ICTを基点とした英語教育の発展可能性
東京経済大学
吉原 学 特任講師
2020年度から段階的に実施される学習指導要領の改訂に伴って、「高大接続改革」が進められている。その改革によって、大学の英語教育もまた変わっていくのか。今後、小中高を通じて培われていくであろう「英語4技能」は、大学でどのように活かされるのか。大学の英語教育の現状と今後について、東京経済大学の吉原学先生にお話を伺った。
英語4技能を活かした授業づくりへ
大学の英語教員の立場からみた「高大接続改革」
高大接続改革では、「英語4技能」が強くうたわれており、大きな変化が起こると予想されます。一方、大学教員の立場から見ると、高校の英語教育が今後具体的にどのように変わり、それが大学にどのような影響があるのか、今ひとつ見えてこないのが実情です。それゆえ、高大接続改革についてその変化を明確に示すのは現時点で非常に難しいという印象です。
大学における語学学習は多くの教員が「4技能」を意識
大学では元来、各教員が自分のクラスに責任を負い、学生の能力やスキル、そしてニーズに合わせ、授業を微調整しながら進めていきます。また、各大学によって英語教育への力の注ぎ具合は異なるため、皆で一斉に足並みを揃えて同じ教育をするというのは、大学においては現実的に考えにくいことです。
一方で、これまでも多くの大学の英語教員が一貫して目指してきた最終目標地点とは、「自分のキャリアに活かせる『実用的な英語力』を学生が身につけること」であり、これはまさに、「4技能」をバランスよく身につけることに他なりません。つまり、大学における語学教育は、すでに4技能を意識したものになっているのではないかと考えています。
「英語4技能」を活かした理想の授業とは
私の抱く理想の授業に、日本人教員とネイティブ教員との「ティーム・ティーチング」があります。
例えば、週2コマの授業で、毎週1つの新しい題材を学生に与えます。その週の1回目は、日本人教員のもと、リスニング→リーディング→音読練習→ディスカッションの予行練習(準備)、という流れで授業を行い、次の授業までに自分の意見をまとめ、どのように英語で伝えるかを考えてきます。そして数日後の2回目の授業では、ネイティブの教員と共に学生同士が英語のみでディスカッションの実践練習を行う、といった具合です。ネイティブの教員がいることや、できればそこに留学生も加わることで、リアリティーが増し、学生にとっては英語を使う必然性やモチベーションが上がるのです。
このような授業形式を進めていくと、学生は「語りたいけど語れない」という壁に直面します。「語る」ためには、例えば関係代名詞といった文法的な知識や語彙力が必要だと学生自らが実感するわけです。そういった文法的な学習については、授業時間ではなく、すき間の時間で個々にMALL(Mobile Assisted Language Learning)を使って補うことで、毎日英語に触れる環境をつくることができます。
こういった授業を1年間、繰り返し行うことで、学生の英語力は格段にアップしていきます。
そして2~3年目には、授業内容を、単なるディスカッションではなく、「ネゴシエーション」など、ビジネスの世界で必要とされるレベルまで段階的に引き上げます。これにより、「伝達力」や「要約力」といったスキルが磨かれ、卒業時には、まさに企業が欲しがるような実践力のある人財まで育て上げることができるのです。
理想の授業を行うに当たっての
ポイント①
ディスカッションは日本語でも難しい
「英語でディスカッションができない」という話をよく聞きます。そのような場合、「じゃあ、まずは日本語でディスカッションしてみてください」と言うと、結局のところ、そもそも日本語でもディスカッションができないことがよくあるのです。日本語でまとめきれていない意見を英語で言おうとすると、訳が分からなくなるのは当然です。
ディスカッションを行うには、そのための新たな思考回路が必要なのです。経験上、最初のうちは、日本語で論点を整理して、英語に直すというプロセスを踏んだ方が上手くいきます。それをネイティブの人に言ってみて、通じない場合には語順をより英語的に直したうえで、もう一度チャレンジする、という作業を繰り返すことで、徐々に慣れていきます。
私の場合、ディスカッションの最初の5分は、まず学生同士でペアをつくって日本語でディスカッションを行わせ、そのあとはペアを替えながら英語で5分、また5分と、合計3回のラウンドでディスカッションを行っています。そんなとき、CALL教室だと、ボタン1つでペアを替えられるので、効率良く進めることができます。
