公開日:2013/9/30
2010年代に「一人1台の情報端末」時代が始まる?!
玉川大学教職大学院 堀田 龍也教授
「一人1台の情報端末」を独自に整備する自治体が増え始めている。
総務省が昨年度まで実施した『フューチャースクール推進事業』の蒔いた種が全国に広がり、芽吹きつつあるのだ。
もはや「フューチャースクール」は遠い未来の夢物語ではない。すぐそこまで、迫ってきている。そのために、今、何をしておくべきなのか。どんな準備が必要なのか。
玉川大学教職大学院の堀田龍也教授に語っていただいた。
フューチャースクールは、
数々の課題を明らかにしてくれた
総務省の『フューチャースクール推進事業』は、”未来の学校”の姿を、”今の技術”でシミュレート(模擬実験)してみようという意欲的な挑戦でした。数年先の学校を、今の技術で実現しなければならないのですから、数々の困難もつきまといました。
たとえば子どもが使う情報端末やサーバがスペック不足のため、動作が重くなることもありました。何百台もの情報端末が一斉にアクセスするトラフィックに耐えられず、無線LANが不安定になる問題も出ました。特に初年度はこういったハードやネットワーク周りのトラブルや不具合が多く、「フューチャースクールは問題山積」と批判的な報道も目立ちました。
しかし、今の技術で未来の学校を構築しようとしたのですから、無理が生じて当たり前なんです。課題がたくさん出て当然。むしろ、課題が明らかになったことこそ、フューチャースクールの大きな成果なのです。
それに、こういった技術的な課題は、実は私はあまり心配していません。技術は日進月歩で進化しています。フューチャースクールが全国に広がる頃には、今よりもっと優れた技術や機器が登場しているでしょう。その中から、実証校が明らかにしてくれた課題を解決できる技術や機器を選べばいいのです。
総務省の『フューチャースクール推進事業』は、インフラやハード周りの課題を明らかにしてくれました。また、ICT支援員を常駐させる重要性も判明しました。一方、文部科学省が実施している『学びのイノベーション事業』では、教材や授業計画などの分野で実証研究に取り組み、課題を明らかにしてくれました。その一つが、「学習者用デジタル教科書」です。
『学びのイノベーション事業』では、学習者用デジタル教科書を開発して、子どもたちの情報端末で活用し、その効果や活用方法などを検証しています。しかし、これも苦難の道のりでした。なにしろ、学習者用デジタル教科書を誰も作ったこともなければ、使ったこともなかったのです。授業でどんな使い方をするのか、どんな機能を盛り込めばいいのかさえわからず、手探りで作っていくしかありませんでした。しかも、実証校によって、採択している教科書は異なります。そこで教科書会社が連合チームを結成し、まずは4~6年生の国語や算数、外国語活動の学習者用デジタル教科書として、いくつかの単元を開発。完成したものから順次実証校で使ってもらい、そのフィードバックを次の開発に反映するようにしたのです。
学習者用デジタル教科書を授業で使い始めてからも、トラブルが続出しました。現行の情報端末ではスペックが不足してうまく動かなかったり、動作が鈍いという事態が相次いだのです。その様子を見て、「学習者用デジタル教科書は授業で使えない。実用に耐えない」との批判も浴びました。
でも、そんな批判は早計です。先ほども言ったように、技術面の課題は、時が解決してくれます。時間が経てば高スペックな情報端末も出てきます。また企業側の努力で、年を追うごとに動作もだいぶ軽くなってきています。
そのおかげで、学習者用デジタル教科書を活用した実践もたくさん生まれました。そして、現状と課題がわかってきました。
まず、どんな場面で学習者用デジタル教科書を使うかが判明。よく使う機能、あまり使わない機能も選別されました。なにより、学習者用デジタル教科書があるととても便利であることがよくわかりました。見たい部分を拡大表示して観察したり、本文をコピーして自分のデジタルノートに貼り付けて、まとめたり。これは今までの紙の教科書ではできなかったことです。教科書とノートが、シームレスにつながるのです。
もちろん、今後解決しなければならない課題も見えてきました。まず、学習者用デジタル教科書のコストダウンを図る必要があります。そこで文部科学省では、今年度、学習者用デジタル教科書の「標準化」作業を進めています。学習者用デジタル教科書に必要な機能やフォーマットをしぼりこみ、プラットフォームの標準化を行う。そしてこの標準化にもとづいて各社が開発し、コストを下げるねらいです。
また、著作権関連の法規の整備も今後必要でしょう。子ども一人ひとりが学習者用デジタル教科書を持ち、自由にコピー&ペーストして学習するとなると、著作権者が難色を示すことも予想されます。「一人1台の情報端末」で、学習者用デジタル教科書を使う時代に適応した法整備が求められます。
独自に「一人1台」を推進する
自治体が増加中。政策にも反映
フューチャースクールとは何か、未来の学校はどうなるかと、全国の先生方の興味関心を高めてくれたのも大きな成果です。フューチャースクール実証校が蒔いた種は、全国に広がり、芽吹きつつあります。
