公開日:2017/8/4
文部科学省 教育課程企画室・大杉住子室長が語る「次期学習指導要領の方向性」
日本教育工学会 パネル討論会「アクティブ・ラーニング推進における教育工学の役割」より
次期学習指導要領がついに告示された。今までと何が変わるのか。小学校の外国語科新設やプログラミング教育、そして「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善など、その改革の意図は? 中央教育審議会(中教審)の答申を受けて学習指導要領作成の実務にあたった、文部科学省の大杉住子教育課程企画室長。2016年12月に日本教育工学会のパネル討論会で行った講演での「次期学習指導要領の方向性」についてのお話を取りまとめ、お届けする。
学校という場で学ぶ意義について中教審で根本的な議論を行った
今回の学習指導要領は、日本がこれまでどのような教育を行い、どのような成果を上げてきたか、日本の教育の強みや特徴、そして課題をもう一度あらためて振り返るところから、議論を行いました。
なぜこれまでの教育の成果を振り返る必要があったのか。その背景には、情報化やグローバル化など、社会的な変化が加速度を増し、たくさんの情報が生み出され拡張し、蓄積されていく社会の中で、私たちが学ぶことの意義があらためて問い直されているということがあります。たとえば、進化した人工知能はあたかも人間のように学習し、判断します。そうしたなかで、人間が学習することの強みはどこにあるのか。学校で学ぶべき知識とは何なのか。そういった根本的な議論を、中央教育審議会では行いました。
すべての教科にわたって、たとえば、私は必ずしも数学者になるわけではないのに、なぜすべての高校生が数学を学ぶのか。そういった学習の意義をあらためてとらえ直したうえで、未来の創り手となる子供たちがどのような力をつければよいのかを議論いただきました。
その際には、教育に関係するさまざまな分野の知見を結集しました。学校の教員や教科教育の専門家はもちろんのこと、発達心理学や教育工学など、さまざまな分野の専門家が集い、教員の現場におけるこれまでの実践や研究の蓄積をもとに、次期学習指導要領の基本方針がまとめられました。
最新のPISAでは読解力に課題ポイントは「学びの質」の向上
先日、最新のPISA(OECD生徒の学習到達度調査)の結果が公表されましたが、日本は全体としては、国際的にみて引き続き上位グループに位置しています。教育現場の先生方の努力と工夫が実を結び、学力の改善傾向は続いております。しかしその一方で、「読解力」の平均得点の低下という課題も見られました。
その原因はどこにあるのか。子供たちを取り巻く情報環境が変化するなかで、一定量の文章と接する機会が乏しくなっているのでは、との指摘もあります。また、今回からPISAではコンピュータを使ったテストであるCBTに全面的に移行し、学校教育で慣れた紙上ではなく、コンピュータ上の画面からさまざまな情報を読み解いて答えることになりました。その結果、文章の情報を的確にとらえたり、情報同士を結びつけたりすることに関する読解力の課題が顕在化したものと思われます。
子供たちの読解力向上のためには、まず語彙力の強化や文章を読むプロセスなど、読解力の課題をしっかりととらえて解決するとともに、紙上でもコンピュータ上でも、生活で必要となるどんな場面でも力を発揮できるようにしていく必要があります。
2017年2月には、国立情報学研究所等と連携し、高校生を対象にしたリーディングスキルテストを実施し、分析を行う予定です。中教審では、「インタラクティブリーディング」ということも議論されました。受動的な読みではなく、自分の考えに筆者の考えを活かしていけるような能動的な読み方です。子供たちが「どう読むのか」というプロセスをしっかり考え、その質を上げていけるように支援する必要があります。
ICT環境の整備と学習の充実も欠かせません。国語の授業におけるICTの使用状況をみると、日本は諸外国に比べて少ないのがわかります。(図1上)また児童生徒のICT活用を含んだ学習活動の種類を見ると、「情報の収集」や「情報の表現」が中心で、「情報の整理」や「情報の共有や交流」が少なくなっています。情報を整理し、共有しながら考えをまとめていくといった学習場面でICTを活用していく必要があると考えられます(図1下)。
こうした課題にしっかりと応えていく必要がありますが、前述の通り、学力としては、全体として改善傾向にあり、学力の底上げも進んできています。こうした実践の成果を生かしながら、子供たちに未来を切り拓く力を育んでいくためには、「学びの質」の向上に目を向けることが重要です。『平成28年度全国学力・学習状況調査』では、「自分たちで立てた課題に対して、自ら考え、自分から取り組んでいたと思いますか」という質問に対して、肯定的な回答をしている子供ほど、正答率が高い傾向にあることがわかりました(図2)。「自分の考えがうまく伝わるよう、資料や文章、話の組み立てなどを工夫して発表しているか」「自分たちで課題を設定し、その解決に向けて話し合い、まとめ、表現するなどの学習活動をしているか」という質問に対しても、よく行っている児童生徒ほど、正答率が高くなっています。「学びの質」を高めることが、良い学習効果につながることがわかります。こうした成果を生かしながら「学びの質」を高めるために、アクティブ・ラーニングの視点を共有して授業改善を活性化していくということが、次期学習指導要領の考え方です。
「社会に開かれた教育課程」の実現を支える学習指導要領
今回の学習指導要領では、「社会に開かれた教育課程」が、大きなキーワードの一つになっています。
