公開日:2016/8/5
思考力を育む、関西大学初等部の『ミューズ学習』
PART 2 次期学習指導要領を見据えて
「思考ツール」を使って、子供たちの「思考力」を鍛える教育を行っている、関西大学初等部。創立6年目ながら、その先進的な取り組みは高く評価されており、先日行われた公開研究発表会には、実に約1,000人もの教育関係者が訪れたという。
大阪府関西大学初等部
関西大学初等部が目指す育成方針
「思考力の育成を本校の特色にしよう!」
2010年4月に創立される関西大学初等部を、どんな学校にするか。創立準備のために集まった先生方は、すぐに全員がこの方針に賛同した。学校教育法が示す「学力の三要素」にも「思考力」は含まれており、今後は「基礎的な知識や技能」を習得するだけでなく、その知識を活用して課題を解決する「思考力」がより重要になってくるのは、誰の目にも明らかだったからだ。
方針はすぐ決まった。しかし、課題はあった。そもそも「思考」とは、頭の中で分析したり推理したりする過程や結果だ。目に見えないものを、どのようにして伸ばすのか、どのようにして評価するのか。
そこで関西大学初等部では、関西大学の黒上晴夫教授らと協力して、「思考ツール」を使って、「思考スキル」を身につける取り組みに着手した。
まず、数ある「思考スキル」の中から以下の六つを選択した。
「比較する」
「分類する」
「多面的に見る」
「関連づける」
「構造化する」
「評価する」
「本当は、思考スキルは六つではなく、19種類あるんです。たとえば、国語科でよく使う『広げる』とか、社会科でよく使う『多面的にみる』とか。どの思考スキルを育むかは、かなり議論になりました。最終的には、さまざまな教科に共通する思考スキルの重要性に気づかされたのです」と、古本温久先生は言う。「思考力」をより細分化・具体化した六つの「思考スキル」に重点をおくことで、どのようなスキルを習得・活用させるのか、そのためにはどのような活動をさせ、指導をすればよいのか、方向性がより明確になる。そして、それぞれの「思考スキル」を鍛えることが、最終的には「思考力の育成」につながると考えたのだ。
図版提供:関西大学初等部
比較する
- ベン図。二つの事柄の共通点を円の重なり部分に、相違点を重なりのない部分に記入して、比較する。
分類する
- 複数の視点で分類する際に用いる。たとえば、三つの視点で分類するならYチャート、四つならXチャート(図)、五つならWチャート。
- 3年生後半からはKJ法(※1)も用いる。
多面的に見る
- 図左は、1年生で習う、くま手図。ある事象を複数の視点で見て右側のくま手状の先に書き込み、そこから得た自分の考えを左の空欄に記入する。
- 2年生は、お魚ボーン図、3年生以上は、ボーン図(図右)を用いる。左の空欄に自分の考えを書き、その理由や根拠を右側の骨の部分に書く。
関連づける
- 低学年は、イメージマップ、3年生以上は、図のコンセプトマップを使う。ある事柄のキーワードを付箋に書いて貼りつけ、それぞれの関係性を言葉で書き加え、最終的に上の空欄に自分の考えをまとめる。
構造化する
- 低学年は、図左の「なぜなにシート」、3年生以上は、図右の「ピラミッドチャート」を使う。下段に事実をいくつも書き、中段にまとめを書き、最上段にそこから導き出した自分の主張を書く。
評価する
- 分析表(PMI)。ある事柄を、プラス面(P)、マイナス面(M)、面白い点(I)という視点で評価。この視点は、柔軟に変更する。
※1:ブレーンストーミングなどによって得られた発想を整序し、問題解決に結びつけていくための方法。
『ミューズ学習』で、「思考ツール」の使い方を学ぶ
では、どのようにして「思考スキル」を鍛えるのか。
「関西大学初等部に通う子供たちは、1年生から6年生まで、年間約12時間の『ミューズ学習』の授業を受けます。ここで、さまざまな思考ツールの使い方を学ぶのです」
古本先生はそう話し、図1(右ページ)の一覧を示した。
「こういった思考ツールを使うことで、目に見えなかった頭の中の思考を、可視化できるようになるのです」と、古本先生は述べる。では、『ミューズ学習』では、どのような授業を行うのだろうか。実践1を例に見てみよう。
ここで重要なのが、「ルーブリック(評価基準)」だ。関西大学初等部では、授業のたびに、子供たちと話し合って、ルーブリックを決めている。
