公開日:2020/6/2
「新たな学び」研究発表会
自治体によるICT環境整備と遠隔教育
熊本県 高森町・高森町教育委員会
2019年10月25日、熊本県高森町立高森中学校・高森中央小学校において「新たな学び」研究発表会が開催された。高森町では「Society 5.0 に対応した資質・能力の育成」を研究主題とし、各学校の充実したICT環境を活用して様々な取り組みを行っている。今年度で7年目となる研究発表会には400人を超える全国の教育関係者から申し込みがあり、同町の教育への関心の高さをうかがわせた。
熊本県高森町では、特別教室を含む全ての教室と体育館に無線LAN、電子黒板・実物投影機を常設、児童生徒1人1台のタブレット環境が整備されており、遠隔教育システムを日常的に活用している(文部科学省「遠隔教育システム導入実証研究事業」実証地域)。
今回の公開授業では「遠隔授業」と「プログラミング教育」をメインに、小中学校あわせて13の授業を公開。授業後の分科会では、特に他自治体の教育関係者から多くの質疑が上がっていた。
高森中央小学校、高森中学校、全体会それぞれの様子をレポートする。
高森中央小学校会場
英語科では、小規模校どうしをテレビ会議システムでつないだ遠隔合同授業が公開され、多くの参観者の関心を誘った。小規模校の高森東学園5年生児童(3名)が高森中央小学校英語ルームに集まり、南小国町中原小学校と接続して授業が行われた。
児童が旅行会社の社員となり、おすすめの国や地域をプレゼンテーションしたり、逆に客の立場となって、行ってみたい国について話したりする。注目すべきは、45分間の授業の中でテレビ会議システムの接続を切ったりつないだりすることだ。他校と接続してお互いに発表をしたり、一対一のコミュニケーションをする時間とは別に、接続を切った状態で、英語の表現を復習したり発表の練習をしたりする時間を設けているのだ。
機器の操作に時間を要していたらこのような方法は不可能だろう。機器を日常的に活用し、教師も子供たちも、機器を活用した授業展開に慣れていることがよく伝わってくる。
一対一の会話の場面は、マイクに向かい慣れた様子で「One more time please?」と尋ねたり、親指を立てる・手をふるなどのジェスチャーを自然とふるまったりする姿が見られた。
地域の紹介では「高森町」を英語で紹介する場面も設けられ、「地域とともにある学校づくり」を大切にする高森町らしさも見られた。
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分科会で英語科授業者の斗髙真美教諭は「相手意識をもてるようになるのは遠隔合同授業だからこそ」と語った。3名という少人数のクラスにおいて、通常の授業では、発表の練習をするという概念はない。普段からよく知り合っている友人との会話の延長のようになってしまうからだ。相手をテレビの向こうの他校とすることで発表の場を「本番」と位置づけ、そのための練習をすることが子供たちにとって新鮮だという。マイクの調子を気にかけたり、会話の中でジェスチャーを取り入れたりと、相手を気にかけ、自分の意思が正しく伝わっているかどうかに意識を向ける姿が見られるようにもなった。
話題の内容にも変化があった。例えば、高森東学園前期課程にはクラブ活動がバドミントンクラブしかないこともあり、「好きなスポーツ」の話題ではバドミントンしかあがらないことがある。そこで相手校の児童からサッカーや野球などの話が出ることで話題が広がり、良い刺激になるという。斗髙教諭は「小さいことかもしれないが、とても大切なこと」と語った。
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国語科では、新聞社との遠隔でのやりとりを経て新聞づくりを学んできた4年生が、完成させた新聞を読みあって意見交流をする授業が公開された。完成した新聞は、高森町の観光スポットや名産品などを写真つきで紹介する本格的なもの。9月から継続してきたこの授業では、全体で15時間という指導計画の中で、新聞社と接続する授業を4回行い、それぞれ「新聞とは何か」「取材方法」「記事の書き方」「割付や見出しの工夫」について学んだ。接続をしない授業では、プロから学んだことを元に計画を立てたり、自分たちの記事を修正したりした。分科会で授業者の小林翼教諭は「遠隔システムを活用する時間と使わない時間、それぞれにきちんと意味をもたせることを意識した」と話した。