CALL教室で、見ず知らずの学生同士をペアにすると、意外なほど臆せずに会話を始められるという利点があります。入学したての4月の授業というのは、普通は皆恥ずかしがって、なかなか学生同士が英語で会話をするのは難しいのですが、CALL教室でペアリングをすることで、スムーズな導入となり、クラス内の雰囲気も良くなることに私自身が驚いています。
理想の授業を行うに当たっての
ポイント②
すきま時間にICTを活用
ICTは、効率良く使うことで「時間短縮」が図れるのが一番の魅力です。なぜなら、すきま時間で練習ができるからです。「授業内で教員がやらなければいけないこと」と、「ICTに任せてよいこと」の住み分けをきちんと考えた上で授業カリキュラムをつくれば、効果的に進めることができると思います。しかし、そこを明確に分けずに何となく導入してしまうと、学習者に混乱が生じ、失敗する可能性があります。
文法については、ICTによって動画とエクササイズを組み合わせることで深掘りしていけるメリットがあります。デジタル学習教材は一人ひとりの習熟度に応じて問題レベルや問題量を自在に変えられるのが、教科書の問題を解くのと大きく異なる点です。
リスニングに関しては、まさにICTがふさわしいと言えます。人によって、聞き取れる箇所や速さは異なるため、それを一斉授業でやるのは非常に効率が悪いのです。人前で恥をかきたくないのは誰しも同じ。いつでもどこでも、人目を気にすることなく、自分に見合ったレベルで学習できるというのが、ICTの非常に優れた点です。
理想の授業を行うに当たっての
ポイント③
適切なデジタル教材を選ぶ
私を含め、既にICTを活用している教員の方々は、市販のデジタル学習教材をさらに使いやすくするために、少しずつ独自のアレンジを加えたり改良したりしながら用いることが多いように思います。
しかし、初めてICTを導入する場合、それはなかなか難しい作業です。あまり時間をかけずにアレンジを加えられるようになるまで、最低1年くらいかかるのではないでしょうか。ICTは本来、先生の負担を軽減するものであるべきで、今まで以上に準備に時間がかかったら本末転倒なのです。「それなら、今まで通り、紙の教材でいいじゃないか」となってしまいますから。
ICTは、紙の教材を映し出すのではなく、スマホやタブレットを使って、紙ではできない学習をすることに意味があります。今後ICTの導入を推し進めるには、ICTの特徴を活かした、「いつでもどこでも誰でも使える」シンプルな教材が求められます。マニュアルを読む時間もない教員にとっては、多少失敗してもすぐにやり直せる仕組みであることも大切です。
言語活動はスパイラル学習
学習段階に応じた教材選びが
高大接続を可能にする
基本的に小中高の各教育段階での英語教育がうまくいっていれば、小学校から大学までの英語教育は、あえて連携させようとしなくとも、自ずとつながっていくと考えています。
言語活動は「スパイラル学習」だと言われます。年齢や発達、学習段階によって、関わる世界が変わってくるため、英語学習においても、例えば小学校5年生には5年生の世界観に合わせた教材が必要となります。もっと上の学年でも然りです。小中学校や高大の連携というよりも、この学習の螺旋階段を各段階でどうやって登っていくか、というのが重要な鍵となります。
小学校から大学までの英語学習
まずはICTの導入が第一歩
小学校の英語が教科化されたことで、いちばん困っているのは現場の先生と子供たちだと思います。なかには、教育熱心な家庭の子供たちや帰国子女など、すでに英語の能力が高い子供たちもいます。そうなると教室内での学習レベルが揃わず、習熟度別にしても対応しきれません。そんなときにはeラーニングを活用することで、個別対応が可能となります。
今後、小学校からの英語教育で必要とされるのは、学習段階に応じた使いやすい教材と教授法、さらに、教員が不安になったときに気軽に駆け込めるような相談窓口もあった方が良いでしょう。
英語学習は、小中高の最低12年の長期的スパンで考えないといけません。それを個々の先生の能力や技術に頼るのではなく、誰でもできる教材や仕組みづくりが必要です。
ICTをうまく導入することが、まずはその第一歩と言えます。ICTの導入により、教員の役割はガラリと変わるでしょう。これまでの「先生が一方的に教える授業」から脱却し、「児童生徒や学生が主体となり、主導権を握る授業」づくり、つまりアクティブ・ラーニングが、より実現しやすくなるからです。教員はなるべく前に出ず、適切なサポートを常に与えながら、子供たちの自立型学習を促し見守るという立場が理想的です。
