公開日:2021/11/14
GIGAスクール、本格始動!「最初の一歩」をどう踏み出せばよいか
東北大学大学院 情報科学研究科
堀田 龍也 教授
1人1台端末、クラウド、高速ネットワークの整備が完了し、いよいよ本年度からGIGAスクール環境の活用が本格的にスタートする。今までとはまったく違う新たな学習環境に、最初は先生も子供も戸惑い、うまくいかないこともあるだろう。そこで今号のチエルマガジンでは、すでにGIGAスクール環境の活用に着手し、うまく軌道に乗せている学校や自治体の事例を掲載。
各事例の注目すべきポイントを、 東北大学大学院の堀田龍也教授に解説していただいた。
情報化社会から取り残された学校教育を「GIGAスクール構想」が救う
何のためにGIGAスクールの環境が整備されたのか
本年度より、「GIGAスクール構想」で整備された1人1台端末やクラウド、高速ネットワークといった、ICT環境の本格的な活用が始まります。しかし、「ただでさえ忙しいのに、なぜ新たにICTを使わなければいけないのか」「今まで通り、紙と黒板とチョークで指導する方が効率が良い」など、未だにGIGAスクールに懐疑的、批判的な声も耳にします。
国は、GIGAスクール構想に総額4819億円もの国費を投じました。なぜこれほど巨額の予算を使ってまで、国はGIGAスクール構想を推進したのでしょうか。その目的を、正しく知っておいてほしいと思います。
今や私たちが生活や仕事で、パソコンやスマホを使わない日はありません。特にここ数年、クラウドのさまざまなツールやサービスの発達によって、仕事の仕方は劇的に変わりました。このインタビューもオンラインで行われました。民間企業で働いている人たちは、その変化を肌で感じています。
しかし、学校はどうでしょうか。先生方は情報化の急速な進展をどれぐらい体感しているでしょうか。コロナ禍において、民間企業はリモートワークにすばやく移行し、仕事を継続しました。「学校も臨時休業になったけど、オンラインで授業をしたり、課題を出したりしてくれるのだろう」と保護者は期待しました。しかしほとんどの学校は対応できず、世間は失望し、怒りました。マスコミも、オンライン授業に取り組む一部の学校を好意的に報じる一方で、教育の情報化の遅れを厳しく批判しました。
学校だけが社会から大きく取り残されてしまっているのが現実です。ICTの活用が遅れているために、結果として意識も遅れてしまっています。GIGAスクール環境の本格的な活用が始まろうとするこの期に及んでも、「今までの方法で成果があがっているのだから、それでいいじゃないか」という消極的な声が根強いのも、その表れです。
県の教育長が市町村に対しても強力なリーダーシップを発揮
いち早くGIGAスクール環境の整備を終え、先生方への研修を行い、授業での実践を始めている自治体や学校もあります。今回のチエルマガジンでは、そうした事例を取材し、先んじてGIGAスクールに取り組んでいる自治体や学校が、どんなことに気をつけて環境を整備し、その環境を活用するためにどんな工夫を凝らしているかを紹介しています。
まず、広島県教育委員会の平川理恵教育長の事例は、教育長のリーダーシップがいかに重要かを如実に表しています。
2021年2月、国立教育政策研究所のシンポジウムで、とても興味深い調査結果が発表されました。臨時休業中にオンライン授業を行った学校と行えなかった学校を分けた要因は何か。GIGAスクールの環境を積極的に活用できているところとそうでないところの差は、何が要因となっているのか。端末の台数や教員の情報活用能力など、さまざまな項目について調査したのです。すると、学校長や教育長がリーダーシップを発揮している学校・自治体ほど、ICTを積極的に活用できていることがわかりました。学校長や教育長自身が高いICTリテラシーを持ち、今までの授業にとらわれることなく新たな授業に挑戦していく姿勢が強いほど、学校全体・自治体全域でICT活用が活発になっていたのです(図1参照)。同月に萩生田光一文部科学大臣が「校長先生がブレーキになってはいけない」と記者会見で述べましたが(コラム参照)、学校長や教育長のリーダーシップの重要性は、GIGAスクール構想策定以降ますます高まっています。
平川教育長は、GIGAスクールの環境整備段階から、強いリーダーシップを発揮してこられました。
環境整備には予算の承認が必要ですから、教育委員会は「これぐらいの額なら予算が取れるだろう」と、予算額ありきで整備計画を立ててしまいがちです。先生たちもまだ使ったことがないので、教育委員会のヒアリングに対しても「それほど必要ではない」と回答しがちです。その結果、学校現場が活用しづらい環境が整備されてしまうという失敗が、これまで何度も繰り返されてきました。そういった轍を踏まないために、平川教育長は環境整備を推し進めてきました。
