公開日:2023/10/10

先生の教え過ぎない「勇気」が子供の学びに向かう力を育む

近畿大学
教職教育部
柴 浩司教授

ICT環境を活かし、「主体的・対話的で深い学び」や「個別最適の学び」を実践するにはどうすれば良いか。2023年3月までは大阪府教育庁教育監としてICT教育の普及に努め、同年4月からは近畿大学 教職教育部で次世代の教育者の養成に努める柴浩司教授に、現場の先生へのメッセージや豊かな人生を切り拓く子供を育てるために重視している理念を伺った。

先生の教え過ぎない「勇気」が子供の学びに向かう力を育む

ICT機器をどう使えば学生は講義に積極的に参加するか、毎回試行錯誤

いろいろなキャリアの教員が集う“横串”的な教職教育部

 現役の先生として教壇に立ち、学生に教えるのは18年ぶりでしょうか。私は1985年に大阪府立清友高等学校に数学の教員として着任しました。その後、2校の高等学校で教鞭をとって、2006年度から大阪府教育委員会指導主事、2015年度より府立大手前高等学校と懐風館高等学校の校長を務めました。2021~2022年度は大阪府教育庁教育監として府の教育振興基本計画の策定や高等学校改革などを推進し、2023年4月から現職です。

 近畿大学は15学部49学科ある日本最大級の総合大学です。教員志望の学生は、教職教育学部の専任教員と学内兼担教員・非常勤講師による教員免許取得に必要な教職課程の講義を受講します。教育学部ではなく、いろいろなキャリアの教員が集う〝横串〟的な教職教育部が中心となることで、全学的な協力・指導体制で次世代を担う教育者を養成します。

 現在は、文芸学部や経営学部、理工学部などの学生に「教職入門」や「生徒・進路指導論」などの科目を教えています。受講目的は教員志望やセカンドキャリアなどさまざまですが、希望者ゆえに課題はきちんとこなす前向きな学生が多いですね。

 着任当初の4月は新型コロナウイルス感染症の5類移行前でしたので、最初の2週間の講義はオンラインでした。私自身、オンライン形式の講義は初めてなので、周りの先生に Google Classroom の使い方などを教わりました。せっかく覚えた Google Classroom ですから、対面形式の講義に戻った今も学生や講義内容の管理・運営などに活用しています。

 ICT機器をどう使えば学生は講義に積極的に参加するか。この点を意識しながら毎回試行錯誤しています。例えば、あるテーマに関する意見をグループ単位で発表するケース。18年前の私は数学担当ということもあり、授業は典型的なチョーク&トークでした。問題を黒板に書き、答えてもらう。グループでの話し合いもテーマを板書して「さあ意見をまとめよう」と呼びかけるスタイルです。この手法は多くの生徒が受け身になりがちで、グループディスカッションでは意見を言う生徒と言わない生徒に分かれやすいといえるでしょう。

 でも、ノートパソコンやタブレット端末なら紙に書くより楽なので、変に構えることなくパッとまとめられ、緊張せずに素直に自分の意見を発表できます。大学の講義では、まず学生に自分の意見を Google Classroom 内に書き込んでもらいます。それをグループ内で共有後にディスカッションしていく。自分の意見は1行でも良いんです。お互いが各人の考えを共有してから話し合ったほうが議論は深まり、代表者は自信を持って発表できるようです。

 さらに、グループディスカッションに対する各メンバーの貢献度を学生自身に評価させています。学生は持ち点の10点を自分以外のメンバーに振り分けます。4人グループなら、Aさんは自ら議論を引っ張りまとめてくれたので5点、Bさんは3点、Cさんは2点といった具合に採点し、その理由とともに私に提出します。評価自体が目的ではなく、講義やグループディスカッションに能動的に関わる仕掛けとしての有効性を検証している段階です。

近畿大学 教職課程授業評価アンケート(2022年度後期。一部抜粋)
近畿大学 教職課程授業評価アンケート(2022年度後期。一部抜粋)

「10」の解説を「8」に抑え、残り「2」は子供自身に委ねる

 大学での講義を通じて、ICTは学生の主体的な学びと相性が良いことを改めて実感しました。周囲の視線を気にすることなく自分の意見を発表できるICT環境は、対面でのリアルな議論を活発にしてくれます。特に本学の教職課程は学部もバックグラウンドも異なる学生が集まっています。ディスカッションを通じて「そういう考え方もあるのか」と刺激を受けた学生は、自分から情報収集して、次の講義にもきちんと出席して学び続けています。

 最近は90分の講義時間のうち、解説など私のアウトプットは60分、残りの30分はグループディスカッションを始めとした学生のアウトプットに当てています。私が90分間教え込むより、ICTを活用して学生が自分の意見を述べたり、グループで話し合ったりする時間を増やしたほうが、自らの課題と向き合い、乗り越える工夫をするようになる。学生の主体的な学びを実現しようとするならば、教員が「教え過ぎない」ことが重要と考えます。