「単に『考えよう』と促すだけでは、どうしていいかわかりませんよね。ルーブリックがあることで、子供たちは『このように考えればいいんだ!』と指針を持つことができ、意識的に取り組むようになります。ルーブリックは、『成長のための道標』なのです。同じことは、教師にも言えます。指導の方向性が明確になり、子供と一緒に成果を振り返り、改善点を見出し、もっと成長するための指導にもつなげられます」
このルーブリックは、各教科で思考ツールを使う時にも、子供と話し合って決めている。
実践12年生『ミューズ学習』
迷子のアナウンスをつくろう。「だいじなことを おとさずに」
①くま手図の使い方を確認
▼
②ルーブリックを決める
先生と子供が話し合い、ルーブリックを決める。今回は、以下の通り。
S:迷子を探す手がかりとなる大事な言葉がわかり、落とさず聞いたり話したりできる
A:迷子を探す手がかりとなる大事な言葉がわかり、くま手図に書くことができる
▼
③くま手図を使って、多面的に見る
迷子のお知らせに必要な情報を、くま手図を使って多面的に見つける。
写真提供:関西大学初等部
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④ペア・班・全体で交流し、振り返る
授業で思考ツールを活用して「思考スキル」を鍛えていく
『ミューズ学習』で思考ツールを使う「考え方」を学んだら、実際に学びの場面で活用して、実践を重ねる。国語・算数・理科・社会など、あらゆる教科で思考ツールを使い、思考スキルを鍛えていくのだ。
たとえば、今回取材で訪れた6年生の算数の授業では、実践2(次ページ)のような授業を行っていた。
この他にも、あらゆる学年、あらゆる教科で思考ツールは用いられている。校内を歩いてみると、思考ツールを使ったノートや成果物がたくさん掲示されていた。
実践26年生「算数」
文章題を分類して、問題の「型」を見る力を高めよう
①算数の文章題(10問)が書かれた
ワークシートを配る
「今日は、算数で『ミューズ学習』しますよ」と、古本先生はワークシートを配った。
「1円玉と5円玉が合わせて28枚あり、その合計金額は76円です。それぞれの枚数を答えなさい」など、さまざまな文章題が10問。そして、古本先生は、「これを見て思い浮かんだことは?」と、問いかけた。すでに「考える」活動は始まっているのだ。
するとある子供が、「仲間分けできそう…」とつぶやいた。それを聞いて、周りから「なるほど! そういうことかぁ!」と、納得の声が上がり、「③の文章題はつるかめ算だね」「⑩は年齢算だね」と、あちこちからつぶやきが聞こえてきた。
②今日の目当てを考えさせる
その様子を見て、古本先生は「では、今日の目当ては何でしょう?」と、問いかけた。目当ても考えさせるのだ。
「文章題を仲間分けする、だと思います」と意見が出たが、「それでは足りません」と、古本先生は一蹴した。
「『仲間分けする』だけでは『ミューズ学習』になってしまいます。これは算数の授業なのですから、もう一歩進まないと!」
いろいろな意見が出て、「仲間分けして、問題の型を見る力を高めよう」という結論に落ち着いた。
③思考ツールを選択して、分類する
古本先生はB4判の真っ白な紙を配り、「この文章題を仲間分けするには、何の思考ツールを使えばいいか。考えて、分類してください」と促した。
4種類に分ける子はXチャートを、5種類に分ける子はWチャートを、鉛筆で書き、分類していった。
「分類したら、ちゃんと『ラベリング』しましょう」と、古本先生。仲間ごとに「つるかめ算」「過不足算」などと「ラベル」を書いていた。
④電子黒板で発表して、議論する
紙に書き終わったら、一人1台のiPadで撮影し、それを電子黒板に映しながら自分の考えを発表する。
「ぼくは五つに分類できると思いました。なぜなら~だからです」「私は違う意見です。なぜなら~」など、子供たちは論理的に説明することができていた。クラス全体で意見を戦わせ、最終的に、全員が納得できる分類にたどりついた。
そして、授業の最後に発言した子供の振り返りが見事だった。
「問題文の型から分類することができました。これから文章題を解く時は、まず問題の場面や型をよみとるようにしたいと思います」
これこそ、古本先生が考えていた、今日の授業のねらいそのものだ。そのねらいに、子供たちは自力でしっかりと到達できていた。
「思考ツール」で「思考スキル」を育むには、「土台」があってこそ!
