「理想の教養教育」に向けて進化し続ける東京大学のアクティブラーニング。その真髄に迫る!

東京大学のICT支援型協調学習教室『KALS』 Komaba Active Learning Studio

東京大学は2007年5月、1・2年生が学ぶ駒場キャンパスに「駒場アクティブラーニングスタジオ(KALS)」を開設し、「理想の教養教育」を目指した新しいタイプの授業を日々実践している。そこで今号では、教養学部附属 教養教育高度化機構 アクティブラーニング部門の専門教員3名にインタビューを実施。東京大学教養学部におけるアクティブラーニング、協調学習型授業への取り組みについて紹介する。

教養学部附属 教養教育高度化機構アクティブラーニング部門

特任助教
福山 佑樹先生
特任准教授
小原 優貴先生
特任助教
脇本 健弘先生

インプットからアウトプットまで一貫した能動的学習

KALSは、約144㎡、定員約40名の教室スペースの他に、ウェイティングスペース、倉庫、スタッフルーム、準備室で構成されている。

 駒場アクティブラーニングスタジオ(以下KALS)で共通認識となっているアクティブラーニングのコンセプトは、「現象・データ・情報・映像などの知識のインプットに対して、学生が能動的に読解・作文・討論・問題解決などを通じて分析・評価・意志決定を行い、その成果を統合・組織化してアウトプットする学習活動」である。教養教育における多様な内容に応じてディスカッションやグループワークを行い、プレゼンテーションや発表用資料の作成などに集約させる学習手法だ。学生自らが複雑な情報を整理して本質的な課題を見つけ出し、その解決を目指してさまざまな視点から課題に取り組むことにより、広い視野から問題に対応する能力を養うことを目標としている。

 この教育手法の開発は、「ICTを活用した新たな教養教育の実現」に向けて2007年度からスタートした文部科学省による補助事業『現代的教育ニーズ取組支援プログラム』の採択事業の一環でもある。同プログラム内で設定された六つの課題のうち、「教育効果向上のためのICT活用教育の推進」として採択されたもので、「アクティブラーニングの深化による国際標準の授業モデル構築」の実践と情報発信を行ってきた。

授業の進め方も教室レイアウトも既成概念にとらわれない自由さ

 特徴的なのは、個別の授業を担当する教員の他に、KALSの授業支援や有効活用に向けた提案・コンサルティングを行う専門スタッフが常駐していること。それが今回お話を伺った3名の先生方である。

 「私の担当授業では90分程度の授業の場合、まずは20分から30分間程度、教員がパワーポイントを使用した講義を行ったり、資料やサンプルを見せたり触らせたりしながら、学生は最低限のインプットを行います。その上で、学生個々で方策を考える時間やグループワークとして課題解決方法を考える時間を設定。1回の授業時間内にアウトプットとして結論まで到達させることもあれば、次の授業までレポート作成を課したり、発表の準備をさせたりすることもあります。いずれの場合も、教員が長く話し続けることがないよう、タイムキーピングが大切です」と語るのは福山先生。まず留意すべきは時間配分のようだ。

 また、インプットとアウトプットについては、「ジグソー法」や「ボールトス」といった手法を用いる授業もある。「ジグソー法」は、グループ内で一人ずつ異なる内容の資料を読んで情報のインプットを行い、各自が得た情報を持ち寄って全体像をクリアにし、対策を検討していくもの。「ボールトス」は、ランダムにボールを渡された学生が意見を述べていく対話型授業だ。

 「机を使用せずにイスだけを円形に並べ、『授業では机を使う』という固定観念を取り払った例もあります。円形のほか、学生をアルファベットのU字状、馬蹄型に並ばせることもありますが、ポイントは教員が常に学生の近くにいるという距離感です」と福山先生が言うように、アクティブラーニングの具体的な授業の進め方は多種多様であることがわかる。

学生の意識の変化が成果に直結していく

 人前で意見を述べることが苦手な学生は少なくない。「元々の知識量や新たなインプットの速さ、インプットできる情報の多さには驚かされることが多いですが、理路整然としたアウトプットができるようになるまでは、やはり慣れが必要です」と福山先生。「慣れは学生同士の信頼関係とも関係しています。堂々と意見を言い合える仲間がいればこそ、安心感という心理面の下地ができ、アクティブラーニングの目的達成に近づけるのです」と続けた。アウトプットに挑もうとさせる動機付けはもちろんのこと、アクティブラーニングに向き合う際に望まれる意識の醸成がカギとなる。

 「東大生に目立つのは、『下手なアウトプットはしたくない』『納得いくまでやりたい』という考え方です。これに対して、『完璧は求めない』『時間内である程度の内容に仕上げれば良い』と伝えるのですが、時間内に質の高いアウトプットをするためには訓練が必要です」と福山先生は分析する。

 では、具体的にどのような能力が養われ、アウトプットの質が上がっていくのか。「グループワークでありがちなのは、グループの学生全員分の意見を足し合わせたアウトプットを目指してしまうことです。これが少しずつ改善されていくことで、教員は学生の成長を実感できています」と脇本先生は語る。

 他方で、グループ内でリーダーシップを発揮する学生が現れたり、学生一人ひとりが自主的に役割分担を考えるようにもなるとのこと。個性を生かし、個性を伸ばす授業が着実に展開されていると言える。さらに、「ただし、話すのが好きでプレゼンテーション能力の高い学生は、どうしても話し続けてしまう傾向にありますので、そんな学生には聞く力、周囲の意見を引き出す力を高めることが課題になります」と脇本先生は指摘する。