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授業の展開に合わせ、適切なタイミングでテレビ会議システムを接続・切断するためには、通信の安定や操作スキルが不可欠となる。分科会においても、その点については他自治体からの質問が相次いだ。児童には、基本的な操作スキルや、不必要に機器に触らないといった習慣を学習規律としてもたせることの重要性、また高森東学園前期課程では、通信の安定を優先させるため遠隔授業専用の教室を設けていることなどが話題にあがった。
「今日は公開授業ということで緊張してしまったのか、誤った操作で強制シャットダウンしてしまった子がいた(5年社会科授業者の福島健太教諭談)」が、予備機等で対応したという。どんな状況であっても、ICTを活用した授業にトラブルはつきものだ。教師たちからは「トラブルは必ず起きるものと捉えている。子供たちには、トラブルが起きたときにも焦らずに対処しようとする態度を育てたい」との話があった。
高森中学校会場
2年生の技術・家庭科(技術分野)では、令和3年度から全面実施となる新学習指導要領において新しく追加されたD情報の技術(2)「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミングによる問題解決」について取り扱った授業が公開された。題材としては「生物育成の技術と情報の技術を連動させるもの」であり、プログラミングソフト、マイコンボード等を活用し「遠隔操作かん水器」をつくるというものだ。当日は全6時間の指導計画のうちの4時間目。これまでの学習をもとに「遠隔操作かん水器のプログラムをよりよいものに改良する」という内容で授業が行われた。
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生徒は、1班3人の9班構成となり課題に取り組む。本時の目標を共有したあと、各班が進捗に応じた具体的な課題を設定しその課題に取り組んだ。班ごとに、プログラムを作成するためのコンピュータの他、かん水器に必要となる道具が準備され、生徒たちは実際のものの動きを見ながら班内で様々なディスカッションをしたり、他の班の様子を伺ったりしながら、プログラムの改良を進めていた。
プログラムが得意な生徒もいれば苦手な生徒もいると想定されるが、班内で手助けをしながら作業を進めていた点が印象的だった。
各班に分かれて制作を進めた後は、改良したプログラムについての発表となった。発表では、各班のプログラムを前方の画面に表示し、本時で改良した点を中心に発表が行われた。進捗状況が異なる班が発表し質疑応答をすることで、他班の良い部分や自身の班で悩んでいることの解決法が見つけられていた。
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1年生の英語科では、南小国町立南小国中学校との遠隔授業が公開された。公開された授業ではテレビ会議システムを接続する前に、2分間の個別学習形式の音読学習、そしてフラッシュカードを使った全体での音読練習、ワークシートを見ながら1分間の個別学習形式の音読学習、2分間のペアレッスンが行われた。その後、各生徒がイヤホンと教材だけを持ち、教室の壁側(全面を除く3面)に設置されたコンピュータの前に3人一組になって着席し、テレビ会議システムを接続すると慣れた様子で相手校とやりとりをしていた。
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遠隔授業として工夫されていたのが、紙を使ったコミュニケーションと、生徒たちの会話の音声を第三者が聞くことのできるツールの活用だ。
遠隔システムを利用した場面では、有名人に関する会話が行われていた。事前に準備していた有名人の絵を実際にカメラに映し出し、挨拶の後「Look at this picture. Do you know about ⃝⃝?」と続く。実在し、両者が知っている可能性が高い人物を題材とし、言葉だけではなく映像として見せることで、コミュニケーションの幅を広げる工夫をしていた。
また、相手校の音声を複数のイヤホンやヘッドホンへ同時に出力することで、各生徒が同時に聞けるだけでなく、必要に応じて教師が接続先の音声を直接聞き、こちらの生徒に対してアドバイスが可能となる。実際、回答に困っている生徒がいる場合は、先生が相手校の生徒の質問を聞き、質問内容を直接伝えて回答を促していた。