日本の高校生は、自分が社会に参画することで社会が変えられるかもしれないと肯定的に答える割合が、諸外国に比べて低いというデータがあります。子供たちが学校で学んだことを生かしながら自ら社会に向き合い、関わり合い、これからの自分の人生や社会を切り拓いていける資質・能力を、教育課程を通じてしっかり育んでいく必要があります。
学校はもちろん、子供にかかわるすべての大人が、学習指導要領を手掛かりに、めざす教育のあり方を共有し、連携して学校教育をよりよいものとし、よりよい社会を創っていく。これが、「社会に開かれた教育課程」の理念です。
「何を学ぶか」の重要性と外国語教育・プログラミング教育
それでは、その理念を教育課程の中でどのように実現していくのか。これまで学習指導要領改訂の中心であった「何を学ぶか」が重要であることは引き続き変わりはありません。よくコンテンツかコンピテンシーかといった議論がされますが、二項対立的なことではなく、コンテンツをしっかりと学びながらコンピテンシーも育んでいくという関係にあると言えます。そのうえで、「学びの質」を高めるために、「どのように学ぶか」も考え、「何ができるようになるか」をめざしていく。こうしたつながりが次期学習指導要領の考え方の基盤となっています。
「何を学ぶか」の中でも、今回最も注目されているのは、外国語教育の充実です。小学校中学年から外国語活動が始まり、高学年からは外国語科が始まります。小学校の時間が増えますが、小学校だけではなくて、小・中・高を見通して外国語教育の充実を図ることとしています。
そのため、高校でも科目構成の見直しを図り、「読む・聞く・書く・話す(やり取り・発表)」の5領域を総合的に学ぶ科目と、国際社会で求められるプレゼンテーションやディベート、ディスカッションを学ぶ科目が新設されます。より多くの子供たちが高校卒業時に英検準2級から2級程度の力をつけることをめざしていきます。
もう一つ注目されているのは「プログラミング教育」です。小学校段階では、私たちの生活にプログラミングが活用されていることを理解しながらプログラミング的思考を身につけられるよう、体験的に、教科等の中で学んでいくことになります(図3)。
たとえば、算数で多角形の作図を学んだ後に、スクラッチなどを使ってプログラミングで六角形を描いてみたりすることも考えられるでしょう。プログラミング教育を行う単元を、各学校が適切に確保し、実施することができるよう、民間と協力した教材開発・研修実施のプラットフォームも立ち上がる予定です。
「何ができるようになるか」を「三つの柱」で整理する
「何を学ぶか」に続いて、「何ができるようになるか」について説明します。教科の内容を学ぶことと、さまざまな資質・能力を身につけることを教育課程でどのように結んでいくかが議論されました。教科で育てる力を、資質・能力に共通する三つの柱で整理することで両者のつながりが見えやすくなります(図4)。学習指導要領の教科目標も、この三つの柱ですべて整理されていく予定です。それぞれの教科目標のなかで、教科の学習で育成をめざす「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性」が整理されていきます。
小学校に限らず、小・中・高すべてこのような形で整理されるので、初等中等教育全体でどのような力の育成をめざしていくのかの見通しを持ちやすくなります。たとえば、小学校の先生が、いま目の前の子供たちに育んでいる力が高校にどのようにつながるのか、あるいは高校の先生が、いま目の前の子供たちに育んでいる力の根っこには小学校のどのような教育があるのか、といったことを見通しやすくなります。
また、この三つの柱を軸にすることで、教科の横のつながりも見やすくなります。観点別評価もこれに連動して、三つの観点で行っていくことになります。
今後の授業改善にICTの役割は重要
そして「どのように学ぶか」。ここで議論されたのがアクティブ・ラーニングです。アクティブ・ラーニングをどのような日本語で共有していくのかを含めて、教育実践の蓄積を生かした「学びの質」の向上について議論されました。
「アクティブ」といえば、「能動的・主体的」ということになりますが、主体的に自分で考えるだけでなく、いろいろな人と対話をしながら考えを広げていくことも重要です。また「活動あって学びなし」という批判がされますが、単に主体的に対話するだけではなく、教科で学んだことを活かして学びを深めていく「習得・活用・探究」という学習の過程が重要です。そうした議論を経て、「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善とされました。
この視点から、子供たちの学びの質を高めるための授業改善の営みは、現在でも多くの小・中学校で実践されています。そのなかで、ICTの果たす役割はとても大きいと思います。時間的・空間的制約を超えて、双方向性を有するといったICTの特性は、「主体的・対話的で深い学び」を実施するうえで有効です。ICT環境の整備はもちろんのこと、そのICTをどのように使い、どのように「主体的・対話的で深い学び」に活かしていくのかという「活用のあり方」が、今後ますます問われていくと思われます。
「カリキュラム・マネジメント」の充実も大きなポイント
これらのことを実現するために、各学校は「カリキュラム・マネジメント」の充実が求められます。学校の教育目標を踏まえつつ、各教科等の内容を相互の関係でとらえ、教科横断的な視点を持って教育課程を編成し、指導体制の確保やICTなどの環境整備を行い、PDCAサイクルで、教育活動の向上を推進する。これが、次期学習指導要領で重要になってくるのです。