予測不可能な時代を生きる子供たち基礎教養としてプログラミングを学ぶ
「第26回情報リテラシー連続セミナー@東北大学」レポート
東北大学大学院情報科学研究科が主宰する「情報リテラシー連続セミナー@東北大学」。2017年12月に開催された第26回セミナーでは、『よみかきプログラミングの時代』と題して、長年、子供たちにデジタルものづくりのワークショップを提供してきたNPO法人CANVASの石戸奈々子理事長(慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科准教授)が登壇した。プログラミング教育を黎明期から知る石戸理事長が、プログラミング教育のあり方を語った。
基礎教養としてのプログラミング教育のあり方
NPO法人CANVASは、2002年の設立以来、産官学で連携しながら「協働で創造する学びの場」を全国の子供たちに提供してきた。具体的には、アートや音楽、映像や電子工作など、多様な表現やテクノロジーが体験できるワークショップを実施し、その開発や普及にも取り組んでいる。
設立時より実施するプログラミングのワークショップについて、石戸理事長は「当時はプログラミングといっても今ほど知名度はなく、ワークショップとしても人気がありませんでした。それが2010年頃から変わり始め、今ではトップにくるほどの人気になりました」という。2010年は世の中にタブレットが広まり、デジタル書籍元年、デジタルサイネージ元年といわれた年。普通の人が普通に使えるデジタル端末が普及し始めた時期だ。
一方で、利用者が低年齢化し始めたのもこの頃からだ。デジタル端末は学習用途としても活用できるメリットはあるが、多くの子供たちはゲームや動画視聴など受け身な使い方が多い。そうではなく、それらを活用して”つくる”ことの大切さを教えようという動きが海外で起こり始め、学校外でプログラミングを教える活動が行われるようになった。またイギリスの学校では5歳から16歳まで、コンピューティングという教科が導入されるなど、先進国を中心に教育課程にプログラミングを取り入れる動きも見られるようになった。象徴的だったのは、アメリカのオバマ元大統領によるスピーチだ。プログラミング教育の啓蒙活動に力を入れていたオバマ元大統領は、「アプリをダウンロードしないで、自分でプログラムして何かを作ってください」と動画で訴え、世界中に大きな影響を与えた。
石戸理事長は、こうしたプログラミング教育を巡る動きの背景には「産業界からの要請もあった」と述べた。社会で求められる能力と学校教育で育まれる能力との間にギャップが生じ、この頃から人工知能の話が産業界だけでなく、教育分野でも聞かれるようになったというのだ。今ある仕事の多くが将来コンピュータに置き変わり、子供たちは将来、今は存在しない職業に就く。先の読めない時代を生きる子供たちにとって、デジタルを活用して何かを創造する力は、生きる力につながるという考えから、プログラミング教育が必修化された。石戸理事長は「プログラマー育成ではなく、基礎教養としてプログラミングを学ぶことが重要になっている」と述べた。
プログラミング「を」学ぶのではなくプログラミング「で」学ぶ
CANVASでは、2011年からプログラミングが必修化されることを見通して、プログラミング教育の普及活動に力を入れている。2013年にはグーグルと協力して、プログラミング学習を全国に広げるプロジェクト「PEG(Programming Education Gathering)」をスタート。6〜15歳の子供を対象に、手のひらサイズのコンピュータ「Raspberry Pi」を5、000台提供し、プログラミングを学ぶ機会を提供した。ほかにも「Computer Science for All」とよばれるプログラミング教育普及活動を行っている。
石戸理事長はCANVASでプログラミング教育を推進するにあたり、次の3点を重要視して取り組んできたという。
①基礎教養としてのプログラミングを子供に伝える
②プログラミング「を」学ぶのではなく、プログラミング「で」学ぶ
③地域で育む
①について、石戸理事長は「将来、どのような職業に就くとしても、プログラミングを通した学びは役に立ちます。情報化社会を生きる子供たちにとって、デジタルテクノロジーを使うことは当たり前で、いかに活用し、新しい価値を創造できるかが求められています」と述べる。これからの時代をより良く生きていくための基礎教養として学ぶことが大切だというのだ。
②は、CANVASが長年、プログラミングのワークショップを実施するときに大切にしてきたことだ。石戸理事長は「プログラミングは、コードを覚えるのが目的ではなく、子供にとっては表現や創作手段のひとつです。ゆえに、クレヨンや粘土と同じように、プログラミングを通して何かを作ることを通じて論理的な思考や問題を解決する力、他者と協働し新しい価値を創造する力が育まれると考えています」と述べた。小学校でプログラミング学習を行うときも、教科のねらいに絡めて扱うことが求められているが、創造の観点を大切にしてほしいという。
③に関しては、石戸理事長はプログラミング教育には指導者育成、機材整備などさまざまな課題があるが、地域間格差が発生しやすいことを指摘した。そのためプログラミング教育が定着するように「地域の実践者によるコミュニティが形成されることをめざして、大学や自治体、NPOなど地域のハブとなる人々が〝集まる”ことを大切に支援活動に取り組んできました」と石戸理事長。今後、指導者育成は大きな課題であるが、教員や学校だけでプログラミング教育を進めるのは負担も大きい。これをきっかけに学校が社会や企業とつながり、外部の協力を得ながら進め、プログラミングをきっかけに社会に開かれた教育課程を実現できればよいと語られた。
最後に石戸理事長は「プログラミング教育においては、これからの時代に求められる、自ら学び続ける力を育んでほしい」と述べた。先が読めない未来に対して、新しいことに興味を持ったり、試行錯誤しながら課題を解決したり、他者と協力しながら創造する力は子供たちの人生を豊かにするはずです。CANVASではどんなに頑張っても、これまで50万人の子供にしか学びの場を提供することはできませんでした。しかし、小学校の場合は全国1、000万人の子供たちにプログラミング学習の機会を与えることができます。子供たちの未来のためにも、先生方には頑張っていただきたいと思います」と講演を締めくくった。