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1年生の社会科では、「世界に大きな影響力をもつ北アメリカ」の単元で全5時間の指導計画のうち3時間目、アメリカの農業について考える授業が公開された。本時の前にはタブレット端末を持ち帰り、事前に自分の考えを整理したり必要な資料を集めたりしたという。それをもとに、授業においては「学習リーダー」が中心となって学習を進め、様々な意見から学びを深める様子を伺うことができた。
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具体的には、まず学習リーダーが特定のテーマに対して発表者を募り発表をしてもらう。発表が終わったらその発表に対する質問や意見を受け付け、内容を深めていく。その後、関連する発表を受け付けていくという流れである。これを何度か繰り返すことで、クラス全体の学びが深まっていた。教師は、生徒が手を挙げて発表したものの質問の答えに詰まってしまった場合に「助けてくれる人いない?」と言ったり、ポイントとなる発言がそのまま流されてしまいそうな時に「これは面白い情報ですね」と他の生徒の注目を促したりと、全体の学習を側面支援という形で進める役を担っていた。
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このような「主体的・対話的で深い学び」に多くの時間を割いた授業が可能となっているのは、タブレット端末の持ち帰りによる事前学習によるところが大きい。事前学習では、持ち帰ったタブレット端末を用い、本時に関する様々な情報(教科書や資料集の情報だけでなく、スーパーで実際にアメリカ産の製品を撮影した写真等多岐にわたる)を各生徒が集めていた。情報は「Web共有ボード」を用いて規定の形式で集められており、授業は各生徒の発表時に全員がその共有ボードを見ながら進められた。持ち帰り学習における情報の収集結果を1つのプラットフォームに集めることによって、発表時の操作が煩雑にならず、またそれぞれの情報の比較もしやすくなるといえるだろう。
全体会
全体会冒頭では、文部科学省初等中等教育局情報教育・外国語教育課長髙谷浩樹氏より「教育の情報化の動向」に関して基調講演が行われた。髙谷氏は、学校教育の情報化の推進に関する法律や政府の閣議決定について触れ、急速に情報化する社会の中で教育現場が遅れをとっていることを強調した。「令和の時代にはICT環境が『なくてはならない』ものになる。これからの教育をイメージするためにも、今日のように実際の子供たちの姿を見る機会は重要で、高森町は一斉学習・個別学習・協働学習の様々な場面でバリエーションも豊富にICTを活用している点が素晴らしい。特に関心がある方々が参観に来られているが、ここに来ていない方にもぜひ知ってほしい」と話した。
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授業報告では、宮崎大学 新地辰朗理事・副学長、鹿児島大学大学院 山本朋弘准教授、東北大学大学院 堀田龍也教授から当日の公開授業をふまえた意見交換が行われた。
高森町では多くの子供が小学校6年生の時点で手書きよりもタッチタイピングの方が速いというICTスキルの高さに触れた上で、「紙のノートも大変きれいに書いている子供が多い」「ICTを使う場面・使わない場面どちらも大切にし、その都度最適なツールを選択している」などの意見が出た。遠隔システムを授業の途中で切ったりつないだりする場面や、1人1台の環境があっても目的に応じてグループに1台で使う場面、タイピングと手書きを場面によって使い分ける様子などは、参観者も各教室の公開授業で目の当たりにしてきた光景だ。ICT機器や遠隔システムが特別な物ではなく、日常使いのツールの選択肢の一つとして根づいていること、ICTを介さない学習の指導も決して疎かにはされていないことなどが改めて評価される形となった。
また、学習ガイド(小学校)・学習リーダー(中学校)役の子供が司会役を務めて授業を進行する方法については「子供たちが主体的に授業を進めることができている分、教師の本質的な授業力が問われている」「教師には、深い学びにつなげるための役割をさらに担ってほしい」との意見が出た。教師と子供が共にICTを活用した授業の価値を高めてきた結果、教師にはさらに一歩進んだICT活用指導力が求められているといえる。
会のまとめとして、堀田教授からは高森町・熊本県それぞれに期待することが次の通り整理された。
高森町への期待
●基盤となるICTスキル育成のカリキュラム化
●プログラミング教育の授業開発と実践
●遠隔授業のさらなる実践
熊本県への期待
●他自治体に横展開するための要件整理
●他自治体の戦略的推進に対する支援