へき地校に溶け込む、ICT利活用教育

PART 5 次期学習指導要領を見据えて

四国山地の懐に抱かれる三好市立下名小学校は、全校生徒16名のへき地校である。この小さな学校で、今、「この地ならでは」の実践が次々と生まれている。仕掛け人は、あの中川斉史先生だ。

徳島県三好市立下名小学校

校長
渡邉 博子先生

教頭・2年担任
中川 斉史先生

小さな学校での新しい実践

 東みよし町立足代小学校で主幹教論を務め、フューチャースクールを成功に導いた中川斉史先生が、次の赴任先であるへき地校で、また新しい試みを行っていると聞き、徳島へ飛んだ。

 空港から車を走らせること2時間。四国山地の奥深くへと分け入っていくにしたがって、3日前に降った雪がまだ路肩にうず高く積もる道はくねくねとうねり始め、すぐ左手には、切り立った碧い岩肌とエメラルド色に澄んだ渓流が迫ってきた。景勝・大歩危峡である。

 その大歩危峡の渓流を眼下に見下ろし、衝立のような崖を仰ぎ見る山あいの地に、三好市立下名小学校はあった。全校生徒16名、教職員は9名。この小さな学校を舞台に、中川先生はどんな実践を行っているのか。まずはテレビ会議システムを使った「遠隔授業」〈実践1〉の取り組みを見学させていただいた。

へき地校の課題を解決したい

 テレビ会議システムを使った「遠隔授業」と聞いて、20世紀末に流行した「交流学習」をイメージした方もいるだろう。インターネット回線が学校に普及し始めた当時、遠く離れた学校と中継を結び、触れ合う交流学習が盛んに行われた。だが、あれは「交流学習」という「イベント的活動」だった。モニターに映った遠くの子供にあいさつし、自己紹介や学校紹介を行い、質疑応答して、サヨナラするという単発的なものだった。

 中川先生が仕掛ける「遠隔授業」は、そうした「交流学習」とは似て非なるものだ。離れた学校と「交流」するイベントではなく、まるで離れた学校の子供たちが同じ教室にいるかのようなバーチャル環境をICTでつくり上げ、「いつもの授業」を一緒に行うのである。

 「ICTは日常化が大事です」と考える中川先生は、普段の授業をテレビ会議システムで結び、遠隔授業を行っている。そして、この遠隔授業には、へき地校ならではの課題を解決したいという願いも込められている。

 「遠隔授業を行えば、複式学級を解消できるんです。1校ずつでは人数が少なく複式学級にせざるをえませんが、二つの学校が寄り集まれば、学年ごとに授業をできます」

授業から行事まで一緒に

 この日取材したのは道徳の授業だったが、外国語活動でもよく遠隔授業を行うという。ALTが来校して直接指導してくれる回数には限りがあるが、ALTが訪れた学校から他校へと授業を中継すれば、ALTの指導を受ける機会を増やせるのだ。

 「次に、同級生が少ないという課題を解決するねらいもあります。へき地校は、同年代の子供と交流する機会が少ないんです。でも、こうやって日々の授業を『遠隔授業』で一緒に受ければ、級友が増えますよね」

 授業だけでなく、帰りの会も遠隔授業で一緒に行ったり、修学旅行も一緒に行ったりするなど、共に活動する機会を意図的に増やしている。

 「この子たちは、小学校を卒業したら同じ中学校に進学します。小規模校出身だと、知り合いが少ないので心細いものですが、こうして一緒に活動し、友達になっていれば、中学校に上がるとき心強いですよね」

 取材に訪れた日は全校児童わずか5名の政友小学校と遠隔授業を行った。その中で、印象的なシーンがあった。iPadに映った政友小の子供に向かって、下名小の子供が「○○ちゃんはどう思う?」「○○ちゃん当ててみて」と、親しげに呼びかけていたのだ。彼らの関係は、下の名前で呼び合える「友達」なのだ。イベント的に行う一昔前の「交流学習」では、見られなかった光景である。