総務省は、フューチャースクールでの実証結果を受けて、機器整備等のガイドラインを毎年発表。文部科学省も、今年度末に「一人1台の情報端末」を使った指導方法等のガイドラインを発表する予定です。これらガイドラインや実証校での実績を参考に、フューチャースクールに追いつき追い越せと、自治体が独自で、「一人1台の情報端末」の整備等を推進する動きが活発化しています。全校・全学年に一斉導入するのは予算的に厳しいので、まずは1クラス分・1学年分だけ導入し、徐々に増やしていく計画を立てている自治体や学校も増えています。このペースなら、2020年までにもっと多くの自治体が導入を完了しているでしょう。
「一人1台の情報端末」を導入する機運の高まりは、政府の政策にも反映されています。今年6月に閣議決定された『日本再興戦略』では、「2010年代中に、『一人1台の情報端末』による教育の本格展開に向けた方策を整理し、推進する」と明言。そのために必要なデジタル教材の開発や、教員の指導力の向上にも取り組むとしています。同じく、今年6月に閣議決定された『世界最先端IT国家創造 宣言』でも、「一人1台の情報端末」を配備し、高速ブロードバンドや無線LANも整備してデジタル教科書なども活用し、児童生徒の学力向上と情報活用能力の向上を図ると言っています。
「一人1台の情報端末」は、もはや未来の夢物語ではなく、現実的な話として、すぐそこまで迫ってきていると言えるでしょう。
「一人1台の情報端末」で
変わるモノ、変わらないモノ
「一人1台の情報端末」で、授業はどう変わるか。先生方にとって一番興味があるのもここでしょう。結論を言えば、一つひとつの学習活動が、とても便利になります。
まず、一斉指導。今までは子どもがノートやワークシートにまとめた考えを実物投影機で映して発表していましたが、情報端末を使えば、考えをデジタルノートにまとめて無線LANで電子黒板に飛ばし、すぐに映せます。今までよりも効率的なので、子どもたちに発表の機会をたくさん与えてあげられます。
個別学習も充実します。デジタル教材を使って、自分の情報端末で、自分のペースで学習に取り組めます。たとえばフューチャースクール実証校の藤の木小学校(広島市)では、4年生の音楽の授業で、「この曲は3拍子? 4拍子?」を答えさせるデジタル教材を使っています。今までなら、CDをかけてみんなに聴かせ、答えさせるところ。でも、情報端末とデジタル教材の組み合わせなら、自分の好きな曲順で、何度も繰り返し聴いて、考えることができる。自分のペースで、納得いくまで学習できるのです。
協働学習にも効果があります。フューチャースクール実証校では、ペアや班での話し合いで、情報端末でまとめた自分の考えを見せ合い、比較し合うシーンが頻繁に見られます。
ここで、強調しておきたいことが一つあります。それは、学習活動は便利になるけれども、授業の流れそのものは不変であるということ。授業計画そのものは、今までと変わりません。まず一斉指導で今日の目あてを徹底し、個別学習で一人ひとり考え、グループで協働学習を行い、その結果をみんなに発表し、最後に個別学習でまとめて振り返る、というような授業の根本的な流れは、「一人1台の情報端末」になっても不変です。
「一人1台の情報端末」によって、授業を”改革”する、授業に”革新”を起こすという人もいますが、そうではなく、学習活動を”改善”するのだと、ぼくは考えています。
中短期工程表「世界最高水準の IT 社会の実現」
『日本再興戦略̶JAPAN is BACK̶』(2013年6月14日閣議決定)資料より
「一人1台の情報端末」時代の前に
今やっておくべきこと
「一人1台の情報端末」は、学習活動を改善してくれます。一つひとつの学習活動が、より便利に、効果的に、効率的に行える。子どもたちの学習意欲や興味関心を刺激し、学びを深めることもできます。とはいえ、情報端末は魔法の箱ではない。先生がしっかり授業計画を立て、しっかり指導してこそ、情報端末の効果は得られるのです。ですから、「一人1台の情報端末」で学習活動を改善するには、今まで以上に先生は授業力を鍛える必要があります。
まずは、実物投影機や電子黒板など、今の学習指導要領が求めているICTを活用して経験値を上げましょう。ICTを活用した指導力を、今のうちに上げておけば、「一人1台の情報端末」が入ってきても困らなくてすみます。
逆に、電子黒板や実物投影機を使って、「大きく映して教える」経験がないと、「一人1台の情報端末」を導入したときに相当困ります。何をどう教えればいいのか、どんな場面で使えばいいのかがわからないのです。たとえば実物投影機で子どものノートを映して発表させる授業を経験していれば、情報端末が入っても、使う場面に迷いませんし、活動のねらいもぶれません。
ところが、電子黒板や実物投影機をまだ整備していない自治体もまだ残っています。電子黒板や実物投影機といったICTは、現行の学習指導要領で活用が求められているもの。だからこそ、今の学習指導要領が実施されるのに先駆けて、『スクールニューディール政策』で多額の経費をかけて、整備を進めたのです。それなのに、未だに整備していない自治体があるのは憂慮すべき状況。「一人1台の情報端末」を独自に整備し始めている自治体もあるというのに、相当出遅れていると言わざるを得ません。
