公開日:2014/4/1

韓国ハンビット初等学校に学ぶ タブレットを活用して授業の質を高める

2013年7月からチエルが韓国・ハンビット初等学校と進めてきた、
普通教室でのタブレット端末活用に関する共同研究が今春、ひとつの区切りを迎えた。
ここから私たちは何を学び、今後の授業実践にどのように生かしていくべきなのか。
コーディネータを務めた、富山大学の高橋純准教授にお話を伺った。

富山大学 人間発達科学部 高橋 純 准教授

韓国では現在、「スマート(SMART)教育」を推進している。これは、ICTを活用して学習の効率性を高め、21世紀型スキルの強化を目指すものだ。SMARTとは、次の5つの学習方法を軸としている。
S…自己主導的な学習方法
(Self-directed)
M…動機づけられた学習方法
(Motivated)
A…学習者に合わせた学習方法
(Adaptive)
R…豊富な資料を持った学習方法
(Resource enriched)
T…ICTが埋め込まれた学習方法
(Technology embedded)
 韓国ではスマート教育推進にあたり、すでに、1996年からデジタル教科書の開発を進めており、2007年には小中学校での実証実験を進めてきた。そして、ソウル市では2011年に新設した小学校、中学校、高等学校から各1校を「スマートラーニング研究学校」に指定し、校内に「スマート教室」を設置。同様に、仁川市でも従来のデジタル教科書研究学校を「スマート研究学校」として遂行している。

“普通の”学校で実践することの意味

 共同研究を実施したハンビット初等学校は、京畿道坡州市の公立小学校で、スマート教育の研究指定を受けた小学校ではありません。そのような小学校での共同研究を実践するにあたり、5年生1学級(児童数31人)に、研究学校並みの設備を整えました。

 教室には、既設の50インチのデジタルテレビ1台に加え、プロジェクタ式でホワイトボードにもなる86インチ電子黒板1台、教員用デスクトップパソコン1台、教員用11インチタブレット端末1台、児童用11インチタブレット端末31台を常設しています。そして、教室内は無線LANを整備し、チエルが開発したタブレット対応の授業支援システム『T-CAT』(韓国での製品名)のほか、韓国政府によるデジタル教科書、SNSソフトウェア「LINE BAND」(キャンプ・モバイル社)等がインストールされています。これは、スマートスクールや日本のフューチャースクールと似た学習環境と言えるでしょう。

 韓国では国を挙げて「スマート教育」の研究を進めてきましたが、現在は研究指定を受けた実験校から、”普通の”学校へ教育実践を移行する段階にあります。今回の共同研究の目的は、実験校での実証研究の蓄積から、普及型の授業実践やICT環境整備を明らかにすることにありました。例えば、これまでの実証研究から、タブレット端末を活用した授業でも「書く」学習活動は日常的に行われ、とても大切だとわかっています。そこで、児童用タブレット端末は、紙のような書き心地を実現した機種を選択しました。このようなハンビット初等学校での研究は、今後、日本の学校や自治体が導入していくうえで起こりうる事例として当てはめて考えることができるのです。

課題解決型学習を支援する『T-CAT』

 昨年7月に共同研究を開始し、これまでに4回、実際の授業を視察しました。「一人1台の情報端末」を活用した授業をどのように展開され、そこからどのような課題が見えてきたのかをお話しましょう。

 まず、授業の流れですが、各回で微妙な違いはありますが、大きくは、

1 課題提示(一斉指導)

2 学習や資料作成(個別学習)

3 発表・まとめ(全体発表)

の流れになっていました。

  1の「課題提示」では、まず担任のキム・イスウ先生は『T-CAT』やデジタル教科書を使って写真や図を電子黒板に提示し、既習事項を確認します。この時点では、まだ子供の机の上にあるタブレット端末は伏せられたままです。子供たちは、キム先生の話や電子黒板に提示された写真や図に集中します。そして、既習事項を発展させた写真や図を提示して、「これを見て、あなたの考えを書きなさい」「これとこれを比較して、あなたの意見を書きなさい」と、子供たちが取り組む課題を示すのです。算数の規則を考える授業では、碁石の並んだ簡単な図からみんなで一緒に規則を導き、続いて複雑な図が個別に取り組む学習課題として示されました。

 次に、 2の「学習や資料作成」段階に進みます。キム先生の指示で、31人の子供たちは一斉にタブレット端末を開いて電源を入れ、『T-CAT』を起動します。数秒で一斉にシステムに接続することができます。トラブルもありません。些細なことかもしれませんが、先生が短い授業時間で安心して授業を行うには、子供たちの”学習規律”や”慣れ”のみならず、こうしたストレスやトラブルなく学べるICT環境整備が重要なポイントになるのです。

