教育委員会における新学習指導要領に向けたICT環境の整備と活用

2020年に向けたICT環境整備

―杉並区立済美教育センター―

東京都杉並区は、ICT活用の先進的な取り組みによって、日本教育工学協会が運営する「学校情報化認定」の優良校にも全区立小中学校が認定されている。区立学校65校に対して、教育委員会がどのように舵を取り、ICT活用を推進しているかについて、杉並区立済美教育センターの大島晃統括指導主事にお話を伺った。

「黒板とチョーク」「チョーク&トーク」のその先へ

一歩先の教育を追い求める年前から変わらぬ「杉並イズム」

並区立済美教育センター 統括指導主事
大島 晃 氏

 〝これまでも時代の進展や社会の変化に対応するために、教育内容の充実化や指導方法・学習形態の改善が試みられ、「黒板とチョーク」による授業からOHPやVTRなどの教育機器を使った授業へと形態はかなり多様化してはきた。それでも、基本的には集団一斉授業の範疇を出るものではない〟

 これは、『杉並区立済美教育研究所研究紀要』に記された一節だ。書かれたのは30年以上も前の1985年のこと。現在の杉並区教育長である井出隆安氏が、若かりし日に書いたものだ。文中の「OHP」や「VTR」を「タブレット」や「電子黒板」に変えれば、現在の教育事情に関する文章としても十分に成立する。杉並区が先進的な取り組みによって評価される背景には、四半世紀以上も前から続く教育改革への飽くなき探究心がある。

環境に応じたベストな指導方法を教員同士で模索する文化

 その杉並区が進める具体的な取り組みのひとつが、「教員研修」だ。ICTに関連したものでは、「機器」に関するものと、「授業内容・指導方法」に関するものの2本柱となる。機器については、教育委員会事務局庶務課に設けられた「学校ICT推進係」が主導し、ICT支援員の派遣による機器操作支援のほか、各校における操作方法に関する校内研修のサポートもしている。授業内容・指導方法についての研修は、本庁と連携した上で、済美教育センターが主導する。この研修の特徴は、パイロット校として設定した先進校の教員や、先進的な取り組みで注目度の高い天沼小学校の福田晴一校長が部会長を務める「教科等教育推進委員会ICT部会」の所属教員が、他校の教員向けに研修を行うことだ。教員同士で情報共有ができる点はもちろん、後々自分が研修を行うことも念頭に入れ、自ら検証を行いながら授業に臨む点でも好影響があると言う。

 先の「教科等教育推進委員会ICT部会」は1か月に1回ペースで開催。情報教育に秀でた教員が参加して研修計画などを策定する。さらに、各校でICTの活用方法を広めるための教員向け研修である「推進者養成研修」も実施されている。

 とはいえ、学校によって活用できる機器の種類も数量も異なるのが実状だ。それでも杉並区では、先進校であるか否かを問わず、今あるICT環境で最大限でき得ることを模索する文化が醸成されている。つまり、「電子黒板と実物投影機」「電子黒板とタブレット端末」など、導入されている機器に応じた最適なICT活用が進められているということだ。導入台数に差はあっても、それぞれの段階に応じたメリットをフルに享受しようとする目的意識は共通認識となっている。


子供たちが集う学校ならではのタブレット活用

 さらに、電子黒板とタブレットを併用するにしても、グループで活用するのか、一人1台で活用するのかでは目的も効果も異なる。認識すべきは、子供たちが集まる学校でしかできないタブレットの使い方があるということだ。一人1台のタブレットを用いた習熟度別のドリル学習などは、いつでもどこでも取り組むことができるが、それは個別学習にすぎない。子供によっては自宅でもできることだ。だからこそ、学校でタブレットなどのICTをどのように使うかが重要になる。

 そのひとつの答えが、周囲とのコミュニケーションの中で、自分の考えをしっかりと持たせる授業を行うことだと言える。話し合いを経て自分の考えを深めていく。新学習指導要領のいう「主体的・対話的で深い学び」の実現を加速させることができるのがICTの大きなメリットであり、活用する意義である。「良い授業というのはICTありきではありませんが、ICTがあればいい授業の良さをさらに高めることができます。グループワークを経てプレゼンテーションを行うような場合であれば、内容を吟味した上で簡単に修正することもできますので、意見交換も活発になります。こうして子供たちは学び合い、高め合うことができるのです」と大島晃氏は語る。


 すると、求められる教員の役割も変化せざるを得ない。板書をしてノートを取らせる「黒板とチョーク」や、板書をして説明するだけの「チョーク&トーク」の次の段階、つまり、教室にいる子供たちの個々の価値観・考え方を引き出し、それらの〝化学反応”によって子供たちに新たな気づきを与える「コーディネーター」や「ファシリテーター」としての資質が必要となる。

 「授業が上手な教員は、今も昔も手間をかけるわけですが、ICTは準備段階における資料作成や、授業時間内における説明などでの手間を軽減してくれます。その分、教員が黒板を見る時間が減り、子供たちに目を向ける時間が長くなり、子供たちの『主体的・対話的で深い学び』に注力することができるのです」と大島氏は締めくくった。

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