公開日:2020/6/2
学習者用デジタル教科書を活用した授業
東京都の公立小学校に勤める谷川航先生は、加藤直樹研究室に院生として所属し、学習者用デジタル教科書の活用について研究している。
同校で同じく学習者用デジタル教科書の実践を重ねる伊勢麻美先生の授業(4年生・国語)を見学させていただき、当日の授業の振り返りを中心に加藤先生・谷川先生・伊勢先生にお話を伺った。
先生の1つの発問に対して、児童の発言がどんどん連鎖していく場面が印象的でした。
伊勢先生(以下敬称略) 子供たちはどんどん手をあげて意見を言うし、他の子の意見を聞いてさらに自分の意見を言いたくなって、というふうに、子供たちの発言によって授業が展開していきます。
谷川先生(以下敬称略) 子供の発言が連続するのは、一人ひとりが授業の内容に興味をもって、それについて「言いたいこと」があるからですよね。子供たちが教科書の本文をよく読めていなかったり、興味をもてていなかったりすると、そもそも言いたいことがないので発言が途切れてしまいます。
伊勢 教科書の本文に線を引く活動から学習がスタートするというのがポイントだと思います。デジタル教科書を使うと、片手で簡単にまっすぐな線が引けて、消したいと思ったらすぐに消せるので、子供たちはどんどん線を引きます。他の人の音読を聞いて目で追いながらさっと線を引くこともできるなど、自分で黙読しながら線を引くのが苦手な子供にもやりやすいと思います。
谷川 線を引くためには、必然的に本文を読み、考えますよね。それで自分の意見を言うための土台に立てるのではないでしょうか。
伊勢先生がデジタル教科書を使い始めたのは3か月ほど前とのことですが、それ以前にも「教科書に線を引く」活動自体はあったのですか。
伊勢 電子黒板はもともと使っていたので、子供たちの発言を聞きながら「じゃあここに線を引こうか」という形で、まとめの段階で私が提示しながら線を引くことはありました。最初の段階で、児童が自分の考えを元に自分の教科書に線を引くということはあまりしていませんでした。
加藤先生(以下敬称略) 教科書に線を引く活動自体は、デジタル教科書でなければ絶対に不可能かというとそうではないけれど、実際にやってみると、紙の教科書とデジタル教科書で子供たちの様子が変わってきますよね。
伊勢 「あ、そうか」とか「やっぱりこっちかな」と考えながら線を引いたり消したりを繰り返すんです。紙の教科書で同じことをしたら、線を引く作業自体に時間もかかりますし、一度書いた線をきれいに消すのは難しいです。
加藤 学習のまとめとして線を引くのではなくて、考える過程、考えの変化も可視化されるから、その分たくさん考えるのかもしれないですね。
伊勢 全員が同じようにできるというのも大きいですね。書くことが苦手な子供も、デジタル教科書を使えば、線を引く作業自体は周りと同じペースでできますから。今日も、悩みに悩みながらもどうにか自分で考えて線を引いていた子がいました。板書をノートに書き写すだけで精一杯な子供も、デジタル教科書があると、書く作業が省略できる分、読んで、考えて、発表することができます。書いたり考えたりすることが元々得意な児童は、線を引いたあとにさらに自分の考えを書き込むようになりました。
班ごとの話し合いと、その後の全体への発言はさらに活発になっていましたね。
伊勢 班での活動では、それぞれが自分の意見を言って、まとめの段階では得意な子に委ねる形で上手にまとめていたと思います。
谷川 教科書の本文を抜き出して貼りつけるツールを使って、試行錯誤しながらまとめていましたね。デジタル教科書でなくても、ふせんに本文を書き写して並べ替えることはできますが、それこそ本文を書き写すのはものすごく大変な作業です。
伊勢 このクラスには説明文が苦手な児童もいるので不安もあったのですが、「赤い線か青い線か」というシンプルな議論だったこともあり、活発に意見が出ていたと思います。今日、最後に手をあげた児童は、初めて発言したのではないかな。「でもやっぱり」と自分の意見を言っていました。「これを言いたい」という思いがあったんでしょうね。
谷川 今までなかなか授業に入ってこられなかった児童が入ってこられるようになりますよね。
伊勢 手をあげた子供にはなるべく全員に発言してもらっています。似たような意見が繰り返し出たとしても、そうやってみんなで言い合えることが、学校という場所、友達と一緒に学ぶことの意義だと思うので。
加藤 「赤でも青でもない、むらさきだ」という意見が出たり、それに納得できないという意見も出たりしていましたよね。
谷川 迷うところでしたね。伊勢先生の授業では、前回までの流れで「文末にヒントがある」という話になっていたから、それを根拠に考えようとして余計に迷っていたところもあったのかな。文末がこうなっているからとか、「しかし」があるからどうだとか、細かい部分に着目していましたね。
伊勢 そこは本当に議論が白熱して時間がなくなってしまったので、次回の授業でさらに深めようと思っています。
谷川 説明文の授業であそこまで盛り上がるというのはすごいですよね。
今回の授業で活用していたのはデジタル教科書の機能の一部だが、「線を引く」「文を抜き出す」という単純な作業を効率化するだけで、子供たちの活動が洗練されたものになることがわかる。
もちろん、ノートに文字を書くことが大切な学習活動の1つであることは言うまでもない。しかし、書くことと考えることを同時にするのが苦手な子供や、発表や話し合いを活性化したい場面において、デジタルによる作業の効率化、思考の可視化が有効であるといえるだろう。
主任教諭
谷川 航 先生
教諭
伊勢 麻美 先生