実践1遠隔授業

他校の同級生と、一緒に授業を受け、一緒に学ぶ

1 授業者は政友小の教室を一望できる

 教卓前に置いたノートPCのモニター(赤丸で囲んだもの)に、政友小の教室を中継。視線を動かさずとも、授業者が両校の子供の様子を一望できるように工夫している。中川先生によれば、誰が挙手したか一目でわかり、子供たちの様子も把握できるという。

 実際に授業をしている5・6年生担任の瀧下朋之教諭(写真下)は、学校インターネット時代からのICT授業のエキスパート。授業力の高さはもちろん、へき地教育のベテランとしての見識がアイディアをどんどん広げ、この遠隔授業を地に足が付いた実践にしている。

 「彼がいなければこの実践は成り立っていません」(中川先生談)と絶大な信頼を置いている。

2 授業者の様子と黒板を、政友小にライブ中継

 教卓前に置いたノートPC(赤丸で囲んだもの)は、1台二役。政友小の教室の様子を中継するとともに、そのウェブカメラで下名小の授業者と黒板を撮影し、政友小へ中継する。政友小の大型テレビにその様子が映し出されるが、その大型テレビを置く位置にも注目(図1参照)。黒板の前に大型テレビ置いているのだ。

図1 政友小のICT環境

 政友小の子供は、まるで下名小の先生が教壇に立っているような、下名小の黒板が目の前にあるかのような感覚で授業を受けられる。普段の授業と同じ身体の向き、同じ視線で授業を受けられるように工夫した。普段の”学習規律”を乱すことなく、いつもと同じ学習規律で授業を受けられるという。

3 iPadを使って、政友小の同級生と一緒に協働学習

 班ごとのグループ学習も、政友小と一緒に行う。下名小の各班に、政友小の子供が入るのだ。

 各班のグループに空き机を付け、その上にiPadを設置。FaceTimeで、政友小の友達の顔を映し出す。まるで政友小の友達が、そこにいるような感覚で協働学習できる。

 ホワイトボードに自分の意見をまとめ、iPadに向けて、政友小の友達に動画と音声で伝える。政友小の子供も同様に、ホワイトボードに意見を書いて、iPadを通して伝える。

子供がICTに慣れれば先生の負担は減る

 授業を見て、気がついたことはまだある。子供たちが、先生の指示を受けることなく、慣れた手つきでiPadを操作していたのだ。

 たとえば、FaceTimeの音声オン・オフ切り替えだ。各班のiPadには、FaceTime経由で政友小の子供の映像が中継されているが、通常は音声を切って映像のみの状態にし、グループで話し合う時のみ、音声をオンにするきまりになっている。常時音声がオンでは、雑音が入って気が散ってしまうからだ。その決まり事を、下名小の子供たちは先生の指示を待たずに、自主的に実行していた。普段から鍛えられている証拠だが、ここにも小規模校ならではの理由がある。

 「本校のような小規模校は、先生の異動の影響が大きく、多忙なので、ICTに特化した研修の時間はあまり取れないんです。それならば、『先生では、子供がICTに慣れればいい』と、発想を変えました。先生のICT操作は最低限とし、子供ができることは自分でするんです」

 確かに、これなら先生方の負担も減る。しかもこれは、ICT操作に限った話ではない。自分の意見をホワイトボードに書いて、iPadに向けながら説明する活動でも、子供たちは先生の指示を受けずとも、テキパキと動いていた。

 「自分たちの学習なのだから、自分たちで進められるようになろう。子供たちには、学習のそういう伝統があります」

実践2ディスカバリー大歩危

地元の風景や人々を写真に収め、展覧会も行う

 地元の風景や人々をデジタルカメラで撮影し、発表する活動。地元写真家の指導を受け、撮影技術も学ぶ。

 「1年目は『名所や風景を撮ろう』だったのですが、2年目は一歩推し進めて、『地元の人々の笑顔を撮ろう』をテーマに撮影し、キャプションも付けました。地元の方に趣旨を説明し、取材許可を取り、インタビューして、短い文章にまとめる活動が加わり、コミュニケーション力や言語能力の育成に効果が出ました」