ICTに苦手意識をもっている先生方にとっては、これまでのスタイルを変えるのは非常に大変なことでしょう。それでも、子供たちの未来を見据え、勇気を持って最初の一歩を踏み出してほしいと思います。
新学習指導要領に「英語4技能」と明記されたことによる、大学への長期的な効果
ICTが小学校から導入され、適切な教材が選ばれることで、長期的に見れば、小中高で「英語4技能」をしっかり学習し、高校卒業時までに「自分の考えていることを語れる」、「相手の言っていることを理解できる」、「わからないことを質問できる」といった語学力が身に付いた子供たちが育つのではないかと思います。このような子供たちが大半を占めるようになってくると、大学では問題解決や合意形成までを目標とする一歩踏み込んだディスカッションや様々なタイプのプレゼンテーションなどを行うことができ、先ほどお話しした理想の大学英語教育がより意味のあるものになるのではないかと思っています。今後、さらに精度の高い人工知能を持った自動翻訳機などが登場したとしても、人の心を理解し、動かすという点において、人間同士の血の通ったコミュニケーションに勝るものはないと感じます。新学習指導要領に「英語4技能」と明記されることで、小学校から一貫した英語教育が行われ、子供たちの語学のレベルが、より一層上がることを期待しています。
英語ニュース教材『ABLish®』を活用
吉原先生の授業スタイルに学ぶ
ランチタイムに気軽に集うディスカッション講座
吉原先生は実際にどのような授業を行なっているのか。それを垣間見ることができるのが、取材当日に行われたディスカッションの授業だ。授業といっても、週2回、ランチタイムに2年と3年の希望者20名弱が教室に集い、お弁当などを食べながらのアットホームな雰囲気である。
ここでは、チエルの時事英語ニュースシステム『ABLish』が活用されている。この日の授業は、カナダの医療に関するニュース記事について、学生たちが自分の意見を英語で伝え合うという内容。教室内では、吉原先生は基本的に全て英語のみで指示を与え、授業を進める。
学生は皆、モチベーションが高く、ノートやPCに自分の意見をしっかりと英語でまとめてきている。まずは学生同士でペアをつくり、3分の制限時間内で意見を伝え合う。それが終わると、今度はペアを替えて繰り返す。これを3セット行ったところで、先生と学生全員で記事の全体の流れを整理し、簡単に意見交換を行い、ランチタイムは終了した。
終始笑顔で学生たちの間を回っている吉原先生の姿が非常に印象的だった。
卒業までに修得したいスキル
「傾聴力」と「雑談力」
「日本国内で生活をしていると、良くも悪くも壁の中で守られている」と吉原先生は言う。見聞きするニュースは国内のものばかりで、どうしても世界情勢に疎くなりがちだ。
「私の授業では、CNNやBBC、VOAといった海外ニュースを取り入れています」と吉原先生。まずは海外で何が起きているかを情報として知ったうえで、それに対する自分の意見を組み立て、相手に伝える、という訓練をするという。
また、伝えるだけでは一方的で独りよがりになってしまうため、さらに相手の意見を聞いて理解するというプロセスを重要視している。「一方向ではなく、8の字を描いて自分に戻ってくるような『傾聴力』の修得を目指しています。傾聴力は、社会に出たとき、求められる大切なコミュニケーション能力の一つです」
英語が必要とされる職業についた場合、英語の学習に終わりはないが、大学卒業までに目指したいのは「英語で雑談ができるレベル」だと吉原先生は考えている。
専門分野に関する話題なら、知っている専門用語を並べることで、片言の英語でも意外と会話が成り立つが、「雑談力」となると、海外の様々なトピックについての知識が必要とされるため、難易度が上がるのだという。仕事上の集まりやパーティーなどでも、初対面の人と最初から仕事の話をすることは、なかなか無いだろう。そんなとき、物怖じせずに堂々と英語で雑談ができれば、コミュニティは広がり、さらにそこから新たな信頼関係の構築へとつながる。
「そういう意味で、英語教育というのは、語学力のみならず、グローバルな視点や、コミュニケーション能力をもとに『人間関係を構築するための力』を総合的に身につけることのできる、非常に学びの多い分野だと思っています」と吉原先生は言葉に力を込めた。