本来、県教委は県立高校などを管轄する立場であり、市町村立の小・中学校には口を出しづらい空気があります。しかし平川教育長は市町の考えや立場を尊重しながらも、市町の教育委員会と連携してICT環境の整備と活用を進めてきました。このように都道府県教委が市町村教委に働きかけてICT環境整備や活用を後押しする例が、全国で広がりつつあります。
例えば奈良県では、県教委が県内すべての児童生徒に1人1アカウントを用意して、市町村に配布しています。先生が異動したり子供が転校したりしても、県内であれば同じアカウントを使って校務や学習を高校まで継続できるようにしたのです。他に、校務支援システムの共同調達なども県が音頭をとって進めています。小さな市町村ごとに整備するよりも、県がまとめて整備すれば、コストを抑えられます。
平川教育長はICT活用を推進するために、「個別最適な学び担当課」と「学校教育情報化推進課」という新しい課を県教委内に設けて指導主事を配置し、市町からの相談に対応したり支援したりできる体制をつくりました。迷ったり困ったりしたときに助けてくれるこの課は、市町教委や学校にとって、ありがたい存在になることでしょう。
さらに平川教育長は、「デジタル・シティズンシップ」を育む大切さを説いています。GIGAスクールはまったく新しい学習環境なので、トラブルや問題発生を恐れるあまり、クラウドの機能を制限したり、端末の持ち帰りを禁止したりしがちです。しかし、これからの子供は端末やクラウドを使って学び、将来仕事をしていきます。先生が事前に問題発生の芽を排除するのではなく、問題が起きたとしてもどうすればよいかを子供に考えさせ、正しく安全に便利に使える力を育んでいくことが大切なのだと、平川教育長は述べています。これはとても素晴らしい考え方だと思います。
平川教育長は、「先生はファシリテーター(推進役)に変わっていこう」とも呼びかけています。今までのように先生が子供に課題や情報を与え、活動を指示するのではなく、子供自身が課題を発見し、課題解決に必要な情報を集め、どんな学習活動をすべきかを考えていく。先生はそのサポート役・ガイド役になろうと意識改革を促しているのです。
教育長や学校長のリーダーシップがICT活用度を左右する
まずは学校長がGIGAスクール環境の便利さを体験する
愛知県春日井市では、以前から市全体でICT活用を推進してきました。春日井市の特徴は、まず先生自身がICTを体験することから始める点です。
約20年前に春日井市がICT活用を開始したときも、校務のICT化からスタートし、そこから授業での活用へと展開していきました。まずは先生自身がICTの便利さを体験し、その上で授業で活用するという流れは、GIGAスクールでも変わっていません。
特に注目してほしいのが、先生の中でも校長が率先してICT活用に取り組んでいる点です。例えば新型コロナへの対応では、各学校の校長同士がクラウドで情報交換や協議を行い、クラウドの便利さを体感しました。その上で、教員研修では端末とクラウドを用いて先生方一人一人にGIGAスクール環境でできることや便利な点を体感してもらい、授業でどう使えばよいかを考えてもらいました。
上に立つ管理職の意識が変わらなければ、先生方の意識も変わりません。「まず隗より始めよ」です。春日井市に長年関わってきた東京学芸大学の高橋純・准教授も記事の中で述べていますが、GIGAスクール環境の活用をいち早くスタートさせてうまくいっている学校や自治体は、どこも管理職が率先してGIGAスクールの環境を活用し、先生方を引っ張っています。そして先生方一人一人が、GIGAスクールの環境を体験し、授業での活用を工夫するという流れになっています。
学校長が教員研修の講師を務め先生方にICT活用を説く
札幌市立稲穂小学校も、菅野光明校長がICTを自ら進んで活用するとともに、校長先生が講師となって教員研修を行っています。
校長先生は、先生方一人一人の考え方や力を熟知しています。ICT活用に積極的な先生もいれば、消極的な先生もいます。先生方一人一人の特徴を理解した上で、その人に合った支援を行って、背中を押しています。
情報主任や研修主任の先生が「みなさんICTを使いましょう!」と呼びかけるだけでは腰を上げない先生も、校長先生が率先してICTを活用し、研修の講師まで務めてくれれば、最初の一歩を踏み出しやすくなります。そして研修でクラウドを体験することで、感覚がつかめ、授業での活用アイデアも湧いてきます。学校内では、校長先生のリーダーシップがとても大事だという好事例です。