教員の指導方法にも多彩で斬新な選択肢が生まれる

グループワークでは、人数に応じて自由に組み合わせ方を変えられる「まがたまテーブル」が重宝。ハードの有効活用が、アクティブラーニングの効果を高めている。

 「アクティブラーニングは、学生が成長するばかりでなく、教員がそれまでの自分の指導方法を振り返るいい契機にもなります」と語るのは小原先生。そう、KALSでメリットを享受しているのは学生ばかりではない。一斉授業では実現できなかったフレキシブルな授業が可能になったことで、教員の考え方自体が柔軟に変化。「こういう教え方がしたい」を具現化できているのだという。

 「『常に学生全員の顔を見ながら授業したい』『新たに担当する科目はKALSで行いたい』という声は絶えず上がってきます。私たちアクティブラーニングの専門教員は、そんなニーズに応え、授業の効果を最大化するための提案をしていくことがミッションです」と福山先生。KALSの開設以来、教員の理解は深まってきているというが、これから初めてアクティブラーニングを導入しようと考える教員も少なくない。そして、「各授業の専門に関わることには踏み込めませんが、それでも、ノウハウ提供の機会は絶え間なく発生し、その都度自由に提案できる環境です。提案の質を高めるためにも、さまざまな授業を見学しながら、ノウハウを蓄積していこうと考えています」と話すのは脇本先生。

 また、小原先生は今後、学外での学びと融合させた新しい授業スタイルにも挑んでいきたいという。「私の専門である『フィールドワーク』にKALSのノウハウを融合させるなど、従来とは異なる方法でインプットした情報をベースにした体験型教育を計画しています。講義や資料から情報を得るだけではなく、学生自らが経験する中で問題意識を高めていける機会をつくっていきたいですね。これは東京大学における教育改革のみならず、海外でも盛んなムーブメントだと思います」。

ノウハウや心構えを学びに年間数十校がKALSを見学

 アクティブラーニングを導入する教育機関は年々増加の一途を辿っているが、東京大学の取り組みは否が応でも注目される。KALSには年間数十件、全国の大学のアクティブラーニング担当者や高校の教員、教育委員会の幹部などが見学に訪れる。準備から運用までの予算規模やノウハウについての質問が多いが、トップダウンでアクティブラーニング導入を指示されたものの、何をどうしていいかわからないといった相談もあるという。

 福山先生は、「アクティブラーニングという言葉だけが一人歩きしているようにも思いますが」と前置きした上で、次のように語った。「アクティブラーニングには、『準備が非常に大変』そして『学生の対話任せ』という二つの大きな誤解があると感じます。『準備』で肝心なのは、どのような問いを作り、どう学生に投げかけ、どう学生自ら考えさせるかということ。導入は少しずつでいいと思いますし、おそれることなく取り組みを始めてほしいですね」。

 また、「学生の対話任せ」という誤解については、脇本先生から示唆に富んだ意見をいただいた。「危惧しているのは『対話疲れ』です。アクティブラーニングは、やればいいという単純なものでもありません。軽度のものならば全科目で導入すべきだと思いますが、本格的なアクティブラーニングばかりでは学生の負担が増え、一斉授業への回帰現象が起こらないとも限りません。学生の興味・関心には当然ながら個人差がありますので、一つひとつの授業をきちんと設計・運用しなければ学生は疲弊しかねないのです。履修登録後のミスマッチを避けるためにも、シラバスには授業の進め方をできる限り詳細に記載することも重要になります」。

 確かに、週をまたいでのグループ発表の場合、学生が授業時間外に集まって議論する時間が必要になるが、サークルや部活動、アルバイトなどの都合でなかなか集まることができないのも事実。かといってメールやSNSなどで意見交換をしても非効率的だ。そこに、グループ発表の課題がいくつも重なるとなれば、負担はさらに大きくなる。あくまでもアクティブラーニングは指導方法のひとつとして、目的や科目に応じて導入するか否かの見極めが肝心のようだ。

 最後に脇本先生からは、次のような提言をいただいた。「学生が将来の夢や目標をクリアするために、アクティブラーニングを通じて多様な分野への興味を高め、自らの進路を自ら考えるきっかけにしてもらうといった位置づけでもいいと思います。アクティブラーニングの導入や本格化の際には、学生にどうなってほしいか、学生をどう育てたいかというポリシー・コンセプトをまずは明確にすることが大切でしょう」。

A:KALSでの2015年度夏学期の開講授業は、初年次ゼミナール理科(3コマ)、初年次ゼミナール文科(5コマ)、英語2コマ、全学自由研究ゼミナール、化学基礎、大学教育開発論の合計13科目(コマ)。
B:効果的なプレゼンテーションが行えるように、4面プロジェクターや、インタラクティブホワイトボード、PRS(Personal Response System)などのICT機器が設置されている。
C:教室スペースの瞬間調光ガラスは透明度の変更が可能。スイッチ一つで不透明のガラスが透明に変わり、スタジオの様子を見ることができる。
D:「まがたまテーブル」は、組み合わせによって2人から6人までのグループワークに対応。東京大学とメーカーが共同開発したものだ。
E:授業は、タブレットPC やインタラクティブガラスボード、パーソナルレスポンスシステムなど、最新のIT環境を必要に応じて組み合わせて進められる。

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