上智大学とCLIL
CLIL導入へ の軌跡と実践

上智大学文学部英文学科 池田 真 准教授

学部・大学院での専門科目を担当している他、教職課程での中高英語の教員養成をはじめ、CLILを使った新英語プログラムのカリキュラム開発や教員研修に関する企画等を行っている。右はCLILの最新メソッドを日本で初めて紹介した「CLIL上智大学外国語教育の新たなる挑戦 第1巻 原理と方法」と、CLILの実践例を紹介する「第2巻 実践と応用」。

上智大学言語教育研究センター 逸見シャンタール 講師
言語教育研究センターで、1年次必修の Academic Communicationを担当する。また、2014年秋学期からは、 上智大学の新しい教員研修プログラムの中で省察的実践(reflective practice)を通じて教室英語を担当する。

真のグローバル大学へ進化する上智大学

「外国語教育」で名高い上智大学が、「真のグローバル大学」へ進化しようとしている。2013年に迎えた創立100周年を機に、大規模な教育改革に着手した同大学は2014年には「ソフィアが世界をつなぐ」を掲げ、21世紀のグローバル社会で活躍できる人材育成を目指し、先駆的な取り組みを始めた。全ての新入生に対して必修化されたCLIL(クリル:内容言語統合型学習)についてCLILを同大学に導いた検討メンバーのひとり、池田真准教授と、CLILを授業で実践する逸見シャンタール先生のお二方にお話を伺った。

ヨーロッパ生まれの教育法

 1994年にヨーロッパで提唱されたCLILとは、非母語で科目を学ぶことで、科目内容・語学力・思考力・協同学習という四つの要素をバランスよく育成する教育法である。

 「日本では英語が中心なので、新しい語学学習法ととらえられがちですが、CLILは、良いと言われる教育実践を統合した教育法です」と池田真准教授は話し出す。

 CLILは、複言語主義に基づくEUの言語政策の一部として始まった。EU内で経済が流通しはじめ、共通の言語教育が課題となり、英語の科目を増やすのではなく、科目を英語で教える、という手段が選ばれたのだ。その歴史は浅いが、現場で教育的価値が認められ、現在すでにヨーロッパのほとんどの国の教育に組み込まれているという。

従来の教育法との違い

 では、CLILはイマージョンやCBI(Content-Based Instruction)など、以前から存在する教育法とどう違うのか。「第一は目的の違いです。イマージョンは、ネイティブスピーカーの科目の先生が、英語で授業をする科目教育です。それに対して、CBIは語学教育です。これはネイティブの先生、非ネイティブの先生もいます。CLILはその中間で、科目教育と語学教育の両方の習得を目指します。ヨーロッパでは基本的にCLILの先生は非ネイティブの科目の先生です。第二に、方法論の違いです。CLILは、科目内容と語学力に加え、思考力と協同学習も意図的に考えられ、授業計画が作られ、教材も準備されます」と池田准教授は述べる。

 さらに、「CLILはスマートフォンのようなものです。スマートフォン自体には、新しいテクノロジーは無いでしょう。携帯電話と、音楽プレーヤーと、インターネットとカメラがひとつにパッケージ化され、そこに価値が生まれた。同様に、CLILはいわば、教育のパッケージ化で、高品質・高密度な学習を生み出したのです。それこそがCLILの最大の特徴です」と話してくれた。

CLILの二つのタイプ

 CLILは二つのタイプに分けられる。ひとつは、ヨーロッパで行われている『強形』で、カリキュラムに組み込まれた科目教育として、教科担当教員が、毎授業、ほぼ英語だけで行う。もうひとつは『弱形』で、英語教育の中で、語学教師が、単発的に、英語と母語の両方を用いて行う。「日本では『弱形』の方が導入しやすいですが、高校の学校設定科目、大学での一般教養・専門教育科目などでは、『強形』も可能です」と池田准教授は話す。

CLIL講座の開講に向けて

 同大学におけるCLILプロジェクトは、教育イノベーションプログラムの一環として始まった。「語学の上智」で名高い同大学も、語学を専門としない学生に対する英語教育に関しては、他大学と差別化できていないのではないか、という問題が提起されていた。それを契機に、問題提起をした遠藤俊春氏(総務局)をはじめ、渡部良典教授(外国語学研究科言語学専攻)、和泉伸一教授(外国語学部英語学科)、そして池田准教授の4名のプロジェクトチームが発足した。

 CLILを2007年にヨーロッパの学会で知った池田准教授の提案により、CLILが単なる語学科目ではないこと、また、学科の専門科目ほど高度な内容を扱うわけではないことなど、当初の課題を解決する最良の策として、CLIL採用が決定した。

 2008年にプロジェクトが始まり、CLILの授業が2010年4月に実施されるまで、立案→設計→研修→実施→評価、と教育プログラム開発の原理を踏まえて進められた。

 2009年、プロジェクトチームと、授業担当者向けの講演会が開催された。「当時、ちょうど本学が文部科学省のグローバル30※に選ばれていて、その予算からCLILの第一人者であるデイビッド・マーシュ教授を講師として招聘することができました。これが日本で初めての、CLILの紹介でした」と池田准教授。

 『CLIL–ヨーロッパの経験と日本の高等教育への示唆』という演題で行われた講演は、会場の収容人数150人を大きく超える参加者を学内外から集め、日本でのCLILへの関心の高さが明らかになった。