まずは教員のICT活用体験から始めよう
教員研修も、まずは先生に体験してもらうことから始める
青森県八戸市教育委員会・主任指導主事の石井一二三先生も、まずは先生方にGIGAスクールを体験してもらうことから教員研修を始めています。
その研修を2段階に分けているのが、とても特徴的です。まず1回目の研修では、先生方に子供役になってもらい、GIGAスクールの環境を用いた授業を体験してもらいます。まずは子供の目線で、GIGAスクールの環境でできることやその良さを体験してもらうのです。
そして2回目は、授業者としてGIGAスクールの環境を使うための準備や設定といった「最初の一歩」を踏み出すのに役立つ実践的な内容を学びます。先生たちがつまずきやすいところ、最初に知っておくと便利なことに絞り込んで伝えているのです。
また先生方が使い始めやすいように、『InterCLASS® Cloud』という授業支援システムや、無線LANを最適化する『Tbridge®』という製品を導入するなど、物心両面で支援しているのも素晴らしいと思います。
初任者研修をオンラインで実施ハイブリッドの良さを発見
広島県尾道市は情報化という観点からは特段進んだ自治体ではなく、ごく一般的な自治体です。このような自治体でも、こうすればGIGAスクールがうまくいくというのがわかる好例です。
例えば、Chromebookやアプリに関する集合研修では各校から1名参加ではなく「2名以上」の参加としました。たった1人の先生に膨大な情報を伝え、校内研修を任せるのは負担が大きすぎると考えたのです。2名以上であれば、お互い助け合い、分担しながら校内研修を進めていけます。これはとてもいいやり方でしょう。
初任者研修も、Google Classroomを使ってオンラインで実施しました。当初は新型コロナの影響で初任者研修の中止も検討されていたようですが、試しにクラウドを使ってオンラインで行ってみたところうまくいったのです。その結果、研修に対する考え方も変わりつつあります。今までは集合研修が当たり前だと思っていたのが、オンラインとのハイブリッドの方が便利で効率も良いとわかってきたのです。
1人1台とクラウドの活用を始めたところ、先生方から「画面ロック」機能を求める声が上がり、そのために『InterCLASS® for Chrome』という製品を導入したのも、興味深い点です。実はクラウドは、ある程度情報活用能力が身に付いた人向けのツールです。子供たちがまだ不慣れな初期段階では、どうしても勝手に端末を触ったり遊んだりといった問題が起きてしまいます。そのような行為を抑制する機能は、クラウドにはありません。そのため、最初は「画面ロック」など先生が子供の行動を制御する機能があった方が、授業をスムーズに進行できます。もちろん子供たちが慣れてきて、端末やクラウドを学習の道具として使う態度やスキルが身に付いてくれば、こういった機能を使う必要もなくなるでしょう。
また尾道市では、地域について学ぶ「ふるさと学習」でも、端末やクラウドを活用しています。実際に現地に行って調べる体験学習と、ネットでの調べ学習とでは、どちらが良いかと対立的に議論されることが多いですが、どちらにも良さがあります。大人が仕事で端末やネットを使うときも、自分で見聞きした情報とネットで集めた情報を組み合わせるのが当たり前です。そういう時代なのだと認識しましょう。
役場の情報担当がチャットで応対「質問する前にまずはググる」
GIGAスクールで見落とされがちなのが、校内の高速ネットワークの大切さです。クラス全員が一斉にネットにつないだときに、不通になったり遅延したりするようでは、授業に支障を来し、先生方の負担が増えてしまいます。そこで北海道の森町では『Tbridge®』を導入し、無線LANの安定化と最適化を図り、授業が円滑に進むようにしています。
もう一つ、森町の事例で注目すべきは、クラウド上にチャットルームを作って、先生方からの質問に役場の情報担当がダイレクトに応対するようにした点です。しかも興味深いのは、「質問する前に、まずは自分でググって調べる」というルールを決めたこと。これまでインターネットに常時接続できない状態で仕事をしてきた先生には、「わからなかったら、とりあえずググる」という習慣がありません。先生が自分で調べてみる習慣を身に付けるのは、これから子供を指導していく上でも良いことですし、教育委員会も本当に必要な支援に注力できます。
