスマートフォンやゲーム機などでもWi-Fi(ワイファイ : wireless fidelity)等で”無意識のうちに”ネットワークに繋がっている状態になります。今後スマートフォンの利用者が増えていくことを考えると、情報倫理に関する知識がないと、知らないうちにネットトラブルに巻き込まれてしまう可能性が高くなります。
コミュニケーションということに着目すると、従来は、メール、メーリングリスト、掲示板どまりだったものが、今は、SNS、プロフ、ブログ、ツイッターなどが出てきていて、若い人たちを中心にコミュニケーションを行う形態・環境も変化してきています。
そして、個人情報や、著作物・著作権という視点では、自分の知らないところで、個人情報や著作物が勝手に第三者に提供されてしまったなどという事件も起きていて、大きな社会問題としてクローズアップされてきています。
社会情勢・環境に即した情報倫理教育を
このように、情報倫理を取り巻くさまざまな状況が変わってきたことにより、これまでは避けて通れたことが、避けて通れなくなってきていて、従来のマナー・ネチケットだけではカバーしきれなくなってきているのが現状です。
これからも、コミュニケーションを行う上での便利なツールやネットワーク環境などがどんどん出てくると思いますが、そうした新しいものが出てきたときに、「影」の部分として、こうした新たな問題が起きそうだということを、いち早く自分で判断できる能力を育成することが大切になってきますので、その前提となる情報倫理の教育がとても重要です。知識をきちんと身に付けた上で、情報倫理を取り巻く社会情勢や環境の変化に自ら気づいて対応していくことが、ますます進化する情報社会において、学生・生徒はもちろん、私たち生活者全員に求められているのです。
eラーニング教材の利活用メリット
今回監修した『2012年度版 スーパー情報倫理』は、私たちが執筆して北大路書房から刊行した書籍『インターネットの光と影 Ver.4 被害者・加害者にならないための情報倫理入門』に準拠したeラーニング教材ですが、先に示した8つのカテゴリに沿った解説の学習や確認テストで、情報倫理についての知識の習得と定着を図るとともに、応用学習としての演習を行うことにより、具体的な事例における対処・対応についての考え方や判断力などを養うことができるようにつくられていると思います。
各項目の学習に参考となるWebサイトのURLも収載されていて、参考Webサイトを参照して、新たな発見をしたり、問題意識を持つことが、更なる「学び」を進めていく上でのきっかけにもなるので、URLをクリックすればすぐに参考サイトにアクセスできることや、年度版教材なので、先ほどお話しした新しいコミュニケーションツール・環境の登場や、新たな社会事象、法令整備・改正等に適応した内容が比較的すぐに盛り込まれることは、eラーニング教材のメリットですね。
授業で利用して、先生と学生がFace to Faceで指導・学習を行うこともできますし、自習やブレンディッドラーニングでの学習にも対応している内容・構成になっていますので、授業枠の確保等の制約に関係なく、例えば入学直後に新入生全員に自己学習させるなど、いろいろな利用法があると思います。また、教科書としての書籍とeラーニング教材の併用も、利活用形態の一つと考えています。
規制、技術、そして倫理の調和を
情報社会の影の部分をできるだけ少なくし、 光の部分を多く享受して、私たちが快適な生活をおくれるようにするためには、秩序を守るための法制度等による規制、ネットワーク・セキュリティ等に関する技術とともに、個人の自覚・自律を高めるための情報倫理が、とても大切です。
この、規制、技術、倫理のどれが欠けても、またどれか一つに頼り過ぎても、情報社会の発展はむずかしく、これらの調和を図っていくことが大切であり、そのためにも、情報倫理教育が果たす役割は、今後ますます重要になってくると考えています。〈談〉
※本文中の[表1]および右記のイラストは、書籍『インターネットの光と影 Ver.4 被害者・加害者にならないための情報倫理入門』情報教育学研究会(IEC) 情報倫理教育研究グループ編 北大路書房刊から転載