 近所の「道の駅」で、作品展示会も開催。来客者に、子供が撮影の意図などを解説した。初対面の方に、自分の考えを伝える練習でもある。

下名小ならではの活動をつくり、ここでしか育めない力を付けたい

 しかし、この「遠隔授業」は、数ある”下名小ならでは”の活動の一つに過ぎない。<実践2・ディスカバリー大歩危><実践3・妖怪マルシェ>のようなユニークな活動を、たくさん行っているのだ。「この地域は、『ネタ』が豊富なんです」と、中川先生は微笑む。

 まず、雄大な自然。学校の近くには、景勝地・大歩危峡があり、国内外から多くの観光客が訪れる。近年はラフティングのメッカとしても人気で、来年には世界大会が開催されるという。

 さらに「妖怪」も、地域の資産だ。この地には数多くの妖怪話が昔から語り継がれており、あの「児啼爺」は、ここ三好市山城町に伝わる妖怪だとか。まちおこしの一環として、妖怪に仮装した人々や神輿が町を練り歩く「妖怪まつり」が毎年開催されており、下名小の子供たちも参加している。

 そして学校の近所には、風光明媚な旅館も。料理の美味さが評判で、国内外から観光客が訪れている。

 こうした資産を、学校での活動にうまく取り入れているのだが、そのねらいを渡邉博子校長はこう語る。

 「下名小だけで活動するのではなく、地域の方々と一緒に、活動をつくり上げたい。地域の方々にとって、小学校は地域の柱です。下名小を中心に、地域全体を元気にしたいんです」

 下名小の活動は地元の新聞やテレビでよく紹介されており、それを見て子供はもちろん地域の方々も喜び、もっと協力的になるという好循環が出来上がっている。

地元新聞に取り上げられた「妖怪丼」作りの記事。

 しかし、「中川先生にしては、あまりICTを使ってないですね?」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「ICTは今さら意識して使うものでもない。さまざまな活動の中に、ICTが溶け込む時代です。大事なのは『デマンド・プル』。目的に合わせて、適材適所でICTを使えばいいのです」

 では、どのような力を育もうとしているのだろうか。

 「コミュニケーションする力や、人間関係を築く力です。小規模校で同級生が少ない分、地域の大人と交流する機会や経験を積ませています」

 その成果は、すでに現れていると、渡邉校長も顔をほころばせる。

 「へき地校の子供は、人見知りでおとなしい…なんていいますが、本校の子供は真逆。初対面の大人にでも、物おじせずに話し掛けていくんですよ。たとえば外国人観光客を見かけると、子供たちは走り寄って『ハロー!』と話し掛けるんです。その後は、『先生!通訳して!』となるんですけどね(笑)。でも英語が話せないのに、外国人に話し掛けるなんてすごいなと感心します。コミュニケーションを図るうえで大事なのは、このような積極的な姿勢ですものね」

 下名小では誰もが皆とても楽しそうで幸せそうな表情をしている。子供はもちろん、中川先生も渡邉校長も、さらには、活動に協力している地域の大人たちまで、みんなが充実した笑顔を浮かべていた。

 「大人が楽しくなければ、子供も楽しくなりませんからね」と渡邉校長は微笑む。

 中川先生は「ここでしかできない活動をたくさん行って、ここでしか育めない力を子供たちに付けてあげたい。アイデアはどんどん湧いてきますよ」と意気揚々だ。

実践1妖怪マルシェ

地元の食材を使い、オリジナルメニューを考える

 地元の食材を使い、自分のオリジナル丼を考え、調理し、食べるコンテスト「妖怪マルシェ」。近所の有名ホテルの料理人と学校の管理栄養士がコラボして企画。副料理長は下名小OBだ。

 「地元の食材を知ることは、気候や歴史の勉強につながる。自分でメニューを考えることは、食育につながる。そして近所の旅館の人々と交流し、一緒に料理を作り上げていくコミュニケーション活動でもあります」

 食育、地元の食材、地域の方々、そして「妖怪」という観光資源をミックスさせた、下名小らしい活動である。

※写真および図版提供:中川斉史先生

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