オンラインと対面のハイブリッドで学びの機会は増えていく
教員養成課程でも学びのハイブリッド化が進む
今、中央教育審議会では、教員養成課程でICTに関する操作や理論を学ぶ必修科目を設けようと議論しています。GIGAスクールの始動で、子供が学ぶ環境、先生が教える環境は激変します。これから先生になろうという人がICTが苦手なままでは困りますから、教員養成課程でしっかり学んでおこうという意図です。
信州大学ではもう25年も前から、学生が教員養成課程でICTの操作や活用を学んでいます。インターネット環境が学校に整備され始めた頃から、すべての教科教育の先生と連携してコンピューター利活用教育を行ってきたのです。その取り組みが今、GIGAスクールの始動に合わせて次のステージへ進んでいます。
学生たちは1人1台の端末とクラウドを使って、ハイブリッドで学んでいます。授業動画などを見てクラウド上で議論しますし、対面で講義を受けたり学校を訪問して授業を見学したりもします。特筆すべきは、オンラインを併用することでたくさんの授業を見られるようになり、学生たちが学ぶ機会が増加した点です。離れた学校の先生に授業を生中継してもらったり、現場の先生にクラウド上の議論に参加してもらったり、ビデオ会議システムで先生とつながって講演を聴いたり質疑応答を行ったりしています。
GIGAスクールの環境を用いた授業を見て、学生たちは「自分たちが子供の頃とはまったく違う」と驚き、「ICTを使って教える方法をしっかり学んでおかねば」と、気を引き締めています。やはり学生にとっては、教育現場の現実を見るのが、一番刺激になります。だから信州大学の佐藤和紀助教は意図的に、GIGAスクールに先んじて取り組んでいる学校の授業を学生たちに見せているのです。
今後は教育実習もハイブリッドに変わっていくでしょう。教室を訪れて授業を見学したり授業を行ったりするだけでなく、オンラインで授業を見たり、オンラインで授業の支援に入ったりすることも増えるでしょう。教員養成課程においてハイブリッドで学んでいれば、先生になってから、それぞれの良さを取り入れた授業を行うのに役立ちます。
教育の情報化は学校・自治体の総力が問われるステージへ
今後、教育の情報化は「個人戦」から「団体戦」へと変わっていきます。今までは、ICTが得意な先生が個人で頑張る傾向がありました。しかしGIGAスクールでは、すべての先生がすべての子供に、しっかり教える必要があります。今まで以上に、学校、自治体の総力が問われるようになります。
学校や自治体の情報化の進度を測るJAETの「学校情報化認定」も、GIGAスクールの始動に合わせてチェック項目をバージョンアップしました。自分たちの学校がGIGAスクールの環境をうまく使えているか、客観的に診断する物差しとして、ぜひ利用してみてください。
すべての学校・教師に求められる「成長」と「変化」
GIGAスクールは教師として成長するチャンス
1人1台の端末やクラウドを用いることで、子供たちの学びは変わっていきます。いずれは紙の教科書に代わってデジタル教科書が提供され、子供たちは自分の端末でデジタル教科書を開いて学ぶようになります。自分の端末でデジタルドリルなどのコンテンツを使って学び、その学習ログを参考に、学び方を自分で調整していくようになります。テストも、端末上で行うCBT化が進んでいくでしょう。全国学力・学習状況調査も、CBT化が検討されています。「ICTが苦手だから」「忙しいから」といってGIGAスクールの環境を活用しないことは、絶対に許されません。
とはいえ、GIGAスクールは今までと違う学習環境ですから、最初の1学期ぐらいはやはり混乱すると思います。でもその2、3カ月を乗り越えれば、子供も先生も慣れていきます。鹿児島女子短期大学の渡邉光浩先生の調査によると、子供たちの日本語入力スキルは練習と活用を重ねれば重ねるほど向上していき、1人1台を導入した3カ月目には高校生の平均レベルを超えました(図2参照)。子供が慣れれば、先生は授業に専念できるようになります。そのためにも初期段階では、タイピングやクラウドのツールを使う機会をたくさん設けましょう。
最初の大変さを乗り越えれば、授業が少しずつ変わっていきます。先生方にも余裕が生まれ、「今までの授業を変えてみよう」という創意工夫がなされてアイデアが湧いてくるはずです。GIGAスクールが本格的に始まり、新学習指導要領も実施された今こそ、今までの授業を見直し、教師としてさらに成長するチャンスだと、前向きにとらえましょう。
*Chromebook 、及びGoogle Classroom は、Google LLC の商標です