 プロジェクトチームは、その講演に次ぐワークショップや、準備中のプログラムへの助言を受けるなど、プログラム実施へ向けて、大きく前進した。

 こうして2010年に開講されたCLILプログラムに対する学生の関心は非常に高く、初年度の総定員が100名のところ、受講希望者が殺到したため、抽選となったほど。そして、受講者や、教師の授業への満足度は、極めて高いアンケート結果が出た。

新カリキュラム

 このように、CLILは3年間のパイロット期間を経て、2014年度から同大学に導入された新しいカリキュラムの必須科目に組み込まれた。「1年次必修のAcademic Communicationという科目がそれで、English for Academic Purposes(EAP)と、CLILが柱となっています」と逸見シャンタール先生が説明してくれた。

 春学期は、講義ノートの取り方、ディスカッションやプレゼンテーションの技法、効果的な情報収集の方法など、アカデミックな英語運用力を高め、秋学期からは、そのスキルを基にCLILを実践し、科目内容について、語学力と思考力と協同学習力を駆使して、英語での理解を高める。

 それをベースに、2年次から4年次にかけて三つの科目群から選択する。選択科目の一つ目は、経済学や心理学など専門分野を英語を通して学ぶAcademic English群。二つ目は、通訳英語やジャーナリズム英語など、高度な専門職で必要とされる英語を学ぶProfessional English群。三つ目は TOEIC®テストやプレゼンテーションなどを学ぶ Practical English群である。

 これら新カリキュラムの評価方法について、逸見先生は「総合グローバル学部という新設された学部には帰国子女が多く、CLILを導入した授業は彼らにとって優位と思われがちです。しかし、内容学習と語学学習の比重が等しくプログラムされたCLILの授業では、ネイティブ並みの発音ができる帰国子女であれば評価が高いというわけではありません。クリティカル・シンキングを使い、自分の考えを英語で効果的に伝えることが求められています」と話してくれた。

CALL教室でのCLIL

 同大学は、チエルのフルデジタルCALLシステム『CaLabo EX』を導入している。CALLシステムを活用してCLILを実践している逸見先生は、その授業についてこう話された。「四つのCをバランスよく授業に組み込むことにより、CLILの授業の効果が上がります。CALLは学生の自主性を引き出すための調べもの学習のガイダンス、視覚教材やオーセンティック教材の使用などに有効に使うことができます」と。

 逸見先生が担当する1年生の必須授業『Academic Communication』の授業の流れの一部は次の通りだ。《》内は、四つのCを示す。

 「ミニレクチャー」では、基礎的な知識を身につけて受講するよう、学生は事前に課題《Content》の新聞の記事、あるいは論文を読む。逸見先生は、専門用語を簡単な英語に置き換え《Communication》、図表・写真を使って視覚的に捉えられるような資料をPowerPointなどで提示する。「ミニレクチャー」に続く「ペアワーク・グループワーク」では、新しく学んだ内容についての理解を深め(cognition)、「協学」を通じて《Community》を実現する。

 CLILの授業では、このように、「情報のインプット(読み聞き)」→「情報の加工(思考)」→「情報のアウトプット(発表や書き記し)」という流れになることが多い。このうち最もCLILらしいのは、第二段階の「情報の加工」である。学ぶ題材に関する情報を分析し、価値判断を加え、論じ合うという深い思考言語活動を行うことで、内容と言語の両方の習得が促される。

 このようなCLILの特徴的な指導法をまとめると、表のような10項目に要約される。「学生から何を引き出したいかを決め、指導のプロセスを5分刻みに切って授業を計画します。その手段としてCALLシステムを使うかどうかを考えます。CALLシステムはCLILを取り入れた授業力を高めるためには、優れた手段になりますね」と逸見先生は話す。

 「CLILはもともと、アナログ的な教育方法です。そこに、手段の一つとして、CALLシステムをはじめとしたICT機器がうまく融合されて行くのだと思います」と池田准教授が添えた。

上智大学とCLILのこれから

 「多様性のあるコミュニティの中では様々な学習のモードがあり、人によっては心地よく、ある人にとっては難しい授業だと思います。バックグラウンドの異なる学生同士が、助け合い、教え合う、CLILが求める授業が実現しています」と池田准教授は話す。同大学内では、CLIL導入に対して好意的な反応が多く、今後の教員採用にあたっても、CLIL賛同者であることを条件にしていくという。

 すでに同大学が運営する国際交流プログラムにCLILが加わり、他国の文化や異なる価値観に触れ、真のグローバル人材が育成されて行くに違いない。

 「CLILを、新しい語学学習法という枠を超えて、知っていただきたい。21世紀後半を生き抜く子どもたちを育てるために必要な四つのCが組み込まれた教育法であり、その考え方と方法論を積極的に授業に取り入れていただきたい。そして、小学校から大学に至るまで、従来の授業法を一変しなくとも、一部あるいは付加した形でCLILを実践していくことがグローバル人材の育成につながる」と池田准教授は話をしめくくられた。

※グローバル30:文部科学省事業「国際化拠点整備事業(大学の国際化のためのネットワーク形成推進事業)」

上智大学CLIL × CALLセミナー レポート

2014年7月25日、上智大学で、高等学校の外国語教育をご担当の先生方を対象にCLILをテーマにした「第8回上智大学CALLセミナー」が開催されました。日本全国から約40名の教員が集まり、盛況に終了しました。そのセミナーの様子をチエルWEBマガジンでレポートします。ご覧ください。

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