今年6月に閣議決定された『第2期教育振興基本計画』でも、電子黒板や実物投影機などを整備し、高速インターネットや無線LANの整備率を100%にすると明言しています。ここで示されたICT環境は、「一人1台の情報端末」の活用に不可欠であり、大前提となる環境。たとえば無線LANや電子黒板がなければ、「一人1台の情報端末」を導入してもその効果を発揮できません。
それにもかかわらず、この順番を理解せず、電子黒板がない状態で「一人1台の情報端末」を導入してしまうケースも見られます。情報端末の操作方法を、黒板に手書きして教えるという、笑うに笑えない話もあるほどです。
ICTを日常的に使える環境が整っていなければ、教師もICTを活用した指導力を向上できません。日常的に使うようになれば、すぐ指導力が上がるものでもありません。日常的に使い始めてしばらく経ってから、指導力は向上し始めます。「一人1台の情報端末」が数年後に始まりそうな今、もはや猶予はありません。今すぐ、電子黒板や実物投影機といったICTを整備し、日常的な活用を始めなければ、間に合いません。
子どもたちに情報活用能力を
育むことも必要
すぐそこまで迫っている「一人1台の情報端末」の時代。技術的な課題は私はあまり心配していません。先生方が上手に使えるだろうかとも心配していません。今のうちにICT活用に慣れておけば問題ありません。授業力の高い先生なら、すぐに使いこなせるはずです。心配なのは、子どもたちです。
「一人1台の情報端末」の時代には、教科書や資料集、ワークシートやドリルなどの教材もデジタル化されます。インターネットからも情報を集める機会が増えます。これらのデジタル教材やデジタル情報を必要に応じて使い分け、まとめ、発信するスキルが必要となるのです。また、まとめたファイルを定められたフォルダに保存したり、開いたりするといった、基礎的なスキルも必要になります。
いわば、情報活用能力が必須。これがないと、子どもたちは情報端末を学習の道具として使いこなせず、学習効果を得られません。それどころか、授業についていけなくなる恐れもあります。ノートがうまく取れない状態で、授業を受けているのと同じになってしまうのです。
では、この情報活用能力を、いつ、どうやって育むか。これが新たな課題です。日本の学校では、ノートの取り方や字の書き方を教えますが、それと同じように、情報端末の使い方も教えなければなりません。しかし、今の小中学校には情報科がない。どの教科の、どの単元で、どうやって教えればいいのか。
そこで文部科学省では、今年の10月から来年の1月にかけて、「情報活用能力調査」を実施します。ランダムに抽出された約200校で、小5と中2を対象に調査します。これはコンピュータを使ったテストであり、検索したり、スライドを作ったり、情報モラルの問題に答えたりと、さまざまな問題に取り組ませて、日本の子どもの情報活用能力を測定します。
その調査結果は、2020年ごろの次の学習指導要領に反映される可能性があります。日本の子どもの情報活用能力は不十分と判断されれば、学習指導要領に明記して、情報活用能力の育成に取り組むことになるかもしれません。次の学習指導要領に盛り込まれることになれば、移行措置は2010年代後半に始まります。先ほど挙げた政府の政策に書かれていた「2010年代中に『一人1台の情報端末』を整備」という文言には、こういう意味も含まれているのです。
子どもの情報活用能力を育むには、当然ICT環境が必須です。「一人1台の情報端末」だけでなく、電子黒板や実物投影機といったICTも必要不可欠です。子どもの情報活用能力を育むためにも、今すぐに電子黒板や実物投影機などのICTを整備しなくてはなりません。
ICT整備はもう待ったなし。
今やるしかありません
あと数年で「一人1台の情報端末」の時代は始まるかもしれない。そんな状況なのに、まだ電子黒板も入っていない自治体がある。このまま遅れをとっていたら、この先もどんどん差は広がっていくばかり。日本が国を挙げて取り組んでいる施策に、乗り遅れてしまいます。私もいろいろな学校を訪問して現場を見ていますが、自治体間の格差は、背筋がゾッとするくらい広がっています。
電子黒板や実物投影機を常設して4~5年経つ学校では、すべての先生が日常的にICTを授業で活用し、指導力を高めています。日常的に使っているから、腕も上がっているのです。たまに使うだけでは、スキルは伸びません。倉庫からひっぱりだして、イベント的にICTを使うだけではダメなのです
もはやICTは、特別なものではありません。ICTを常設して、日常的に使える環境を整備しましょう。今やるべきことを、今やっておかないと、子どもも先生も取り残されます。時代に乗り遅れます。小学校や中学校は義務教育です。ICTの整備に遅れた自治体の学校に通う子どもたちは、他の自治体の子どもたちより低水準の教育しか受けられなくなります。その責任の重さを肝に銘じてほしいと思います。