今や関西大学初等部の『ミューズ学習』は全国に知られ、日本各地から視察者が訪れている。だが、真似をするのは簡単なことではない。まず、この子供たちは「基礎的な技能や知識」のレベルも高いのだ。
「本校は『思考力の育成』のみ注目されがちですが、基礎・基本の学習にもかなりの力を入れているんですよ」と、古本先生。確かに、算数の文章題を見て分類する作業でも、子供たちは問題文をひと目見て、「これは和差算だ!」と即答していた。
ノート指導や説明の仕方指導も徹底している。6年2組の教室には、写真のような「説明ルーブリック」や「ノートメモルーブリック」が、大きく掲示されていた。
また、「思考スキル 習得・活用のカリキュラム」も定めて、全教員がこれに則って、授業を行っている。そして、同じ思考ツールを使っても、学年が上がるごとに、活用のレベルも上がるようになっている。たとえば「ベン図」を使って「比較する」活用では、
1年生
身の回りのものの
「同じ」と「違い」を見つける。
3年生
複数の視点で比べる。
詳しく比べるために、
多くの視点を持つ。
6年生
課題解決に向けての
思考スキルの使い方を
計画・実行し、
自分の考え方について評価する。
と、それぞれに到達レベルを設定している。高学年になると、自分なりのオリジナルの思考ツールを開発する姿もよく見られるという。
そして、先生方の授業力の高さ、授業計画の見事さも、忘れるわけにはいかない。実践2を見てわかる通り、教科の授業のなかに、思考ツールを上手に取り入れることができていた。そのコツを、古本先生にたずねてみると、「ICTと同じですよ」という答えが返ってきた。
「思考ツールは、その名の通り、あくまでツール。目的ではなく、手段の一つです。教科の授業のねらいを達成する道具として、思考ツールをうまくはめこむように、気をつけています。勘違いされやすいのですが、毎時間思考ツールを使っているわけではないのです。授業のねらいを達成するには思考ツールは不向きだなと判断すれば、使いません。どこの場面で、どう使えば、授業のねらいに迫れるかを考えて、その時だけ使う。ICT活用のコツと同じでしょう? ICTも、子供に使わせるには、まず使い方を教えないといけませんよね。だから本校では、まず『ミューズ学習』で、思考ツールの使い方を教えるんです」
思考ツールを使った授業の目新しさに目を奪われがちだが、こういった「土台」があってこそなのだ。
関西大学初等部が『ミューズ学習』で「思考力の育成」に取り組み始めて、今年で6年目。子供たちは、どのように成長しているのだろうか。
古本先生は、「これが、ミューズ学習の成果だと断定するのは難しいですが、個人的な感触としては、子供たちは『自分が何を、どう考えているか』を強く意識するようになりました。 『自分の思考力の特徴』を自覚するまでになっています。たとえば、『私は主張をまず立てて、それを補強するのが得意だ』とか、『私はまず情報を羅列して、そこから結論を導き出していくのが得意だ』とか…。この子供たちが大人になったらどのような活躍をするのか。今からとても楽しみですね」と、にこやかに話してくれた。