 このことは、1人1台端末に代表されるICT時代の小学校・中学校・高等学校の先生にも当てはまるのではないでしょうか。子供たちの自主的なアウトプットの時間を確保し、実際に引き出すには、「自分が最低限解説しなければならない部分はどこか」を見極める力が求められるという意味です。ICTを使って子供の主体的な学びを育む。そのためには先生は教え過ぎない。A3サイズ表裏のプリントを、A4サイズ1枚に整理するイメージです。これまで「10」解説していたところを「8」に抑え、子供自身に行動を委ねることで、どんどんこの「2」を増やしていけば良いのです。

校長先生や教頭先生など管理職による現場の先生への「後押し」が不可欠

「主体的・対話的で深い学び」と相性の良いICT環境

 もちろん、大学の講義には学習指導要領がないので、小学校・中学校・高等学校の先生に比べれば教える内容に関する教員の裁量が大きいのは事実です。「入試のためにここまで教えなければならない」というハードルもありません。そのような状況下であることは十分に承知の上で、それでも「教え過ぎない」を実践するには2つのポイントがあるといえるでしょう。

 まず、一人ひとりの先生の「勇気」です。最低限解説しなければならない10のうちの8を選んで教えつつ、ICT機器を活用したグループディスカッションなどで子供たちの学びに向かう力を育む。残りの2はその学びに向かう力でカバーするという発想です。教員が10の学習内容のすべてを教えれば子供は10の力が付くでしょう。しかし、普段の授業で主体的な学びを身に付ける工夫を積み重ねていれば、教員があえて教えなかった2の学習内容を4にも6にも増やす子供がいるかもしれません。自分で学びを深める習慣が身に付いた子供なら、最終的な学習内容が12や14に達することもあるのではないでしょうか。

 もう一つのポイントが管理職の後押しです。現場の先生が教え過ぎない授業にチャレンジしようとしても、校長先生や教頭先生が「進学実績に影響はないか?」などと言うと一歩が踏み出せません。挑戦の芽を摘まないためにも、管理職の先生のサポートは不可欠です。

 現在は、「主体的・対話的で深い学び」と相性の良いICT環境があります。現場の先生の「勇気」と管理職の「後押し」があれば、きっと多くの教育現場で子供の学びに向かう力を育むことができるはずです。

 人間の学力には、入試の際の「最大瞬間風速」的なものと、豊かな人生を切り拓くために大学時代や社会に出てから「じわっと伸びる」ものの大きく2つあると思います。後者の学力は教科書や先生の解説だけで身に付けるのは難しく、学習指導要領が目指しているICTを活用した「個別最適の学び」や「協働的な学び」で育まれるといえるでしょう。

同じテーマの講義でもクラスが異なると視点や結論が異なる

卓越性の追求が真の意味での公平性を保証

近畿大学 教職教育部柴 浩司 教授

 私は大阪府教育庁時代から、入試や偏差値を上げるためだけではなく、社会人など先を見ながら学ばせることを重視してきました。そのキーワードが「卓越性」と「公平性」です。前者は、体育や音楽が得意な生徒は「体育科」や「音楽科」で個性・能力をさらに伸ばすという考え方です。これに基づき、いわゆる勉強科目の数学や英語が得意であったり才能があったりする生徒には、専門性の高い科目を学べるようにしようと府立の高等学校改革に取り組みました。代表例がGLHS(グローバルリーダーズハイスクール)です。

 GLHSは10校を指定し、理数探究系と人文社会国際系から成る「文理学科」を設置。これまでの伝統と実績を重んじつつも、「いわゆる進学校」ではなく、「これからのグローバル社会をリードする人材を育成する」ことをスクールミッションとして定義しました。

 また、中学校卒業者のうち100%に近い生徒が高校に進学する状況では、「どの学校でも同じカリキュラム、同じ教科書」という公平性ではなく、学校設定科目の設置や必履修科目の適切な配置や柔軟な授業時間設定などさまざまな工夫が必要です。生徒の状況に応じた教育課程、カリキュラムを提供する「真の意味での公平性」といえるでしょう。

 大阪府教育庁時代は1人1台端末を活用して「個別最適の学び」の実践をサポートする側でした。大学教員という立場としてICT機器を使い「個別最適の学び」に取り組む側にて興味深いことの一つが、担当している2つのクラスにおいて同じテーマで講義をしても、話し合いで盛り上がる視点や結論が全く異なることが少なくないことです。

 でも、クラスによって講義の中身やアウトプットが異なるのは学生一人ひとりが「主体的・対話的で深い学び」を実践している証ではないでしょうか。講義は、教える側の私と参加した学生が作り上げるもので、90分の講義時間の中で一つでも心に引っかかるものがあれば十分です。その引っかかりが「ちょっと調べてみようかな」といった前向きな気持ちにつながれば、30代、40代、50代とこれからの長い人生で役に立つ本当の学力が身に付くはずと信じています。

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