公開日:2018/1/9
教育委員会における新学習指導要領に向けたICT環境の整備と活用
2020年に向けたICT環境整備
―荒川区教育委員会―
2014年度に「総務省先導的教育システム実証事業」と文部科学省の「先導的な教育体制構築事業」の実証地域に選ばれた東京都荒川区。公教育におけるICT活用をリードしてきた実績をベースにして、2017年3月には新しい「荒川区学校教育ビジョン」を発表した。そこで、荒川区教育委員会の原田正伸指導主事にその取り組みを伺った。
区のリーダーシップと各校の独自性のシナジー。
着実で堅実、無理のないICT活用を展開
ICT活用を推進する”いぶし銀”キーパーソンはICT支援員
「すべての子供に学ぶチャンスを! 子供は未来社会の守護者であるからこそ、教育予算は惜しまない」。
これが、東京都荒川区・西川太一郎区長の熱きモットーであり、強烈なリーダーシップによって具現化されてきた教育施策の根底にあるスタンスだ。その着地点であり目標は、グローバル社会を生き抜くための「21世紀型能力」の育成だ。
その手段のひとつがICT活用である。タブレット端末などのハードウェア環境を整備してきたが、整備・導入すること自体が目的ではない。重要なのは、子供のために教員がICT機器を使いこなしていくことだ。そのために荒川区では、2014、2015年度にICT支援員が1校に1人ずつ常駐。端末の操作方法から教材開発方法まで、教員とともに最前線でICT活用を支えてきた。
教員は不安定なインターネット回線などによって授業が中断すると、「一事が万事」とばかりにICT活用の弊害として悲観しがちだが、ICT支援員のサポートもあって、現在は教員自身の対応力が向上した。臨機応変に対処できるようになったことで、ICT支援員は常駐から巡回へと体制を移行しているが、さらなるICT活用に向けて、あらためてICT支援員の常駐を望む声も少なくないという。
「教員一人ひとりの個性を生かした教材開発や、児童生徒の個人カルテの活用など、ICTを用いた新たなアプローチにチャレンジするためのキーパーソンがICT支援員です。教員の意欲を高め、及び腰の教員に勇気を出させるのが支援員なのです」と語るのは荒川区教育委員会の原田正伸指導主事だ。子供は比較的短時間でICT機器に慣れるものの、教員は機器の活用方法から教材作成まで、言わば〝生みの苦しみ〟を味わう。ICT活用という〝新しいこと〟をする以上、負担は増加するものだが、その負担を可能な限り軽減し、望ましいICT活用に向かう道筋を示してくれるのがICT支援員なのだという。
教育委員会のサポート体制が各校の主体的なICT活用を促進
荒川区でICT支援員のサポートを受けながら独自に開発された教材は、「あらかわ教育ネットワーク(Aen)」に蓄積されてきた。「Aen」は区内の教員の情報共有の場であり、先進的な取り組みにリアルタイムで触れることができるため、さらなる利活用を促進させたいと言う。
2014年度と2015年度には、いずれも年4回、ICT支援員を講師に迎えて研修を実施した。ICT支援員による現場でのサポートとの相乗効果によって、教員が独自にICTを活用した授業ができるようになったため、2016年度は中断されたものの、2017年度から再始動。荒川区教育委員会が〝本気〟であることの証であり、先進的自治体としての矜持と言える。
なお、「荒川区教育研究会」というプログラムも年に複数回開催され、教科別の部会でも情報共有が進む。プログラミング教育をテーマとする部会をはじめ、自主的な勉強会も開かれており、教員のスキルアップが進められている。
さらには、外部との連携も活発だ。荒川区独自の「学校パワーアップ事業」のひとつとして、各校の校長の裁量で大学や企業と連携した企画が活発に実施され、画一的ではないICT活用が展開されている。
「ICTに意欲的な校長先生や学校は、特徴的な取り組みを思う存分に進めています。一方、推進が十分でない学校に対しては、教育委員会が直接アドバイスを行っています」と話す原田氏。原則として各校の裁量に委ねつつ、必要であれば、きめ細かなICT活用の「お膳立て」を行う体制をとっている。
荒川区のこれまでの取り組み | |
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2005年 | 教育委員会と全教員、全普通教室をつなぐ 「あらかわ教育ネットワーク(Aen)」を構築。 |
2007年 | 「荒川区学校教育ビジョン」を策定。 |
2010年 | 全小中学校に電子黒板と実物投影機を導入。 |
2012年 | デジタル教科書のネットワーク配信をスタート。 |
2013年 | モデル校(小学校3校、中学校1校)に 1人1台のタブレットPCを導入。 |
2014年 | 「荒川区タブレットPC活用指針」を策定。 |
2014年 | 区内の全校にタブレットPCを導入。 中学校では1人1台、 小学校では3年生から6年生が2人に1台、 1・2年生は4人に1台のタブレットPCを整備。 |
2015年 | ICT支援員による研修を実施。 |
2017年 | 「荒川区学校教育ビジョン」を改訂。 |
原点回帰で注目される電子黒板
タブレットは用途が多様化
ICTの活用について議論する際、とかく「児童生徒何人当たりにタブレット端末が何台」といった「量的な話題」が注目されがちだ。しかし、原田氏が重要性を指摘するのは「電子黒板」だ。「もし教員がタブレットを使いこなせない段階であれば、電子黒板にその日の授業のポイントを映し出すだけでも、児童生徒の視線を上げて電子黒板に注目させることができ、学習に向かう動機づけになり得ます」と原田氏は述べる。小学生なら、電子黒板に画像を映し出して視覚的な刺激を与えるだけでも、学びのきっかけになり得る。また、考えが煮詰まっている児童生徒がいる場合、他の児童生徒の解答段階のメモなどをフラッシュ型教材のように電子黒板に映せば、それが貴重なヒントとなることも少なくない。中学生ならインターネットで集めた情報について、その信ぴょう性や問題点などをクラス全体で共有し、検証・議論するような授業に、電子黒板は適している。つまり、「何が何でもタブレットを介して発問と回答をすべき」と考えるのではなく、教員のICT習熟度や授業の目的などを勘案した上で、段階的にICTを活用していくことを原田氏は考えている。
一方で、荒川区で進展著しいのが、授業外でのタブレット活用だ。学校周辺の事故多発地点をタブレットで撮影し、どのような危険が潜むのかについてディスカッションを行い、「安全安心マップ」を作成する取り組みや、運動部の活動で動作を撮影して技術向上につなげるといった取り組みだ。
これらは、教育委員会が主導するものもあれば、学校や教員が独自で行うケースもある。学校の独自性・裁量に任せる荒川区教育委員会の方針があってこそ、個々の教員も主体的にICT活用に挑む風土が根づくのだろう。