 そして、キム先生は、『T-CAT』を活用して、学習課題に対応した自作のワークシートを子供たちのタブレット端末に一斉配布します。自作ワークシートが必要のないときは、白紙のワークシートに書き込むこともあります。子供たちは、学習課題に対しての自分の考えをペンでタブレット端末上に書き込みます。実は、この31人が書いているそれぞれの考えは、教室前方の電子黒板上にリアルタイムに表示されます。キム先生が、『T-CAT』の「学習者一覧機能」を使って、31名の子供全員分のタブレット画面を電子黒板上に一覧表示しているのです。うまく書けない子供は、電子黒板上の一覧表示から、友だちがどのような考えを書いているのかを参考にします。また、キム先生も、電子黒板上の一覧表示を通じて、一人ひとりの学びの様子を把握し、考えを書けずにいる子供への机間指導に入ります。さらに、子供たちは、班で相談をしたりしながら、自分の考えをまとめていきます。

  3の「発表・まとめ」では、キム先生に指名された子供が、自分の考えを学級全体に発表します。その際に、キム先生は、一覧表示から指名した子供の考えのみを電子黒板上に大きく表示します。これは、電子黒板上の先生が指名した子供の画面をクリックするだけで簡単にできます。子供は、電子黒板に提示された自分の考えを示しながら発表を行い、発表が終わると、キム先生が解説を行います。そして次の子供を指名します。こういった発表を2~3名の子供が行います。指名順について、キム先生は、 1の段階での電子黒板上の一覧表示を見ながら考えているとのことでした。加えて、それぞれの子供の考えがスムーズに電子黒板上に提示できるので、発表は無駄な時間がなく、スムーズに進みます。

 キム先生の授業では、この「1課題提示」→「2学習や資料作成」→「3 発表・まとめ」という授業の流れを、10~15分程度で行います。そして、それが45~60分の授業で3〜5回繰り返されます。つまり、難しい学習課題が一つだけ出され、それを授業時間中ずっと考えるのではありません。最初は簡単で、徐々に難易度が高まっていく学習課題に繰り返し取り組みます。キム先生は事前に学習課題をよく練っていることがわかります。その結果、子供たちは、簡単すぎず難しすぎない、必要感もある小さな課題にいくつも取り組んでいくうちに、理解が深まり、難易度の高い問題にも取り組めるようになっていました。授業を成功させる主要因は、こうした学習課題の設定にあると言えます。

授業スタイルは変わらず、質が高まる

タブレット端末上できれいに文字が書ける。

 先ほど述べたように、キム先生が行った課題解決型学習の授業のポイントは、学習課題の設定や繰り返しの仕方にありました。それでは、「一人1台の情報端末」や『T-CAT』は、何に役立ったのでしょうか。

 『T-CAT』を使えば、学習課題の一斉配布がしやすく、「学習者一覧機能」によって、子供たちの考えが一覧でき、しかも、大きな電子黒板の画面では、スクロールなしに全員の状況をリアルタイムに把握することができます。短い時間で多くの学習課題に取り組めたり、一人でも多くの子供が発表できるようになりました。効率よく、密度の濃い授業の実現が可能になりました。つまり、全く新しい授業を創り出されたのではなく、これまでの授業スタイルは変わらず、質が高まったと言えるでしょう。これが、普及型実践だと考えられます。

 では、『T-CAT』を活用した授業で、どのような機能がよく使われていたかに着目してみましょう。活用頻度が高かった機能の一つは、「学習者一覧機能」でした。子供たちが課題に取り組んでいる様子を瞬時に一覧できることは、教員にとって、授業を進めるうえで重要です。ただ、この機能を活用するタイミングは、子供とのやりとりなど、授業が最も盛り上がっていて、先生も臨機応変で複雑な意志決定をするタイミングです。先生は難しいICT操作に力を注ぐ余裕はないでしょう。直感的な最低限の操作で、学習者一覧や子供の考えの拡大提示ができる必要があります。つまり、「学習者一覧機能」は、授業支援システムに備わっているだけではなく、トラブルなくスムーズに動くことを満たしていてもまだ不十分であり、さらに直感的な最低限の操作での実現が要求されるのです。これが普及期のソフトウェアが満たすべき基準になるでしょう。

 同様に「ペン機能」もあります。「ペン機能」は、どのようなソフトウェアにも搭載されている当たり前の機能です。しかし、活用頻度が高いだけに、ペンの種類、色や太さの選択を毎回する必要があったり、反応が悪かったりすれば、授業はうまくいかなくなります。「学習者一覧機能」と同様に、直感的な最低限の操作で活用できる必要があります。

 ハンビット初等学校での共同研究は、この春でひと区切りがつきました。

 繰り返しになりますが、普及期のソフトウェアは、単に機能が搭載されているだけではなく、トラブルなくスムーズに動くこと、そして、直感的な最低限の操作で活用できることいった、機能の質の向上が欠かせないこと、そのために改良すべき主要な機能などを学びました。

 これまでの授業スタイルを大事にする先生を支え、子供がより良く学べる学習環境の実現のために、絶え間ないソフトウェアの改良が必要だと考えています。『らくらく授業支援』※が、日本の先生方にも受け入れられ、授業の質の向上に資するソフトウェアになることを期待しています。

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